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箱庭スローライフ編
第128話 13日目⑥おっさんは天秤で計量する
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味噌と醤油造りを始めるわけだが、最初の豆茹では共通なのでまとめて大コッヘルで茹で始める。そちらは美岬に任せて、俺はかまどの横の火床に燃える熾火を移し、ジュズダマを煎り始める。
味噌と醤油の大きな違いは煎り麦が入っているかどうかだ。醤油のあの独特の香ばしさは麦に由来するものだ。ハトムギの野生種であるジュズダマであの香ばしさが出るかどうかはやってみないとわからないが、まあそれっぽいものにはなると思っている。
「元々醤油って味噌から派生したんでしたっけ?」
「ああ。味噌に穴を掘っておくとそこに周りから水分が滲み出してきて茶色い液体が溜まるんだが、それがいわゆる“たまり”で醤油の原形といわれているな」
「へぇー。今回は米麹っすけど、ジュズダマで麹を作ったらどんな感じになるんすかね?」
「んー……まあやってみないとわからないが、案外米麹と麦麹の中間ぐらいで合わせ味噌みたいな味になるかもな」
「ほ? 合わせ味噌ってそういうものなんすか? てっきり赤味噌と白味噌を混ぜたものかと思ってたっす」
「正しくは米麹と麦麹を混ぜて仕込んだものが合わせ味噌だな」
「そうだったんすね。あ、ところで、豆がだいぶいい感じに煮えてきたっすよ?」
喋りながらも木べらで豆を茹でる大コッヘルをかき混ぜ続けていた美岬が報告してくれる。
「ちょっと1粒指先で潰してみてくれるか? 熱いから火傷しないように気をつけてな」
「あいあい。…………ん、べちょっと潰れるぐらい柔らかくなってるっす」
「うん。いい感じだな。じゃあ煮汁はあとで使うから残しておいて、半分はそのまま醤油用に取り分けて、残りの味噌用の半分は潰してペーストにしようか。雑菌が入らないように綺麗なビニール袋に入れて作業しよう」
新しいビニール袋2枚に茹でた豆を分け、味噌用の方は美岬に袋の外から麺棒で叩いて潰してもらう。
その間に俺は煎ったジュズダマを2枚の石で挟んですり潰しておく。すり潰したジュズダマは醤油用の茹で豆と一緒に袋に入れて混ぜ合わせる。
そしてここで米麹の登場となる。醤油用の茹で豆と煎りジュズダマに米麹をざざーと加えて、そのまま全体に馴染むように袋の中で混ぜ合わせ、袋の口を緩く結んだ状態にすればとりあえず醤油の仕込みの第一段階は終わる。
このまま時々外の空気を入れつつ混ぜるという工程を挟みつつ数日間寝かせて麹菌が全体に回るのを待って次の工程に移る。
この時、気を付けなければならないのは、麹が発酵する過程で熱を発するので、熱くなりすぎないようにすることだ。熱くなりすぎると麹が自ら発した熱で死んでしまうからな。
醤油用麹を拠点内に仕舞って戻ってくれば美岬が潰している豆もいい感じのペースト状になっている。
「こんな感じでどうっすか?」
「いいな。豆と茹で汁の温度は人肌より低いぐらいがいいんだが……茹で汁はまだちょっと熱いな」
コッヘルに残った茹で汁を触ってみれば風呂ぐらいの温度だからまだ40℃ぐらいはありそうだ。
「豆の方は十分に冷めてるっすよ」
「おっけ。じゃあ先にそっちに麹と塩を混ぜておこうか」
「比率はどんな感じっすかね?」
「んー……これは作り手によってけっこう変わるけど、俺なら茹で豆1に対して麹1.5、塩½、茹で汁¼って感じかな」
「なるほど。あたしはうちの実家の手前味噌の比率を知らないんすよねぇ。作業そのものの手伝いはしてたっすけど」
「まあいくら家業でも自分が仕切ってみないと分からん部分はあるよな」
「あ、でもこの比率ってどうやって計量するんすか?」
「ああ。こういう時こそ天秤の出番だな。ちょっと待ってな」
適当な長さの木の棒と、小篭を2つ、吊り下げるための葛の生糸を準備する。
小篭を棒の両端に吊るし、両方の重さがちょうど釣り合う支点を探り、支点に紐を結んで吊り下げれば即席天秤の完成だ。
「よし。じゃあ片方の篭に茹で豆の袋を入れてくれるか?」
「あい」
「じゃあ反対側の篭に重さが釣り合うまで小石を入れてくれ」
「あい」
美岬が入れた小石で俺が手に持って吊り下げている天秤がちょうど釣り合う。
「この小石が豆の袋に対してちょうど1/1の石オモリになるわけだな。じゃあ続いて一度豆の袋は退かして、空いた篭に反対側の篭から石オモリを半分移してバランスを取ってくれるか?」
「あい。おっけーっす」
「これが½。じゃあ片方の石を一旦別にして、残ったやつを同じ要領で半分にして¼にしてもらおうか」
「あいあい」
こうして½、¼の石オモリが準備できたので、それを基準に材料の計量を進めていく。ちなみに麹の1.5の計量は、豆の袋と½の石オモリと釣り合わせて量った。
「いやー、天秤舐めてたっす。こんなのでちゃんと計量できるんすねぇ」
「便利だろ? 公倍数、公約数の応用で石オモリを準備しておけばけっこう細かい計量も出来るからな。特にこういう比率がはっきりしてる計算はしやすいな」
「……前も言ったかもっすけど、あたし、数学めっちゃ苦手だったんすよ。こんなの勉強して何の役に立つんだろうってずっと思ってて。でも、ダーリンに教えてもらうと数学が楽しく思えてくるこの不思議!」
「使う場面が分かるとけっこう楽しいだろ? 実体験で言わせてもらうと、中学高校レベルの数学はなんだかんだで社会に出てからも使うから、学べるときにちゃんと学んでおくといいぞ」
「もし社会復帰できて学校にも復学できるなら今度こそ真面目にやるっす」
「その意気だ」
計量しているうちに茹で汁も冷めていたので茹で汁を含めた材料を全部混ぜ合わせて味噌の素を作り、そのまま空気を抜いたビニール袋で拠点内に仕舞う。今の気候ならだいたい2ヶ月ぐらいの熟成で味噌として使えるようになるはずだ。
残った麹は茹でたジュズダマと合わせて嵩増しして発酵させて、ジュズダマ麹にしておこう。
【作者コメント】
作者は昔から数学とかめっちゃ苦手で5段階評価では常に1か2だったんですよね。文系脳だから仕方ないと言い訳して役に立たないと決めつけて真面目にやらなかったのもありますが。
社会人になってからは、案外必要な場面は多くて何度後悔したことか。調理師の仕事でも、例えば何時までに何食作るのに作業員が何人必要で何時から始めれば間に合うかといった段取りを組むのにも数学は必要で、大人になってから手探りで勉強する羽目になりました。
特に多くの人を動かすマネジメント業務をする上で中学高校レベルの数学は必須です。もし学生に戻れるなら今度こそ真面目に数学を勉強したいとマジで思います。
この作品の読者様にはきっと学生さんもおられるでしょうが、中学高校で学べる基礎的な数学は本当に大事だから必要ないと決めつけずに真面目にやっておくことをおすすめします。やってみると案外面白いですよ。
味噌と醤油の大きな違いは煎り麦が入っているかどうかだ。醤油のあの独特の香ばしさは麦に由来するものだ。ハトムギの野生種であるジュズダマであの香ばしさが出るかどうかはやってみないとわからないが、まあそれっぽいものにはなると思っている。
「元々醤油って味噌から派生したんでしたっけ?」
「ああ。味噌に穴を掘っておくとそこに周りから水分が滲み出してきて茶色い液体が溜まるんだが、それがいわゆる“たまり”で醤油の原形といわれているな」
「へぇー。今回は米麹っすけど、ジュズダマで麹を作ったらどんな感じになるんすかね?」
「んー……まあやってみないとわからないが、案外米麹と麦麹の中間ぐらいで合わせ味噌みたいな味になるかもな」
「ほ? 合わせ味噌ってそういうものなんすか? てっきり赤味噌と白味噌を混ぜたものかと思ってたっす」
「正しくは米麹と麦麹を混ぜて仕込んだものが合わせ味噌だな」
「そうだったんすね。あ、ところで、豆がだいぶいい感じに煮えてきたっすよ?」
喋りながらも木べらで豆を茹でる大コッヘルをかき混ぜ続けていた美岬が報告してくれる。
「ちょっと1粒指先で潰してみてくれるか? 熱いから火傷しないように気をつけてな」
「あいあい。…………ん、べちょっと潰れるぐらい柔らかくなってるっす」
「うん。いい感じだな。じゃあ煮汁はあとで使うから残しておいて、半分はそのまま醤油用に取り分けて、残りの味噌用の半分は潰してペーストにしようか。雑菌が入らないように綺麗なビニール袋に入れて作業しよう」
新しいビニール袋2枚に茹でた豆を分け、味噌用の方は美岬に袋の外から麺棒で叩いて潰してもらう。
その間に俺は煎ったジュズダマを2枚の石で挟んですり潰しておく。すり潰したジュズダマは醤油用の茹で豆と一緒に袋に入れて混ぜ合わせる。
そしてここで米麹の登場となる。醤油用の茹で豆と煎りジュズダマに米麹をざざーと加えて、そのまま全体に馴染むように袋の中で混ぜ合わせ、袋の口を緩く結んだ状態にすればとりあえず醤油の仕込みの第一段階は終わる。
このまま時々外の空気を入れつつ混ぜるという工程を挟みつつ数日間寝かせて麹菌が全体に回るのを待って次の工程に移る。
この時、気を付けなければならないのは、麹が発酵する過程で熱を発するので、熱くなりすぎないようにすることだ。熱くなりすぎると麹が自ら発した熱で死んでしまうからな。
醤油用麹を拠点内に仕舞って戻ってくれば美岬が潰している豆もいい感じのペースト状になっている。
「こんな感じでどうっすか?」
「いいな。豆と茹で汁の温度は人肌より低いぐらいがいいんだが……茹で汁はまだちょっと熱いな」
コッヘルに残った茹で汁を触ってみれば風呂ぐらいの温度だからまだ40℃ぐらいはありそうだ。
「豆の方は十分に冷めてるっすよ」
「おっけ。じゃあ先にそっちに麹と塩を混ぜておこうか」
「比率はどんな感じっすかね?」
「んー……これは作り手によってけっこう変わるけど、俺なら茹で豆1に対して麹1.5、塩½、茹で汁¼って感じかな」
「なるほど。あたしはうちの実家の手前味噌の比率を知らないんすよねぇ。作業そのものの手伝いはしてたっすけど」
「まあいくら家業でも自分が仕切ってみないと分からん部分はあるよな」
「あ、でもこの比率ってどうやって計量するんすか?」
「ああ。こういう時こそ天秤の出番だな。ちょっと待ってな」
適当な長さの木の棒と、小篭を2つ、吊り下げるための葛の生糸を準備する。
小篭を棒の両端に吊るし、両方の重さがちょうど釣り合う支点を探り、支点に紐を結んで吊り下げれば即席天秤の完成だ。
「よし。じゃあ片方の篭に茹で豆の袋を入れてくれるか?」
「あい」
「じゃあ反対側の篭に重さが釣り合うまで小石を入れてくれ」
「あい」
美岬が入れた小石で俺が手に持って吊り下げている天秤がちょうど釣り合う。
「この小石が豆の袋に対してちょうど1/1の石オモリになるわけだな。じゃあ続いて一度豆の袋は退かして、空いた篭に反対側の篭から石オモリを半分移してバランスを取ってくれるか?」
「あい。おっけーっす」
「これが½。じゃあ片方の石を一旦別にして、残ったやつを同じ要領で半分にして¼にしてもらおうか」
「あいあい」
こうして½、¼の石オモリが準備できたので、それを基準に材料の計量を進めていく。ちなみに麹の1.5の計量は、豆の袋と½の石オモリと釣り合わせて量った。
「いやー、天秤舐めてたっす。こんなのでちゃんと計量できるんすねぇ」
「便利だろ? 公倍数、公約数の応用で石オモリを準備しておけばけっこう細かい計量も出来るからな。特にこういう比率がはっきりしてる計算はしやすいな」
「……前も言ったかもっすけど、あたし、数学めっちゃ苦手だったんすよ。こんなの勉強して何の役に立つんだろうってずっと思ってて。でも、ダーリンに教えてもらうと数学が楽しく思えてくるこの不思議!」
「使う場面が分かるとけっこう楽しいだろ? 実体験で言わせてもらうと、中学高校レベルの数学はなんだかんだで社会に出てからも使うから、学べるときにちゃんと学んでおくといいぞ」
「もし社会復帰できて学校にも復学できるなら今度こそ真面目にやるっす」
「その意気だ」
計量しているうちに茹で汁も冷めていたので茹で汁を含めた材料を全部混ぜ合わせて味噌の素を作り、そのまま空気を抜いたビニール袋で拠点内に仕舞う。今の気候ならだいたい2ヶ月ぐらいの熟成で味噌として使えるようになるはずだ。
残った麹は茹でたジュズダマと合わせて嵩増しして発酵させて、ジュズダマ麹にしておこう。
【作者コメント】
作者は昔から数学とかめっちゃ苦手で5段階評価では常に1か2だったんですよね。文系脳だから仕方ないと言い訳して役に立たないと決めつけて真面目にやらなかったのもありますが。
社会人になってからは、案外必要な場面は多くて何度後悔したことか。調理師の仕事でも、例えば何時までに何食作るのに作業員が何人必要で何時から始めれば間に合うかといった段取りを組むのにも数学は必要で、大人になってから手探りで勉強する羽目になりました。
特に多くの人を動かすマネジメント業務をする上で中学高校レベルの数学は必須です。もし学生に戻れるなら今度こそ真面目に数学を勉強したいとマジで思います。
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