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商会躍進編
第56話 街の噂
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カリブ海の北側にプエルトリコ島という大きな島がある。大アンティル諸島を構成する主要な島の一つであり、島の南側はカリブ海に、島の北側は大西洋に面している。
コロンブスがこの島に到達した時、聖人の名を地名に取り入れるカトリック圏の慣例に倣って“洗礼者聖ヨハネ”を意味するサン・ファン・バウティスタ島と命名し、島の北側で見つかった天然の良港を“良き港”を意味するポート・リコと名付け、それがそのままそこに作られた街の名前となった。
やがて、地図の誤植が原因で島の名前と街の名前が入れ替わり、ポート・リコの街は現在はサンファンとして知られている。
そのサンファンの街における近頃の一番の事件は、プエルトリコ島の主要な街道沿いを荒らし回っていた悪名高い盗賊団【ラウザ一味】がついに討伐され、首領であるジョージ・ラウザおよび幹部たちの死体が晒されたことだろう。
神出鬼没なラウザ一味を恐れた商人たちが移動を控えていたことでサンファンの街では品不足とそれに伴う物価の高騰が深刻になりつつあったので、その脅威が取り除かれたことは多くの人にとってまさに福音であった。
ラウザ一味の壊滅から1ヶ月が経つ頃には、すっかり品不足と物価の高騰は解消され、人々は普通の暮らしに戻っていたが、この1ヶ月間、人々の話題の中心には常にある人物、ある商会があった。
──おいおい! ラウザ一味がついに討伐されたぞ!
──本当か? ついこの前、駐留軍が討伐に失敗してなかったか?
──ついさっきデル・モロ要塞に納品に行ったら一味の死体が船で運び込まれてたぜ。じきに晒されるはずだ
──おお神よ! じゃあやっと南部の街に小麦を仕入れに行けるってわけだな。奴らを討伐した英雄は誰なんだ?
──聞いて驚け。ゴールディ商会だ
──ゴールディ商会? 軍じゃねえのかよ
──ゴールディ商会ってあれだろ? サミエラちゃんの干し果物屋だろ?
──そうさ。俺も詳しい経緯は知らねえけどよ、ラウザ一味はどうも海賊として海に出てたみたいでよ、ゴールディ商会の船を襲ったが返り討ちにされちまったみたいだぜ
──陸で稼げなくなってきたから海で稼ごうとしたってわけか
──山賊と海賊は違うってことか。ざまあみろ
──おい待てよ。サミエラちゃんの船って船尾砲1門だけの非武装スループじゃなかったか? 人数だって最近買い入れた奴隷を含めても10人いねえだろ? よく勝てたな
──おめぇなんでそんなに詳しいんだよ?
──最近よく連れ歩いてる護衛の戦闘奴隷がめっぽう強ぇって話だぜ
──ふーん。……ってことは待てよ、街道に居座ってたラウザ一味が居なくなったってこたぁ、今のうちに在庫を手放さねえとやべえってことだな! 情報感謝するぜ!
──……
──ダニエル坊っちゃ……じゃなかった商会長、小麦を筆頭に必需品の相場がまた上がってますぜ
──小麦の仕入値に対する利益率はどうなってる?
──1ヶ月前に仕入れた分は5倍、先週追加で買い入れた値上がりした仕入れ分でも2.5倍は利益が出る見込みでさ
──ははは。笑いが止まらんな! ラウザ様様ってわけだ。この調子ならまだ上がるぞ。海路で搬入した小麦が待つだけで値段が上がっていくんだ。まだ売るなよ
──商会長! プレイヌ商会が小麦の在庫を放出するみたいですぜ!
──買い支えろ! 相場を下げるな!
──他の商会もいくつかプレイヌへの追従の動きをみせてまっさ
──それも押さえろ! ラウザの脅威があるかぎりバブルは終わらん。多少無理してでも持っておけば利益に化ける!
──へいっ!
──……
──ラウザ一味が晒されてたな。見たか?
──おう。見たぜ。主は奴の悪行を見逃さなかったってわけだな。アーメン
──サミエラちゃんすげえよな。これで一躍街の英雄だ
──艦隊司令から直々に褒賞されたってよ。それに海軍御用達としてこれからは海軍にも干し果物を納品するってよ
──なんでもラウザ一味に懸かってた賞金で親父さんが残した莫大な借金も返済しちまったって話だな
──そうなったらサミエラちゃん狙いの男共がまた涌くだろうな。でも一気に気安く口説けない相手になっちまったよな
──干し果物の屋台を始めた頃から可愛くて人気だったけど、あの頃は莫大な借金があるからって本気で口説きに行く奴はいなかったんだよな。今は街の英雄にして人気高騰中の商会の若き会長だ。すっかり高嶺の花だな
──サミエラちゃん狙いといえばよ、ダニエルの野郎が今回の小麦バブルで売り時を見誤って大損したってよ
──けっ、人の不幸につけこんで阿漕に稼ごうとするからそうなるんだ。ざまぁみやがれってんだ
──やっこさんの商会は潰れたのか?
──いや、潰れるまではいかなかったらしいが、船を1隻手離して、乗組員たちも解雇したって話だぜ
──……
──おや、誰かと思ったら……ずいぶん機嫌よく飲んでるじゃねえか
──ははは。おう、大工組合の組合長かよ。いやな、木材の在庫が一気に捌けたもんでよ
──おいおい木材ギルドの、水臭ぇじゃねえか。木材ギルドと大工組合は一蓮托生だろ? なのになんで大工組合に仕事が流れてこねえんだ? 戦争が終わって造船業も商売上がったりだってぇのによ
──いや、ある商会が最近材木をよく買ってくれるのよ
──だったらその商会を教えろよ。材木だけ買ってそのままってこたぁねえだろ? 加工にゃ大工が必要だ。うちの大工たちに仕事をさせてやりてぇんだよ
──んー、そうだな。買い手はゴールディ商会だぁな
──ゴールディ商会? 今話題の干し果物屋か?
──そうよ。ラウザ殺しのゴールディ商会だ
──なんでまた干し果物屋がそんなに材木を買ってんだ?
──あそこは最近事業が上手くいってるから奴隷を増やしてるかんな。奴隷小屋の増築に使ってるってぇ話だぁな
──いや、それにしても木材ギルドの在庫が捌けるほどってなぁ多すぎだろ。こいつぁデカいヤマの匂いがするぞ。ちょいとゴールディ商会に顔出してくるぜ。……そういやゴールディ商会の拠点ってどこだ?
──郊外のアレムケル農園よ。ゴールディ商会の副商会長のロッコのサトウキビ農園だぁな
──あんがとよ。またな!
──……
──ルーカス候補生!
──イエッサー! 艦長
──ふふ。海軍式の敬礼がだんだん板についてきたな。……そっちの君は水兵のダスティンだな
──サー! イエッサー! オレ……いえ自分は帆手のダスティンであります。艦長!
──ふむ。ルーカス候補生、ずいぶんと親しげだったが二人は知り合いなのか?
──はい艦長。ダスティンは孤児院の兄貴で、俺……いえ自分が海軍を目指すきっかけです
──そうか。ダスティン、君もサミエラ嬢の授業は受けたのか?
──はい、いいえ艦長。弟たちから噂は聞いておりますが自分はまだ面識はないであります
──なるほど。君もすでに気づいていると思うが、ルーカス候補生は高度な教育を受けて士官候補生足りうる資質を開花させた。君は彼にとって兄であり海軍の先輩であるが、軍内においては彼は君にとって上官となる。その意味はわかるね?
──はい艦長。自分は学がないのでルーカス候補生には以前から海軍を目指すなら学びの機会を大切にするよう言っておりました。彼は立派に学んで士官候補生となりました。自分は誇らしいであります!
──よろしい。知っての通り、ルーカス候補生の前任であり現在引き継ぎをしているキャンベル准尉は近々クレブラ島に赴任するが、彼と共に20名ほどこの艦から選出して彼の指揮下で任務に当たってもらう予定だ。さて、ダスティン、君はどうしたい? 弟が上官であるというのは心境としてはなかなか複雑なものもあるだろう。君が望むならキャンベル准尉と共に行かせることもできるが
──自分に選ばせていただけるのでありますか?
──君はよく働く良い水兵だ。この艦に留まって弟を支えるもよし、この艦から巣立つ若き准尉を支えるもよしだ。ゆえに君の希望を尊重しよう
──はい艦長。……それでは、自分はこの艦に留まりたく思います
──ほう。理由を訊いても?
──はい艦長。弟には水兵の味方が必要であります。弟が立派な士官として水兵たちからの敬意を勝ち得るために自分がそばで支えてやりたいと思います
──あにぎぃ……
──いいだろう。ではそのように取り計らおう。ルーカス候補生、艦の上では兄に対しても上官として毅然と振る舞い、他の水兵の対するのと同じように接するように。……まあ非番の時はその限りではないがな。君たちはこれからどうするのだ?
──はい艦長。休暇を利用して兄き……いえダスティンと孤児院に顔を出そうと思っています
──そうか。今日は十分に羽を伸ばして英気を養ってくるがいい。明日にはまた新たな任務が始まるからな
──……
──お嬢、例のマッチロック銃と同じ口径と長さ、それと火皿と火蓋の構造を取り込んだ試作マスケット銃が出来たぞい。紙薬莢で包んだ専用弾も作ってみたんだの
──どれどれ……うんうん。なかなかいい感じね。試し撃ちはしてみた?
──もちろんだの。いやはや目から鱗だったのぅ。まさか弾の形を変えるだけでこれほど性能が上がるとは思わなんだ。だがのぅ……
──何か気になった?
──そうだの、これはマスケット銃全般に言えることだがの、連続で撃って銃身が熱くなると熔けた鉛が砲腔内にこびりついて腔発※の危険が上がるんだの。特にこの新式銃は弾と砲腔の隙間がほとんどないから、従来のマスケット銃に比べてそうなるリスクが高いと思うんだの。そこがやはり気になるのぅ
──あは。さすがクライストさんは職人気質ね
──わしはつくづく商売人には向いとらんからの。経営はもう懲りたぞい。今みたいに経営のことなど考えずに雇われて鍛治場に籠っとる方が性に合っとるんだの
──今後はそれで構わないわ。経営はアタシの役割だからクライストさんはとにかく鍛治に打ち込んで良い物をどんどん作って欲しいわ。それで砲腔内の鉛付着対策だけど、いっそのこと鉛弾を銅でコーティングしてみるのはどうかしら? 名付けてメタルジャケットよ
──ふむ。そうすれば確かに砲腔に鉛屑は付かんだろうがの、鉛は銅よりも熔けるのが早いぞ。鉛の弾を熔けた銅なんぞに浸したらコーティングどころか鉛が熔けて形が崩れてしまうだろうて
──逆の発想よ。まず銅で弾の殻を作って、後から中に熔けた鉛を流し込んで固めるの。鋳型さえ作ってしまえばそんなに難しくないと思うけど?
──なるほど! それもそうだのぅ。いやはやお嬢と話していると職人魂に火が着くわい。さっそく作ってみるぞい!
──鍛治場は暑いからちゃんと水分は摂ってね。あと差し入れのお酒も奥さんに預けてあるから仕事終わりに飲んでちょうだい
──うほほ! お嬢は話が分かるのぅ。お嬢に雇われて良かったぞい!
──ところで鍛冶場の移設の件なのだけど
──そっちはお嬢に任せるぞい。わしは鍛冶仕事が出来て酒が飲めればどこでも文句はないからの
──……
※腔発:筒内爆発。銃身内部の砲腔の汚れや鉛屑が原因で弾が発射されずに詰まり、砲腔内の行き場をなくした爆発力に耐えきれずに銃身そのものが破損すること。
──ウッド・ロジャース中将閣下、ご壮健そうでなによりです。この度はポートロイヤル総督へのご就任おめでとうございます
──おいおい、堅苦しい話し方は言いっこなしだトーマス。先の戦争では艦を並べた戦友、俺お前の仲ではないか。それに……総督といってもポートロイヤルは副王の街だ。総督なんて幕僚団のまとめ役に過ぎん。むしろ俺が来たのは政治より軍事的な意味合いの方が強い
──……また戦争が始まるのだろうか?
──いや、スペインの新首相のアルベロニがなにやら企んでいそうではあるが、それでもすぐに戦争になりそうな予兆は今のところまだないな。だが、いずれは戦争になるだろう。スペインがジブラルタルをこのまま諦めるとは思えん
──ジブラルタルか。地中海の出口を押さえる要衝は必ず取り戻そうとするだろうな
──ああ。だからこそ軍は備えなければならない。故に、軍に余力を持たせる為に、新大陸方面における思いきった海賊対策をこの度即位なされた新王ジョージ2世陛下より命じられている。この指令書を読みたまえ
──ふむ。…………ほう、現在活動中の海賊たちへの特赦とは。しかも、期日までに自主的に投降した者については海賊行為への責任を問わないどころか、それまでの海賊行為によって得た財産を不問にするとは……なんとも思いきった内容であるな
──それだけ今回は本気ということだ。そして、エリザベス1世陛下の治世以来の伝統となってきた海賊行為の容認や加担や協力関係をこの件でもって完全に清算し、以後は海賊はすべて厳罰でもって取り締まり、海軍はもはや海賊をいざという時の予備戦力として当てにしない。そんな意図もあるのだ
──なるほど。かつて我が国がまだ弱小国で海軍力も弱かった時代は戦争のおりに海賊たちを私掠船乗りとして雇う意味も大きかったが、オランダ、スペインを戦争で破り、列強に名を列ね、正規軍だけで他国と渡り合えるようになった今となっては私掠船はもはや無用というわけだな?
──ああ。むしろ戦争で実戦経験を積んだ凄腕の私掠船乗りたちが戦争終結後にそのまま海賊に転向して自国の船を襲うようになる事例も多く、無用どころか有害だ。それに今はとにかく海賊が多すぎる。戦争後の軍縮であぶれた元軍人や南海バブルによる失業者たちにも海賊になる者が後を絶たず、取り締まる軍への負担も大きく、現状はほぼ野放しで経済への悪影響も大きい。ゆえにこの辺りで一度海賊共をふるいにかけて減らそうと思うのだ
──そのためのこの一見甘過ぎるように思える特赦令ということか。この原案はウッド、君が考えたのか?
──分かるか。俺も元は私掠船乗りだからな。海賊になったはいいが足抜けしたがっている奴らがそれなりにいることも知っている。そういう奴らに堅気に戻れる機会を与えてやりたいのだ
──常に軍に追われ、自由に入港できる港も少なく、別の海賊船との戦いや仲間割れもある。自由を夢見て海賊になったが後悔している連中にとってはこの特赦令はある意味福音であろうな
──まあ、この特赦令を逆手にとって小賢しい真似をする奴らが出てくることは織り込み済みだし、絶対に降伏しない筋金入りの海賊がいるだろうことも分かっている。だが、海賊の絶対数が減れば残った海賊への対処は容易になる。トーマス、今の大海賊時代はある意味我が国の負の遺産だ。ゆえに国としても海賊には多少の負い目があり、これまではよほどの賞金首の海賊でもなければ積極的な取り締まりはしてこなかった。だがこれからは違う。海賊特赦令は今後二度と出ることはない。これは奴らへの最後の温情であり最終勧告だ。降伏期限が過ぎたら、軍の総力を上げての海賊の取り締まりが始まることになる。君の艦隊の活躍には期待している
──なるほど。理解した。……時代が大きく動くことになるだろうな
──……それはそうと、初めて食べたがこの菓子は旨いな。紅茶ともよく合う
──うちの部屋付きメイドが作ったものだ。気に入ったなら帰りに包んで持たせよう
──それは嬉しいな。是非とも頼む
──……
【作者コメント】
メタな内容で興醒めさせるかもですが、この物語には実際の歴史の時系列とはわざとずらしている部分や設定が多くあります。この物語の舞台はタイムスリップではなくあくまで再現された架空現実なので、必ずしも歴史に忠実ではありません。
サミエラたちの生きる時代までにはすでに多くの地球の歴史の正確な情報が失われているので、残された資料に基づいて可能な限り再現されたものとなります。そして参照された資料の中には正確な歴史資料以外にも創作物も多く紛れ込んでいます。大航海時代をテーマにした某ゲームとか、カリブのパイレーツをテーマにした某映画とか……。
なのでカリブ海における実際の勢力図も実際の歴史とは変えてあります。そのあたりはまた追々説明しますが、とりあえず、この物語は歴史小説ではなくあくまで歴史エンタメとご理解いただければオッケーです。
コロンブスがこの島に到達した時、聖人の名を地名に取り入れるカトリック圏の慣例に倣って“洗礼者聖ヨハネ”を意味するサン・ファン・バウティスタ島と命名し、島の北側で見つかった天然の良港を“良き港”を意味するポート・リコと名付け、それがそのままそこに作られた街の名前となった。
やがて、地図の誤植が原因で島の名前と街の名前が入れ替わり、ポート・リコの街は現在はサンファンとして知られている。
そのサンファンの街における近頃の一番の事件は、プエルトリコ島の主要な街道沿いを荒らし回っていた悪名高い盗賊団【ラウザ一味】がついに討伐され、首領であるジョージ・ラウザおよび幹部たちの死体が晒されたことだろう。
神出鬼没なラウザ一味を恐れた商人たちが移動を控えていたことでサンファンの街では品不足とそれに伴う物価の高騰が深刻になりつつあったので、その脅威が取り除かれたことは多くの人にとってまさに福音であった。
ラウザ一味の壊滅から1ヶ月が経つ頃には、すっかり品不足と物価の高騰は解消され、人々は普通の暮らしに戻っていたが、この1ヶ月間、人々の話題の中心には常にある人物、ある商会があった。
──おいおい! ラウザ一味がついに討伐されたぞ!
──本当か? ついこの前、駐留軍が討伐に失敗してなかったか?
──ついさっきデル・モロ要塞に納品に行ったら一味の死体が船で運び込まれてたぜ。じきに晒されるはずだ
──おお神よ! じゃあやっと南部の街に小麦を仕入れに行けるってわけだな。奴らを討伐した英雄は誰なんだ?
──聞いて驚け。ゴールディ商会だ
──ゴールディ商会? 軍じゃねえのかよ
──ゴールディ商会ってあれだろ? サミエラちゃんの干し果物屋だろ?
──そうさ。俺も詳しい経緯は知らねえけどよ、ラウザ一味はどうも海賊として海に出てたみたいでよ、ゴールディ商会の船を襲ったが返り討ちにされちまったみたいだぜ
──陸で稼げなくなってきたから海で稼ごうとしたってわけか
──山賊と海賊は違うってことか。ざまあみろ
──おい待てよ。サミエラちゃんの船って船尾砲1門だけの非武装スループじゃなかったか? 人数だって最近買い入れた奴隷を含めても10人いねえだろ? よく勝てたな
──おめぇなんでそんなに詳しいんだよ?
──最近よく連れ歩いてる護衛の戦闘奴隷がめっぽう強ぇって話だぜ
──ふーん。……ってことは待てよ、街道に居座ってたラウザ一味が居なくなったってこたぁ、今のうちに在庫を手放さねえとやべえってことだな! 情報感謝するぜ!
──……
──ダニエル坊っちゃ……じゃなかった商会長、小麦を筆頭に必需品の相場がまた上がってますぜ
──小麦の仕入値に対する利益率はどうなってる?
──1ヶ月前に仕入れた分は5倍、先週追加で買い入れた値上がりした仕入れ分でも2.5倍は利益が出る見込みでさ
──ははは。笑いが止まらんな! ラウザ様様ってわけだ。この調子ならまだ上がるぞ。海路で搬入した小麦が待つだけで値段が上がっていくんだ。まだ売るなよ
──商会長! プレイヌ商会が小麦の在庫を放出するみたいですぜ!
──買い支えろ! 相場を下げるな!
──他の商会もいくつかプレイヌへの追従の動きをみせてまっさ
──それも押さえろ! ラウザの脅威があるかぎりバブルは終わらん。多少無理してでも持っておけば利益に化ける!
──へいっ!
──……
──ラウザ一味が晒されてたな。見たか?
──おう。見たぜ。主は奴の悪行を見逃さなかったってわけだな。アーメン
──サミエラちゃんすげえよな。これで一躍街の英雄だ
──艦隊司令から直々に褒賞されたってよ。それに海軍御用達としてこれからは海軍にも干し果物を納品するってよ
──なんでもラウザ一味に懸かってた賞金で親父さんが残した莫大な借金も返済しちまったって話だな
──そうなったらサミエラちゃん狙いの男共がまた涌くだろうな。でも一気に気安く口説けない相手になっちまったよな
──干し果物の屋台を始めた頃から可愛くて人気だったけど、あの頃は莫大な借金があるからって本気で口説きに行く奴はいなかったんだよな。今は街の英雄にして人気高騰中の商会の若き会長だ。すっかり高嶺の花だな
──サミエラちゃん狙いといえばよ、ダニエルの野郎が今回の小麦バブルで売り時を見誤って大損したってよ
──けっ、人の不幸につけこんで阿漕に稼ごうとするからそうなるんだ。ざまぁみやがれってんだ
──やっこさんの商会は潰れたのか?
──いや、潰れるまではいかなかったらしいが、船を1隻手離して、乗組員たちも解雇したって話だぜ
──……
──おや、誰かと思ったら……ずいぶん機嫌よく飲んでるじゃねえか
──ははは。おう、大工組合の組合長かよ。いやな、木材の在庫が一気に捌けたもんでよ
──おいおい木材ギルドの、水臭ぇじゃねえか。木材ギルドと大工組合は一蓮托生だろ? なのになんで大工組合に仕事が流れてこねえんだ? 戦争が終わって造船業も商売上がったりだってぇのによ
──いや、ある商会が最近材木をよく買ってくれるのよ
──だったらその商会を教えろよ。材木だけ買ってそのままってこたぁねえだろ? 加工にゃ大工が必要だ。うちの大工たちに仕事をさせてやりてぇんだよ
──んー、そうだな。買い手はゴールディ商会だぁな
──ゴールディ商会? 今話題の干し果物屋か?
──そうよ。ラウザ殺しのゴールディ商会だ
──なんでまた干し果物屋がそんなに材木を買ってんだ?
──あそこは最近事業が上手くいってるから奴隷を増やしてるかんな。奴隷小屋の増築に使ってるってぇ話だぁな
──いや、それにしても木材ギルドの在庫が捌けるほどってなぁ多すぎだろ。こいつぁデカいヤマの匂いがするぞ。ちょいとゴールディ商会に顔出してくるぜ。……そういやゴールディ商会の拠点ってどこだ?
──郊外のアレムケル農園よ。ゴールディ商会の副商会長のロッコのサトウキビ農園だぁな
──あんがとよ。またな!
──……
──ルーカス候補生!
──イエッサー! 艦長
──ふふ。海軍式の敬礼がだんだん板についてきたな。……そっちの君は水兵のダスティンだな
──サー! イエッサー! オレ……いえ自分は帆手のダスティンであります。艦長!
──ふむ。ルーカス候補生、ずいぶんと親しげだったが二人は知り合いなのか?
──はい艦長。ダスティンは孤児院の兄貴で、俺……いえ自分が海軍を目指すきっかけです
──そうか。ダスティン、君もサミエラ嬢の授業は受けたのか?
──はい、いいえ艦長。弟たちから噂は聞いておりますが自分はまだ面識はないであります
──なるほど。君もすでに気づいていると思うが、ルーカス候補生は高度な教育を受けて士官候補生足りうる資質を開花させた。君は彼にとって兄であり海軍の先輩であるが、軍内においては彼は君にとって上官となる。その意味はわかるね?
──はい艦長。自分は学がないのでルーカス候補生には以前から海軍を目指すなら学びの機会を大切にするよう言っておりました。彼は立派に学んで士官候補生となりました。自分は誇らしいであります!
──よろしい。知っての通り、ルーカス候補生の前任であり現在引き継ぎをしているキャンベル准尉は近々クレブラ島に赴任するが、彼と共に20名ほどこの艦から選出して彼の指揮下で任務に当たってもらう予定だ。さて、ダスティン、君はどうしたい? 弟が上官であるというのは心境としてはなかなか複雑なものもあるだろう。君が望むならキャンベル准尉と共に行かせることもできるが
──自分に選ばせていただけるのでありますか?
──君はよく働く良い水兵だ。この艦に留まって弟を支えるもよし、この艦から巣立つ若き准尉を支えるもよしだ。ゆえに君の希望を尊重しよう
──はい艦長。……それでは、自分はこの艦に留まりたく思います
──ほう。理由を訊いても?
──はい艦長。弟には水兵の味方が必要であります。弟が立派な士官として水兵たちからの敬意を勝ち得るために自分がそばで支えてやりたいと思います
──あにぎぃ……
──いいだろう。ではそのように取り計らおう。ルーカス候補生、艦の上では兄に対しても上官として毅然と振る舞い、他の水兵の対するのと同じように接するように。……まあ非番の時はその限りではないがな。君たちはこれからどうするのだ?
──はい艦長。休暇を利用して兄き……いえダスティンと孤児院に顔を出そうと思っています
──そうか。今日は十分に羽を伸ばして英気を養ってくるがいい。明日にはまた新たな任務が始まるからな
──……
──お嬢、例のマッチロック銃と同じ口径と長さ、それと火皿と火蓋の構造を取り込んだ試作マスケット銃が出来たぞい。紙薬莢で包んだ専用弾も作ってみたんだの
──どれどれ……うんうん。なかなかいい感じね。試し撃ちはしてみた?
──もちろんだの。いやはや目から鱗だったのぅ。まさか弾の形を変えるだけでこれほど性能が上がるとは思わなんだ。だがのぅ……
──何か気になった?
──そうだの、これはマスケット銃全般に言えることだがの、連続で撃って銃身が熱くなると熔けた鉛が砲腔内にこびりついて腔発※の危険が上がるんだの。特にこの新式銃は弾と砲腔の隙間がほとんどないから、従来のマスケット銃に比べてそうなるリスクが高いと思うんだの。そこがやはり気になるのぅ
──あは。さすがクライストさんは職人気質ね
──わしはつくづく商売人には向いとらんからの。経営はもう懲りたぞい。今みたいに経営のことなど考えずに雇われて鍛治場に籠っとる方が性に合っとるんだの
──今後はそれで構わないわ。経営はアタシの役割だからクライストさんはとにかく鍛治に打ち込んで良い物をどんどん作って欲しいわ。それで砲腔内の鉛付着対策だけど、いっそのこと鉛弾を銅でコーティングしてみるのはどうかしら? 名付けてメタルジャケットよ
──ふむ。そうすれば確かに砲腔に鉛屑は付かんだろうがの、鉛は銅よりも熔けるのが早いぞ。鉛の弾を熔けた銅なんぞに浸したらコーティングどころか鉛が熔けて形が崩れてしまうだろうて
──逆の発想よ。まず銅で弾の殻を作って、後から中に熔けた鉛を流し込んで固めるの。鋳型さえ作ってしまえばそんなに難しくないと思うけど?
──なるほど! それもそうだのぅ。いやはやお嬢と話していると職人魂に火が着くわい。さっそく作ってみるぞい!
──鍛治場は暑いからちゃんと水分は摂ってね。あと差し入れのお酒も奥さんに預けてあるから仕事終わりに飲んでちょうだい
──うほほ! お嬢は話が分かるのぅ。お嬢に雇われて良かったぞい!
──ところで鍛冶場の移設の件なのだけど
──そっちはお嬢に任せるぞい。わしは鍛冶仕事が出来て酒が飲めればどこでも文句はないからの
──……
※腔発:筒内爆発。銃身内部の砲腔の汚れや鉛屑が原因で弾が発射されずに詰まり、砲腔内の行き場をなくした爆発力に耐えきれずに銃身そのものが破損すること。
──ウッド・ロジャース中将閣下、ご壮健そうでなによりです。この度はポートロイヤル総督へのご就任おめでとうございます
──おいおい、堅苦しい話し方は言いっこなしだトーマス。先の戦争では艦を並べた戦友、俺お前の仲ではないか。それに……総督といってもポートロイヤルは副王の街だ。総督なんて幕僚団のまとめ役に過ぎん。むしろ俺が来たのは政治より軍事的な意味合いの方が強い
──……また戦争が始まるのだろうか?
──いや、スペインの新首相のアルベロニがなにやら企んでいそうではあるが、それでもすぐに戦争になりそうな予兆は今のところまだないな。だが、いずれは戦争になるだろう。スペインがジブラルタルをこのまま諦めるとは思えん
──ジブラルタルか。地中海の出口を押さえる要衝は必ず取り戻そうとするだろうな
──ああ。だからこそ軍は備えなければならない。故に、軍に余力を持たせる為に、新大陸方面における思いきった海賊対策をこの度即位なされた新王ジョージ2世陛下より命じられている。この指令書を読みたまえ
──ふむ。…………ほう、現在活動中の海賊たちへの特赦とは。しかも、期日までに自主的に投降した者については海賊行為への責任を問わないどころか、それまでの海賊行為によって得た財産を不問にするとは……なんとも思いきった内容であるな
──それだけ今回は本気ということだ。そして、エリザベス1世陛下の治世以来の伝統となってきた海賊行為の容認や加担や協力関係をこの件でもって完全に清算し、以後は海賊はすべて厳罰でもって取り締まり、海軍はもはや海賊をいざという時の予備戦力として当てにしない。そんな意図もあるのだ
──なるほど。かつて我が国がまだ弱小国で海軍力も弱かった時代は戦争のおりに海賊たちを私掠船乗りとして雇う意味も大きかったが、オランダ、スペインを戦争で破り、列強に名を列ね、正規軍だけで他国と渡り合えるようになった今となっては私掠船はもはや無用というわけだな?
──ああ。むしろ戦争で実戦経験を積んだ凄腕の私掠船乗りたちが戦争終結後にそのまま海賊に転向して自国の船を襲うようになる事例も多く、無用どころか有害だ。それに今はとにかく海賊が多すぎる。戦争後の軍縮であぶれた元軍人や南海バブルによる失業者たちにも海賊になる者が後を絶たず、取り締まる軍への負担も大きく、現状はほぼ野放しで経済への悪影響も大きい。ゆえにこの辺りで一度海賊共をふるいにかけて減らそうと思うのだ
──そのためのこの一見甘過ぎるように思える特赦令ということか。この原案はウッド、君が考えたのか?
──分かるか。俺も元は私掠船乗りだからな。海賊になったはいいが足抜けしたがっている奴らがそれなりにいることも知っている。そういう奴らに堅気に戻れる機会を与えてやりたいのだ
──常に軍に追われ、自由に入港できる港も少なく、別の海賊船との戦いや仲間割れもある。自由を夢見て海賊になったが後悔している連中にとってはこの特赦令はある意味福音であろうな
──まあ、この特赦令を逆手にとって小賢しい真似をする奴らが出てくることは織り込み済みだし、絶対に降伏しない筋金入りの海賊がいるだろうことも分かっている。だが、海賊の絶対数が減れば残った海賊への対処は容易になる。トーマス、今の大海賊時代はある意味我が国の負の遺産だ。ゆえに国としても海賊には多少の負い目があり、これまではよほどの賞金首の海賊でもなければ積極的な取り締まりはしてこなかった。だがこれからは違う。海賊特赦令は今後二度と出ることはない。これは奴らへの最後の温情であり最終勧告だ。降伏期限が過ぎたら、軍の総力を上げての海賊の取り締まりが始まることになる。君の艦隊の活躍には期待している
──なるほど。理解した。……時代が大きく動くことになるだろうな
──……それはそうと、初めて食べたがこの菓子は旨いな。紅茶ともよく合う
──うちの部屋付きメイドが作ったものだ。気に入ったなら帰りに包んで持たせよう
──それは嬉しいな。是非とも頼む
──……
【作者コメント】
メタな内容で興醒めさせるかもですが、この物語には実際の歴史の時系列とはわざとずらしている部分や設定が多くあります。この物語の舞台はタイムスリップではなくあくまで再現された架空現実なので、必ずしも歴史に忠実ではありません。
サミエラたちの生きる時代までにはすでに多くの地球の歴史の正確な情報が失われているので、残された資料に基づいて可能な限り再現されたものとなります。そして参照された資料の中には正確な歴史資料以外にも創作物も多く紛れ込んでいます。大航海時代をテーマにした某ゲームとか、カリブのパイレーツをテーマにした某映画とか……。
なのでカリブ海における実際の勢力図も実際の歴史とは変えてあります。そのあたりはまた追々説明しますが、とりあえず、この物語は歴史小説ではなくあくまで歴史エンタメとご理解いただければオッケーです。
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