【なろう490万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

文字の大きさ
45 / 244
箱庭スローライフ編

第45話 6日目①おっさんは葛を見つける

しおりを挟む

 目が覚めた時、まず目に入ったのはごつごつとした岩肌の低い天井だった。外はすでに明るくなっているようで、拠点内は外からの淡い光により、薄暗くはあるが物の判別は出来る。

 首を巡らして隣を見れば、俺の方に体の正面を向け、軽く体を丸めて安心しきった寝顔で眠り続けている美岬。その姿を見てほっとしてしまうのは、二日前の夢の中で美岬を死なせてしまったあのトラウマが自分の中にまだ残っているからだろう。
 今回の寝床は、砂を寄せてクッションにして、その上に断熱シートを被せたものだ。上掛けは無かったが肌寒さも特に感じずに朝までしっかり熟睡してしまった。
 断熱シートは体を少し動かす度にガサガサと音がするし、汗ばんだむき出しの腕に張り付いたりして微妙に寝具としては不快ではあるが、それでも砂の上に直接寝て、服の中に砂が入るよりはいくぶんかましだ。
 ただ、これからこの島でしばらく生活することになる以上、より寝心地の良い寝床の追求も進めていきたい、と自分の頭の中のToDoリストに書き込んでおく。
 そうこうしているうちに美岬も意識が浮上してきたようで身動みじろぎし始め、ゆっくりと目を開く。

「……んぁ」

 まだ寝ぼけているようで、ぼーっと焦点の合わない目でぱちり、ぱちりと何度か瞬きを繰り返す。

「……ふわぁ。……ん。……あ、ガクさん、おはよ……す。……ふああぁぁ」

 大きなあくびをしてようやく目が覚めたようだ。

「おはよう、美岬。よく寝れたか?」

 何気なくつい、寝そべったまま手を伸ばして美岬の頭を撫でる。と、美岬はまるで猫のように目を細めて嬉しそうに俺の手に頭を擦り付けてきた。

「……うへへ、寝てる間に海に落ちたり波を被ったりってのを心配しなくていいって幸せっすね。久しぶりにちゃんと寝た感じっす」

「そうだな。筏だとどうしても気が張ってて眠りは浅くなるからな。まだ時間は早いけどどうする?」

「……んー、このなでなでをもう少し堪能したいのは山々っすけど、目が冴えちゃったのと、おトイレもしたいから起きるっす。今、何時っすか?」

「6時前だな」

「了解っす。……よっ! んん~~~ふぅ」

 寝床から起き上がり、大きく伸びをした美岬が目をこすりながら言う。

「せっかく陸に上がれたんだから顔も洗いたいっすねぇ。昨日ガクさんが見つけた小川って顔洗える感じっすか?」

「うーん。見た感じは綺麗そうだったが……とりあえず飲み水としての利用は一旦保留だが、顔を洗ったり洗濯になら使えるだろう。今から行ってみるか?」

「あ、そっすね。じゃあついでに洗濯も先に済ませちゃうのはどうっすかね? 昨日作ってた石鹸ってどんな感じっすか?」

 昨夜、浜で拾ってきた赤貝の殻二枚それぞれに詰めた石鹸の素をそのままクーラーボックスの上に置いて固めていたのだが……。

「……うーん、表面は固まっているが中はまだ軟らかそうだな。でも別にこのままでも石鹸としては使えるぞ。ボディーソープみたいな液体石鹸と思えば」

「おお、なるほどっす。じゃあとりあえず外に出ましょっか」

「そうだな」

 洗濯物、それを干すためのパラコード、水を掬うバケツがわりのコッヘル、折り畳みスコップとサバイバルナイフ、石鹸を持って美岬と一緒に拠点から外に出る。雨上がりの朝ならではの湿気を含んだ涼しい空気が心地好く、思わず深呼吸してしまった。土や草や花、そして潮の匂いが感じ取れる。
 そして、改めて俺たちの周囲を見回し、そのあまりにも現実離れした幻想的な美しさに二人揃って息を呑み、思わず歓声を上げる。

「……っ! これは、すごいな」

「…………ふわぁ! ここってこんなに綺麗な場所だったんすね」

 昨日は曇っていたし、雨のせいで視界が遮られてじっくりと見ることができなかったが、今は台風一過で空は雲ひとつなく晴れ上がり、視界を遮るものもなく、この谷あいの盆地のすべてを一望できる。

 きらきらと輝く粒子の細かい真っ白な砂浜とそこに混じる海浜植物、特にちょうど花の時期を迎えているハマナスの赤い花とのコントラストが美しい。
 海面に落ちる雨粒による波紋の揺らぎのなくなった内湾の水は信じられないほど透明に澄み切っていて、小さなさざ波程度の波しかない凪いだ海面はまるで鏡のように、垂直にそそりたつ崖とその上の蒼穹を写し出している。
 昔、三重県の熊野を旅した時に銚子川ちょうしがわの透明度に感動したものだが、この内湾の透明度は多分それ以上だ。おそらく葦の群生地で伏流水となった小川の水が、葦によって濾過され綺麗になって湾内に涌き出しているからだろう。

 昨日は見なかったが、湾内にはちらほらとカモメのような水鳥の姿もある。水面から飛び立った一羽を目で追えば、どうやら崖の途中の岩棚に営巣しているようだ。
 そのまま崖を見上げれば、元は滑らかであったであろう岩肌も永年の浸食によってひび割れや穴が穿たれ、そこに松や蔓性の植物や鳥たちがたくましく棲息している様子が見てとれる。崖の最上部からは植物がまるですだれのように垂れ下がり、しかもそれがずっと続いているから、さながらテーブルのふちから垂れ下がるレースのテーブルクロスを下から見上げているかのようだ。
 そんな人の手によらない自然の造形美に見とれていた俺たちだったが、美岬がはっと何かに気づく。

「あ、ガクさん、あれくずじゃないっすか?」

「おっ、どれ……ああ、間違いないな。ってことはその下も……あるな」

 美岬が指差したのは、俺たちの拠点のある崖とは反対側の崖の上だ。そこから崖に垂れ下がっている蔓植物は確かに本土でもお馴染みの葛だ。そして、その真下にあたる、俺たちから見れば砂浜と葦の群生地を挟んだその先の岩場にも葛が繁茂はんもしているのが見える。おそらく崖上の葛の豆が落ちてそこで芽吹いたのだろう。ここからは背の高い葦に隠れてよく分からないが、おそらく葦の群生地の向こうにはかなりの規模で葛が繁茂していると思われる。

「あっさり見つかったっすね。昨日拾った葛豆の莢はあのへんから台風の風で飛ばされてきた感じっすかね」

「まああいつらは自己主張が強すぎてそもそも隠れる気もないからな。あるならすぐ見つかるとは思ってたけどな」

「あはは、まあそうっすよね。でも早々に見つかってよかったっす。あ、ちなみに小川ってどこっすか?」

「葦の群生地の奥の林の中だ。というかその小川が灌漑かんがい用水の役割をしてるから、小川の水が届く範囲でだけ木が成長して林になってるって感じだな」

「なるほどー。じゃあ、林が奥に行くにつれて木の密度が増えてるってことは、それだけまとまった水が奥の方に供給されてるってことっすよね」

「……そうなるな。どこから……ってあれか!」

「おぉ! あんなところから水が……」

 海側から葦の群生地で林、その奥の森へと順に視線を巡らしていく。
 森の奥の方がかすんで見えたのできりが出ているのかと思ったが違う。森の最奥部の崖の上から滝が流れ落ちていて、高さがあるので滝の水が空中でばらばらに飛散して、水煙になって周囲の森に降り注いでいた。
 常に霧雨のような水で潤っているその森の木々はここからでも分かるぐらいに立派に成長し、さながら熱帯雨林の様相を呈している。

「滝が霧雨状になって森を潤しているのか」

 昨日、この盆地に入ってきた時は、雨で視界も悪かったのでここは奥行き1㎞ぐらいの扇形をしていると思っていたが、実際には扇状に広がった後だんだん狭くなる奥行き2㎞ぐらいのトランプのダイヤのような菱形であるようだ。
 俺たちが今いる砂浜辺りは崖と崖の間の幅が300㍍ぐらいだが、奥に行くにつれて更に拡がり、最も広くなっている場所で幅が1㎞ほどになる。そしてその辺りがちょうど平原と森の境界線になっているようで、その先は木が増えながら崖の幅がだんだん狭くなっていき、最終的に最狭となった最奥部の滝に突き当たるようだ。盆地の最奥部はかなり大きな木々によって隠されているので滝の下がいったいどうなっているのかここからは分からない。

「……ガクさん、屋久島って行ったことあります?」

 唐突にそんなことを言い出した美岬だが、とりあえずうなづく。

「おう。あるぞ」

「いいなぁ。……じゃなくて、屋久島って一つの島の中に亜熱帯から亜寒帯までの気候帯があって、ものすごく豊かな生態系があるっていうのは知ってるっすか?」

「ああ。確か標高差がかなりあるんだよな」

「そうなんす。だから自然界の動植物の研究者たちにとっては一度は行ってみたい憧れの島なんすよね。あたしも行ってみたいっす」

「ふむ。俺はそういう研究とは関係ないが、すごくいい場所だったからおすすめだぞ。いつか一緒に行きたいな」

「いいっすね。……いや、まあそれはともかくとして、この島もたぶんそういう意味ですごい価値のある島だと思うんすよ。この盆地の中だけでさえここまで多様性があるなんて普通じゃ考えられないっす! 屋久島みたいに標高差はないっすけど、それでも海があって湿地があって川があって滝があって、砂浜があって平原があって林があって森があって、普通なら少なくとも数千から数万㌶分に相当する生態系がたった数㌶のここに閉じ込められて調和して組み合わされているんすよ! これは規模は大きいけど箱庭とかテラリウムみたいな感じっす」

「ふむ。なんとなく言いたいことは分かった。まあつまりここの環境は自然が造り出した絶妙のバランスで成り立っている奇跡。言うなれば“神様の箱庭”ってわけだな」

「おお、その表現しっくりくるっすね。じゃあこれからこの盆地は“箱庭”って呼ぶのはどうっすか?」

「ん。まあいいんじゃないか」

 こうして、奥行き約2㎞、最大幅約1㎞の菱形をしたこの谷に囲まれた盆地の地名が“箱庭”と決まったのだった。





【作者コメント】
ということで新章のタイトルを出オチで回収してしまいましたが、第二部の箱庭スローライフ編スタートです。

楽しんでいただけましたら、ぜひ応援よろしくお願いいたします。お気に入り登録数500人越えました。ありがとうございます!(´▽`)
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...