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第9話 朝の一幕
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「結局1日中励んじまった……」
日の光と、街道の喧騒が窓から入り込んでくる。
現在、メアは窓の前で、しかも一糸纏わぬ状態で仁王立ちをしていた。妙に悟ったような表情で、それでいて開き直ったとも取れるような微妙な表情をしながら。
初めての感覚に酔ったメアは夕食を摂ることも忘れてそれだけに没頭していた。食事も睡眠も不要な体ではあるが、周囲の者達からしてみればメアは立派な一人の人間なのだ。メア自身も周囲に不信感を抱かせないよう、人目のあるところでは普通の人間の生活をしようと考えていたのだが、ことはそううまくいかなかった。
(だってしょうがないじゃないか! こんなの知ったら誰でもこうなる!)
誰に対して弁解するわけでもない。ただ今のメアは無性に言い訳がしたかった。
「……とりあえず朝食ぐらいは食べよう。今の時間ならやってそうだしな」
手早く身支度を整えて部屋のドアの前に立つ。一度部屋の内装を見渡すように振り向き、未だに胸の内に燻っている羞恥と自己嫌悪の念を吐き出すかのように小さく息を吐く。
「夜にやらなきゃいけないことが一つ増えただけだ。大した問題じゃない!」
そんな自己弁護ともとれる言葉を吐き捨てるかのように呟き、メアは部屋を後にする。廊下に出れば街道の喧騒とはまた違った賑わいが下の階から微かに聞こえてくる。
「あら、おはよう」
下に降りると、食堂で数名の宿泊客が食事をとっていた。マーサも食堂におり、慌ただしく動き回っている。マーサはメアの姿を認めるなり、興味深いものを見つけたかのような笑みを浮かべメアへ挨拶を飛ばす。
「おはようございます。……なんですかその笑みは」
もしかして聞かれたのではという一抹の不安がメアの頭をよぎる。実際、後の方になってくるとついつい夢中になってしまい声を我慢するのを怠っていたのだ。
嫌な汗がメアの背中を伝う。知られたら社会的に終わり。そんな思考がメアの精神を支配する。無意識に手に込める力を強め、唇を固く閉ざす。
「昨夜は王子様との逢瀬で忙しかったみたいじゃない?」
その一言でメアは心臓が鷲掴みにされたかのような感覚に襲われる。しっかりと床に足をつけ、ほんの一瞬前まで足裏にしっかりとした感触が伝わっていたにもかかわらず、今はまるで雲の上にでも立っているかのように頼りない。
遠まわしな表現ではあるが、マーサのニヤニヤとした、いやらしい笑みからやはり昨夜聞かれていたのだとメアは悟った。
「夕食時にも降りてこないから不審に思ってねぇ。夕食時ってことを伝えようとあんたの部屋に向かったら部屋から声が聞こえてくるじゃないか。何かあったのかと思ってあんたの部屋に近づいたら……ね?」
頭の中が真っ白になりながらも顔は真っ赤なメアに構わず、マーサはどんどんメアの心を抉るのに十分な一撃を放っていく。
「一時の逢瀬だと思ってまた後で訪ねようとしたらその時もまだやってるじゃないか! あんたの王子様は随分精力的な御方みたいだけど、ちゃんと夕食はとりなよ? ああそうだ。声は獣人のあたしでも微かに聞こえる程度だったから、あたし以外には知らないだろうから安心しな?」
マーサは慰めのつもりで言っていた。しかしメアからしてみれば1人に知られただけでも致命的なのだ。慰めどころかトドメの一撃になっていることをマーサは知る由もなかった。
「朝食はサービスでタダにしてあげるよ。ちゃんと”栄養”つけなきゃいけないからね」
あんたの王子様のためにもね、そんな言葉と共にメアの肩をたたきながら同情と憐憫が微かに混ざった笑みをマーサはメアに向ける。しかし向けられる方からしてみればその顔にはしょうがない奴だなと鮮明に書かれているようであった。
(どうみても煽られてるよなぁ……)
背中を押され、無理やりテーブルにつかされる形で椅子に座ったメアは厨房の方へ向かっていくマーサの姿を見送る。同情と憐憫のお返しと言わんばかりに怨嗟を込めた目線を送りながら。
(……次はうまくやるぞ!)
メアの頭の中にはそもそも励まなければいいという思考は存在しなかった。
(とりあえず今日も森でゴブリン狩りだな。それと並行して他クラスのスキルとかが使えるのか検証しよう。やることは多いな。今日も森で一夜を明かすことになりそうだ)
メアは気を取り直して今日の日程を組み上げていく。
(使えそうなスキルがあれば……積極的に取り入れる! にしても、この世界に来た時や初依頼の時にスキルの検証すればこんなことにはならなかったんだがな。冷静になっているつもりでも心のどこかで動転していたんだろう)
気がついたらゲームのキャラクターの姿で知らない森の中に放り込まれていたのだ。冷静でいられる人間はいないと言っても過言ではないだろう。
メアが不埒ながらも意思を固めていると、メアに近づく一つの影があった。
「おまたせしました」
若い男の声と共にメアの目の前に置かれたのは簡素な木のトレー。トレーには白く濁った野菜のスープと見るからに硬そうなパン。地球のメニューと比較すればテーブルをひっくり返したくなるものではあるが、ここは地球のように非常に安定した食料供給を行える世界ではない。さらに言えばここは安宿なのだ。それらを鑑みれば十分に上等なものとなる。
そんな料理ではあるが、メアは大して気に留めていなかった。目に映るもの全てが新鮮で、例え不味い料理であっても楽しく食べることが出来るためだ。とはいってもメアはまだこの世界で不味いといえるような料理を口にしたことはない。リュークの邸宅で口にした食事も十分美味といえるようなものだった。
「ありがとうございます」
作り笑顔を料理を持ってきた相手の方へ向けつつ、メアは感謝を述べる。
メアの視界に映ったのは自分と同い年程度の獣人の男の子。その顔はどことなく、マーサを思い出させるものだ。
「っ!」
この宿の息子だろうか、とメアがこっそり考えていると獣人の男の子もメアの方へと顔を向ける。すると一気に顔を赤らめて逃げるように厨房の方へ走っていってしまった。
「なんか悪いことしたかな? まあいいか。まずは朝食をいただこう」
もしかして彼にも聞かれていたのでは、という考えは無意識下で除外している。そんなことを考え始めてしまえば最後、宿泊客全員にも聞かれていたのではという思考に陥るのは目に見えているから。
「いただきます」
前世から染み付いた習慣。これはこの世界でも続けていこうと心の中で思いながら、メアは出された朝食を食べ始めた。
♦
「メアは今日も泊まるのかい?」
朝食を食べ終わるのを見計らっての事なのか、メアが朝食を食べ終えて一息ついているとマーサがメアに声をかけてくる。
「いえ、今日は依頼を受けるので、森で一泊することになると思います」
「そうかい…… 依頼を終えたらまた来てくれるんでしょ?」
「ええ、そのつもりです。何かあったんですか?」
どこか残念そうにしているマーサに疑問を抱いたメアは問いかける。マーサからしてみれば自分も一人の宿泊客にすぎないだろうとおもってのことだ。
「息子のライアンと仲良くしてほしいと思ってね。年も近いだろうし、友達は多いに越した事はないだろ?」
「ええまあ、そうですね」
やっぱりあの男の子は息子だったのかとメアは内心思いながら、仲良くしてほしいという言葉に何か引っかかるものを感じていた。
「では、明日また来ますね」
マーサとの会話も一段落つき、メアは席を立つ。
「おや、荷物とかは?」
「既にまとめてますよ」
「そうかい。あんたが泊まった個室は取っておいてあげるよ。どうせこの宿を利用する人で個室を使うのは稀だしね」
「稀なのですか?」
「そうだよ。安宿だからね。冒険者になりたての奴がここをよく使うのさ。相部屋で一緒の部屋になった奴同士でパーティ組んだりとかね。ようは出会いの場と言う訳だ。そういう意味ではメアは珍しいタイプだね」
なるほど、とメアは心の中で感心した。
実際、冒険者になりたての者たちは何をするにしてもおぼつかないもの。ましてや命のやり取りが頻発する冒険者と言う職業ではちょっとした油断や準備不足が命取りになるのがざらなのだ。そこでパーティを組むことにより、お互いのミスをカバーしあうことで生存率を高め、協調性というものを学んでいくのだ。
「っと、引き留めて悪かったね。頑張ってくるんだよ!」
「はい。頑張ってきます」
マーサと別れ、宿から出る。外に出た瞬間、じりじりと照り付ける日の光と柔らかく吹き付ける風。それを全身で受け、一つ気合を入れなおす。
「よし、ギルドへ行くか!」
日の光と、街道の喧騒が窓から入り込んでくる。
現在、メアは窓の前で、しかも一糸纏わぬ状態で仁王立ちをしていた。妙に悟ったような表情で、それでいて開き直ったとも取れるような微妙な表情をしながら。
初めての感覚に酔ったメアは夕食を摂ることも忘れてそれだけに没頭していた。食事も睡眠も不要な体ではあるが、周囲の者達からしてみればメアは立派な一人の人間なのだ。メア自身も周囲に不信感を抱かせないよう、人目のあるところでは普通の人間の生活をしようと考えていたのだが、ことはそううまくいかなかった。
(だってしょうがないじゃないか! こんなの知ったら誰でもこうなる!)
誰に対して弁解するわけでもない。ただ今のメアは無性に言い訳がしたかった。
「……とりあえず朝食ぐらいは食べよう。今の時間ならやってそうだしな」
手早く身支度を整えて部屋のドアの前に立つ。一度部屋の内装を見渡すように振り向き、未だに胸の内に燻っている羞恥と自己嫌悪の念を吐き出すかのように小さく息を吐く。
「夜にやらなきゃいけないことが一つ増えただけだ。大した問題じゃない!」
そんな自己弁護ともとれる言葉を吐き捨てるかのように呟き、メアは部屋を後にする。廊下に出れば街道の喧騒とはまた違った賑わいが下の階から微かに聞こえてくる。
「あら、おはよう」
下に降りると、食堂で数名の宿泊客が食事をとっていた。マーサも食堂におり、慌ただしく動き回っている。マーサはメアの姿を認めるなり、興味深いものを見つけたかのような笑みを浮かべメアへ挨拶を飛ばす。
「おはようございます。……なんですかその笑みは」
もしかして聞かれたのではという一抹の不安がメアの頭をよぎる。実際、後の方になってくるとついつい夢中になってしまい声を我慢するのを怠っていたのだ。
嫌な汗がメアの背中を伝う。知られたら社会的に終わり。そんな思考がメアの精神を支配する。無意識に手に込める力を強め、唇を固く閉ざす。
「昨夜は王子様との逢瀬で忙しかったみたいじゃない?」
その一言でメアは心臓が鷲掴みにされたかのような感覚に襲われる。しっかりと床に足をつけ、ほんの一瞬前まで足裏にしっかりとした感触が伝わっていたにもかかわらず、今はまるで雲の上にでも立っているかのように頼りない。
遠まわしな表現ではあるが、マーサのニヤニヤとした、いやらしい笑みからやはり昨夜聞かれていたのだとメアは悟った。
「夕食時にも降りてこないから不審に思ってねぇ。夕食時ってことを伝えようとあんたの部屋に向かったら部屋から声が聞こえてくるじゃないか。何かあったのかと思ってあんたの部屋に近づいたら……ね?」
頭の中が真っ白になりながらも顔は真っ赤なメアに構わず、マーサはどんどんメアの心を抉るのに十分な一撃を放っていく。
「一時の逢瀬だと思ってまた後で訪ねようとしたらその時もまだやってるじゃないか! あんたの王子様は随分精力的な御方みたいだけど、ちゃんと夕食はとりなよ? ああそうだ。声は獣人のあたしでも微かに聞こえる程度だったから、あたし以外には知らないだろうから安心しな?」
マーサは慰めのつもりで言っていた。しかしメアからしてみれば1人に知られただけでも致命的なのだ。慰めどころかトドメの一撃になっていることをマーサは知る由もなかった。
「朝食はサービスでタダにしてあげるよ。ちゃんと”栄養”つけなきゃいけないからね」
あんたの王子様のためにもね、そんな言葉と共にメアの肩をたたきながら同情と憐憫が微かに混ざった笑みをマーサはメアに向ける。しかし向けられる方からしてみればその顔にはしょうがない奴だなと鮮明に書かれているようであった。
(どうみても煽られてるよなぁ……)
背中を押され、無理やりテーブルにつかされる形で椅子に座ったメアは厨房の方へ向かっていくマーサの姿を見送る。同情と憐憫のお返しと言わんばかりに怨嗟を込めた目線を送りながら。
(……次はうまくやるぞ!)
メアの頭の中にはそもそも励まなければいいという思考は存在しなかった。
(とりあえず今日も森でゴブリン狩りだな。それと並行して他クラスのスキルとかが使えるのか検証しよう。やることは多いな。今日も森で一夜を明かすことになりそうだ)
メアは気を取り直して今日の日程を組み上げていく。
(使えそうなスキルがあれば……積極的に取り入れる! にしても、この世界に来た時や初依頼の時にスキルの検証すればこんなことにはならなかったんだがな。冷静になっているつもりでも心のどこかで動転していたんだろう)
気がついたらゲームのキャラクターの姿で知らない森の中に放り込まれていたのだ。冷静でいられる人間はいないと言っても過言ではないだろう。
メアが不埒ながらも意思を固めていると、メアに近づく一つの影があった。
「おまたせしました」
若い男の声と共にメアの目の前に置かれたのは簡素な木のトレー。トレーには白く濁った野菜のスープと見るからに硬そうなパン。地球のメニューと比較すればテーブルをひっくり返したくなるものではあるが、ここは地球のように非常に安定した食料供給を行える世界ではない。さらに言えばここは安宿なのだ。それらを鑑みれば十分に上等なものとなる。
そんな料理ではあるが、メアは大して気に留めていなかった。目に映るもの全てが新鮮で、例え不味い料理であっても楽しく食べることが出来るためだ。とはいってもメアはまだこの世界で不味いといえるような料理を口にしたことはない。リュークの邸宅で口にした食事も十分美味といえるようなものだった。
「ありがとうございます」
作り笑顔を料理を持ってきた相手の方へ向けつつ、メアは感謝を述べる。
メアの視界に映ったのは自分と同い年程度の獣人の男の子。その顔はどことなく、マーサを思い出させるものだ。
「っ!」
この宿の息子だろうか、とメアがこっそり考えていると獣人の男の子もメアの方へと顔を向ける。すると一気に顔を赤らめて逃げるように厨房の方へ走っていってしまった。
「なんか悪いことしたかな? まあいいか。まずは朝食をいただこう」
もしかして彼にも聞かれていたのでは、という考えは無意識下で除外している。そんなことを考え始めてしまえば最後、宿泊客全員にも聞かれていたのではという思考に陥るのは目に見えているから。
「いただきます」
前世から染み付いた習慣。これはこの世界でも続けていこうと心の中で思いながら、メアは出された朝食を食べ始めた。
♦
「メアは今日も泊まるのかい?」
朝食を食べ終わるのを見計らっての事なのか、メアが朝食を食べ終えて一息ついているとマーサがメアに声をかけてくる。
「いえ、今日は依頼を受けるので、森で一泊することになると思います」
「そうかい…… 依頼を終えたらまた来てくれるんでしょ?」
「ええ、そのつもりです。何かあったんですか?」
どこか残念そうにしているマーサに疑問を抱いたメアは問いかける。マーサからしてみれば自分も一人の宿泊客にすぎないだろうとおもってのことだ。
「息子のライアンと仲良くしてほしいと思ってね。年も近いだろうし、友達は多いに越した事はないだろ?」
「ええまあ、そうですね」
やっぱりあの男の子は息子だったのかとメアは内心思いながら、仲良くしてほしいという言葉に何か引っかかるものを感じていた。
「では、明日また来ますね」
マーサとの会話も一段落つき、メアは席を立つ。
「おや、荷物とかは?」
「既にまとめてますよ」
「そうかい。あんたが泊まった個室は取っておいてあげるよ。どうせこの宿を利用する人で個室を使うのは稀だしね」
「稀なのですか?」
「そうだよ。安宿だからね。冒険者になりたての奴がここをよく使うのさ。相部屋で一緒の部屋になった奴同士でパーティ組んだりとかね。ようは出会いの場と言う訳だ。そういう意味ではメアは珍しいタイプだね」
なるほど、とメアは心の中で感心した。
実際、冒険者になりたての者たちは何をするにしてもおぼつかないもの。ましてや命のやり取りが頻発する冒険者と言う職業ではちょっとした油断や準備不足が命取りになるのがざらなのだ。そこでパーティを組むことにより、お互いのミスをカバーしあうことで生存率を高め、協調性というものを学んでいくのだ。
「っと、引き留めて悪かったね。頑張ってくるんだよ!」
「はい。頑張ってきます」
マーサと別れ、宿から出る。外に出た瞬間、じりじりと照り付ける日の光と柔らかく吹き付ける風。それを全身で受け、一つ気合を入れなおす。
「よし、ギルドへ行くか!」
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