ブラック企業マナー講師、異世界追放されたら魔族に爆ウケしました

ならん

文字の大きさ
47 / 50
第4章 成長と魔族との出会い

47. 静かにしなかった弔い

しおりを挟む
 集落に、低い音が満ちていた。

 それは太鼓でも鐘でもない。喉の奥から絞り出すような声が、波のように重なり合い、空気を震わせている。朝の光はあるのに、広場全体が薄暗く感じられた。

(……弔い、か)

 昨日、集落の外れで魔獣に襲われ、一人の魔族が命を落としたと聞いた。婚礼の翌日に弔いが行われることに、最初は戸惑いもあったが、彼らにとってはそれが自然な流れなのだろう。

 広場の中央には、石で組まれた簡素な台があり、その上に遺体が横たえられている。布はかけられていない。傷も、そのままだ。

(……隠さないんだ)

 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

 周囲の魔族たちは、泣き、吠え、叫んでいた。拳を地面に叩きつける者、天を仰いで声を上げる者、遺体にすがりつく者。悲しみを抑える気配は、どこにもない。

(……うるさい)

 反射的に、そんな言葉が浮かんでしまい、俺は慌てて自分を戒めた。

(違う。これは……)

 頭では理解しようとしている。それでも、体が追いつかない。日本で見てきた弔いは、静寂が支配する場だった。声を殺し、涙を堪え、沈黙の中で故人を偲ぶ。

(静かにするのが、礼儀……)

 その考えが、根強く残っている。

 叫び声が、さらに大きくなる。

「――あああっ!」

 胸を引き裂くような声に、思わず肩が跳ねた。

(やめてくれ……)

 喉まで出かかった言葉を、必死で飲み込む。

 ここで「静かに」と言えば、場を壊す。分かっている。分かっているのに、感覚が拒絶する。

 そのとき、隣に立っていた魔族が、低く唸るように言った。

「人間は、黙っているな」

「……はい」

「我らの弔いは、嫌か」

 直球だった。

 一瞬、答えに詰まる。

(嫌じゃない、と言えば嘘になる)

 だが、正直に「嫌だ」と言えば、それもまた違う。

「……慣れていないだけです」

 そう答えると、魔族は俺をじっと見た。

「人間は、泣かぬのか」

「泣きます。ただ……声を出さない」

「なぜだ」

 なぜ――。

 改めて問われると、言葉に詰まる。

「……迷惑になると思って」

 魔族は、鼻を鳴らした。

「悲しみが、迷惑か?」

 胸を殴られたような気がした。

(……ああ)

 自分が何を前提にしていたのか、思い知らされる。

 弔いは、秩序を守る場だと思っていた。空気を乱さないことが、礼儀だと信じていた。

 だが、彼らにとっては違う。

 悲しみを抑えることこそが、不自然なのだ。

 遺体の前に、一人の若い魔族が進み出た。肩を震わせ、喉を鳴らし、そして――大声で泣き叫んだ。

「俺を置いていくな!」

 その声は、広場中に響き渡る。

 胸が、強く締めつけられた。

(……言えない)

 静かにしろなんて、言えない。

 それどころか――。

 目の奥が、熱くなった。

 遺体の表情は、穏やかだった。戦いの後とは思えないほど、静かだ。

(……ちゃんと、送られてる)

 周囲の叫びは、混乱ではない。秩序の崩壊でもない。

 これは、共有だ。

 悲しみを、独り占めにしないための行為。

 胸の奥で、何かがほどけた。

 俺は、一歩前に出た。

(……いいのか?)

 誰に聞くでもなく、自分に問いかける。

 そして、答えを出した。

 俺は、声を上げた。

「……ありがとう」

 自分でも驚くほど、はっきりした声だった。

 周囲の視線が、一斉にこちらを向く。

「一緒に戦ってくれて……生き抜いてくれて、ありがとう」

 言葉が、喉を滑り落ちる。

「あなたが守ったものは、ちゃんとここに残ってる」

 誰に教わった言葉でもない。ただ、今この場で感じたことだった。

 一瞬の沈黙。

 そして――。

「……ああ」

 誰かが、低く応えた。

 次の瞬間、さらに大きな叫び声が上がる。

 だが、それは拒絶ではなかった。

 俺の声も、その波の中に溶け込んでいく。

 涙が、頬を伝った。拭わなかった。

(……静かじゃなくていい)

 この場では。

 泣いていい。叫んでいい。声を上げていい。

 それが、この弔いの礼儀だ。

 しばらくして、炎が遺体を包んだ。高く、激しく燃え上がる火。

 魔族たちは、炎に向かって声を投げる。別れの言葉、感謝、怒り、願い。

 俺は、その隣に立ち、黙らずに見送った。

(……学んだな)

 また一つ。

 静寂が正義じゃない。
 沈黙が礼儀じゃない。

 大切なのは、その場に合った形で、感情を差し出すこと。

 炎が小さくなり、灰が舞う。

 その中で、胸の奥に確かな重みが残っていた。

(……俺は、まだ学び続ける)

 それでいい。

 静かにしなかった弔いは、
 俺に、もう一つの答えを教えてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...