モーニングコーヒーはぬるめで

慶野るちる

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番外編

33 夏の話 4

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「生徒君」
 え?
 レジの横を通って店のガラス扉を開けたところで後ろから声を掛けられた。支払い中のナツノさんに。まだいたんだな。そりゃそうか、俺たちより後に来たんだからまだ食ってたか。
「……どうも」
 無視して足を止めないわけにはいかない。
 文具メーカーにお勤めの橋口夏乃さん。名刺にそうあった。名刺をちゃんと見るまで名字かと思ってたらナツノさんというのは下の名前だった。
「そろそろ補習終わりで帰省かなと思うんだけど、生徒君はこれから帰るのかな?」
「いえ……明日あたりに」
 ちゃんと答えるべきなのかという疑問はあったが一応怪しい人でないことはわかっているのでちゃんと答えてみた。
「じゃあ、これからお茶しない?」
 レジ前を離れた橋口さんは僕を促して一緒に店を出ると足をすぐに止めた。だからやっぱり俺も止まらないわけにはいかず。
「俺と二人で、ですか?」
 なんだそりゃ。
「智は先に帰ったんだろ?」
「ええ、まあ……」
 見りゃわかるよな。でもこの人仕事中じゃ。
「君と話がしたいなって思ってさ。僕は今日午後休なの」
 話ってなんだよ。俺とこの人は何の関係もないし話すネタもない。
「二軒先の喫茶店、いい?」
 断ればどうなるのだろうか。樫木に影響あるか?
「智のことで話をしたくて」
 ……。
 樫木抜きでかよ。
「樫木先生の話とはどういうことですか?」 
 判断がつかない。何のつもりだ。
「つまり元カレから今カレへの話ってことだよ、生徒君」
「は……?」
 返事をしない俺に伝家の宝刀を抜いた、というところか。でも。
「多分智は君に僕の正体を明かしただろ?」
 樫木は俺のことをこの人に何も言ってないだろう。カマかけられてるのか? そうだと言えば、樫木と俺がプライベートな話をする関係だとバレてしまう。
「君と智の距離が近いことは同じ指向を持つ者として聞かずともわかるんだよ、だから君に大事な話をしたい」
 同じ指向なんて見てわかるものなのかよ。
「俺が聞いてもいい話なんですか?」
「聞いてもらいたいんだよ、そして智は君の手に負えないことをわかって欲しい」
「さっきから何が言いたいんですか」
 手に負えない、って。なんでこの人にそんなことを言われなきゃいけない。
「……うん。話はもうやめよう。君に向き合う覚悟がないのはわかったし、何も知らないってこともわかった」
 は?
 橋口さんはいやに晴れやかな顔で俺を見ていて。
「智は僕のものだから、恋人気取りでいるのなら即刻やめてね。夏休みは他の男を見つけるにはちょうどいいよ」
 ……何言ってんだ。あんたが樫木を振ったんだろ。
「それじゃ。もう会うことはないとは思うけど」
 軽く手を振って去っていく橋口さんを止められなかった。なんて言えばいいのかわからないし。いや、ちゃんとあの人に樫木と付き合ってると言えばよかったのか。勝手に確定されてたし。だけど樫木抜きであの人と話すなんて、そりゃないだろ。
 僕のものってなんだよ。手に負えないとか覚悟がないとか知らないとか。
 そりゃ歴で言えば俺は何も知らない。あの人の方がたくさん樫木のことを知ってるだろう。
 でも今は俺が。待て、俺が、なんなんだよ……俺が偉そうに何かを言える立場、か?
 俺は。
 確かに曖昧で何かの覚悟はない。あの人はそれがあるというのか。でも振ったんだろ? そして連絡もしなかった。今更出てきてなんなんだよ。
 今日だって偶然だったんだ……ろ? もしかして本当は違うのか? 学校の近くまでくれば樫木と会うと踏んで、もしくは学校まで来るつもりだったとか……?
 樫木は連絡先を教えていた。俺がいるし終わったことだと思ってるからだ。だから飲みに誘われたら行くのだろう。向こうは終わってないらしいのに樫木はのこのこ出かけていく。
 行くな、なんて言えない。俺に樫木を縛り付ける権利はない。
 二人とも大人だ、ガキの出る幕じゃない。
 樫木にメッセージ飛ばして……何て言うんだよ。さっきのことを一言一句違えずに言って、言ってどうすんだよ。ガキか。いや、ガキなんだよ紛れもなく俺は。
 僕のもの……ってことはないだろう。じゃあ俺のものかというと。樫木はモノじゃない。いやそれも違うか。もやもや、いや、イライラする。どうしたらいいのかわからない。
 寮に帰るしかない。買い物したって気が晴れるわけでも解決するわけでもない。そんな気になれない。
 明日も樫木は仕事だ。そして夜は橋口さんに誘われて飲みに行くのかもしれない。次の日は土曜で休み。俺は帰省すると思ってるだろうからこの週末も連絡は来ない。実家暮らしはどうだ、ぐらいのメッセージは飛んでくるかもしれないが。
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