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28話
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私の体が螺旋の宝玉から吐き出され、地べたに転がる。
ひんやりとした聖堂の床が頬の熱をうばっていく。
……もっと思いやりのある排出法はないものか。
「クララ、戻って来たのね!」
頭を押さえて転移のめまいを和らげていると、頭上からコレットの声が聞こえた。
純粋な喜色ではない、切羽詰まった大声。
ただごとではないと体勢を整えた私はすぐさま立ち上がり、視界を確保する。
広間の中央の真っ赤なカーペットの上、レイネがガーディアンと戦っていた。
破壊された机の破片を振り回す、無機質な石像。
最初のような俊敏さはないが、その巨体から繰り出される一撃はみじんも劣化していない。
レイネはそれを辛うじて避け続けている。
ガーディアンの一撃で砕けた床が体に突き刺さったかのように見えたが、寸前で止まった。代わりにレイネを包む淡い緑色の光が、いっそう薄くなる。
コレットの防御魔法……すべてを出し尽くしてギリギリのところで均衡が保たれているようだ。
「きゃ――」
後ずさりながら回避を続けるレイネの足がもつれ、受け身もとれずに倒れてしまう。
……疲労のせいだ。
宝玉に触れていた間、私を守ってガーディアンを引き付けてくれたから……
震える体で立ち上がろうともがくが、
その隙を逃さず、横なぎの一撃が小さな体を吹き飛ばす。
地面を数回転がり、うずくまったままレイネは動かなくなる。
その体から淡い光が放出され、私は胸をなでおろす。
辛うじて、魔法が身を守ってくれたみたいだ。
だがそれを最後に、レイネの体を纏っていた風は空気に溶けて消えてしまった。
レイネは未だ、動かない。
骨が折れて起き上がれないのではない、心が絶望に染められてしまったのだ。
「う、あ……」
声ならぬ声を上げるレイネに、地を揺らしながらガーディアンが向かっていく。
このままだとレイネが……そんなこと、させてたまるか。
私はそのために力を得たのだから。
「レイネ! わたしもどってきたよ!」
「……クララ、ちゃん」
今にも掻き消えてしまいそうなレイネの目に、光が宿る。
――がんばったね、あとは任せて。
私は走り出す。
目指すのは、レイネを害しようと歩を進める灰色をした石人形の――その背中。
目が合わずとも凄まじい圧力を放っているが、その程度では私の心は怯まない。
レイネを失う方がもっと怖いから。
「わたしのともだちから、はなれろ!」
私はガーディアンの無防備な背中に、飛び蹴りを食らわせる。
大切な友達を奪い去ろうとする無機質な石材を蹴って、その反動で一回転。
非力な私では、転倒させることも無ければ体勢を崩すことすらできない。
だけど注意を引くことができた。
ガーディアンは振り向き、二つの赤い眼が私を捉える。
「鬼ごっこのつづきだよでくのぼう」
私はニッと笑うとガーディアンに背を向けて聖堂の奥へ逃げだした。
後ろからズシン、ズシンと地鳴りのような足音が追ってくる。
――よし、ついてきた。
カーペットの上に散らばる木片を飛び越え、がれきを避けて奥へ奥へと進む。
レイネを巻きこまないほどに遠くまで……。
コレットも私の考えを予測できたのか、天井の端まで避難していた。
これなら存分に放てる……!
聖堂の最奥、螺旋の宝玉の前で私は立ち止まる。
カーペットをぐしゃぐしゃにしながら近づいてくる、ガーディアンの赤い瞳がギラリと光ったように見えた。
もはや逃げ場はないと、あとはゆっくり処分するだけだと、そう思っているのだろう。
だけどそれは間違いだ。今の私には戦うための力がある。
それは呼ぶだけでいつでも現れる、俺から託された――実体を持った魂の形。
出てきて、
「――――――操魔灯」
私の手のなかに、緑色のライターがどこからともなく出現する。
回転によって着火石を擦り、火を起こすというオーソドックスなライター。
迫りくるガーディアンに向けてそれを構えた。
使い方なら知っている。
昔は毎日お世話になっていたからね。
危険を悟ったのか奴は速度を上げるが、もう遅い。
私はライターについている歯車のようなホイールを回転させた。
――シュボッ
慣れ親しんだ懐かしい音と共に、小さな火がつく。
あとは――
『……ぶちかましてやれ』
脳内に響いた俺の声に頷いた。
――運命の神様、どうぞ遠慮なく半泣きになりやがれ!
私の心に呼応して、ライターから半透明なガスが噴き出たかと思うと、先に灯った小さな火が膨れ上がった。
靄を飲み込み膨張した火種が、あっという間にすべてを切り裂かんとする巨大な炎の剣に作り替えられる。
「わたしは――みんなをまもってみせる――――――――!!」
天に掲げたライターを、力いっぱい叩きつけるように地に向けた。
頭上を照らす陽炎の剣は、それに合わせて勢いよく振り下ろされ――
耳をつんざく轟音。
吹き荒れる暴風に飛ばされないように、講壇に片腕で掴まる。
赤を通り越して白く燃え盛る灼熱の地獄のなかで、押しつぶされた無骨な影が蒸発するのを確かに見届けた。
上級魔法でようやく傷をつけられるかどうか……そんな強靭なガーディアンであったが、誓いの炎を前に塵すら残さず消え失せた。
宝玉の番人が消滅した後も、生み出された炎はいつまでも大地を焼き続けた。
「レイネー! 大丈夫ー?」
数十分ほど経ち、ようやく魔法が消えた頃。
私は入り口付近で女の子座りをしているレイネに声をかけた。
かなり距離があるため、張り上げるように腹から声を出す。
「大丈夫ー! 助けてくれてありがとうー!」
レイネは手を振って答える。
よかった、巻きこまなかったみたいだ。
「まったく――配分も考えずに魔法を行使するなんて、ずさんなクララらしいというか……そのせいで、あのガーディアンが塵すら残さず消滅しているわ――あら」
「コレット!」
ふらふらと宙から落ちてきたコレットが私の手のひらに収まる。
見た目に変化はないというのにいつもの不思議なオーラが感じられない。
まるで寿命が尽きなほど、弱弱しく感じる。
「帰ったら、やくそくどおりギフトの使いかたをおしえてもらわないとね」
黙り込んでいたら今にも消えてしまいそうな気がして、私は努めて明るく振舞った。
――すぐにいつものような憎まれ口が返ってくる、そう思っていたがコレットはいつまでも口を開かない。
――なんとか言ってよ。
私がそう泣きつこうとしたとき、
空気が震えた。
『みぃつけぇたぞぉ――!!』
一瞬で天井が灰色の壁に塗り替えられる。
その壁に巨大な老人の顔が目いっぱいに広がり、耳をつんざくような大声量でがなり立てた。
「な、なにか怒っているみたい……」
間違いない、宝物庫の扉に刻まれていた老人だ。だけど、今は憤怒の表情を浮かべている。
一体どういうことだろう。
「チッ、最後の最後で気づいたのね……」
浮かび上がったコレットは忌々し気な顔で、何やら詠唱を始める。
気づくって、試練の老人が怒っている理由になにか心当たりがあるようだ。
『……くも――よく、も――』
かみしめるように、呟く。
……何て言っているんだ?
『よぉくもダマしたナァ――――‼』
大きく口を開けて叫ぶと、老人はこちらを鋭く睨みつけた。
騙したって――あっ、もしかして家名を嘘ついて試練を受けたことを……
今頃になって気が付くとは。
『盗人めぇ――』
ドシン――ドシン――
扉の翁が大きく開けた口から、ぼろぼろとガーディアンが零れ落ちてくる。
一体一体が、さっき倒した奴と同じ大きさだ……
「クララ! 入り口まで走りなさい!」
コレットの鋭い声。
指し示す先――宝玉から遠く離れた場所に、脱出用であろうフェアリーサークルが咲き誇っていた。
そのそばには心配そうに窺うレイネの姿があった。
ガーディアンに捕まる前にあそこに辿りついたらクリアってことか。
最後の最後まで忙しいダンジョンだ。
「しっかりつかまっててね」
コレットにそういうと、私は走り出した。
四方八方から私に群がる無数の石人形。
その隙間に体をねじ込むようにして転移門を目指す。
「くっ……」
聖堂の中ばまで引き返したとき、私は壁のように押し寄せたガーディアンたちに囲まれてしまった。
今度は通り抜けられるほどの隙間もない。
「こうなったら――」
私は胸に手を当て操魔灯を顕現させる。
この魔法で道を拓く――
「どけ、モブへいし!」
ライターを点火させようとするも、
シュッ、シュッ――
「あ、れ……?」
私のギフトが大地を焦がす炎を生み出すことはなかった。
「ガス欠かしら~、これだからクララは……」
「し、しらなかったもん!」
呆れた目をしたコレットに、必死になって言い返す。
まさか、連続で使用できないなんて……
「まったく……次に会うときまでには、ちゃんと使えるようになりなさいよ」
「……えっ?」
次って……
聞き返そうとした私の体が、ふわりと宙に浮く。
そのままコレットと一緒に団子状になったガーディアンを飛び越し、出口へ向かう。
私たちを地に叩き伏せようと豪雨のごとく降り注ぐ石像たち。
隣を落下するガーディアンの一体が、私の足に手を伸ばす。
……マズい、捕まる!
「――クララちゃんに触っちゃダメ!」
地上からレイネが叫ぶと、私の足に指が触れるスレスレでガーディアンは機能を停止して地上に落ちていく。
「たすかった――ありがとう! さきに転移してて!」
「うん!」
嬉しそうに返事をしたレイネは、小走りでフェアリーサークルに足を踏み入れた。
体がぐにゃりと揺らぎ、姿が消える。
「わたしたちも入ろう」
転移門はすぐそこだ。
ガーディアンたちも間に合わない――
私の体は下降して、サークルに頭から突っ込む。
ふっと、肩から小さなぬくもりが消えた。
振り向くと、コレットが空中で止まっていた。
「クララ、お別れよ」
寂しそうに微笑む。
「そんな、どうして――」
もう失わないって決めたのに。
こんなに簡単に――
「そろそろ帰らなければいけないの。大丈夫、きっとまたいつか会えるわ」
「わたし、あきらめない! コレットにぜったい会いにいくから!」
事情も分からない、妖精のルールも、どこに住んでいるのかさえも。
それでも絶対に諦めない。何年かけてでも会いに行ってやる!
「ふふ、期待してるかしら~」
遠ざかるコレット。
私は手を伸ばす――届かない、分かっていたも止める気は無い。
全身を掻きまわされるような、奇妙な感覚。
背中が転移門の効力の範囲に入ったようだ。
「またね!」
精一杯唇に弧を描かせて笑顔をつくる。しばしの別れだからと明るい顔をつくったけど、鼻水とかでぐしょぐしょになった顔ではあまり意味がなかったかもしれないな……
最後に映ったのは、おかしそうに笑う、でもちょっとだけ期待の混じった笑顔と、諦め悪く伸ばされた私の腕の先だった。
ひんやりとした聖堂の床が頬の熱をうばっていく。
……もっと思いやりのある排出法はないものか。
「クララ、戻って来たのね!」
頭を押さえて転移のめまいを和らげていると、頭上からコレットの声が聞こえた。
純粋な喜色ではない、切羽詰まった大声。
ただごとではないと体勢を整えた私はすぐさま立ち上がり、視界を確保する。
広間の中央の真っ赤なカーペットの上、レイネがガーディアンと戦っていた。
破壊された机の破片を振り回す、無機質な石像。
最初のような俊敏さはないが、その巨体から繰り出される一撃はみじんも劣化していない。
レイネはそれを辛うじて避け続けている。
ガーディアンの一撃で砕けた床が体に突き刺さったかのように見えたが、寸前で止まった。代わりにレイネを包む淡い緑色の光が、いっそう薄くなる。
コレットの防御魔法……すべてを出し尽くしてギリギリのところで均衡が保たれているようだ。
「きゃ――」
後ずさりながら回避を続けるレイネの足がもつれ、受け身もとれずに倒れてしまう。
……疲労のせいだ。
宝玉に触れていた間、私を守ってガーディアンを引き付けてくれたから……
震える体で立ち上がろうともがくが、
その隙を逃さず、横なぎの一撃が小さな体を吹き飛ばす。
地面を数回転がり、うずくまったままレイネは動かなくなる。
その体から淡い光が放出され、私は胸をなでおろす。
辛うじて、魔法が身を守ってくれたみたいだ。
だがそれを最後に、レイネの体を纏っていた風は空気に溶けて消えてしまった。
レイネは未だ、動かない。
骨が折れて起き上がれないのではない、心が絶望に染められてしまったのだ。
「う、あ……」
声ならぬ声を上げるレイネに、地を揺らしながらガーディアンが向かっていく。
このままだとレイネが……そんなこと、させてたまるか。
私はそのために力を得たのだから。
「レイネ! わたしもどってきたよ!」
「……クララ、ちゃん」
今にも掻き消えてしまいそうなレイネの目に、光が宿る。
――がんばったね、あとは任せて。
私は走り出す。
目指すのは、レイネを害しようと歩を進める灰色をした石人形の――その背中。
目が合わずとも凄まじい圧力を放っているが、その程度では私の心は怯まない。
レイネを失う方がもっと怖いから。
「わたしのともだちから、はなれろ!」
私はガーディアンの無防備な背中に、飛び蹴りを食らわせる。
大切な友達を奪い去ろうとする無機質な石材を蹴って、その反動で一回転。
非力な私では、転倒させることも無ければ体勢を崩すことすらできない。
だけど注意を引くことができた。
ガーディアンは振り向き、二つの赤い眼が私を捉える。
「鬼ごっこのつづきだよでくのぼう」
私はニッと笑うとガーディアンに背を向けて聖堂の奥へ逃げだした。
後ろからズシン、ズシンと地鳴りのような足音が追ってくる。
――よし、ついてきた。
カーペットの上に散らばる木片を飛び越え、がれきを避けて奥へ奥へと進む。
レイネを巻きこまないほどに遠くまで……。
コレットも私の考えを予測できたのか、天井の端まで避難していた。
これなら存分に放てる……!
聖堂の最奥、螺旋の宝玉の前で私は立ち止まる。
カーペットをぐしゃぐしゃにしながら近づいてくる、ガーディアンの赤い瞳がギラリと光ったように見えた。
もはや逃げ場はないと、あとはゆっくり処分するだけだと、そう思っているのだろう。
だけどそれは間違いだ。今の私には戦うための力がある。
それは呼ぶだけでいつでも現れる、俺から託された――実体を持った魂の形。
出てきて、
「――――――操魔灯」
私の手のなかに、緑色のライターがどこからともなく出現する。
回転によって着火石を擦り、火を起こすというオーソドックスなライター。
迫りくるガーディアンに向けてそれを構えた。
使い方なら知っている。
昔は毎日お世話になっていたからね。
危険を悟ったのか奴は速度を上げるが、もう遅い。
私はライターについている歯車のようなホイールを回転させた。
――シュボッ
慣れ親しんだ懐かしい音と共に、小さな火がつく。
あとは――
『……ぶちかましてやれ』
脳内に響いた俺の声に頷いた。
――運命の神様、どうぞ遠慮なく半泣きになりやがれ!
私の心に呼応して、ライターから半透明なガスが噴き出たかと思うと、先に灯った小さな火が膨れ上がった。
靄を飲み込み膨張した火種が、あっという間にすべてを切り裂かんとする巨大な炎の剣に作り替えられる。
「わたしは――みんなをまもってみせる――――――――!!」
天に掲げたライターを、力いっぱい叩きつけるように地に向けた。
頭上を照らす陽炎の剣は、それに合わせて勢いよく振り下ろされ――
耳をつんざく轟音。
吹き荒れる暴風に飛ばされないように、講壇に片腕で掴まる。
赤を通り越して白く燃え盛る灼熱の地獄のなかで、押しつぶされた無骨な影が蒸発するのを確かに見届けた。
上級魔法でようやく傷をつけられるかどうか……そんな強靭なガーディアンであったが、誓いの炎を前に塵すら残さず消え失せた。
宝玉の番人が消滅した後も、生み出された炎はいつまでも大地を焼き続けた。
「レイネー! 大丈夫ー?」
数十分ほど経ち、ようやく魔法が消えた頃。
私は入り口付近で女の子座りをしているレイネに声をかけた。
かなり距離があるため、張り上げるように腹から声を出す。
「大丈夫ー! 助けてくれてありがとうー!」
レイネは手を振って答える。
よかった、巻きこまなかったみたいだ。
「まったく――配分も考えずに魔法を行使するなんて、ずさんなクララらしいというか……そのせいで、あのガーディアンが塵すら残さず消滅しているわ――あら」
「コレット!」
ふらふらと宙から落ちてきたコレットが私の手のひらに収まる。
見た目に変化はないというのにいつもの不思議なオーラが感じられない。
まるで寿命が尽きなほど、弱弱しく感じる。
「帰ったら、やくそくどおりギフトの使いかたをおしえてもらわないとね」
黙り込んでいたら今にも消えてしまいそうな気がして、私は努めて明るく振舞った。
――すぐにいつものような憎まれ口が返ってくる、そう思っていたがコレットはいつまでも口を開かない。
――なんとか言ってよ。
私がそう泣きつこうとしたとき、
空気が震えた。
『みぃつけぇたぞぉ――!!』
一瞬で天井が灰色の壁に塗り替えられる。
その壁に巨大な老人の顔が目いっぱいに広がり、耳をつんざくような大声量でがなり立てた。
「な、なにか怒っているみたい……」
間違いない、宝物庫の扉に刻まれていた老人だ。だけど、今は憤怒の表情を浮かべている。
一体どういうことだろう。
「チッ、最後の最後で気づいたのね……」
浮かび上がったコレットは忌々し気な顔で、何やら詠唱を始める。
気づくって、試練の老人が怒っている理由になにか心当たりがあるようだ。
『……くも――よく、も――』
かみしめるように、呟く。
……何て言っているんだ?
『よぉくもダマしたナァ――――‼』
大きく口を開けて叫ぶと、老人はこちらを鋭く睨みつけた。
騙したって――あっ、もしかして家名を嘘ついて試練を受けたことを……
今頃になって気が付くとは。
『盗人めぇ――』
ドシン――ドシン――
扉の翁が大きく開けた口から、ぼろぼろとガーディアンが零れ落ちてくる。
一体一体が、さっき倒した奴と同じ大きさだ……
「クララ! 入り口まで走りなさい!」
コレットの鋭い声。
指し示す先――宝玉から遠く離れた場所に、脱出用であろうフェアリーサークルが咲き誇っていた。
そのそばには心配そうに窺うレイネの姿があった。
ガーディアンに捕まる前にあそこに辿りついたらクリアってことか。
最後の最後まで忙しいダンジョンだ。
「しっかりつかまっててね」
コレットにそういうと、私は走り出した。
四方八方から私に群がる無数の石人形。
その隙間に体をねじ込むようにして転移門を目指す。
「くっ……」
聖堂の中ばまで引き返したとき、私は壁のように押し寄せたガーディアンたちに囲まれてしまった。
今度は通り抜けられるほどの隙間もない。
「こうなったら――」
私は胸に手を当て操魔灯を顕現させる。
この魔法で道を拓く――
「どけ、モブへいし!」
ライターを点火させようとするも、
シュッ、シュッ――
「あ、れ……?」
私のギフトが大地を焦がす炎を生み出すことはなかった。
「ガス欠かしら~、これだからクララは……」
「し、しらなかったもん!」
呆れた目をしたコレットに、必死になって言い返す。
まさか、連続で使用できないなんて……
「まったく……次に会うときまでには、ちゃんと使えるようになりなさいよ」
「……えっ?」
次って……
聞き返そうとした私の体が、ふわりと宙に浮く。
そのままコレットと一緒に団子状になったガーディアンを飛び越し、出口へ向かう。
私たちを地に叩き伏せようと豪雨のごとく降り注ぐ石像たち。
隣を落下するガーディアンの一体が、私の足に手を伸ばす。
……マズい、捕まる!
「――クララちゃんに触っちゃダメ!」
地上からレイネが叫ぶと、私の足に指が触れるスレスレでガーディアンは機能を停止して地上に落ちていく。
「たすかった――ありがとう! さきに転移してて!」
「うん!」
嬉しそうに返事をしたレイネは、小走りでフェアリーサークルに足を踏み入れた。
体がぐにゃりと揺らぎ、姿が消える。
「わたしたちも入ろう」
転移門はすぐそこだ。
ガーディアンたちも間に合わない――
私の体は下降して、サークルに頭から突っ込む。
ふっと、肩から小さなぬくもりが消えた。
振り向くと、コレットが空中で止まっていた。
「クララ、お別れよ」
寂しそうに微笑む。
「そんな、どうして――」
もう失わないって決めたのに。
こんなに簡単に――
「そろそろ帰らなければいけないの。大丈夫、きっとまたいつか会えるわ」
「わたし、あきらめない! コレットにぜったい会いにいくから!」
事情も分からない、妖精のルールも、どこに住んでいるのかさえも。
それでも絶対に諦めない。何年かけてでも会いに行ってやる!
「ふふ、期待してるかしら~」
遠ざかるコレット。
私は手を伸ばす――届かない、分かっていたも止める気は無い。
全身を掻きまわされるような、奇妙な感覚。
背中が転移門の効力の範囲に入ったようだ。
「またね!」
精一杯唇に弧を描かせて笑顔をつくる。しばしの別れだからと明るい顔をつくったけど、鼻水とかでぐしょぐしょになった顔ではあまり意味がなかったかもしれないな……
最後に映ったのは、おかしそうに笑う、でもちょっとだけ期待の混じった笑顔と、諦め悪く伸ばされた私の腕の先だった。
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