77 / 244
箱庭スローライフ編
第77話 8日目⑤おっさんは野鍛冶で釣り針を作る
しおりを挟む
俺たちの拠点とは反対側の崖下には長い年月の間に崩落した石や岩が積み上がっており、その岩場全体が葛の蔓に覆われて緑色になっている。そして、岩場近くの地面にも葛が蔓延り、近くに自生している木々にも巻き付いている。
「……いやー、こうして見ると本当に葛ってタフっすよねぇ」
「グリーンモンスターとアメリカでは呼ばれてるぐらいだからな」
「この状態なら、採りすぎを心配せずにいくらでも採って良さそうっすね。むしろ周りの木への影響を考えると間引くために伐採するぐらいでちょうどいいかもっすね」
「そうだな。放っておけばいずれは林の方まで葛に覆い尽くされるだろうからな。美岬は絞め殺しイチジクを知っているのか?」
「絞め殺しイチジクっすか? 物騒な名前っすね。聞いたことないっす」
「そうか。熱帯地方のジャングルによく生えてるんだがな、絞め殺しイチジクは別の木に巻き付くようにして成長していって、宿主の梢より上に葉を広げて光を奪い、宿主の幹を締め上げて成長を阻害して、地面の栄養と水を奪って最終的に宿主を枯らしてしまうんだ」
「こっわ! ほんとに絞め殺しちゃうんすね」
「熱帯地方の絞め殺しイチジクの大木の幹の中にはかつての宿主の残骸とか、それが朽ちた後の空洞なんかもよくあるが……葛についても似たような事例は報告されてるみたいだな」
「ああ、それで絞め殺しイチジクの話になったんすね。野生の葛が他の作物や木に与える悪影響は学校でも扱われてるっすからね」
「本当に有用な植物ではあるんだが、現代日本ではほとんど利用されないからただの厄介な雑草なんだよな。まあ俺たちにとってはありがたい存在なんだが」
「今の日本でももっとちゃんと管理して積極的に利用すればいいと思うんすけどね」
「それな。葛粉は高級品なんだから長芋みたいに根の成長をちゃんと管理すればさつま芋で作る片栗粉みたいにもっと手軽になると思うんだけどな。……ま、いいや。とりあえず掘っていこう」
「あいあい。いい葛芋はどういうところにあるんすか?」
「場所というより蔓の状態が大事なんだ。……こんな感じの地面を這ってる蔓は次々に根を下ろしながら伸び進んでいくから、根が分散されて大きい葛芋は出来にくい」
説明しながら地面を這っている蔓を持ち上げてみれば、プチプチッと蔓の下から地面に伸びはじめていた根が千切れる。
「なるなるっ! 蔓が伸びながら根を下ろすとかそりゃあ広がるはずっすね」
「前進基地を作りながら進軍するようなもんだからな。逆に岩場に這ってる蔓とか、木に巻き付いてる蔓は途中に根が出せないから、大元の根が大きくなりやすいんだ」
「よくわかったっす。途中で根を下ろしにくそうな場所の蔓の根元が狙い目ってわけっすね」
「そういうこと。ただし、根元が岩場だと掘り出すのはほぼ無理だから、土の地面から生えてるやつな。で、さっき加工した蔓はあえてそういう場所から採ってきたやつで、その根本に目印の小枝を挿してあるからそこをまずは掘っていこう」
「了解っす」
目印の場所には俺が途中で切ってある蔓があるので、その根元をスコップと鍬を使って掘っていく。土の質は拠点近くと同じで砂混じりの脆い土なのでそんなに掘るのは難しくない。
程なくして太くなった葛芋が見えてきたので、その周りの土を退けるようにして掘っていく。
横方向に伸びているので露出させることそのものはさほど難しくないのだが、さつま芋やジャガイモのようにサイズがある程度決まっているわけでもない。ぶっちゃけ太くなった根がずっと続いていく感じだ。繊維も多いので芋というより太い綱、運動会の綱引き用のアレをイメージすればだいたい合ってる。
露出させた根の特に太くなっている部分だけを鋸で切り離して取り出したが、サイズは俺の腕一本分ぐらいになった。
「なかなか立派な葛芋っすね」
「そうだな。わりと手頃なサイズだな。これぐらいだと一番使いやすいが、でかいやつだと直径30㌢とかのもあるからな」
「うえ? そんなにでかくなるんすか!?」
「おう。葛芋はほっとけばずっと成長し続けるからな。そこまで成長した葛はもう除草剤を撒いても全然効かんから重機でも使わないと除去できんな。数十年単位で休耕しているような耕作地に葛が蔓延っていたら、もう一度使えるようにするのは相当大変だぞ」
「うーむ。農家からすると厄介極まりない存在っすね」
「敵に回すと恐ろしいな。さあ、せっかくだからあと2、3本ぐらいは掘っていこうか」
2時間ぐらい芋掘りをして、全部で3本の葛芋と、次の繊維取りのための蔓を4本集めて拠点に戻る。途中で小川で葛芋とスコップと鍬の土を洗い落とし。俺たちも手や顔を洗ってさっぱりした。
まずは採ってきた葛芋の細めの部分を切り取ってスライスして、干し網に並べて乾燥させていくところから始める。カチカチに乾燥させれば長期保存ができるようになるし、それを煮出した汁が漢方の風邪薬の葛根湯になる。
残りの葛芋からはデンプン──つまり葛粉を取るつもりだが、それは後回しでいいので一旦置いておく。当然の事ながら葛芋は芋として食べることはできない。とにかく繊維が多いので食えたものではないし、そもそも苦くて不味い。葛芋から取り出したデンプンは何度も水に晒して雑味を抜いて、ようやく葛粉として食べれるようになるのだ。
採ってきた葛の蔓から葉や芽をむしり、大きい葉はトイレットペーパーとしてトイレに運び、小さい葉はお茶用に干し網の空きスペースで干し、芽と蔓の先端の柔らかい部分は食用に取り分けて昨日と同じく木灰をまぶして煮立った湯を注いでそのまま木灰液に漬け込んでアク抜きをしておく。
大コッヘルで別に木灰液を沸かし、リース状に巻き直した葛の蔓を茹でていくが、この作業は美岬に任せ、俺は懸案事項の釣り針作りに取りかかることにした。
拠点から針金とペンチと砥石を取ってくる。
ペンチのニッパー部分で針金を5㌢ぐらいでとりあえず1本切り出す。まずは1個だけ試しに作ってみて、うまくいけば量産する方向だな。
魚の口に刺さった針が抜けにくくする『返し』が無い針──いわゆるスレ針なら別に試すまでもなく簡単に作れるのは分かっているが、スレ針だとどうしても魚を逃がしやすくなってしまうので、もしできるなら返しのあるちゃんとした釣り針を作りたいのでそのための試作だ。……うまくいかなければ諦めてスレ針を作るとしよう。
まず、切り出した針金の先端の2㎜程度をペンチで曲げて折り返して密着させる。この先端部分だけを加熱して軟らかくした状態で叩いて伸ばし、尖らせることで返しのついた釣り針の先端を作るというわけだ。
美岬が葛蔓を茹でているかまどのそばには昨夜ピッチを作るのに使っていた小かまどがそのまま残っているから、そこを火床として使うことにしよう。
小かまどのそばに金床石とハンマーを持ってきて、小コッヘルに水を満たしておく。
「美岬、ちょっと火をもらうぞ」
「どうぞどうぞっす。てゆーかあたしも興味あるんで見てていいっすか?」
「おう」
かまどから真っ赤に燃えている熾火をいくつか小かまどに移し、それを扇いでしっかり火力を上げたところで、針金の折り返した先端部分だけを火の中に差し込む。
針金程度の細い鉄なら20秒も加熱すれば真っ赤になるので、そうなったら金床石とハンマーで先端の赤熱部分を手早く叩いて伸ばす。
──コンコンコンコンコン!
赤熱するのも早いが冷めるのも早い。ほんの数秒の作業で冷めて硬くなってしまうので、その度に火の中に差して赤熱させてまた叩くのを繰り返す。もうちょっと苦戦するかと思ったが、意外と簡単にほんの5分ぐらいで先端の折り返し部分を密着させながら叩き伸ばすことができた。
その叩き伸ばした部分から余分な分をペンチのニッパーで切り取っていく。釣り針の返しは2㎜もいらないので、0.5㎜ぐらいに切り詰める。
そして先端を砥石で磨いで尖らせる。
先端部分がなんとか形になったので、針金の反対側の端をペンチで曲げて小さな環にして糸を結べるようにする。
それから先端部分を『返し』を内側にしてカーブさせていき『J』の形のフックにする。形のイメージはワームフックだな。
一応、形だけは釣り針になったが、このままではまだ使えない。これは現状ではまだ釣り針の形をした、手で曲げられるぐらい軟らかい針金でしかないから、魚が暴れたら針が変形してあっさり逃げられるだろう。そうならない為にも焼き入れをしてしっかり硬くする必要がある。
火床の熾火の上に成形した釣り針を置き、風を送って火力を上げ、少し待てば釣り針全体が赤熱してくる。あまりやりすぎると熔けてしまうので、一旦これぐらいにしておこう。
熱への対策の為に革手袋を填めた左手で握ったペンチで火の中から釣り針を拾い上げ、金床石の上でハンマーでコンコンと軽く叩いて鍛える。今度は変形するほど強く叩く必要はない。
この赤熱状態で叩くことで、鉄の組織を圧着させて硬さと粘り強さが生まれるのだ。
「なんのために叩くんすか?」
「品質を均一にするのと、鉄は少し延ばすと強度が上がるからそのためだな」
何回か叩くと冷めてしまうので、その度に火の中に戻して再加熱しては満遍なく叩いていく。全体的に均等に叩き終えてから、もう一度しっかりと再加熱して真っ赤になっている釣り針をそのまま小コッヘルに満たした水に落とす。
──ジュッ
冷めた釣り針の硬さをチェックするために指で曲がるか試してみるが、もう指の力では曲がらない。強度としては十分だろう。
「最後に熱してから水に落としたのはなんでっすか?」
「これは焼き入れという作業でな、高温に熱したまま急激に冷ますことで鉄の組成が変化して軟らかい鉄が硬くて曲がらない鉄に変わるんだ。ただ、このままだと硬すぎて折れやすくなるから、少しだけ軟らかく戻す『焼きならし』もついでにやっとくかな」
釣り針を再び火の上に置き、赤みがかってくるまで加熱してから火から下ろし、後は自然に冷めるのを待つ。これが焼きならしだ。
そして自然に冷めて硬さと弾力を兼ね備えた釣り針の先端を砥石でもう一度研ぎなおせば、返し付きの釣り針の完成だ。
「以上。……ちゃんとした鍛冶の工程だと他にもたくさんやることはあるんだが、今作ってるのはあくまで消耗品の釣り針だし、材料も細い針金だからこの程度で十分だろ。葛蔓を茹で終わったらテストも兼ねて釣りに行こうか」
【作者コメント】
通常の鍛冶では焼き入れの後に『焼き戻し』という工程を入れます。水で一気に冷ました焼き入れ直後の鉄は内部の状態にムラがあり、強い部分と弱い部分が混ざっています。『焼き戻し』とは、焼き入れよりも低めの火力でじっくりと加熱し、その後180℃ぐらいの油にしばらく漬け込むことで、強度の偏りをなくし、品質を均等化させて安定させる工程です。ただ、釣り針のような細い針金で作ったものは加熱時も冷却時もほぼ均等に熱が通り、焼き入れによる強度の偏りは無視できるレベルなので焼き戻しは必要ありません。何度か加熱と冷却を繰り返しながら硬度と弾力を調整しつつ、最後は自然に冷ます焼きならしだけで十分です。
「……いやー、こうして見ると本当に葛ってタフっすよねぇ」
「グリーンモンスターとアメリカでは呼ばれてるぐらいだからな」
「この状態なら、採りすぎを心配せずにいくらでも採って良さそうっすね。むしろ周りの木への影響を考えると間引くために伐採するぐらいでちょうどいいかもっすね」
「そうだな。放っておけばいずれは林の方まで葛に覆い尽くされるだろうからな。美岬は絞め殺しイチジクを知っているのか?」
「絞め殺しイチジクっすか? 物騒な名前っすね。聞いたことないっす」
「そうか。熱帯地方のジャングルによく生えてるんだがな、絞め殺しイチジクは別の木に巻き付くようにして成長していって、宿主の梢より上に葉を広げて光を奪い、宿主の幹を締め上げて成長を阻害して、地面の栄養と水を奪って最終的に宿主を枯らしてしまうんだ」
「こっわ! ほんとに絞め殺しちゃうんすね」
「熱帯地方の絞め殺しイチジクの大木の幹の中にはかつての宿主の残骸とか、それが朽ちた後の空洞なんかもよくあるが……葛についても似たような事例は報告されてるみたいだな」
「ああ、それで絞め殺しイチジクの話になったんすね。野生の葛が他の作物や木に与える悪影響は学校でも扱われてるっすからね」
「本当に有用な植物ではあるんだが、現代日本ではほとんど利用されないからただの厄介な雑草なんだよな。まあ俺たちにとってはありがたい存在なんだが」
「今の日本でももっとちゃんと管理して積極的に利用すればいいと思うんすけどね」
「それな。葛粉は高級品なんだから長芋みたいに根の成長をちゃんと管理すればさつま芋で作る片栗粉みたいにもっと手軽になると思うんだけどな。……ま、いいや。とりあえず掘っていこう」
「あいあい。いい葛芋はどういうところにあるんすか?」
「場所というより蔓の状態が大事なんだ。……こんな感じの地面を這ってる蔓は次々に根を下ろしながら伸び進んでいくから、根が分散されて大きい葛芋は出来にくい」
説明しながら地面を這っている蔓を持ち上げてみれば、プチプチッと蔓の下から地面に伸びはじめていた根が千切れる。
「なるなるっ! 蔓が伸びながら根を下ろすとかそりゃあ広がるはずっすね」
「前進基地を作りながら進軍するようなもんだからな。逆に岩場に這ってる蔓とか、木に巻き付いてる蔓は途中に根が出せないから、大元の根が大きくなりやすいんだ」
「よくわかったっす。途中で根を下ろしにくそうな場所の蔓の根元が狙い目ってわけっすね」
「そういうこと。ただし、根元が岩場だと掘り出すのはほぼ無理だから、土の地面から生えてるやつな。で、さっき加工した蔓はあえてそういう場所から採ってきたやつで、その根本に目印の小枝を挿してあるからそこをまずは掘っていこう」
「了解っす」
目印の場所には俺が途中で切ってある蔓があるので、その根元をスコップと鍬を使って掘っていく。土の質は拠点近くと同じで砂混じりの脆い土なのでそんなに掘るのは難しくない。
程なくして太くなった葛芋が見えてきたので、その周りの土を退けるようにして掘っていく。
横方向に伸びているので露出させることそのものはさほど難しくないのだが、さつま芋やジャガイモのようにサイズがある程度決まっているわけでもない。ぶっちゃけ太くなった根がずっと続いていく感じだ。繊維も多いので芋というより太い綱、運動会の綱引き用のアレをイメージすればだいたい合ってる。
露出させた根の特に太くなっている部分だけを鋸で切り離して取り出したが、サイズは俺の腕一本分ぐらいになった。
「なかなか立派な葛芋っすね」
「そうだな。わりと手頃なサイズだな。これぐらいだと一番使いやすいが、でかいやつだと直径30㌢とかのもあるからな」
「うえ? そんなにでかくなるんすか!?」
「おう。葛芋はほっとけばずっと成長し続けるからな。そこまで成長した葛はもう除草剤を撒いても全然効かんから重機でも使わないと除去できんな。数十年単位で休耕しているような耕作地に葛が蔓延っていたら、もう一度使えるようにするのは相当大変だぞ」
「うーむ。農家からすると厄介極まりない存在っすね」
「敵に回すと恐ろしいな。さあ、せっかくだからあと2、3本ぐらいは掘っていこうか」
2時間ぐらい芋掘りをして、全部で3本の葛芋と、次の繊維取りのための蔓を4本集めて拠点に戻る。途中で小川で葛芋とスコップと鍬の土を洗い落とし。俺たちも手や顔を洗ってさっぱりした。
まずは採ってきた葛芋の細めの部分を切り取ってスライスして、干し網に並べて乾燥させていくところから始める。カチカチに乾燥させれば長期保存ができるようになるし、それを煮出した汁が漢方の風邪薬の葛根湯になる。
残りの葛芋からはデンプン──つまり葛粉を取るつもりだが、それは後回しでいいので一旦置いておく。当然の事ながら葛芋は芋として食べることはできない。とにかく繊維が多いので食えたものではないし、そもそも苦くて不味い。葛芋から取り出したデンプンは何度も水に晒して雑味を抜いて、ようやく葛粉として食べれるようになるのだ。
採ってきた葛の蔓から葉や芽をむしり、大きい葉はトイレットペーパーとしてトイレに運び、小さい葉はお茶用に干し網の空きスペースで干し、芽と蔓の先端の柔らかい部分は食用に取り分けて昨日と同じく木灰をまぶして煮立った湯を注いでそのまま木灰液に漬け込んでアク抜きをしておく。
大コッヘルで別に木灰液を沸かし、リース状に巻き直した葛の蔓を茹でていくが、この作業は美岬に任せ、俺は懸案事項の釣り針作りに取りかかることにした。
拠点から針金とペンチと砥石を取ってくる。
ペンチのニッパー部分で針金を5㌢ぐらいでとりあえず1本切り出す。まずは1個だけ試しに作ってみて、うまくいけば量産する方向だな。
魚の口に刺さった針が抜けにくくする『返し』が無い針──いわゆるスレ針なら別に試すまでもなく簡単に作れるのは分かっているが、スレ針だとどうしても魚を逃がしやすくなってしまうので、もしできるなら返しのあるちゃんとした釣り針を作りたいのでそのための試作だ。……うまくいかなければ諦めてスレ針を作るとしよう。
まず、切り出した針金の先端の2㎜程度をペンチで曲げて折り返して密着させる。この先端部分だけを加熱して軟らかくした状態で叩いて伸ばし、尖らせることで返しのついた釣り針の先端を作るというわけだ。
美岬が葛蔓を茹でているかまどのそばには昨夜ピッチを作るのに使っていた小かまどがそのまま残っているから、そこを火床として使うことにしよう。
小かまどのそばに金床石とハンマーを持ってきて、小コッヘルに水を満たしておく。
「美岬、ちょっと火をもらうぞ」
「どうぞどうぞっす。てゆーかあたしも興味あるんで見てていいっすか?」
「おう」
かまどから真っ赤に燃えている熾火をいくつか小かまどに移し、それを扇いでしっかり火力を上げたところで、針金の折り返した先端部分だけを火の中に差し込む。
針金程度の細い鉄なら20秒も加熱すれば真っ赤になるので、そうなったら金床石とハンマーで先端の赤熱部分を手早く叩いて伸ばす。
──コンコンコンコンコン!
赤熱するのも早いが冷めるのも早い。ほんの数秒の作業で冷めて硬くなってしまうので、その度に火の中に差して赤熱させてまた叩くのを繰り返す。もうちょっと苦戦するかと思ったが、意外と簡単にほんの5分ぐらいで先端の折り返し部分を密着させながら叩き伸ばすことができた。
その叩き伸ばした部分から余分な分をペンチのニッパーで切り取っていく。釣り針の返しは2㎜もいらないので、0.5㎜ぐらいに切り詰める。
そして先端を砥石で磨いで尖らせる。
先端部分がなんとか形になったので、針金の反対側の端をペンチで曲げて小さな環にして糸を結べるようにする。
それから先端部分を『返し』を内側にしてカーブさせていき『J』の形のフックにする。形のイメージはワームフックだな。
一応、形だけは釣り針になったが、このままではまだ使えない。これは現状ではまだ釣り針の形をした、手で曲げられるぐらい軟らかい針金でしかないから、魚が暴れたら針が変形してあっさり逃げられるだろう。そうならない為にも焼き入れをしてしっかり硬くする必要がある。
火床の熾火の上に成形した釣り針を置き、風を送って火力を上げ、少し待てば釣り針全体が赤熱してくる。あまりやりすぎると熔けてしまうので、一旦これぐらいにしておこう。
熱への対策の為に革手袋を填めた左手で握ったペンチで火の中から釣り針を拾い上げ、金床石の上でハンマーでコンコンと軽く叩いて鍛える。今度は変形するほど強く叩く必要はない。
この赤熱状態で叩くことで、鉄の組織を圧着させて硬さと粘り強さが生まれるのだ。
「なんのために叩くんすか?」
「品質を均一にするのと、鉄は少し延ばすと強度が上がるからそのためだな」
何回か叩くと冷めてしまうので、その度に火の中に戻して再加熱しては満遍なく叩いていく。全体的に均等に叩き終えてから、もう一度しっかりと再加熱して真っ赤になっている釣り針をそのまま小コッヘルに満たした水に落とす。
──ジュッ
冷めた釣り針の硬さをチェックするために指で曲がるか試してみるが、もう指の力では曲がらない。強度としては十分だろう。
「最後に熱してから水に落としたのはなんでっすか?」
「これは焼き入れという作業でな、高温に熱したまま急激に冷ますことで鉄の組成が変化して軟らかい鉄が硬くて曲がらない鉄に変わるんだ。ただ、このままだと硬すぎて折れやすくなるから、少しだけ軟らかく戻す『焼きならし』もついでにやっとくかな」
釣り針を再び火の上に置き、赤みがかってくるまで加熱してから火から下ろし、後は自然に冷めるのを待つ。これが焼きならしだ。
そして自然に冷めて硬さと弾力を兼ね備えた釣り針の先端を砥石でもう一度研ぎなおせば、返し付きの釣り針の完成だ。
「以上。……ちゃんとした鍛冶の工程だと他にもたくさんやることはあるんだが、今作ってるのはあくまで消耗品の釣り針だし、材料も細い針金だからこの程度で十分だろ。葛蔓を茹で終わったらテストも兼ねて釣りに行こうか」
【作者コメント】
通常の鍛冶では焼き入れの後に『焼き戻し』という工程を入れます。水で一気に冷ました焼き入れ直後の鉄は内部の状態にムラがあり、強い部分と弱い部分が混ざっています。『焼き戻し』とは、焼き入れよりも低めの火力でじっくりと加熱し、その後180℃ぐらいの油にしばらく漬け込むことで、強度の偏りをなくし、品質を均等化させて安定させる工程です。ただ、釣り針のような細い針金で作ったものは加熱時も冷却時もほぼ均等に熱が通り、焼き入れによる強度の偏りは無視できるレベルなので焼き戻しは必要ありません。何度か加熱と冷却を繰り返しながら硬度と弾力を調整しつつ、最後は自然に冷ます焼きならしだけで十分です。
115
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ
天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。
彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。
「お前はもういらない」
ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。
だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。
――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。
一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。
生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!?
彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。
そして、レインはまだ知らない。
夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、
「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」
「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」
と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。
そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。
理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。
王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー!
HOT男性49位(2025年9月3日0時47分)
→37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)
転移特典としてゲットしたチートな箱庭で現代技術アリのスローライフをしていたら訳アリの女性たちが迷い込んできました。
山椒
ファンタジー
そのコンビニにいた人たち全員が異世界転移された。
異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。
その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。
攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。
そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。
前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。
そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。
偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。
チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる