次女ですけど、何か?

夕立悠理

文字の大きさ
7 / 59
小学生編

部屋中に響き渡ったアラーム音に、顔を顰めて飛び起きた。
 「!!……は」
なぜか、頬が濡れていたのでそれをぬぐった。
 いつもよりも遅い時間に首を傾げる。時計の設定時間がギリギリになっている。いや、それよりもなぜ、誰も起こしに来なかったのだろう。この時間だと遅刻してしまう。焦るように視線をカレンダーに向けて気づいた。
 ああ、そうか。今日から、夏休みだ。

「……どんな夢、だったっけ」 
一気に脱力するのを感じながら、頭を押さえる。泣くような夢ではなく、とても懐かしい夢だったはずだ。ほんの少し前まで、見ていたはずなのにもう消えかかっている。どうにか、思い出そうとしたけれど無理だった。仕方ない。休みだし、もう一眠りしてしまおう。再びシーツに体を沈めようとすると、ノックもなしに扉が勢いよく開け放たれた。

「楓ちゃん、アラームもなったし起きているでしょう。……あら、二度寝とは感心しないわね」
 視線だけをそちらに向けると、姉が仁王立ちをしていた。
 無視して二度寝に入ろうとすると、シーツをひっぺがされた。
 最近、姉のお淑やか、という評価をお淑やか(外面限定)にしようかと真剣に悩む。漫画では、もっと清楚でお淑やかだったはずなのに、現実は少し違うらしい。
 私が再び寝ることを防止するために、姉はぽいっと、シーツを放り投げて、女でも見とれるような笑みを浮かべた。   
 「出かけるわよ」

■  □  ■

 夏だ、プールだ、夏祭りだ!……ということで、現在私たちは、プールに来ている。
 でも、私にしてみればこれはプールとは言わない。この人口密度はプールじゃない。プールとはもっと人があふれ、いかにして空きスペースを探し楽しむかが醍醐味のはず。
 それなのに、このプールはちらほら人がいるが、私が知るプールに比べて圧倒的に人が少ない。
 会員制のプールとかいうヤツだ。泳いでいるのは、みんなお金持ちだけ。

 姉は、そのお金持ちの子供たちの視線をたくさん集めていた。いや、姉だけではない。姉の近くで浮き輪をつけ、楽しそうに浮かんでいる、我が家のお姫様二号――……、私の妹であり、『三女の彼女』のヒロインである道脇桃どうわきもももだろう。
 父と母はその様子を近くで微笑ましそうに見守っていた。

 今は、道脇桜の妹、という視線で見られることが多いが、あと二年後にはそれに道脇桃の姉という視線も加えられるのだろう。
 そんなことを思いながら、ぼーっとしていると、ちょんちょんとつつかれた。

「楓さんは、泳がないの?」
 下に視線を落とすと、いつの間にかプールから上がっていたらしい妹だった。
 道脇家で一番強は姉だ。次いで妹。妹は、姉を一種の神様だと思っているらしく、姉を崇め、何かと姉と一緒にいたがる。さっきのプールもそうだ。
 妹は、姉のことを桜お姉様と呼んでいる。そして、私は楓さん。私もお姉さんらしい振る舞いを妹に対してしたか、と聞かれれば否と答えるので、姉と呼ばれずとも文句は言えない。

 「桜お姉様は、あんなに上手に泳いでいらっしゃるのに」
 プールで、姉がクロールをしていた。綺麗なフォームだ。とても小学二年生には思えない。
 妹は、私と姉を比べたがる。そして、姉と比べて劣る私を見て、ああやっぱりという顔をするのだ。
「……私と話すより、お姉様に泳ぎ方を教えて頂いた方が有益ではないかしら」
 それだけ答えて、背を向けた。妹は、まだ何か言いたげだったが、気にしない。

「……はぁ」

 妹が入学してくる二年後はさらに面倒になりそうだ。今世になって、どうも私は溜息をつくことが増えた。溜息をつくと、幸せが逃げていくと聞いたことがある。
 溜息は少し控えようとは思っているものの、つい漏れてしまう。もっと気を付けないと。そう思いながら、足を動かした。

 姉が泳いでいる場所以外にもプールはある。姉が泳いでいるのはメインプールだから、少し人が多い。端っこにある小さなプールで泳ぐことにしよう。 
 泳ぐこと自体は嫌いじゃない。
 軽く準備運動をして、プールに入った。ひんやりとした水が肌に心地いい。

 壁を蹴って、仰向けになり背泳ぎをしようとしたら、腕を掴まれ、プールサイドに引き上げられた。
「……!!ゴぼっ!!ごっほぉ!!」
 水を飲んでしまいげほげほと激しく咳き込むと、心配そうな瞳と目が合った。
 「楓!大丈夫?」
「淳、お兄様?どうしてここに?」
私の腕を掴んでいたのは淳お兄様だった。淳お兄様もプールに来ていたとは。知らなかった。

「どうしてって、楓が溺れていたから慌てて助けに入ったのだけど、本当に大丈夫?」
「お、おぼれ……」
 おかしいな。一応泳ぎには自信があったはずなのに。
「だって、明らかに溺れかけていただろう」
 「ええとですね、溺れていたのではなく、背泳ぎを……」
「あれは泳ぐとは言わない」
 私が必死に誤解を解こうとしたのも空しく、淳お兄様はそう言い切って、私を他のプールに連れて行った。

 「……あの」
「ここならいくら泳いでも構わないよ」
 わあ、そうですねここなら足がついて安心。
 でも、全く楽しくない。

 淳お兄様が私を連れてきたのは、水が私の腰ほどもない高さのプールだった。どこからか持ってきた浮き輪も有無を言わさずにつけられた。これなら確実に溺れないだろう。
 しかも、淳お兄様の監視つきだ。
「あの、私はもう大丈夫なので、淳お兄様はどうぞ他のプールに行ってください」
「僕がどこかに行ったらまた深いプールに移動する気だろう」
なぜばれた。私が目を泳がせると、笑われた。
「それくらいわかるよ。ほら、泳ぎ方を教えてあげるから練習しよう」

 手を差し出した淳お兄様をじっとみる。私がどこかに行ってほしいのは、深いプールに戻りたいからだけではない。わからないのだろうか、さっきから随分と女の子たちの視線を集めているというのに。正直言って、その視線のせいで居心地が悪かった。
 なんで、気付かないんだ。あ、そうか。この人、無自覚系人たらしだった。それなら仕方ないな、うん。
 「私、教えて頂かなくとも泳げます」
「だったら、もっと上手く泳げるように教えてあげるよ」 
淳お兄様は苦笑した。私は今、すごくふてくされた顔をしているだろう。自分でも可愛くないと思う。
 こんな私に構わずに、姉のところにいけばいいのに。
 私がそういうと、淳お兄様は微笑んだ。
「だって、僕は楓の兄だからね」
「?」
 確かに従兄ではあるけど、それなら姉や妹にも言えることではないのだろうか。
 私が首を傾げると淳お兄様はそういうことじゃない、と首を振った。よくわからない。


 ■  □  ■

 淳お兄様は、優しそうな顔をしているくせにスパルタだった。
 体中が痛い。
「お疲れ様」
「……ありがとうございました」
 有難いが、二度と頼みたくない。私は泳げるのだ。
 淳お兄様がアイスを奢ってくれた。美味しかった。とても美味しかったので、溺れている発言をされたことも忘れることにした。

 淳お兄様は、一人で来ていたらしく、淳お兄様に気付いた父と母の勧めで一緒に帰った。
 車の中で、別荘に一緒に行かないか、と勧められた淳お兄様は一瞬だけ私を見て、どこか遠い目をした。一週間後に軽井沢の別荘に行くことになっているのだ。
 そういえば、去年も淳お兄様も一緒だったな、と思い出す。
 なかなか楽しかったので、一緒にいきましょう、と誘ったら微妙な顔をされた。私は、去年淳お兄様に何かしただろうか。考えたけど、あまり思い浮かばなかった。
 微妙な顔をしているお兄様を見て、なぜか必死に父と母がストッパーがどうのとか、止められるのは君しかいない、とか言っていた。

 一体なんだというのだろう。そんなに暴走するようなものはなかったはずだ。
 結局、父と母の迫力に圧されて淳お兄様も、別荘にいくことになった。
 「本物がみたいときは、言ってくれたらちゃんと見せてあげるから」
「……?はい」
本物って何のことだろう。内心で首を傾げながら、頷いた。頷かないとマズい雰囲気だった。
 楽しい夏になりそうだ。
 そういえば、別荘の近くに市民プールはあっただろうか。浮き輪もつけ、水が腰までない状態で溺れかけたが、あれは高級なプールが合わなかっただけだ。普通のプールならちゃんと泳げるはず。
 何とかして別荘を抜け出せないかな。
 そんなことを考えていると淳お兄様と目が合った。
「何か変なこと考えていない?」
「いえ、何も」
やっぱり、淳お兄様を誘ったのは、間違いだったかもしれない。

 いや、でも、淳お兄様が一緒だとお菓子が豪華になるのだ。今日買って貰ったアイスにもおまけがついていた。美形だと、それだけで得である。
 夏休みはまだ、始まったばかりだ。  
感想 89

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。

木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。 本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。 しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。 特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。 せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。 そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。 幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。 こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。 ※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)