43 / 50
第4章 成長と魔族との出会い
43. それは、無礼じゃなかった
しおりを挟む
焚き火の火が、ぱちりと音を立てた。
集落の中央に設けられた広場には、いくつもの火が灯され、その周囲に魔族たちが集まっている。日が落ちきった森の中で、炎だけが揺らめき、影が不規則に地面を踊っていた。
(……宴会、か)
そう判断するまでに、少し時間がかかった。
人間の感覚で言えば、どう見ても「無秩序」だったからだ。誰が主催なのか分からず、席順もなく、料理らしきものは大皿に雑然と盛られ、酒の入った壺が無造作に置かれている。
大きな肉を素手で引き裂き、豪快にかぶりつく者。
酒を一気にあおり、喉を鳴らして笑う者。
互いの背中を叩き合い、意味不明な叫び声を上げる者。
(……昔の俺なら)
喉元まで、言葉がせり上がってくる。
『まずは年長者から』『音を立てるのは無作法です』『落ち着いて食べるべきでしょう』
頭の中に、研修用スライドが次々と浮かぶ。そのたびに、胸の奥がひくりと痛んだ。
(言わないって決めただろ)
自分に言い聞かせる。
ここは俺の知っている世界じゃない。評価する側でも、指導する側でもない。ただ、招かれただけの場所だ。
魔族の一人が、木製の杯を差し出してきた。
「飲め」
「……はい」
受け取った杯は、ずしりと重い。中身は濃い色の酒で、鼻を刺すような香りが立ち上った。
(これ、作法とか……)
また考えそうになり、慌てて思考を止める。
杯を口元に運ぶと、周囲の魔族たちがじっとこちらを見ていた。その視線に、背中がむず痒くなる。
一口。
強烈な刺激が喉を焼き、思わず咳き込みそうになるのを必死で堪えた。
「……っ」
その瞬間、魔族たちがどっと笑った。
「いい顔だ!」
「弱いな、人間!」
だが、その笑いには悪意がなかった。むしろ、どこか楽しげで、歓迎するような響きがある。
(……怒られてない)
拍子抜けするほどだった。
隣に腰を下ろした魔族が、大きな肉の塊を俺の前に差し出す。
「食え」
「……手で?」
「他に何がある」
もっともな返答に、言葉を失う。
(ナイフもフォークも、ないよな……)
人間の宴会なら、確実に指摘していた場面だ。脂で手が汚れるとか、衛生的にどうとか、そんな理屈が頭をよぎる。
だが、ここでは――。
俺は、意を決して肉を掴んだ。
温かい脂が指に絡みつき、思った以上に柔らかい。引き裂いて口に運ぶと、野性的な旨味が一気に広がった。
「……うまい」
思わず、そう呟いていた。
魔族たちが、また笑う。
「だろう!」
「人間に分かるとは思わなかった」
背中を叩かれ、杯を打ち鳴らされる。その一つひとつが、輪の中に引き込まれていく感覚を伴っていた。
(音を立てるな、なんて……)
今ここで言ったら、場の空気を壊すだけだ。
酒を飲む音、肉を噛みちぎる音、笑い声。
それらは、この宴にとって「無礼」ではなく、むしろ必要な要素なのだと、肌で理解する。
しばらくして、魔族の一人が立ち上がり、大声で叫んだ。
「今日の狩りに感謝する!」
それに呼応するように、周囲から雄叫びが上がる。
俺は一瞬、どう振る舞えばいいか分からなくなった。
(静かにする場面、じゃない)
頭では分かっていても、体が追いつかない。声を出すことへの抵抗が、まだ残っている。
だが、ここで黙っていれば、また外側に戻ってしまう気がした。
俺は、腹の奥に力を入れた。
「……おめでとう、ございます!」
人間的すぎる言葉だったかもしれない。それでも、声を上げたことに意味があった。
一瞬の間。
そして――。
「ははは!」
「人間なりに、祝っているぞ!」
笑い声が重なり、誰かが杯を掲げた。
(……受け入れられた)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
気づけば、俺も笑っていた。作法も、正解も、もうどうでもよかった。ただ、この場にいることが、楽しい。
ふと、以前の自分が頭をよぎる。
音を立てるなと注意し、順番を守れと叱り、場の空気を凍らせていた俺。
(あれは……正しかったのか?)
少なくとも、ここでは違う。
この宴において、豪快さは無礼じゃない。
声を上げることは、失礼じゃない。
それは、この場所の礼儀だ。
杯を重ね、肉を分け合い、笑い声に包まれながら、俺はようやく理解した。
(……マナーって、形じゃない)
相手のやり方を否定しないこと。
その場の空気を壊さないこと。
それこそが、今の俺が選ぶべきマナーなんだ。
焚き火の炎が高く上がり、夜空を赤く染める。
その光の中で、俺は初めて、胸を張ってこの宴の輪の中に立っていた。
集落の中央に設けられた広場には、いくつもの火が灯され、その周囲に魔族たちが集まっている。日が落ちきった森の中で、炎だけが揺らめき、影が不規則に地面を踊っていた。
(……宴会、か)
そう判断するまでに、少し時間がかかった。
人間の感覚で言えば、どう見ても「無秩序」だったからだ。誰が主催なのか分からず、席順もなく、料理らしきものは大皿に雑然と盛られ、酒の入った壺が無造作に置かれている。
大きな肉を素手で引き裂き、豪快にかぶりつく者。
酒を一気にあおり、喉を鳴らして笑う者。
互いの背中を叩き合い、意味不明な叫び声を上げる者。
(……昔の俺なら)
喉元まで、言葉がせり上がってくる。
『まずは年長者から』『音を立てるのは無作法です』『落ち着いて食べるべきでしょう』
頭の中に、研修用スライドが次々と浮かぶ。そのたびに、胸の奥がひくりと痛んだ。
(言わないって決めただろ)
自分に言い聞かせる。
ここは俺の知っている世界じゃない。評価する側でも、指導する側でもない。ただ、招かれただけの場所だ。
魔族の一人が、木製の杯を差し出してきた。
「飲め」
「……はい」
受け取った杯は、ずしりと重い。中身は濃い色の酒で、鼻を刺すような香りが立ち上った。
(これ、作法とか……)
また考えそうになり、慌てて思考を止める。
杯を口元に運ぶと、周囲の魔族たちがじっとこちらを見ていた。その視線に、背中がむず痒くなる。
一口。
強烈な刺激が喉を焼き、思わず咳き込みそうになるのを必死で堪えた。
「……っ」
その瞬間、魔族たちがどっと笑った。
「いい顔だ!」
「弱いな、人間!」
だが、その笑いには悪意がなかった。むしろ、どこか楽しげで、歓迎するような響きがある。
(……怒られてない)
拍子抜けするほどだった。
隣に腰を下ろした魔族が、大きな肉の塊を俺の前に差し出す。
「食え」
「……手で?」
「他に何がある」
もっともな返答に、言葉を失う。
(ナイフもフォークも、ないよな……)
人間の宴会なら、確実に指摘していた場面だ。脂で手が汚れるとか、衛生的にどうとか、そんな理屈が頭をよぎる。
だが、ここでは――。
俺は、意を決して肉を掴んだ。
温かい脂が指に絡みつき、思った以上に柔らかい。引き裂いて口に運ぶと、野性的な旨味が一気に広がった。
「……うまい」
思わず、そう呟いていた。
魔族たちが、また笑う。
「だろう!」
「人間に分かるとは思わなかった」
背中を叩かれ、杯を打ち鳴らされる。その一つひとつが、輪の中に引き込まれていく感覚を伴っていた。
(音を立てるな、なんて……)
今ここで言ったら、場の空気を壊すだけだ。
酒を飲む音、肉を噛みちぎる音、笑い声。
それらは、この宴にとって「無礼」ではなく、むしろ必要な要素なのだと、肌で理解する。
しばらくして、魔族の一人が立ち上がり、大声で叫んだ。
「今日の狩りに感謝する!」
それに呼応するように、周囲から雄叫びが上がる。
俺は一瞬、どう振る舞えばいいか分からなくなった。
(静かにする場面、じゃない)
頭では分かっていても、体が追いつかない。声を出すことへの抵抗が、まだ残っている。
だが、ここで黙っていれば、また外側に戻ってしまう気がした。
俺は、腹の奥に力を入れた。
「……おめでとう、ございます!」
人間的すぎる言葉だったかもしれない。それでも、声を上げたことに意味があった。
一瞬の間。
そして――。
「ははは!」
「人間なりに、祝っているぞ!」
笑い声が重なり、誰かが杯を掲げた。
(……受け入れられた)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
気づけば、俺も笑っていた。作法も、正解も、もうどうでもよかった。ただ、この場にいることが、楽しい。
ふと、以前の自分が頭をよぎる。
音を立てるなと注意し、順番を守れと叱り、場の空気を凍らせていた俺。
(あれは……正しかったのか?)
少なくとも、ここでは違う。
この宴において、豪快さは無礼じゃない。
声を上げることは、失礼じゃない。
それは、この場所の礼儀だ。
杯を重ね、肉を分け合い、笑い声に包まれながら、俺はようやく理解した。
(……マナーって、形じゃない)
相手のやり方を否定しないこと。
その場の空気を壊さないこと。
それこそが、今の俺が選ぶべきマナーなんだ。
焚き火の炎が高く上がり、夜空を赤く染める。
その光の中で、俺は初めて、胸を張ってこの宴の輪の中に立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――
銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」
世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。
魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。
彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。
一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。
構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。
彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。
「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」
暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。
管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。
これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。
※アルファポリスで先行で公開されます。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる