聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理

文字の大きさ
3 / 76
二度目の生

3  脱出

しおりを挟む
 戦場に出るまでの一か月間は城に滞在することになっている。それは、私はこの国の歴史も戦争も知らないからだった。歴史は魔物たちがいかに残虐なことをしてきたのかということを教えられた。何も、できない小娘とはいえ、聖女が魔物側に寝返られたとあっては困るからだろう。既に何度も聞かされているが、怪しまれるといけないので、まるで初めて聞いたかのように振舞う。
 私は、一か月のほとんどを、ただ淡々と言われるがままにすごした。


 「本を取ってくるので、少しだけ待っていて貰えませんか」
「しかし美香、私は、貴方の護衛です。いかなる時でも貴方の傍に控える義務がある」

 城内の図書室の入り口で、そういうと、ガレンは困ったような顔をした。

「安心してください、ただ、本を取ってくるだけですよ。図書室には、身分証がいるから怪しいものは入ってこれないでしょう。それとも、私を信用できませんか……?」
「……わかりました。そこまでおっしゃるなら」

 ガレンは少し渋ったが、最終的には私一人で図書室に入ることを許可してくれた。
 ――やった! このために、ずっと大人しく言うことをよく聞く聖女を演じてきたのだ。

 図書室に入る前に、おそらく最後になるだろう、ガレンの様子を盗み見る。
 深い青の髪も、金の瞳も、相変わらずカッコいい。
 私がこれからすることによって、ガレンは罰せられてしまうのだろう。でも、今回は教えられてくれていないが、ガレンは実はこの国の第五王子なのだ。罰といっても、大したことにはならないだろう。

 そんなことを考えていると、危うくガレンと目があいそうになり、慌てて視線をそらして図書室の中に入る。

 図書室の中に入ってすぐ、身分証を提示し、ゲートをくぐる。そしてそのまま、奥へ奥へと進んでいく。
奥へ進むに従って、人影はなくなっていった。

 最奥へと辿りつき、足をとめる。
 一番最後の棚の一番右端の本を前の生で言われた通りに動かす。

 左、右、左、上、左、左、下、右

 動かし終わると、本棚は、私でも横へスライドできるほど、軽くなる。これには、魔法が使われているのだとか、何だとか、ガレンは言っていた。

 横へ本棚をスライドさせると、扉が現れた。この国でも一部の人間しか知らない、隠し通路だ。
 私は、前回の生で一度だけ、万が一の時のために、とガレンと一緒に、この道を通った。
 その時に、ガレンは、実は自分は王子なのだと明かしてくれた。

 今生と違い、そんな風に信頼してくれたガレンがなぜ、私を、見捨てたの。

 恨みがましい思いを首を振って切り捨てる。
 何故かはわからないけれど、せっかく、二度目の生を手に入れたんだ。そういう考え方は、やめよう。

 扉の中に入り、本棚を横にスライドさせて元に戻す。これで、隠し通路を知らない人間から見たら何の変哲もない、本棚に見えるだろう。

 いずれ、隠し通路を使ったことがガレンにばれてしまうことがあったとしても、今世では隠し通路のことを教えてもらっていないから、時間が稼げるはずだ。

 案外、聖女は元の世界に戻ったと思ってくれるかもしれない。

 ――さようなら、初恋の人。

 小さくそう呟いて、私は、隠し通路の中へと進んだ。

しおりを挟む
感想 197

あなたにおすすめの小説

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

巻き込まれではなかった、その先で…

みん
恋愛
10歳の頃に記憶を失った状態で倒れていた私も、今では25歳になった。そんなある日、職場の上司の奥さんから、知り合いの息子だと言うイケメンを紹介されたところから、私の運命が動き出した。 懐かしい光に包まれて向かわされた、その先は………?? ❋相変わらずのゆるふわ&独自設定有りです。 ❋主人公以外の他視点のお話もあります。 ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。すみません。 ❋基本は1日1話の更新ですが、余裕がある時は2話投稿する事もあります。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

召喚から外れたら、もふもふになりました?

みん
恋愛
私の名前は望月杏子。家が隣だと言う事で幼馴染みの梶原陽真とは腐れ縁で、高校も同じ。しかも、モテる。そんな陽真と仲が良い?と言うだけで目をつけられた私。 今日も女子達に嫌味を言われながら一緒に帰る事に。 すると、帰り道の途中で、私達の足下が光り出し、慌てる陽真に名前を呼ばれたが、間に居た子に突き飛ばされて─。 気が付いたら、1人、どこかの森の中に居た。しかも──もふもふになっていた!? 他視点による話もあります。 ❋今作品も、ゆるふわ設定となっております。独自の設定もあります。 メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちで読んで下さい❋

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

今更ですか?結構です。

みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。 エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。 え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。 相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...