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二度目の生
18 魔王と恋煩い
――ようやく、梅雨も明けて初夏がやってきた。
今日は、以前魔王とした約束の通り、新しく咲いた花を見に行くことにした。
けれど、その花は夜にしか咲かないらしく、夜になってから魔王は訪ねてきた。
「行くか」
「はい!」
月に照らされた、薄水色の花はそれはもう美しかった。その花を眺めていると、魔王はぽつりと言った。
「魔王の趣味が土いじりなどと、暗いだろうか」
「いいえ」
とても素敵な趣味だと思うけれど。何でそう思うんだろうか。
「ソフィアに――ユーリンの婚約者に暗すぎると幼い頃言われてな」
多分、言った本人は大して覚えてないけれど、言われた本人は良く覚えているやつだろう。それにしても、婚約者か。全然考えたことなかったけれど、身分の高い人――魔物だし、魔王にもいるよね、当然。ガレンは第五王子なのに、いや、第五王子だからか、いなかったけれど。
「……陛下の婚約者はどのような方なのでしょうか?」
どうしよう。その人に今普通に魔王と散歩していることがバレたらまずいんじゃないかな。婚約者が、こんな夜更けにどこの馬の骨とも知れぬ女と散歩。私なら怒り狂う。
「私には、いない」
魔王は苦笑したが、笑っている場合ではない。驚きだ。一国の王様なのに。
「この国では、成人の儀を迎えたものは自分の伴侶となるべき者を選ぶ。伴侶を選んでこそ、立派な成人として扱われるが、そのころ丁度戦が始まって、うやむやになった」
そうなんだ。
「だが、正直ほっとした。私は、この花――この花の名前は恋煩いと言う――のように、恋をしたことがないから」
薄水色の花の名前は、恋煩いというらしい。何でも、恋煩いになった乙女が流した涙でできた、という逸話があるようだ。
「巫女は恋をしたことがあるか?」
魔王に尋ねられて言葉につまる。つい最近恋心を捨てた私にとっては、実にタイムリーな話題だ。ガレンへの恋心を捨てて、気持ちはとても軽くなった。でも、それはそれだけ心に空洞ができたということでもある。
「……あります」
「そうか。巫女はきっと素敵な恋をしたのだろうな」
魔王は羨ましそうに私を見る。どうだろう。ガレンを好きになって、最初のうちは楽しくて嬉しかった。だって、好きな人が四六時中傍にいてくれるのだ。でもガレンに見捨てられてからは、ずっと苦しかった。ずっと、なぜとどうしてを繰り返してばかりで、ちっとも幸せな気分になんかなれなかった。良いことと同じくらい良くないこともあったけれど、恋とはそういうものなのだろうか。
「――そうだといいのですが。陛下もきっとできますよ」
魔王はカッコいいし、それに何より優しい。引く手あまただろうから、そんなに心配しなくても良い気がする。
「ところで、陛下。一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「なぜ、私と視線を合わせてくださらないのですか?」
サーラに尋ねてみたが、この国では位が上の人と話すとき相手の顔を見ると不敬――ではなく、きちんと目を見て話さない方が不敬にあたるらしい。ユーリンはちゃんと私の目を見て話してくれるが、魔王と目線があったのは、片手で数えられるほどしかない。
「すまない。貴方を見ると、動悸がするのだ。特に貴方が笑うと本当にひどい」
それは、心臓の病気ではないだろうか。病気は早期発見、早期治療が鉄則だ。
「私以外の方には、そういった症状は見られませんか?」
「いや、巫女だけだ」
私の体から何か巫女の成分のようなものが出ていて、それが魔王にだけ作用するのでは、と考えかけ、思い出した。巫女は魔王の運命と呼ばれることを。ずっとなぜ何代もの魔王と巫女が結婚するのかと思っていたけれど、きっと巫女からでている謎の成分によって、魔王は動悸がし、その動悸を恋と勘違いした魔王が巫女と恋に落ちるのだ。そうに違いない。
「だが、貴方に失礼だな。今後はそういったことがないよう努力する」
「いえ、やっぱりそのままでいきましょう」
「……そうか?」
「はい。ですが、もし私以外の方にそのような症状がでた場合は、ユーリンに教えてくださいますか?」
「ユーリンに? ……わかった」
そのとき魔王は誰かに恋をしたことになるのだろう。ユーリンなら経験豊富そうだし、きっと魔王の力になれるはずだ。私はその時に生きているかわからないし、それに何より失恋している。魔王には日頃お世話になっているのに残念だが、大した力にはなれそうもない。
「風がでてきた。今宵はここまでにしよう」
魔王が部屋まで送ってくれたので、お礼とおやすみの挨拶をして、部屋の中に入る。
「恋……かぁ」
私も今度こそ、自信をもって素敵な恋をした、と言える恋がしたいな。
今日は、以前魔王とした約束の通り、新しく咲いた花を見に行くことにした。
けれど、その花は夜にしか咲かないらしく、夜になってから魔王は訪ねてきた。
「行くか」
「はい!」
月に照らされた、薄水色の花はそれはもう美しかった。その花を眺めていると、魔王はぽつりと言った。
「魔王の趣味が土いじりなどと、暗いだろうか」
「いいえ」
とても素敵な趣味だと思うけれど。何でそう思うんだろうか。
「ソフィアに――ユーリンの婚約者に暗すぎると幼い頃言われてな」
多分、言った本人は大して覚えてないけれど、言われた本人は良く覚えているやつだろう。それにしても、婚約者か。全然考えたことなかったけれど、身分の高い人――魔物だし、魔王にもいるよね、当然。ガレンは第五王子なのに、いや、第五王子だからか、いなかったけれど。
「……陛下の婚約者はどのような方なのでしょうか?」
どうしよう。その人に今普通に魔王と散歩していることがバレたらまずいんじゃないかな。婚約者が、こんな夜更けにどこの馬の骨とも知れぬ女と散歩。私なら怒り狂う。
「私には、いない」
魔王は苦笑したが、笑っている場合ではない。驚きだ。一国の王様なのに。
「この国では、成人の儀を迎えたものは自分の伴侶となるべき者を選ぶ。伴侶を選んでこそ、立派な成人として扱われるが、そのころ丁度戦が始まって、うやむやになった」
そうなんだ。
「だが、正直ほっとした。私は、この花――この花の名前は恋煩いと言う――のように、恋をしたことがないから」
薄水色の花の名前は、恋煩いというらしい。何でも、恋煩いになった乙女が流した涙でできた、という逸話があるようだ。
「巫女は恋をしたことがあるか?」
魔王に尋ねられて言葉につまる。つい最近恋心を捨てた私にとっては、実にタイムリーな話題だ。ガレンへの恋心を捨てて、気持ちはとても軽くなった。でも、それはそれだけ心に空洞ができたということでもある。
「……あります」
「そうか。巫女はきっと素敵な恋をしたのだろうな」
魔王は羨ましそうに私を見る。どうだろう。ガレンを好きになって、最初のうちは楽しくて嬉しかった。だって、好きな人が四六時中傍にいてくれるのだ。でもガレンに見捨てられてからは、ずっと苦しかった。ずっと、なぜとどうしてを繰り返してばかりで、ちっとも幸せな気分になんかなれなかった。良いことと同じくらい良くないこともあったけれど、恋とはそういうものなのだろうか。
「――そうだといいのですが。陛下もきっとできますよ」
魔王はカッコいいし、それに何より優しい。引く手あまただろうから、そんなに心配しなくても良い気がする。
「ところで、陛下。一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「なぜ、私と視線を合わせてくださらないのですか?」
サーラに尋ねてみたが、この国では位が上の人と話すとき相手の顔を見ると不敬――ではなく、きちんと目を見て話さない方が不敬にあたるらしい。ユーリンはちゃんと私の目を見て話してくれるが、魔王と目線があったのは、片手で数えられるほどしかない。
「すまない。貴方を見ると、動悸がするのだ。特に貴方が笑うと本当にひどい」
それは、心臓の病気ではないだろうか。病気は早期発見、早期治療が鉄則だ。
「私以外の方には、そういった症状は見られませんか?」
「いや、巫女だけだ」
私の体から何か巫女の成分のようなものが出ていて、それが魔王にだけ作用するのでは、と考えかけ、思い出した。巫女は魔王の運命と呼ばれることを。ずっとなぜ何代もの魔王と巫女が結婚するのかと思っていたけれど、きっと巫女からでている謎の成分によって、魔王は動悸がし、その動悸を恋と勘違いした魔王が巫女と恋に落ちるのだ。そうに違いない。
「だが、貴方に失礼だな。今後はそういったことがないよう努力する」
「いえ、やっぱりそのままでいきましょう」
「……そうか?」
「はい。ですが、もし私以外の方にそのような症状がでた場合は、ユーリンに教えてくださいますか?」
「ユーリンに? ……わかった」
そのとき魔王は誰かに恋をしたことになるのだろう。ユーリンなら経験豊富そうだし、きっと魔王の力になれるはずだ。私はその時に生きているかわからないし、それに何より失恋している。魔王には日頃お世話になっているのに残念だが、大した力にはなれそうもない。
「風がでてきた。今宵はここまでにしよう」
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