ブラック企業マナー講師、異世界追放されたら魔族に爆ウケしました

ならん

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第3章 追放と孤立

32. 朝日の村で踏み外す一歩

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 夜が明ける頃、俺はようやく足を止めた。どれだけ歩いたのか分からない。夜通し歩き続けたせいで足は棒みたいだし、肩にかけた荷物はやけに重く感じる。けれど、立ち止まった瞬間に押し寄せてくる静けさの方がもっと重かった。

「……どこだ、ここ」

 薄明るい空の下、視界に小さな村が現れた。木造の家がぽつぽつと並び、畑からは朝露の匂いが漂ってくる。煙突から立ち上る白い煙が、ここが人の営みのある場所なんだと教えてくれる。

 胸の奥が少しだけ緩んだ。

(よかった……)

 ようやく人のいる場所に辿り着いた安堵感が、身体の芯からじんわりと広がっていく。誰かと言葉を交わせる。それだけで救われる気がした。

 ゆっくり村へ足を踏み入れると、家から人々が出てきて朝の仕事を始めていた。農具を担いだ男。水を汲みに行く女。パンを抱えて走る子供たち。俺が来たことに気づいた数人がちらりと視線を向けてきた。

 その視線に、反射的に背筋を伸ばしてしまう。

(ここでは……ちゃんとした態度を見せないと)

 勇者パーティにいた頃の癖が抜けない。評価されなきゃいけない、役に立たなきゃいけない──そんな焦りが背中を押す。

「すみません、旅の者です。どこか宿屋は──」

 そう声をかけようとした瞬間、近くの女の人が眉をひそめた。

「ちょっとあんた、家に入る前は靴を払うもんだよ」

 その言葉に、俺の胸の奥に“マナー警察魂”がむくむく顔を出してしまった。

「おお、靴を払う前にですね、本来は敷居の手前で一度軽くかかとを——」

「は?」

 女の人の眉がさらに吊り上がる。周りにいた男も子供も、動きを止めてこっちを見ている。あ、やばい。空気が変な方向へ行っている。

「い、いや、つまり……家屋に入る前の所作は大事でして——」

「そんなの聞いてないし!朝から訳わかんない説教垂れないでくれる!?」

「せ、説教ではなく、配慮の——」

「同じだよ!」

 ばっさり斬られた。周りの村人まで「なんだあいつ」「面倒くさそう……」とひそひそ声を漏らし始める。

 ああ……やってしまった。

 慌てて頭を下げる。

「す、すみません! 悪気はなく、その……」

 謝りながらも、胸の奥にぐさっと刺さるものがあった。“悪気はなかった”──勇者パーティの時も、何度そう思っただろう。いや、何度口に出してしまっただろう。

(また俺は……同じことを……)

 気づけば目の前の光景が勇者一行の怒った顔に変わって見えて、喉の奥が締め付けられた。

 なんとか誤魔化しながら村の中心にある宿屋に向かった。木の扉に手をかけると、軋む音と一緒に中から温かいパンの匂いが漂ってくる。

(ここなら……普通に泊まれるはず)

 そう思いながら扉を開けると、宿屋の女将らしき人が振り向いた。ふくよかで朗らかそうな見た目だ。

「いらっしゃい。旅人さんかい?」

「はい、一泊お願いしたいのですが——」

 そう言いながら靴を脱ごうとした俺の動きを見て、女将が目を丸くした。

「あんた何してんの?」

「えっ? い、いえ……家に入る前は靴を脱ぐのが礼儀でして……」

「ここは土足だよ!」

「えっ」

 ぴしゃりと叱られた。思わず中腰のまま固まる。

「土足でいいんだよ! むしろ裸足で入られたら困るよ!?」

「そ、そうでしたか……!」

(やばい、文化が違う……!)

 混乱していると、女将がじとっと俺を見つめてきた。

「アンタ、さっき外で説教してた旅人だね?」

「っ……」

 村小さっ!! と思ったが、今はそれどころじゃない。

「い、いえその……配慮のつもりで……」

「はぁ……めんどくさい旅人だよ。泊まりたきゃ泊めるけど、ウチで説教はやめておくれよ?」

「も、もちろんです……!」

 胸を撫で下ろした……のも束の間だった。

 女将が部屋の準備をする間、俺は食堂で水を飲んで待つことにした。ちょうど近所の農夫らしき男たちが朝食を食べに来ていた。

 席に座り、何気なく視線を向けたその瞬間だった。

「ずずっ」

 豪快にスープをすする音が響く。

(……っ!!)

 体が反射的に反応した。

「す、すみません!」

「んあ?」

「スープは、音を立てずに飲むのがマナーです!」

 言ってしまった。言った瞬間に後悔が頭の天辺から足元まで流れ落ちた。

「は?」

 農夫が怪訝な顔をする。周りの客も一斉にこっちを向く。

「いや……その、音を立てるのは下品で……」

「うるせぇ!!」

 怒号。店全体が固まる。

「朝っぱらから何文句つけてんだ! ここじゃこう飲むんだよ!」

「そうだそうだ! 旅人の癖に偉そうにしてんじゃねぇ!」

「なんだい、あんた外でも揉めてたって聞いたよ?」

 あっ! 情報回るの早っ!!

 立ち上がった農夫が俺の肩をどんと小突いた。

「帰れ!」

「ちょ、ちょっと待っ——」

「帰れって言ってんだ!!」

 有無を言わさぬ迫力に、俺は情けなく後ずさりした。

 その時、宿屋の女将がバタバタと走ってきた。

「アンタまた説教したのかい!!」

「違、違います! あの、少しの注意を……!」

「同じだよ!! ウチの客に変な口出しするなら帰っておくれ!」

「……う、うぅ……」

 気づけば、村中の視線が俺に突き刺さっていた。冷たくて、拒絶するような目。昨日の仲間たちと同じ、あの痛い視線だった。

 胸がきゅっと縮まり、呼吸がうまくできなくなる。

(また……俺は……同じことを……)

 俯いたまま、俺はふらふらと宿屋を出た。

 村の出口まで歩く足取りは重く、視界も滲んでいた。

「……はは……」

 乾いた笑いが漏れる。

「結局、どこへ行っても嫌われるのか俺は……」

 誰も返事をしない無人の道。朝日だけが、やけに眩しく俺を照らしていた。
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