彼にとって、世界を救うより大切なこと(神城結友の場合)

パンPキン

文字の大きさ
10 / 13

1-9

しおりを挟む

 結友が船内に駆け込んだ直後、背を向けた甲板で爆発が起きた。同時に複数。熱い爆風と船を揺らす衝撃とが後を追ってきて、結友は背中から吹き飛ばされた。敵の魔術が着弾したのだ。ある意味、当然のこと。すでにチャフは〝不倒〟の強引過ぎる力技で吹き飛ばされた。迎撃の魔術や矢弾も撃たれ、戦闘が再開と同時に一気に激しさを増していく。爆発音に混じって、悲鳴や怒号も聞こえていた。

「いっっってぇぇぇ…………」

 ちょっと浮かされて落ちた結友は、受け身も取れずに顔面を強く打ち付けた。灼熱を伴う痛みに身動きが取れなくなる。鼻が折れたかもしれない。ユノが来てくれて、

「生きてるわね?! なら先を急ぐわよ! ほら、とっとと立って!」
「ち、ちょっと待って……鼻血が……」
「甘えたこと言わない! あなた状況わかってる?! ここ戦場よ!? 鼻血程度で済んでよかったじゃない! 今ので丸焦げになっててもおかしくないのよ!?」

 雷が落ちた。魔導騎槍よりはやく、敵騎の魔術より精確に結友を撃ち抜く。しかも火力が高めだ。正論正拳の乱れ突き。

「早く立って! 敵は待ってくれないわ! 私もあなたも、ここから生きて逃げなきゃいけないの!」

 冷たく見えるほど端整に過ぎるユノの顔が激情で赤くなっている。今にも泣き出しそうに見えた。華奢な手は固く握りしめられ、白く震えている。結友は頭を冷やされた。

(ついさっき、そういう顔はもうさせないって決めたはずなんだけどな……)

 おそらく、結友への叱咤ではなく、この状況への……あるいは、そうする他ない自分自身への怒りなのだろう。クールに見えて存外、感情型のようだ。それとも、こういう状況だからだろうか。確かに、ユノからすれば仲間を見捨てて逃げるようなモノだ。ホントは違うが、ユノからしたら、単純にそうは思えないに違いない。結友のせいにしてしまえば楽になるのに、そうはしないところに、ユノの澄み切った気高さを感じる。

 ……ともかく、今は顔をぶつけた先に、念入りに研がれた鉛筆が落ちてなくてツイてると思っておこう。逃げることが先決だ。艦を揺らす戦闘の衝撃が、強く多くなっている。いつ艦が大きく傾いて沈んでもおかしくはないと、ヒシヒシと肌で感じた。

 改めて、自分は多くの人やモノに護られていたんだと実感する。自ら戦い、自ら立つ者しか、生き残れない。そうしたって、本当に生き残れるかも分からない。次の瞬間にはあっけなく散ることも平然とある。それも怖気だつほど残忍な形で。より残酷なのは、自分が生き残るため、誰かを守るための戦いというのも事実ではあるが、他面〝怖気だつほどの死の形〟を相手に押し付けているというのも事実であった。やらなければやられるとは、そういうことである。

(戦争ってイヤだな……本当に)

 それでも、例えそうだとしても、結友はさっき決めた。先輩のことが好きな〝自分のために戦うと。その先に待っているのが〝純粋な愛と光〟ではないとハッキリ予感していても、今ここで、全てを諦めることなどできはしなかった。
 神城結友は月島澪が好きだ。そして出会ったばかりだが、言外にカロンたちに託されたモノもある。何より、まだ生きていたい。生きていたかった。この戦場で結友は、それを胸が切なくなるほど強く実感させられた。
 鼻血を手の甲で拭って立ち上がると、少し冷静になれた様子のユノが短く言った。

「こっち。下に向かうわ」

 結友を見ずに、ちょっとだけ視線をそらして気まずそうにしている。素人相手に八つ当たりをしたと思い込んでいるに違いない。でもなんとなく謝りづらい、といったところか。カワイイとこもあるじゃない。

「わかった。で? もう手は繋いでもらえないのか? 別途料金の追加オプション?」
「………そうよ。後で徴収するから。だから付いてきなさいよ。踏み倒しは許さないから」
「へいへい」
「あの階段を降りるわよ」
 
 立て続けに艦が揺れるなか、ふたりは目的地に向けて再スタートを切った。いつの間にか空気が焦げ臭い。火の手が上がったようだ。振り返りたくなるが、ユノが階段を跳ねるように駆け下りていく。後ろをかえりみる余裕はない。本当に置いて行かれてしまう。前で踊る長い黒髪を追うだけで精一杯だ。危うく階段を踏み外しかけ、足首を捻りそうになって肝を冷やす。多少は運動ができるほうで良かったと心底思った。

 そうして、階段を数回ほど折れ曲がったときだった。結友とユノが駆け下りる先に、細身の人影がひとつ、横に伸びる通路からすっと現れた。赤と黒の軍服にドキリとする。

 ――この艦の人じゃない! 帝国兵か!?

 ツンツンと逆立った緋髪ひはつの帝国兵は、こちらを――特に結友を見上げるなり、一瞬だけ驚いた顔で動きを止めた。「なんでこんなところに!?」とでも言いたげであるが、それは結友こちらも同じであった。

(――ッ!! なんで帝国兵がここに?! いつどこから入った!? てか止まれないッ!!!)

 ユノに置いていかれないよう必死になりすぎて、急に止まることのできない速度に達していた。慌てて結友が衝突を回避しようとする――より先に、前を走るユノが階段を踏み切って、更に加速しつつ跳んだ。そのまま、たった一瞬だけ動きを止めたツンツン緋髪の帝国兵の鼻っ面に、右膝を埋め込む。階上からの飛び膝蹴りである。結友の耳はゴキリと嫌な音をしっかりと拾った。さっきの灼熱の痛苦が思い起こされる。さっき、転んだ先に、あんな鋭い飛び膝蹴りがなくて良かった。いや、本当に。

 強烈な飛び膝蹴りを顔面に叩き込まれた帝国兵は、それはもう見事に吹き飛び、通路に積み上がっていた資材に突っ込んで、崩落した木箱で姿が見えなくなってしまう。
 確かに帝国兵は敵だ。驚いてはいたが、即座に握っていたダガーを持ち上げようとしていた。構えきる前に、即断したユノの速攻の前に沈んだのだけど。

 結友は思う。なんというか、今の帝国兵はちょっとだけ、色んな巡り合わせが悪いのかもしれない、と。出会い頭だったが、互いの状況には隔たりがあった。階上かつ既に全力疾走していたユノと、気配を消すため隠密行動していた階下の帝国兵とでは、戦闘行動に移るまでの時間に、僅かながら、練達者同士では無視し得ない明確な差があった。その微差を隙としてのけたのは、ひとえに、ユノの決断の早さである。ワンテンポでも判断が遅れたら、この顛末には至らなかっただろう。

 飛び膝蹴りを華麗に決めたユノは、何事もなかったかのように走り出す。まだ下に向かうらしい。結友は追っていくだけだが、確か次が最下層のはず。カロンに言われて艦内を見て回った経験が、こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。

「――先輩!? 先輩!!」

 ユノと目的地に辿り着くと、そこには脱出用の小型ボートが設置されていた。船尾の食料庫の先にあった非常用格納庫である。発見されづらい場所だ。これなら、たとえ帝国兵が来たって、少しは時間を稼げるだろう。

 非常用格納庫には3人の先客がいた。そのうちの一人が、清艶な蒼髪バニーエルフこと月島澪である。高校3年生であることは周知の事実なので、結友からすれば先輩だ。
 先輩は脱出艇に寝かされていた。着衣は病院で使うようなシンプルな甚平じんべい。襲撃を受けるまで治療していたのだろう。結友の呼びかけには反応しない。傍に駆け寄ると、胸が穏やかに上下している。今は眠ているだけのよう。絶対安静と聞いていたので、もっと深刻な状態と思っていた。そういえば、かなり腕の立つ治療師がついてくれているんだったか。その方に感謝である。

「よかった………ほんとうに……」

 急に足腰から力が抜けた。へなへなと脱出艇の傍に座り込む。ひとまず大きく息をつく。……ようやくだ。ようやく先輩とまた会うことができた。涙が浮かんできてしまう。

 そうして安心すると、むくむくと邪念も湧いてきた。「この状況で?」と自分でも思うが、これは致し方がない、と結友は自分を許す。だって今の先輩、薄着なんだもの。先輩は控え目に言ってもグラマラスだ。実りに実った、たわわな巨乳は、息をする度にゆるやかに柔らかく揺れ、結友の視線を釘付けにする。色白な首筋はうっすら汗ばんで、頬は上気し、エルフの耳元に張り付いた一本の蒼い乱れ髪が、やけに情欲を誘う。生唾を呑み込んだ。

「………(こ、これはマズイ! 良い子には見せられねェ! デカい……圧倒的にデカすぎるし、色っぽすぎて気圧される……! はっ! もしや今先輩ってノーブr)――あだッ!」

 興奮で目を回しそうになる寸前、頭頂部に拳骨が落ちた。ユノが腐った生ゴミを見る目で結友を見下ろしている。冷徹な眼光にゾクリとする。……ちょっとクセになりそう。

「そんな血走った目で月島さんを凝視しないで。穢れるから。さっきまで誠実に心配してたのに、安心した途端ソレなの? ガッカリよ。寝ている女の子をはずかしめるとか、あなた、生きてて恥ずかしくないの?」

 まだ拳骨の痛みも引かないうちに、言葉の刃で結友のこころを抉ってくる。実際に「生きてて恥ずかしくないの?」を頂戴することになろうとは夢にも思ってなかった。幼年期の自分に誤りたくなってくるが……これは先輩のイケナイ肢体にも原因はあると思う。

「や、でも、これは圧倒的過ぎて……なぁ、これを見てユノは本当に何も思わないのか?」

 そう尋ねると、ユノもちょっと表情を固めて、目を泳がせた。好機到来。攻めかかる。

「分かるだろう? 先輩のちょっと姿は、同性ですらドキマギさせる美貌なんだよ……これは男を狂わせる。俺は自制心が利いているほうだって、マジで!」
「………言いたいことはわかったけど、ついでに自分を正当化しないで」 

 ユノは軽く結友を睨んでおくと、静かに待ってくれていた二人の先客に向き直り、頭を下げる。

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。ならびに、彼女をここまで連れてきてくれたこと、隊長に代わり、感謝申し上げます。ありがとうございました」
「……いえ、これくらい構いません」

 清らかで芯のある声音だった。上から下まで真っ白で、清麗な風貌の女のお侍さんである。ポニーテールに縛られた雪色の長髪に、清廉潔白を示す白い袴と白い羽織。その羽織には六花の刺繍が入り、蒼くきらめいていた。例に漏れず彼女も獣人で、白キツネのようである。そのキツネ耳も尻尾も、穢れなき純白だった。年齢は結友よりも上で、武の心得もある神社の巫女のキレイなお姉さんというところ。二十歳前後だろう。凛とまっすぐな光をたたえる黄金の双眸が、結友にはちょっと眩しかった。彼女がまとう空気も清廉として惰気を祓う類のモノ。下心から安易に近寄れば、腰に刺した得物で一刀両断されそうなほど清冽な気魄をまとっている。
 どことなく、少しユノに似通うところがあった。ただ妙なことに、腰に佩いている武器が刀でなく、西洋直剣のエストックであった。不思議に思ったが、口には出さないでおく。この人が先輩を運んでくれたようだ。結友も深く黙礼する。
 結友の一礼も受け取ってくれた雪白狐侍は、清冷な黄金の双眸をユノに向けた。

「艦長は?」
「……殿よ」

 先と違い、ユノは少し砕けた口調で短く答える。一見、素っ気なく感じるが、流麗な目元を僅かに歪めている。雪白狐侍はそれ以上は問わなかった。

「そう…………なら、先を急がないといけませんね。で、そちらが?」
「お察しの通り、イサカ島村の生き残り。カミシロよ。そっちの子――ミヲって言うんだけど、その子と知り合いみたい」
「どうも。神城結友です」

 ユノから紹介されつつ「そういうことだから」と視線で釘を差される。了解の意味も込め、結友は雪白狐侍に軽く頭を下げた。
 雪白狐侍はいたわしげに清冷なお顔を曇らせると、頭の上の白い耳と臀部のもふもふ尻尾もしょぼんとさせて、

「ゆぅらと言います。この度は災難でしたね。ですがお二人とも助かって良かった。これも龍神様の思し召しなのでしょう。だからこそ、今しばしお気張りください。せっかく助かった命を無駄にしないためにも」
「え、あ、はいィ…………」

 最後は結友の手を持ち上げ、両手でそっと包み込んでくれる。不思議なことに、白い手の感覚はスベスベして少しひんやりしているのに、胸の内がポカポカするようだった。
 ――結友と先輩が本当に島の村人なら。

「(うっ! ゆ、ユノさんや! 必要性は理解してるけど良心の呵責がッ! いやまぁ、確かに災難に遭ったのはウソじゃないんだけども……ッ! 島の人達にも悪いよぉ!)」
「(我慢なさい。私だってイイ気はしないけど、必要なことなの。それと鼻の下を伸ばさない。バレるでしょうが)」
「ひぃいい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~~ッ!」
 
 ぎりぎりと万力で締め付けられるような良心の呵責で精神がやせ細ってきたころ、ようやく、雪白狐侍のゆぅらは手を放してくれた。キレイな年上のお姉さんに手を握られて興奮するほど嬉しいのに、こんなにも後ろめたくて苦しい思いもするとは思わなかった。

 本当に、人生には色んなことがある。

「ではすぐに脱出するとしましょう。いつ帝国兵がここまで来るか分かりません。カミシロ殿も、我々は誰なのかとか気になることはあるかと思いますが、それらはこの場を切り抜けてから、ということでお願いします」
「あ、ハイ……」

 ゆぅらからはという形だが、金色の目力を受け、ほぼほぼ命令だった。別にそれは構わないが、雰囲気的に、どうも未だに紹介されないフードを目深にかぶった小柄の人物がのよう。ゆぅらはその護衛筆頭みたいな立場なのかもしれない。むろん、これは結友の推量でしかないが、そう的外れでもないだろう。ユノも今までより大人しい。やはり、首を突っ込みすぎるとやっかいだ。触らぬ神に祟りなし。そっとしておくべし。むしろ感謝してもいいのかもしれない。この方が同乗を許さなかったら、結友と先輩はここまで案内されなかった可能性もあった。

「じゃあ私が操舵するわ。ゆぅらは手伝って。結友、あなたは月島さんの傍に……変なことしないように」
「わ、分かってるって! 言わんでいい!」
「そう? すごーく心配だから言ったのだけど」

 ふふん、と流麗な切れ長の目元に意地悪な微笑を乗せて、ユノは舵輪の感触や計器類のチェックに移った。雪白狐侍のゆぅらは食料などのチェックや破損がないか船の周りを確認している。結友は言われた通り、脱出艇に乗り込んで、座席に寝かされた先輩の傍に座る。眠った先輩のキレイな顔から、上下するたわわな胸元に視線が移り、思わずじぃ~っと観ていると、コホン、とユノの咳払い。ハッとして我に返ると、<フードのお方>が船に乗ろうとして、足先が船べりに引っかかり、バランスを崩したところだった。

「ーーー!」
「おっと! …………大丈夫ですか?」

 顔から倒れかけた<フードのお方>を両腕で抱えてあげると、フードで隠されていたご尊顔があらわになった。

(やっぱり子供だ。キレイ過ぎて男の子か女の子か分からないな。それに――)

 中性的で幼顔の額には、立派な角があった。動物の角ではなく、一対の木の角だ。それも幾年月も経た大木のようで、巌ようにゴツゴツと荒々しく、やや捻れるようにして、力強く空を向いている。

「はぁ~、立派な角だなあ」
「…………あふぅ。ご、ごめんなさい。ボクにはまだちょっとそういうのは早いというか」
「おろ? どうかしーーーうひッ?!」

 見事な盆栽に感嘆したみたいに結友が呟くと、なぜか、腕の中の<フードのお方>が顔を真っ赤にした。訳が分からず困惑していると、スッ……と首筋にエストックの冷たい刃が添えられた。雪白狐侍のゆぅらが、音もなく結友の後ろに立って、黄金の双眸を冷徹にしていた。冷たい刃から殺気が伝わってくる。

「あなた、せっかく龍神様に助けていただいた命、ここで無駄に散らせたいみたいね?」
(なんでなんでなんでなんでなんで!!?)
「なんとか言ったらどうかしら。最後に聞いてあげる」
(あ……マジだこれ。――助けてユノ!)

 まず間違いなく今の発言が原因だが、ゆぅらの逆鱗に触れてしまったようだ。でも訳が判らない。結友は褒めただけである。それとも、今の発言が文化的に何か禁忌に触れていたのだろうか。…………あり得るな。

「…………はあ。剣を下ろしてもらえる?」

 舵輪の感触を確かめていたユノが、頭痛をこらえるようにかぶりを振った。ゆぅらは依然として冷ややかな面持ちで結友の首筋にエストックを添えている。

「今のは完全に結友そいつが悪いけど、ハッキリ言ってイサカ村ってかなり辺鄙な場所でしょう? 判らないというか、そもそも知らないのよ。誰がこの国で一番偉いとか、偉い人の容姿とかね。ま、でも、都会よりも信心に厚いのは皮肉よね?」
「…………他意はないのね?」
「そうよ。そいつ、自分が何をどうやらかしたかすら分かってないから」

 結友は何度も頷きたかったが、首に刃が当たっているため、うかつに動けない。ただゆぅらにも迷いが生まれたようで「一理あるけど……でも今のは見過ごせないし」と独り言を繰り返している。この時、エストックが1ミリもブレなかった。恐れを超えて感心してしまう。………嘘だ。怖い。めっちゃ怖い。

「ゆぅら。剣を下ろしてください」

 中性的な幼顔の<樹の角の君>が結友の弁護に回ってくれた。結友に抱えられたままの状態で。そう言えば、身動きが取れないので、両腕で抱えたままだった。それにしても軽い子だ。

「いや、しかし今の発言は――」
「ボクは気にしていません」

 渋い顔で食い下がるゆぅらに<樹の角の君>は真摯な眼差しを送る。……結友に抱えられたままで。さすがにちょっと格好がつかないので下ろして差し上げたいが、動いたら首筋のエストックが頸動脈を斬り裂いてしまいそうで、やっぱり動けない。怖すぎる。

「もともと転びかけたボクがいけないのです。この方はボクを助けてくれました。恩を仇で返すようなマネはできません。それこそ家の名を汚してしまいます。ご先祖さまに顔向けできません。それにこんなことで時間を無駄にするわけにもいきません。敵が来ているのでしょう? ……なにより、ゆぅらが剣を下ろさないと、この方は動けず、つまりはボクもこのままなので。さすがにこの状況は恥ずかしい」
「――っ! 失礼しました!」

 <樹の角の君>の頬にいじらしく朱が差すと、雪白狐侍は慌ててエストックを引いてくれた。そろそろ<樹の角の君>を抱えている両腕も痛くなってきたところだった。年若いのに、ずいぶんと気の使える子である。……そうあらねばならなかったのかもしれないが。

「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、こちらこそ。そして剣を突きつけてしまい、申し訳ありません。ただ彼女はボクを思ってそうしてくれたので、彼女に非はありません。嫌わないでくれると嬉しいです」

 先手を打って結友がお礼を伝えると、本当に年下だろうかと疑問に思うほど、大人びた対応をしてくれた。ゆぅらのフォローまでしてしまうとは……なんて出来た子だろう。中性的な面立ちなので、可愛らしく微笑まれると、ドキリとしてしまう。また新しい扉が開いてしまいそうだ。

「命拾いしたわね、カミシロ。サs……サフィー君の心遣いに感謝することね。ちなみに、あなたの知り合いの女性を治療しているのもサフィー君だから。言っとくけど、あなたたち、だいぶ良くしてもらっているわよ」

 渋々とエストックを鞘に戻しつつ、恩着せがましく言う雪白狐侍。憤懣ふんまんやる方ないようだ。

「ゆぅら。そんな恩着せがましく言わなくても……そんな大層なモノでもありませんし」
「御大層なモノですよ! きちんと言っておかないといけません。サフィー君の治癒は、誰でも受けられるようなモノじゃありませんので」
「まあまあ。カロン艦長たってのお望みでしたし、艦長には借りがいくつもありますし……また出来してしまいましたけど。返せるといいのですが……」

 <樹の角の君>が幼顔を暗くする。10歳前後の子供がしてよい表情ではなかった。胸が痛む。けれど結友にはどう声をかけたらいいかも分からなかった。それくらい<樹の角の君>は重いものを背負っている。

「大丈夫です」

 颯爽としつつも、優しい声音が沈鬱な静けさに響いた。ユノだった。結友は目を丸くする。そんな軽やかで優しげな表情、見たことなかった。今までの氷のイメージを覆されてより可愛らしく映る。見間違いかと何度か目をこする。幻視ではないらしい。

「あの人、殺しても死なないような胡散臭い人なので。後でそのうち顔を出して、あの時の貸しを返してくれって、厚かましく言うかもしれません。どんな無茶な要求をするやら…………心配するならそちらを」
「うわ、すっごく想像できたわ今」
「ふふ、悪いですよ? ゆぅら」
「あなただって笑ってるじゃない」

 微笑しながら窘める<幼君>に、雪白狐侍も微笑しながら言い返す。

「今は彼らのためにも、すぐにここから脱出しましょう。それが彼らの望みです」
「―――はい」

 <幼君>の顔が少し明るくなって、それに微笑んで頷いたユノは、くるりと結友に振り返るや、微笑みは微笑みでも、ちょっとばかし質の違う圧力と冷たさを感じる微笑みをくれた。ぽん、と肩に置かれた手が、ミチミチと繊指を食い込ませてくる。

「(結友? ……後で覚えておけ)」
「(痛い痛い痛いっ?! ごめんて!)」

 アメジストの双眸をほの暗くさせたユノに泣かされつつ、結友は<幼君>と<雪白狐侍>の様子を窺っていた。
 先ほど、ふたりは臣下の礼をとっていなかった。てっきり皇子とその護衛筆頭かと思ったが、単なるそれではなさそうだった。
 ……興味深い。が、詮索はしない。面倒事しかなさそうだ。そもそも知ってどうする。野次馬根性と言われればその通りであった。

 そうしてユノとゆぅらが脱出艇の最終点検を再開した、そのとき――。

 バン!

 と、隠された非常用格納庫の扉がけたたましく蹴り飛ばされた。扉の向こうから、人影が飛び込んでくる。顔を真っ赤にして、怒り心頭の様子だ。

「ここに隠れていやがったか! 探したぜ、カロン・ウィードニス! 黒髪暴力女ァ! さっきはよくもやってくれたじゃねぇか! てめぇら、許さねぇ! 覚悟しろや! この顔、忘れたとは言わせねぇぞ!」


「「「―――だれ?」」」


 結友、ユノ、ゆぅらの呆れた声が揃った。ひとり、アワアワと慌てる幼君がかわいらしかったことを追記しておく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...