32 / 50
第3章 追放と孤立
32. 朝日の村で踏み外す一歩
しおりを挟む
夜が明ける頃、俺はようやく足を止めた。どれだけ歩いたのか分からない。夜通し歩き続けたせいで足は棒みたいだし、肩にかけた荷物はやけに重く感じる。けれど、立ち止まった瞬間に押し寄せてくる静けさの方がもっと重かった。
「……どこだ、ここ」
薄明るい空の下、視界に小さな村が現れた。木造の家がぽつぽつと並び、畑からは朝露の匂いが漂ってくる。煙突から立ち上る白い煙が、ここが人の営みのある場所なんだと教えてくれる。
胸の奥が少しだけ緩んだ。
(よかった……)
ようやく人のいる場所に辿り着いた安堵感が、身体の芯からじんわりと広がっていく。誰かと言葉を交わせる。それだけで救われる気がした。
ゆっくり村へ足を踏み入れると、家から人々が出てきて朝の仕事を始めていた。農具を担いだ男。水を汲みに行く女。パンを抱えて走る子供たち。俺が来たことに気づいた数人がちらりと視線を向けてきた。
その視線に、反射的に背筋を伸ばしてしまう。
(ここでは……ちゃんとした態度を見せないと)
勇者パーティにいた頃の癖が抜けない。評価されなきゃいけない、役に立たなきゃいけない──そんな焦りが背中を押す。
「すみません、旅の者です。どこか宿屋は──」
そう声をかけようとした瞬間、近くの女の人が眉をひそめた。
「ちょっとあんた、家に入る前は靴を払うもんだよ」
その言葉に、俺の胸の奥に“マナー警察魂”がむくむく顔を出してしまった。
「おお、靴を払う前にですね、本来は敷居の手前で一度軽くかかとを——」
「は?」
女の人の眉がさらに吊り上がる。周りにいた男も子供も、動きを止めてこっちを見ている。あ、やばい。空気が変な方向へ行っている。
「い、いや、つまり……家屋に入る前の所作は大事でして——」
「そんなの聞いてないし!朝から訳わかんない説教垂れないでくれる!?」
「せ、説教ではなく、配慮の——」
「同じだよ!」
ばっさり斬られた。周りの村人まで「なんだあいつ」「面倒くさそう……」とひそひそ声を漏らし始める。
ああ……やってしまった。
慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 悪気はなく、その……」
謝りながらも、胸の奥にぐさっと刺さるものがあった。“悪気はなかった”──勇者パーティの時も、何度そう思っただろう。いや、何度口に出してしまっただろう。
(また俺は……同じことを……)
気づけば目の前の光景が勇者一行の怒った顔に変わって見えて、喉の奥が締め付けられた。
なんとか誤魔化しながら村の中心にある宿屋に向かった。木の扉に手をかけると、軋む音と一緒に中から温かいパンの匂いが漂ってくる。
(ここなら……普通に泊まれるはず)
そう思いながら扉を開けると、宿屋の女将らしき人が振り向いた。ふくよかで朗らかそうな見た目だ。
「いらっしゃい。旅人さんかい?」
「はい、一泊お願いしたいのですが——」
そう言いながら靴を脱ごうとした俺の動きを見て、女将が目を丸くした。
「あんた何してんの?」
「えっ? い、いえ……家に入る前は靴を脱ぐのが礼儀でして……」
「ここは土足だよ!」
「えっ」
ぴしゃりと叱られた。思わず中腰のまま固まる。
「土足でいいんだよ! むしろ裸足で入られたら困るよ!?」
「そ、そうでしたか……!」
(やばい、文化が違う……!)
混乱していると、女将がじとっと俺を見つめてきた。
「アンタ、さっき外で説教してた旅人だね?」
「っ……」
村小さっ!! と思ったが、今はそれどころじゃない。
「い、いえその……配慮のつもりで……」
「はぁ……めんどくさい旅人だよ。泊まりたきゃ泊めるけど、ウチで説教はやめておくれよ?」
「も、もちろんです……!」
胸を撫で下ろした……のも束の間だった。
女将が部屋の準備をする間、俺は食堂で水を飲んで待つことにした。ちょうど近所の農夫らしき男たちが朝食を食べに来ていた。
席に座り、何気なく視線を向けたその瞬間だった。
「ずずっ」
豪快にスープをすする音が響く。
(……っ!!)
体が反射的に反応した。
「す、すみません!」
「んあ?」
「スープは、音を立てずに飲むのがマナーです!」
言ってしまった。言った瞬間に後悔が頭の天辺から足元まで流れ落ちた。
「は?」
農夫が怪訝な顔をする。周りの客も一斉にこっちを向く。
「いや……その、音を立てるのは下品で……」
「うるせぇ!!」
怒号。店全体が固まる。
「朝っぱらから何文句つけてんだ! ここじゃこう飲むんだよ!」
「そうだそうだ! 旅人の癖に偉そうにしてんじゃねぇ!」
「なんだい、あんた外でも揉めてたって聞いたよ?」
あっ! 情報回るの早っ!!
立ち上がった農夫が俺の肩をどんと小突いた。
「帰れ!」
「ちょ、ちょっと待っ——」
「帰れって言ってんだ!!」
有無を言わさぬ迫力に、俺は情けなく後ずさりした。
その時、宿屋の女将がバタバタと走ってきた。
「アンタまた説教したのかい!!」
「違、違います! あの、少しの注意を……!」
「同じだよ!! ウチの客に変な口出しするなら帰っておくれ!」
「……う、うぅ……」
気づけば、村中の視線が俺に突き刺さっていた。冷たくて、拒絶するような目。昨日の仲間たちと同じ、あの痛い視線だった。
胸がきゅっと縮まり、呼吸がうまくできなくなる。
(また……俺は……同じことを……)
俯いたまま、俺はふらふらと宿屋を出た。
村の出口まで歩く足取りは重く、視界も滲んでいた。
「……はは……」
乾いた笑いが漏れる。
「結局、どこへ行っても嫌われるのか俺は……」
誰も返事をしない無人の道。朝日だけが、やけに眩しく俺を照らしていた。
「……どこだ、ここ」
薄明るい空の下、視界に小さな村が現れた。木造の家がぽつぽつと並び、畑からは朝露の匂いが漂ってくる。煙突から立ち上る白い煙が、ここが人の営みのある場所なんだと教えてくれる。
胸の奥が少しだけ緩んだ。
(よかった……)
ようやく人のいる場所に辿り着いた安堵感が、身体の芯からじんわりと広がっていく。誰かと言葉を交わせる。それだけで救われる気がした。
ゆっくり村へ足を踏み入れると、家から人々が出てきて朝の仕事を始めていた。農具を担いだ男。水を汲みに行く女。パンを抱えて走る子供たち。俺が来たことに気づいた数人がちらりと視線を向けてきた。
その視線に、反射的に背筋を伸ばしてしまう。
(ここでは……ちゃんとした態度を見せないと)
勇者パーティにいた頃の癖が抜けない。評価されなきゃいけない、役に立たなきゃいけない──そんな焦りが背中を押す。
「すみません、旅の者です。どこか宿屋は──」
そう声をかけようとした瞬間、近くの女の人が眉をひそめた。
「ちょっとあんた、家に入る前は靴を払うもんだよ」
その言葉に、俺の胸の奥に“マナー警察魂”がむくむく顔を出してしまった。
「おお、靴を払う前にですね、本来は敷居の手前で一度軽くかかとを——」
「は?」
女の人の眉がさらに吊り上がる。周りにいた男も子供も、動きを止めてこっちを見ている。あ、やばい。空気が変な方向へ行っている。
「い、いや、つまり……家屋に入る前の所作は大事でして——」
「そんなの聞いてないし!朝から訳わかんない説教垂れないでくれる!?」
「せ、説教ではなく、配慮の——」
「同じだよ!」
ばっさり斬られた。周りの村人まで「なんだあいつ」「面倒くさそう……」とひそひそ声を漏らし始める。
ああ……やってしまった。
慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 悪気はなく、その……」
謝りながらも、胸の奥にぐさっと刺さるものがあった。“悪気はなかった”──勇者パーティの時も、何度そう思っただろう。いや、何度口に出してしまっただろう。
(また俺は……同じことを……)
気づけば目の前の光景が勇者一行の怒った顔に変わって見えて、喉の奥が締め付けられた。
なんとか誤魔化しながら村の中心にある宿屋に向かった。木の扉に手をかけると、軋む音と一緒に中から温かいパンの匂いが漂ってくる。
(ここなら……普通に泊まれるはず)
そう思いながら扉を開けると、宿屋の女将らしき人が振り向いた。ふくよかで朗らかそうな見た目だ。
「いらっしゃい。旅人さんかい?」
「はい、一泊お願いしたいのですが——」
そう言いながら靴を脱ごうとした俺の動きを見て、女将が目を丸くした。
「あんた何してんの?」
「えっ? い、いえ……家に入る前は靴を脱ぐのが礼儀でして……」
「ここは土足だよ!」
「えっ」
ぴしゃりと叱られた。思わず中腰のまま固まる。
「土足でいいんだよ! むしろ裸足で入られたら困るよ!?」
「そ、そうでしたか……!」
(やばい、文化が違う……!)
混乱していると、女将がじとっと俺を見つめてきた。
「アンタ、さっき外で説教してた旅人だね?」
「っ……」
村小さっ!! と思ったが、今はそれどころじゃない。
「い、いえその……配慮のつもりで……」
「はぁ……めんどくさい旅人だよ。泊まりたきゃ泊めるけど、ウチで説教はやめておくれよ?」
「も、もちろんです……!」
胸を撫で下ろした……のも束の間だった。
女将が部屋の準備をする間、俺は食堂で水を飲んで待つことにした。ちょうど近所の農夫らしき男たちが朝食を食べに来ていた。
席に座り、何気なく視線を向けたその瞬間だった。
「ずずっ」
豪快にスープをすする音が響く。
(……っ!!)
体が反射的に反応した。
「す、すみません!」
「んあ?」
「スープは、音を立てずに飲むのがマナーです!」
言ってしまった。言った瞬間に後悔が頭の天辺から足元まで流れ落ちた。
「は?」
農夫が怪訝な顔をする。周りの客も一斉にこっちを向く。
「いや……その、音を立てるのは下品で……」
「うるせぇ!!」
怒号。店全体が固まる。
「朝っぱらから何文句つけてんだ! ここじゃこう飲むんだよ!」
「そうだそうだ! 旅人の癖に偉そうにしてんじゃねぇ!」
「なんだい、あんた外でも揉めてたって聞いたよ?」
あっ! 情報回るの早っ!!
立ち上がった農夫が俺の肩をどんと小突いた。
「帰れ!」
「ちょ、ちょっと待っ——」
「帰れって言ってんだ!!」
有無を言わさぬ迫力に、俺は情けなく後ずさりした。
その時、宿屋の女将がバタバタと走ってきた。
「アンタまた説教したのかい!!」
「違、違います! あの、少しの注意を……!」
「同じだよ!! ウチの客に変な口出しするなら帰っておくれ!」
「……う、うぅ……」
気づけば、村中の視線が俺に突き刺さっていた。冷たくて、拒絶するような目。昨日の仲間たちと同じ、あの痛い視線だった。
胸がきゅっと縮まり、呼吸がうまくできなくなる。
(また……俺は……同じことを……)
俯いたまま、俺はふらふらと宿屋を出た。
村の出口まで歩く足取りは重く、視界も滲んでいた。
「……はは……」
乾いた笑いが漏れる。
「結局、どこへ行っても嫌われるのか俺は……」
誰も返事をしない無人の道。朝日だけが、やけに眩しく俺を照らしていた。
0
あなたにおすすめの小説
極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――
銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」
世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。
魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。
彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。
一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。
構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。
彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。
「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」
暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。
管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。
これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。
※アルファポリスで先行で公開されます。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる