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ノアズアーク編
第237話 55日目③モエギの出産
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朝ごはんを食べ終えて、片付けと洗濯をさっさと終わらせてから、ノアズアークのところに行くために装備を調える。
腰には剣鉈を提げ、右の手首にスリングの紐の片方を結び、そのままスリング本体をクルクルと手首に軽く巻き付けてリストバンドのようにしてから反対側の紐の端を手首と紐の間に挟んで留めておく。こうしておけば邪魔にならないし、必要になった時にすぐ使える。
スリングで投げる石はその場にあるものでいいけど、もし適当な石がすぐに見つからないという場合に備えて、洞窟の参道に敷かれていた玉砂利からピンポン玉ぐらいのものをいくつか拾い、小袋に入れて予備の弾としてスリングとセットで持ち歩くようにしている。
それと杖も兼ねる2㍍ぐらいの石槍。林の中や岩場といった不整地を歩く時に杖は必需品だけど、その先端に尖らせた石を松ヤニ接着剤で固定した石槍を最近はどこへ行くにも携行している。こんなちゃちな武器でも持っているだけで安心感がまるで違う。
洞窟の奥でティラノサウルスの骸に遭遇するまで、あたしたちはせいぜいナイフを携行するぐらいでまったく無防備だったけど、その件以降、万が一に危険な生物に遭遇することも想定して石槍を持ち歩くようになった。
そして、友好関係を築けたから良かったものの、あたしたちよりずっと大きくてリーチもある首長竜と遭遇し、石槍よりもっとリーチのある武器が必要であることが分かり、スリングも作って持ち歩くようになった。あたしみたいな非力な女でもスリングを使えばビックリするほど威力のある投石ができるから、しっかり練習して狙い通りに石を投げれるように習熟したいと思っている。この技術をしっかり自分のモノにできれば自分と家族を護るための大きな力になると確信している。
「準備できたか?」
「バッチリだよ」
岳人もあたしと同じような装備。左の腰に鉈、右の腰にシースナイフと小石の袋を提げ、右の手首にスリングを装着している。
「よし。じゃあぼちぼち行くか」
「だね。今日も一日頑張ろー! おー!」
あたしたちは林から浜に出ると、近くにいたアカツキ一家──シノノメとゴマフが気づいてすぐに寄ってくる。
「キュイーッ! キュイキュイ」
「あは。ゴマフおはよ。おいでおいで! う、重くなったね。あはは。くすぐったいって。あんたは相変わらず甘ったれだね」
ゴマフが海から上がり、濡れたまま砂まみれになりながら転がるようにあたしの元に駆け寄ってきて飛びついてくる。しゃがんで軽くハグしてから、かなり重くなったゴマフを抱き上げると、首を伸ばして顔をあたしの顔に擦り付けるスキンシップをしてくる。全身全霊で大好きを表現してくるゴマフは本当に可愛い。
ゴマフを追って浜に上がってきたシノノメは、岳人に喉を掻いてもらいながら彼のお腹に顔を擦り付けて甘えている。シノノメはあたしより岳人に懐いているんだよね。
甘ったれ親子をあやしながら見回してみれば、妊婦のモエギとルビーは相変わらず巣に閉じこもっているようで姿は見えない。そしてそれぞれの家族であるカラーズ一家とジュエリーズ一家の面々が巣の周りを囲んでいる。
少し離れた海上にはノアとその番であるサラとエステル、モエギの姉のドーラの姿があり、当事者家族から一歩引いた見守りポジションにいるっぽい。
「とりあえず、モエギとルビーの様子を見てから、状況が許すようなら先に畑の世話だけしとくか」
「そうだねー」
アカツキ一家とのスキンシップを一旦終わらせ、まずは近いルビーの巣に向かう。もしかすると出産を控えて気が立ってるかもだから慎重に近づき、まずはジュエリーズ一家のリーダーであるヒスイの側に行く。
「ヒスイ」
「くあ」
岳人が声をかけると、ノアによく似た青緑色の、ノアを一回り小さくしたようなヒスイが短く返事をして、ゆっくりと首を伸ばして顔を岳人の顔の前に持ってきて一礼するようにペコリと頭を下げる。
岳人が手を伸ばして頭を撫でると、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らし始める。
「よしよし。今日も機嫌は良さそうだな。ルビーの調子はどうかな? ルビー?」
岳人が呼び掛けると巣を囲む土壁からルビーがひょこっと顔を出す。
「くぅ?」
「ルビーちゃん、お産はまだなのかな?」
「くるるる」
あたしが巣に近づくとルビーが顔をあたしに近づけてきたので岳人がヒスイにしてあげてるのと同じように頭を撫でてあげる。ご機嫌ないつも通りのルビーの様子を見るに、まだ産気付いてはいないみたいだね。チラッと巣の中を確認してもオリモノが巣を汚してる様子も無いし。
「どうだー?」
「まだっぽいね。産気付いてる感じでもないし、いつも通りのルビーだよ」
岳人に訊かれて現状を見たまま報告する。そこへもう一頭のメスであるオニキスが静かに近づいてきたのでオニキスとも同じようにスキンシップをする。
ルビーが活動的な性格なのに対し、オニキスは控えめで大人しく、気づけば側にいて構って欲しそうにしている。自分から積極的に交流の輪に入るのが苦手そうな彼女にあたし自身シナジーを感じているので、気づいたら積極的に構うようにしている。
「………………くる……くるる」
喉を掻いてあげるとオニキスがご機嫌で喉を鳴らし始める。この子たちは喉を自分では掻けないからか、喉を掻いてあげるととても喜ぶ。プレシオサウルスの番がスキンシップで首を絡め合っているのはよく見かけるけど、あれって信頼の証であると同時にお互いに気持ちがいいからやってる愛撫の一種なのかもしれないね。
生物的な弱点である首を無防備に相手に預けるには絶大な信頼感がないとできないだろうし、そうやってお互いに愛撫して気持ちよくなるのはまさに家族だけに許された親密なコミュニケーションだと思う。
そう考えると、あたしたちに喉を掻かせてくれるというのもあたしたちへの絶大な信頼の表れとも言えるのだけど。
ジュエリーズ一家の方はまだ状況が安定してるということが判明したので、次にカラーズ一家の方に向かった。
こちらは近づくだけで緊張感が漂っているのが分かる。ルビーと同じ赤色なのでおそらく兄であろうリーダーのヒイロからして落ち着きなく巣の周りを這い回っているし、番のマツバと娘のミルもソワソワしている。巣の方からも何か振り絞るような切羽詰まったモエギの声が断続的に聞こえてきている。今まさにお産の真っ最中らしい。
「ぐぅぅ! ……ぐうぅ! ぐうぅー!」
モエギの巣の近くに行きたいのは山々なんだけど、カラーズ一家のみんなが気が立ってピリピリしている中でお産中のモエギに近づくのはさすがに危険だと思うので岳人と二人、一旦砂浜の上に上がり、ちょうど巣を俯瞰的に見下ろせる位置に移動してモエギの様子を伺う。
ここの砂浜は長年の砂の堆積によって傾斜がきつめの坂というかちょっとした砂丘のようになっていて、一番水位が下がる大潮の干潮時だと波打ち際から浜の上まで高低差が4㍍ぐらいになる。一番水位が上がる大潮の満潮時でも波打ち際から浜の上まで高低差は2㍍ぐらいある。
ちなみにモエギとルビーの巣は浜の上から3㍍ぐらい低い場所、大潮の満潮時だと完全に水没するけど、小潮の今なら満潮時でもわずかに波で洗われるぐらいの位置に造られている。
干潮から満潮に向かっている今の時間は水から完全に出てしまっているけど、巣の床に当たる部分の砂を分泌液かなにかで固めて水を通さないようにしているようで、干潮時でも常に一定の水が溜まったプールになっている。
そのプールに溜まった水が血でピンク色に染まっていて、短い尾の下の総排泄口からは透明なゴムのような卵膜に覆われた仔竜の尻尾と後肢が出ているのが見えている。モエギが声を振り絞るたびに仔竜の身体が少しずつ押し出され、仔竜も卵膜に包まれた尻尾や後肢をバタつかせているのが分かる。
「……ふむ。尻尾から先に出るのか。そのへんはイルカやクジラと同じってことか」
「うう~、もどかしいね。モエちゃんも赤ちゃんも頑張れぇー!」
「胴体の中央部が一番太いからそこさえ出てしまえば後は一気に出るとは思うんだけどな」
「そういえば、哺乳類ってへその尾で母胎と繋がってるけど、卵胎生の爬虫類ってどうやって胎児に栄養補給してるの?」
「うーん、そうだなー……。鳥とか爬虫類なんかの一般的な卵生の生物の場合、卵の黄身に当たる部分が胎児が出産までの間、殻の中で成長するのに必要な栄養源なんだが、プレシオサウルスも基本的にそんな感じで、黄身を全部使い切ったタイミングで出産されるんじゃないかな? ゴマフも産まれた時にはもう黄身は抱えてなかったし」
「あ、そっか。卵胎生ってようするに卵をお腹の中で温めて孵化させてるようなものだもんね」
「そういうことだ。俺も専門家じゃないし、そもそもプレシオサウルスの生態が一般的な卵胎生の生物と同じかどうかも分からんから確かなことは言えんけど、俺はたぶんそうじゃないかなーとは思ってる。ゴマフが会ったこともないシノノメを声だけで親って認識できたことから、産まれる前から親子の声のコミュニケーションはある程度あると思うんだよな。だから産まれるタイミングも母と仔で何かやり取りしてるのかもしれんよな」
「『ママ~、ごはん無いなった』『わかった。じゃあ産むわ』みたいな?」
「ノリ軽っ。でもまあそんな感じで」
あたしたちがそんな会話をしながら見守ること数十分。時々休憩して息を調えながらお産を頑張っていたモエギが一際大きな声でいきむ。
「ぐううううぅぅぅ!」
「いよいよか」「モエちゃん頑張れっ!」
そして、仔竜の胴体部が出た、と思った直後、ずるんっと一気に頭まで産まれ出た。モエギの血で赤く染まったプールにばちゃっと全身卵膜に包まれた仔竜が飛沫を上げて落ちる。
「やったー!」
「いや、本当に大事なのはここからだ」
歓声を上げるあたしに対し、冷静な声の岳人。
「どゆこと?」
「産まれた仔は、当然だがこれからは呼吸をして生きていかなくちゃいけない。最初の呼吸を……産声をちゃんと上げれるかがすごく大事なんだ。呼吸ができないと、体内に残った酸素を使い切ったら……そのまま酸欠で死ぬことになる」
「はわわ。ゴマフの時は必死でぜんぜん意識してなかったけど、めちゃくちゃ大事じゃん」
モエギがきっと疲労困憊状態にも関わらず、すぐに産んだ仔竜の方に向き直り、卵膜を咥えて破り、仔竜が出てくる手助けをする。
破れた卵膜から羊水と共に這い出てきた仔竜はまだ目も口も閉じていたけど、モエギが自分の顔で背中を強めに押したらケポッと口から羊水を吐き出し、待望の産声を上げた。
「キュイーッ!」
【作者コメント】
産声のメカニズムって調べれば調べるほどに不思議で神秘的ですよね。人間の場合、産まれるまでへその尾から酸素と栄養を供給されているわけですが、産まれた瞬間に供給が止まり、酸素の供給が絶たれた赤ちゃんの血中二酸化炭素濃度が急激に高まり、それが延髄の呼吸中枢を刺激して初めての呼吸を促し、産声となり、肺呼吸が始まります。
同時に肺動脈と大動脈を連結していたボタロー管が閉鎖され、肺に血液が流れるようになり、肺呼吸によって取り込まれた酸素が血流によって身体に行き渡るようになって肺循環が始まります。
産声を合図に赤ちゃんの体内ではこんな精密なトランスフォームが一瞬で起きるんだからすごいですね。
閑話休題
現在放映中の夏アニメの『瑠璃の宝石』皆さん観てますか? 前に作者のXでも呟いたけど、沈没ライフの読者の皆さんなら絶対楽しめると思うので、知らない人は是非観て欲しい。綺麗な物が好きな女子高生の瑠璃が日本に眠る宝石や鉱物採集にはまっていくサイエンスアドベンチャーなのですが、この作品はとにかくアニメ映えが凄いです。原作漫画は前から読んでましたが、流石はおにまいのスタジオバインドによる制作。クオリティ良っ! 作画の美しさもさることながら、原作へのリスペクトが素晴らしくて魅せ方が巧いこと巧いこと! それとね……くぁwせdrftgyふじこ(オタク特有の早口)
とにかく超オススメなのでマジで観て欲しい。ぶっちゃけ今回のあとがきはこれが言いたかっただけまである。
なろうの活動報告とカクヨムの近況ノートにて、瑠璃の宝石についてオタク語りしていますのでよかったらそちらもどうぞ。
……ということで今回のお話は楽しんでいただけましたか? よろしければ好評価と引き続き応援お願いします。
腰には剣鉈を提げ、右の手首にスリングの紐の片方を結び、そのままスリング本体をクルクルと手首に軽く巻き付けてリストバンドのようにしてから反対側の紐の端を手首と紐の間に挟んで留めておく。こうしておけば邪魔にならないし、必要になった時にすぐ使える。
スリングで投げる石はその場にあるものでいいけど、もし適当な石がすぐに見つからないという場合に備えて、洞窟の参道に敷かれていた玉砂利からピンポン玉ぐらいのものをいくつか拾い、小袋に入れて予備の弾としてスリングとセットで持ち歩くようにしている。
それと杖も兼ねる2㍍ぐらいの石槍。林の中や岩場といった不整地を歩く時に杖は必需品だけど、その先端に尖らせた石を松ヤニ接着剤で固定した石槍を最近はどこへ行くにも携行している。こんなちゃちな武器でも持っているだけで安心感がまるで違う。
洞窟の奥でティラノサウルスの骸に遭遇するまで、あたしたちはせいぜいナイフを携行するぐらいでまったく無防備だったけど、その件以降、万が一に危険な生物に遭遇することも想定して石槍を持ち歩くようになった。
そして、友好関係を築けたから良かったものの、あたしたちよりずっと大きくてリーチもある首長竜と遭遇し、石槍よりもっとリーチのある武器が必要であることが分かり、スリングも作って持ち歩くようになった。あたしみたいな非力な女でもスリングを使えばビックリするほど威力のある投石ができるから、しっかり練習して狙い通りに石を投げれるように習熟したいと思っている。この技術をしっかり自分のモノにできれば自分と家族を護るための大きな力になると確信している。
「準備できたか?」
「バッチリだよ」
岳人もあたしと同じような装備。左の腰に鉈、右の腰にシースナイフと小石の袋を提げ、右の手首にスリングを装着している。
「よし。じゃあぼちぼち行くか」
「だね。今日も一日頑張ろー! おー!」
あたしたちは林から浜に出ると、近くにいたアカツキ一家──シノノメとゴマフが気づいてすぐに寄ってくる。
「キュイーッ! キュイキュイ」
「あは。ゴマフおはよ。おいでおいで! う、重くなったね。あはは。くすぐったいって。あんたは相変わらず甘ったれだね」
ゴマフが海から上がり、濡れたまま砂まみれになりながら転がるようにあたしの元に駆け寄ってきて飛びついてくる。しゃがんで軽くハグしてから、かなり重くなったゴマフを抱き上げると、首を伸ばして顔をあたしの顔に擦り付けるスキンシップをしてくる。全身全霊で大好きを表現してくるゴマフは本当に可愛い。
ゴマフを追って浜に上がってきたシノノメは、岳人に喉を掻いてもらいながら彼のお腹に顔を擦り付けて甘えている。シノノメはあたしより岳人に懐いているんだよね。
甘ったれ親子をあやしながら見回してみれば、妊婦のモエギとルビーは相変わらず巣に閉じこもっているようで姿は見えない。そしてそれぞれの家族であるカラーズ一家とジュエリーズ一家の面々が巣の周りを囲んでいる。
少し離れた海上にはノアとその番であるサラとエステル、モエギの姉のドーラの姿があり、当事者家族から一歩引いた見守りポジションにいるっぽい。
「とりあえず、モエギとルビーの様子を見てから、状況が許すようなら先に畑の世話だけしとくか」
「そうだねー」
アカツキ一家とのスキンシップを一旦終わらせ、まずは近いルビーの巣に向かう。もしかすると出産を控えて気が立ってるかもだから慎重に近づき、まずはジュエリーズ一家のリーダーであるヒスイの側に行く。
「ヒスイ」
「くあ」
岳人が声をかけると、ノアによく似た青緑色の、ノアを一回り小さくしたようなヒスイが短く返事をして、ゆっくりと首を伸ばして顔を岳人の顔の前に持ってきて一礼するようにペコリと頭を下げる。
岳人が手を伸ばして頭を撫でると、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らし始める。
「よしよし。今日も機嫌は良さそうだな。ルビーの調子はどうかな? ルビー?」
岳人が呼び掛けると巣を囲む土壁からルビーがひょこっと顔を出す。
「くぅ?」
「ルビーちゃん、お産はまだなのかな?」
「くるるる」
あたしが巣に近づくとルビーが顔をあたしに近づけてきたので岳人がヒスイにしてあげてるのと同じように頭を撫でてあげる。ご機嫌ないつも通りのルビーの様子を見るに、まだ産気付いてはいないみたいだね。チラッと巣の中を確認してもオリモノが巣を汚してる様子も無いし。
「どうだー?」
「まだっぽいね。産気付いてる感じでもないし、いつも通りのルビーだよ」
岳人に訊かれて現状を見たまま報告する。そこへもう一頭のメスであるオニキスが静かに近づいてきたのでオニキスとも同じようにスキンシップをする。
ルビーが活動的な性格なのに対し、オニキスは控えめで大人しく、気づけば側にいて構って欲しそうにしている。自分から積極的に交流の輪に入るのが苦手そうな彼女にあたし自身シナジーを感じているので、気づいたら積極的に構うようにしている。
「………………くる……くるる」
喉を掻いてあげるとオニキスがご機嫌で喉を鳴らし始める。この子たちは喉を自分では掻けないからか、喉を掻いてあげるととても喜ぶ。プレシオサウルスの番がスキンシップで首を絡め合っているのはよく見かけるけど、あれって信頼の証であると同時にお互いに気持ちがいいからやってる愛撫の一種なのかもしれないね。
生物的な弱点である首を無防備に相手に預けるには絶大な信頼感がないとできないだろうし、そうやってお互いに愛撫して気持ちよくなるのはまさに家族だけに許された親密なコミュニケーションだと思う。
そう考えると、あたしたちに喉を掻かせてくれるというのもあたしたちへの絶大な信頼の表れとも言えるのだけど。
ジュエリーズ一家の方はまだ状況が安定してるということが判明したので、次にカラーズ一家の方に向かった。
こちらは近づくだけで緊張感が漂っているのが分かる。ルビーと同じ赤色なのでおそらく兄であろうリーダーのヒイロからして落ち着きなく巣の周りを這い回っているし、番のマツバと娘のミルもソワソワしている。巣の方からも何か振り絞るような切羽詰まったモエギの声が断続的に聞こえてきている。今まさにお産の真っ最中らしい。
「ぐぅぅ! ……ぐうぅ! ぐうぅー!」
モエギの巣の近くに行きたいのは山々なんだけど、カラーズ一家のみんなが気が立ってピリピリしている中でお産中のモエギに近づくのはさすがに危険だと思うので岳人と二人、一旦砂浜の上に上がり、ちょうど巣を俯瞰的に見下ろせる位置に移動してモエギの様子を伺う。
ここの砂浜は長年の砂の堆積によって傾斜がきつめの坂というかちょっとした砂丘のようになっていて、一番水位が下がる大潮の干潮時だと波打ち際から浜の上まで高低差が4㍍ぐらいになる。一番水位が上がる大潮の満潮時でも波打ち際から浜の上まで高低差は2㍍ぐらいある。
ちなみにモエギとルビーの巣は浜の上から3㍍ぐらい低い場所、大潮の満潮時だと完全に水没するけど、小潮の今なら満潮時でもわずかに波で洗われるぐらいの位置に造られている。
干潮から満潮に向かっている今の時間は水から完全に出てしまっているけど、巣の床に当たる部分の砂を分泌液かなにかで固めて水を通さないようにしているようで、干潮時でも常に一定の水が溜まったプールになっている。
そのプールに溜まった水が血でピンク色に染まっていて、短い尾の下の総排泄口からは透明なゴムのような卵膜に覆われた仔竜の尻尾と後肢が出ているのが見えている。モエギが声を振り絞るたびに仔竜の身体が少しずつ押し出され、仔竜も卵膜に包まれた尻尾や後肢をバタつかせているのが分かる。
「……ふむ。尻尾から先に出るのか。そのへんはイルカやクジラと同じってことか」
「うう~、もどかしいね。モエちゃんも赤ちゃんも頑張れぇー!」
「胴体の中央部が一番太いからそこさえ出てしまえば後は一気に出るとは思うんだけどな」
「そういえば、哺乳類ってへその尾で母胎と繋がってるけど、卵胎生の爬虫類ってどうやって胎児に栄養補給してるの?」
「うーん、そうだなー……。鳥とか爬虫類なんかの一般的な卵生の生物の場合、卵の黄身に当たる部分が胎児が出産までの間、殻の中で成長するのに必要な栄養源なんだが、プレシオサウルスも基本的にそんな感じで、黄身を全部使い切ったタイミングで出産されるんじゃないかな? ゴマフも産まれた時にはもう黄身は抱えてなかったし」
「あ、そっか。卵胎生ってようするに卵をお腹の中で温めて孵化させてるようなものだもんね」
「そういうことだ。俺も専門家じゃないし、そもそもプレシオサウルスの生態が一般的な卵胎生の生物と同じかどうかも分からんから確かなことは言えんけど、俺はたぶんそうじゃないかなーとは思ってる。ゴマフが会ったこともないシノノメを声だけで親って認識できたことから、産まれる前から親子の声のコミュニケーションはある程度あると思うんだよな。だから産まれるタイミングも母と仔で何かやり取りしてるのかもしれんよな」
「『ママ~、ごはん無いなった』『わかった。じゃあ産むわ』みたいな?」
「ノリ軽っ。でもまあそんな感じで」
あたしたちがそんな会話をしながら見守ること数十分。時々休憩して息を調えながらお産を頑張っていたモエギが一際大きな声でいきむ。
「ぐううううぅぅぅ!」
「いよいよか」「モエちゃん頑張れっ!」
そして、仔竜の胴体部が出た、と思った直後、ずるんっと一気に頭まで産まれ出た。モエギの血で赤く染まったプールにばちゃっと全身卵膜に包まれた仔竜が飛沫を上げて落ちる。
「やったー!」
「いや、本当に大事なのはここからだ」
歓声を上げるあたしに対し、冷静な声の岳人。
「どゆこと?」
「産まれた仔は、当然だがこれからは呼吸をして生きていかなくちゃいけない。最初の呼吸を……産声をちゃんと上げれるかがすごく大事なんだ。呼吸ができないと、体内に残った酸素を使い切ったら……そのまま酸欠で死ぬことになる」
「はわわ。ゴマフの時は必死でぜんぜん意識してなかったけど、めちゃくちゃ大事じゃん」
モエギがきっと疲労困憊状態にも関わらず、すぐに産んだ仔竜の方に向き直り、卵膜を咥えて破り、仔竜が出てくる手助けをする。
破れた卵膜から羊水と共に這い出てきた仔竜はまだ目も口も閉じていたけど、モエギが自分の顔で背中を強めに押したらケポッと口から羊水を吐き出し、待望の産声を上げた。
「キュイーッ!」
【作者コメント】
産声のメカニズムって調べれば調べるほどに不思議で神秘的ですよね。人間の場合、産まれるまでへその尾から酸素と栄養を供給されているわけですが、産まれた瞬間に供給が止まり、酸素の供給が絶たれた赤ちゃんの血中二酸化炭素濃度が急激に高まり、それが延髄の呼吸中枢を刺激して初めての呼吸を促し、産声となり、肺呼吸が始まります。
同時に肺動脈と大動脈を連結していたボタロー管が閉鎖され、肺に血液が流れるようになり、肺呼吸によって取り込まれた酸素が血流によって身体に行き渡るようになって肺循環が始まります。
産声を合図に赤ちゃんの体内ではこんな精密なトランスフォームが一瞬で起きるんだからすごいですね。
閑話休題
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とにかく超オススメなのでマジで観て欲しい。ぶっちゃけ今回のあとがきはこれが言いたかっただけまである。
なろうの活動報告とカクヨムの近況ノートにて、瑠璃の宝石についてオタク語りしていますのでよかったらそちらもどうぞ。
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