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第九章
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いつも通りに春子へさくらんぼを贈ると、彼女からはケーキが贈られてきた。家族三人でそれを食べて夏が終わり、外の風景も秋から冬へ。
「今年はぜんぜん降らないねえ」
クリスマスも近くなってきた頃だ。ある日曜日の朝、私は夫と窓の外を見ながらそんなことを言い合っていた。冬とはいえ、十二月に一度も雪が降らないのはちょっと珍しい。もちろん本格的な冬本番は基本的に一月以降なのだが、それでも、ちらとも降らないのは奇妙だった。
などと考えていたら、昼から急に降ってきた。茉莉にお昼ごはんの納豆うどんを食べさせていたところ、空が暗くなり、大粒の牡丹雪があっという間に外の景色を覆っていった。
「うわあ、雪だ!」
茉莉などは窓の外を見て大喜びだが、大人にとって嘆息ものなのは言うまでもない。ついに来たか。
「ああ、これは観念してタイヤ交換しなくちゃな」
私がぼやく。いつもタイヤ交換は農協の整備工場に頼んでいるのだが、カード支払いを先延ばしにしたいのでギリギリまで交換しない習慣なのだ。
「牡丹雪なら凍結はしないだろうから、夏タイヤでタイヤ交換に行くなら今だよ。滑らないうちに済ませた方がいいかも」
既にタイヤ交換を済ませた夫は、余裕の表情だ。ちなみに、夫もタイヤ交換の技術がないわけではないのだが、素人が下手にやって脱落事故を起こしたら怖い、という理由で絶対に自分ではやろうとしない。
昼食後、茉莉を寝つかせてからリビングに戻った。夫は漫画を読んでいた。
地震が来たのは、私がいつもの習慣でなんとなくテレビをつけた時だった。まるで私がリモコンで地震のスイッチを押してしまったようなタイミングで、最初はぶるぶると震えるような微かな震動が来た。最初はまだ、気のせいかなと思う程度だったが、それがだんだん大きくなり、家がゆっさゆっさと軽く揺さぶられた。
フラッシュバックと言うと大げさだが、どうしても地震が来ると数年前の東日本大震災を思い出して身がすくむ。大きな被害はなかったが、あの時は私も夫も職場で被災してそれなりに難儀した。当時は支店の金融窓口を担当していたので、高速のアイソレーションみたいにいきなり左右に揺れ出した端末や、その後停電してシステムがダウンし、薄暗くなった支店内でピーというエラー音がいつまでも鳴り響いていた記憶がよみがえる。そういえばあの時も雪が降った。
「大きいな」
夫は漫画を放り出すと(言葉の綾である。実際にはそっと置いた)、二階で寝ている娘のもとへ向かった。私も後を追う。地震のときは一階よりも二階の方が揺れるので少し心配だったが、茉莉は全く気付かずに寝息を立てていた。やがて揺れも収まった。
「まだ揺れてる気がする」
客観的に見てもう揺れていないのは頭で分かっていても、かるく酔っぱらっているようなふらつきがあった。夫の服に掴まりながら、茉莉が起きないようにそっと階段を下りる。さっきつけたテレビでは、さっそく地震速報をやっていた。
「震源地は秋田?」
水色の緊急表示画面が、テレビ画面の三分の一くらいを占拠する。そこで「秋田でM7」と出た。陸地からあまり離れていない海底で発生したらしく、私たちの住むあたりは震度2だった。
「なんだ、そんなに大きくはなかったか」
ほっとしたように夫は言ったが、私はそれどころではなかった。秋田と言えば春子だ。今日は日曜だから彼女も在宅か、あるいは外出しているだろう。スマホを取り出し、ラインで安否確認のメッセージを送ってみたが、返事はおろか既読にもならなかった。
いつも通りに春子へさくらんぼを贈ると、彼女からはケーキが贈られてきた。家族三人でそれを食べて夏が終わり、外の風景も秋から冬へ。
「今年はぜんぜん降らないねえ」
クリスマスも近くなってきた頃だ。ある日曜日の朝、私は夫と窓の外を見ながらそんなことを言い合っていた。冬とはいえ、十二月に一度も雪が降らないのはちょっと珍しい。もちろん本格的な冬本番は基本的に一月以降なのだが、それでも、ちらとも降らないのは奇妙だった。
などと考えていたら、昼から急に降ってきた。茉莉にお昼ごはんの納豆うどんを食べさせていたところ、空が暗くなり、大粒の牡丹雪があっという間に外の景色を覆っていった。
「うわあ、雪だ!」
茉莉などは窓の外を見て大喜びだが、大人にとって嘆息ものなのは言うまでもない。ついに来たか。
「ああ、これは観念してタイヤ交換しなくちゃな」
私がぼやく。いつもタイヤ交換は農協の整備工場に頼んでいるのだが、カード支払いを先延ばしにしたいのでギリギリまで交換しない習慣なのだ。
「牡丹雪なら凍結はしないだろうから、夏タイヤでタイヤ交換に行くなら今だよ。滑らないうちに済ませた方がいいかも」
既にタイヤ交換を済ませた夫は、余裕の表情だ。ちなみに、夫もタイヤ交換の技術がないわけではないのだが、素人が下手にやって脱落事故を起こしたら怖い、という理由で絶対に自分ではやろうとしない。
昼食後、茉莉を寝つかせてからリビングに戻った。夫は漫画を読んでいた。
地震が来たのは、私がいつもの習慣でなんとなくテレビをつけた時だった。まるで私がリモコンで地震のスイッチを押してしまったようなタイミングで、最初はぶるぶると震えるような微かな震動が来た。最初はまだ、気のせいかなと思う程度だったが、それがだんだん大きくなり、家がゆっさゆっさと軽く揺さぶられた。
フラッシュバックと言うと大げさだが、どうしても地震が来ると数年前の東日本大震災を思い出して身がすくむ。大きな被害はなかったが、あの時は私も夫も職場で被災してそれなりに難儀した。当時は支店の金融窓口を担当していたので、高速のアイソレーションみたいにいきなり左右に揺れ出した端末や、その後停電してシステムがダウンし、薄暗くなった支店内でピーというエラー音がいつまでも鳴り響いていた記憶がよみがえる。そういえばあの時も雪が降った。
「大きいな」
夫は漫画を放り出すと(言葉の綾である。実際にはそっと置いた)、二階で寝ている娘のもとへ向かった。私も後を追う。地震のときは一階よりも二階の方が揺れるので少し心配だったが、茉莉は全く気付かずに寝息を立てていた。やがて揺れも収まった。
「まだ揺れてる気がする」
客観的に見てもう揺れていないのは頭で分かっていても、かるく酔っぱらっているようなふらつきがあった。夫の服に掴まりながら、茉莉が起きないようにそっと階段を下りる。さっきつけたテレビでは、さっそく地震速報をやっていた。
「震源地は秋田?」
水色の緊急表示画面が、テレビ画面の三分の一くらいを占拠する。そこで「秋田でM7」と出た。陸地からあまり離れていない海底で発生したらしく、私たちの住むあたりは震度2だった。
「なんだ、そんなに大きくはなかったか」
ほっとしたように夫は言ったが、私はそれどころではなかった。秋田と言えば春子だ。今日は日曜だから彼女も在宅か、あるいは外出しているだろう。スマホを取り出し、ラインで安否確認のメッセージを送ってみたが、返事はおろか既読にもならなかった。
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