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とっさについた嘘

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「ねーねー、あかねはさ、誰が好きなの?」
 咄嗟に振られた話題に思わず、驚く。
 私の名前は、八代あかね。平凡な高校二年生だ。

「ええとね……」
 言えない。実はまだ、誰にも恋をしたことがないなんて。
 みんなこの歳になると一通り恋だの愛だの経験しているというのに、私は初恋もまだだった。

 それでも、そんなことを言うのは、恥ずかしく適当に嘘をつく。
「九条……くん、かな」

 九条秋人。スポーツ万能、成績優秀、性格も穏やかで、おまけに顔もいいと来ている。まちがいなく、この学園の王子様だった。 
 彼のことが好きな女子生徒は多い。だから、彼には申し訳ないけれど、私が女子生徒その3として平穏無事にこの学園生活を過ごすために、名前を出した。

「……そうなんだ」

 友達の星野が、なぜか、楽しそうに笑った。
 その顔は完全にからかうときのそれだ。

 どうしよう。深掘りされたら、答えられることが何もない。そう思って焦っていると、星野は、とても意外なことをいった。
「……だってよ、九条くん」
「えっ!?」

 く、九条くん!?
 慌てて後ろを振り向くと、教室の入り口に九条くんが立っていた。どうして。硬式テニス部の彼は、今は部活の時間のはずだ。

 まさか、本人に聞かれてしまうとは。それも、嘘を。

「……八代さん、さっき言ってたこと本当?」

 九条くんがなぜか、顔を赤くして私に尋ねる。

 その顔は真剣そのもので、うっそー☆とは言い出せない雰囲気だった。
 彼は学園一の王子様であり、また、同時に、誰とも付き合わないことで有名だった。
 だから振られるのだろうと思いながら、頷く。
「だったら、俺と付き合って」
「ご、ごめんね、九条くん。私は別に九条くんと付き合えるだなんて、ほんと、全然思ってな──え?」

 てっきり、振られるのかと思っていたのに。
「……え?」
 今、九条くんはなんていった?

「俺も八代さんのこと、好きだよ。だから、俺と付き合って下さい」
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