亜由美の北上

きうり

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第五章

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 その後も、私と春子さんの交流は続いた。
 放課後に駅のホームや電車の中で彼女の姿を探し、他愛のないことを語り合う日々。とても幸せだった。
 彼女があの三人の女の子に絡まれていた件については、何が原因だったのか、その後トラブルは解決したのか、私には知る由もなかった。
 春子さんも、まるでそんなことは無かったかのような様子で、もしかすると下品な噂話がついて回る彼女にとって、あれは日常茶飯事なのだろうか? などと想像させるほど平然としていた。
 もちろん、あれが彼女にとって好ましい出来事だったわけがない。もしあの暴力を受けたのが自分なら、翌日から少なくとも数日は学校を休むと思う。それが日常茶飯事ならなおさらだ。
 だが私は、春子さんがあの出来事についてどう感じているのかについて、彼女の口から直接聞くことはなかった。そもそも私があれを目撃していたことは話していないし、彼女も気づいていない。もしも私があえてそれを明かしてしまえば、そこで春子さんを助けなかったことについて、私は罪悪感とか春子さんに対する疑心暗鬼とか、そんな何重もの感情による無限の責め苦を受けることになるだろう。私はそうなるのが怖かった。
 ただ、細かいことを言えば、春子さんもまた、私にあの出来事のことを話してはくれなかった。それは、それこそ日常茶飯事だから彼女にとっては話すまでもないことだったのかも知れない。もし本当にそうならいい。だが、もしかすると彼女は彼女で、私を心配させたくない、巻き込みたくない、あるいは話しても頼りにならないと思っていたのかも知れない。もしくは、私が無関係だから。彼女にとってはしょせん他人だから。
 ――などと書くと、こいつは口に出せない、負の感情を抱えた十代の繊細な人間関係を描こうとしているな、などと思われるかも知れない。だが私にそういう意図は特にない。ただ、自分や春子さんの気持ちについて、あえて想像して、名前をつけて、分類すればこんな感じだろうというだけだ。
 印象深くはある。だが高校時代の私と春子さんの関係は、時間的には二年に満たないものだった。しかも会っておしゃべりをするのは放課後の帰り道だけ。電車内のシートは向かい合わせで座るタイプではなかったし、立っていても吊革を握って並び、窓からの景色を見ながら取りとめのないおしゃべりをしていた私たち。考えてみればお互いの顔を見て、瞳を見つめ合っておしゃべりをしたことはほとんどなかったのではないか。
 私たちの関係は、卒業するまで――そして卒業してからも――続いた。三年生になり、大学受験のための活動が本格化すると登校する機会も減ったので、少しだけ疎遠になったがときどき連絡は取り合っていた。
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