異世界でカフェを開くことになりました

24. レオンのいないカフェでの一日

カフェに戻ってからの日々は、まるで霧の中を歩いているようだった。朝早く起きて、カフェを開け、掃除をし、仕込みをし、客を迎える。すべてがルーチンワークのように感じられ、心ここにあらずの状態が続いた。私の心は、まだレオンの死を受け入れきれずに彷徨っていた。

リュウとアリスも同じだった。リュウはカウンターの奥で、何かに集中しているふりをしながらも、その目はどこか遠くを見つめていた。アリスもまた、注文を取りながらふとした瞬間に立ち止まり、深いため息をつくことが増えた。私たちは皆、心の中に大きな穴が開いたような感覚を抱えていた。

ある日のことだった。カフェはいつも通りの賑わいを見せていたが、私たちの心は重く沈んでいた。客たちは楽しそうに会話を交わし、カフェの中には活気が満ちていたが、私たちの心の中には深い悲しみが渦巻いていた。私はキッチンでハーブティーの準備をしていた。普段ならば手慣れた作業も、その日はどこかぎこちなく感じられた。

「今日は新しいブレンドを試してみよう」と、声に出して自分に言い聞かせた。レオンがよくやっていたように、新しいブレンドを考えることは彼を思い出すきっかけでもあった。いつもは楽しい作業だったが、その日はどこか違っていた。手元が震え、集中できない自分に苛立ちを感じていた。

朝一番の仕込みを終えた私は、店の外の看板を出しに行った。外の空気は澄んでいて、陽の光が温かく私の顔を包み込む。しかし、その心地よさも私の心には届かなかった。通りを歩く人々の笑顔や楽しげな声も、まるで遠くの出来事のように感じられた。看板を所定の位置に置き、深呼吸をしてみたが、心の重さは変わらなかった。

カフェに戻ると、リュウがすでにカウンターの準備をしていた。彼は無言で作業を続け、その目はどこか虚ろだった。アリスもまた、テーブルのセットアップをしながら、何度も立ち止まってはため息をついていた。私たちはそれぞれに悲しみを抱えながらも、日常の業務をこなすことに集中しようとしていた。

午前中の客が少しずつ入り始め、カフェは徐々に賑わいを見せてきた。私はキッチンでハーブティーの準備をしながら、手元の作業に集中しようと努めた。ティーポットにお湯を注ぎ、茶葉を測っていると、不意に手元が狂い、茶葉の入った缶をひっくり返してしまった。茶葉が床に散らばり、私の目の前に広がった。

「どうして……」小さな声で呟くと、涙が自然とこぼれ落ちた。頬を伝う涙が止まらず、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

その時、リュウがキッチンに入ってきた。「菜々美、大丈夫か？」彼の声には心配が滲んでいた。

私は涙を拭うこともせず、ただうつむいたまま床の茶葉を見つめていた。「ごめん、ちょっとぼんやりしてたみたい。手元が狂っちゃって……」言葉が詰まり、再び涙が溢れてきた。

リュウは静かに私の肩に手を置いた。「無理するな、菜々美。みんな、まだレオンのことを引きずってるんだ。君だけじゃないよ」

その言葉に、私はようやく少しだけ心が軽くなった気がした。「ありがとう、リュウ。でも、私たちにはカフェを守る責任がある。レオンのためにも、頑張らないと」

リュウは頷き、微笑んだ。「そうだね。でも、たまには休むことも大事だ。レオンもそう思ってるはずだよ」

昼過ぎには、カフェの客が増えてきた。アリスは忙しく注文を取り、リュウはカウンターで飲み物を準備していた。私はキッチンで料理を作りながら、心の中の悲しみを少しでも紛らわそうとした。しかし、ふとした瞬間にレオンの笑顔や声が頭をよぎり、手元が震えることがあった。

午後になると、常連の客たちが次々とやってきた。彼らは私たちの心情を察してか、優しい言葉をかけてくれた。ある年配の女性が、レオンの思い出話を始めた。「レオン君は本当に素晴らしい青年だったわ。いつも笑顔で、私たちを元気づけてくれたのよ」

その言葉に、私は涙を堪えながら微笑んだ。「ありがとうございます。彼のことを忘れずに、私たちも頑張ります」

リュウもまた、常連客と話をしていた。「レオンのことを思い出すと、本当に元気が出るよ。彼の勇気と優しさは、僕たちにとって大きな支えだった」

アリスも一息ついた後、客席に座っている若いカップルに話しかけた。「レオンはいつもみんなを笑顔にしてくれました。彼のことを忘れないでくださいね」

夕方になり、カフェの賑わいが少しずつ落ち着いてきた。私はキッチンで片付けをしながら、レオンのことを思い出していた。彼が初めてカフェに来た日のことや、一緒に新しいハーブティーを試した日のこと。彼との思い出が次々と浮かび、涙がまた溢れそうになった。

その時、アリスがキッチンに入ってきた。「菜々美、大丈夫？今日は本当に大変だったわね」

私は微笑んで頷いた。「ありがとう、アリス。皆が支えてくれて、本当に助かってる」

アリスは私の肩に手を置き、優しく微笑んだ。「私たちは一緒にいるから、大丈夫。レオンのためにも、これからも頑張りましょう」

夜になり、カフェが閉店する時間が近づいてきた。私は一日の終わりに、カウンターに座り、レオンの写真を見つめた。「レオン、君がいなくなってから、本当に辛い。でも、私たちは君の意思を継いで、このカフェを守っていくよ。君が見守っていてくれることを信じて」

リュウとアリスもカウンターに座り、静かにレオンの写真を見つめた。「レオンのことを忘れずに、これからも一緒に頑張ろう」とリュウが言った。

アリスも頷き、「私たちはレオンの意思を継いで、強く生きていくんだ」と言った。

その夜、カフェの灯りを消し、私たちは店を閉めた。外に出ると、夜空には星が輝いていた。私は深呼吸をし、夜空に向かって静かに祈った。「レオン、君のためにも前に進むよ。君が見守っていてくれることを信じている」

その言葉を心に刻みながら、私は新たな決意を胸に、レオンの思い出と共に生きていくことを誓った。彼の勇気と優しさを忘れずに、少しずつ前に進んでいくことが、私たちの使命だった。カフェのドアが閉まり、新しい一日がまた始まる準備が整った。私は深呼吸をし、明日もまた頑張ろうと心に誓った。