異世界でカフェを開くことになりました

ならん

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58. 揺れる監査官

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カフェの店内は、外の光を取り込んでいるはずなのに、どこか薄暗く感じられた。

営業停止中の空間には、ティーカップの触れ合う音も、常連たちの笑い声もない。
ただ、緊張を孕んだ空気が、菜々美の胸の内と同じように重く流れていた。

テーブルの前に立つヴァレリーは、いつもの端正な姿勢を崩さないまま、真っ直ぐに菜々美を見つめていた。

「まず……謝罪させていただきます。」

「……え?」

菜々美だけでなく、リュウ、ガイデン、アリス、マークの視線が彼女に集まる。

「私は、証拠と証言に忠実であろうとした。……それが正しい判断だと信じてきたわ。でも……昨日、あなたたちの調査報告を読んで、少しずつ見え方が変わってきたの。」

「報告書……」

リュウが短く呟いた。

ヴァレリーはうなずき、手にしていた書類をそっとテーブルに置いた。

「この中にある、複数の証言。それが“偶然に一致した”と言うには、あまりにも不自然すぎる。黒衣の男、アーウィンという名、そして“消された声”……。」

彼女の手は一瞬だけ震えていた。

「実を言うと、私は以前から、ミリアムという名を耳にしたことがあったの。王宮付きの医学士の記録で、数年前に名前が出ている。」

「王宮……?」

ガイデンが驚きを含んだ声を漏らす。

「ええ。彼女はかつて、王宮で“薬草管理補佐”として研修を受けていたの。でも、ある日突然、姿を消した。記録はその時点で打ち切られているけれど……内部では“何らかの不祥事があった”という噂があったわ。」

「じゃあ……彼女が王族に接点を持っていたのは偶然じゃない。」

リュウが低く呟いた。

ヴァレリーはゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「私は監査官として、感情に流されてはならない立場。でも、正義というのは“規則”ではなく“真実”の側にあるべきだと思っているの。」

菜々美は唇を噛んでいた。言葉にしようとして、声が出てこない。

ヴァレリーは一呼吸おいてから、静かに続けた。

「……あなたの無実を信じたい。けれど、今のままでは“疑わしき証拠”しか提示できていない。だからこそ、あなたたちには“決定的な一手”を見つけてほしい。」

「決定的な一手……?」

アリスが恐る恐る聞いた。

「はい。誰もが否定できない“証拠”か、“真実を話せる人物”です。裏に誰がいて、何を企んでいたのか──王族に通じる企てであろうとも、それを告発する覚悟があるのなら、私はその席を整える。」

その瞬間、部屋の空気が変わった。

リュウが立ち上がり、力強く言った。

「ある。……地下貯蔵庫で見た書類。そこにミリアムの名前がはっきりと記されていた。しかも、記載された指示には“精神的影響のある薬草の試験運用”ってあった。」

「さらに……」ガイデンが続ける。

「そこに納品されたハーブの供給元に、王家の印が使われていた帳簿もある。名義上は個人商会を装っていたけど、あれは王族と取引のある名家“セイス家”の刻印だったわ。」

ヴァレリーの目が鋭くなった。

「その刻印を偽造した可能性は?」

「……ゼロではない。でも、質感、材質、印字の潰れ具合まで一致していた。もし偽造だったとしても、内通者がいなければ不可能なレベル。」

ヴァレリーは静かに目を伏せた。

「分かったわ。……その証拠を裁判所に正式に提出できるよう整えて。こちらも検証を急ぐ。」

「協力してくれるのか?」

菜々美の声は震えていた。

「私は裁く者であると同時に、守る者でもある。間違った判決が出ることを、私は見過ごしたくない。」

菜々美は強く頷いた。リュウ、ガイデン、アリス、マーク──誰もがその言葉を信じていた。

「でも、ミリアムは……黙っていないでしょうね。」

ガイデンがぽつりと呟いた。

「だから急がなきゃいけない。彼女が先に動く前に、私たちが全てを明らかにしなくてはならないわ。」

その時、扉の外から小さなノックの音がした。

緊張が一斉に走る中、アリスが扉を開けると、一枚の手紙が足元に落ちていた。

拾い上げると、そこには巻き付けるような文字で、こう書かれていた。

「次に語れば、お前の家族は無事では済まない」

リュウの拳が、無意識に震えていた。

「……やっぱり、もう時間がない。」

ヴァレリーはゆっくりと立ち上がった。

「裁判の再開は三日後。それまでに、真実を揃えて。──私が、この国の正義を守る。」

カフェの扉が閉じられた後、静けさが戻った。

だが、その静けさの裏には、確かな希望の灯が灯っていた。
裁かれるのは菜々美ではない。
真実こそが、今、法の下に立たされようとしていた。
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