【なろう490万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

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ノアズアーク編

第230話 52日目⑭目指すは江戸時代

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 徳助大叔父さんの遺品が入っている長方形の大きな木箱『長持ながもち』には様々な布素材と裁縫道具と小型の手回し式ミシンまで入っていた。ミシンは専用の小型トランクケースに入っているまるでオモチャみたいなもので、うちのお母さんが持っている大きくて重いミシンに比べるといかにも頼りない感じだけど、岳人によればこれはこれでかなり使える実用的なミシンらしい。

「あれ? でもこれ下糸ボビンをセットする場所が見当たらないけど、部品が欠損してるのかな?」

「いや、これは元々下糸ボビンが存在しないタイプのミシンだよ」

「え? 下糸無しでどうやって縫うの?」

「これはチェーンステッチ、日本語だと単環縫たんかんぬいタイプのミシンでな、上糸一本だけで縫っていくんだ」

「どういうこと? ちょっと想像できない」

「あーそうだな。じゃあ試運転も兼ねてちょっとやってみようか」

 岳人がミシン上部の糸立て棒に糸をセットして、引き出した糸を天秤、糸調子と順々に通していき、最後に針穴に通す。そして適当な端切はぎれ布を押さえがねで挟み、右側のハンドルを回し始める。

──カッタン……カッタン……カッタン……カッタン……

 天秤がシーソーのように動いて糸を少しずつ引き出していき、針の上下運動と連動して送り歯が布を後ろへ動かし、一目、二目、三目と布に縫い目が刻まれていく。本当にちゃんと縫えていることにちょっと感動する。現代の電動ミシンに比べればすごくゆっくりだけど、それでも手縫いとは比べようもなく速い。これならあたしたちの服作りもかなりはかどりそう。

「おお、すごいすごい! 本当に一本の糸でちゃんと縫えてるんだね」

 適当なところまで縫った岳人が糸を切ってミシンから布を外し、裏返して見せてくれる。

「ほら、裏面はこんな風に鎖編みみたいになってるだろ? 布を貫通した針から糸を拾ってひねって輪にして、その輪に次の針が通ったところでまた糸を拾って捻って輪にして、という動作を繰り返すことで布の裏側で鎖状に繋げていくんだ」

「あ、ホントだ。よくできてるね。でも、こうやって一本の糸だけで縫えるなら、下糸ボビンを使う今のミシンより操作も簡単だし良さそうに見えるけど、なんで今はこのタイプは廃れちゃったのかな?」

「あーそうだな、まず、このチェーンステッチは上糸と下糸を使う今のミシンに比べると縫いが緩いからしっかり縫合するのには向かないというのが一つ。それともう一つは、一本の糸で縫ってるから糸の端を引っ張ると……」

 するするする……と縫い目がいとも簡単にほどけてしまった。

「うっそぉ? こんな簡単にほどけちゃうの?」

「こういうところは編み物とも共通する部分だな。端をきちんと結んでおかないとせっかく縫ってもほどけてしまうってわけだ。ただ、この簡単にほどけるって特性は伝統的な和服とは相性が良くてな」

「どういうこと?」

「昔の日本では、着物は季節が終わって仕舞う時に縫い目をほどいてそれぞれのパーツごとに保管して、次に着る時にサイズ調整して改めて縫い合わせるってことを毎年やってたんだよ。だからこそ裁縫は女子の必須スキルだったし、簡単にほどけるこういうチェーンステッチのミシンは戦前の若い女性の嫁入り道具として大人気だったんだ。このミシンもおそらく徳助氏の母親か祖母が嫁入り道具として持ってきたものだと思うぞ」

「なるなる。それにしても着物を季節ごとにバラして縫い直すって、昔の日本って面倒臭いことしてたんだね」

「そうだな。これも文化の違いだと思うけど、洋服はその時の体型に合ったものを選ぶものだから、太ったりして体型が変わったらその時の体型に合ったものを選び直す、ある意味消耗品なんだよな。だけど、着物はある程度の体型の変化には対応できるから、ずっと使い続けることを前提に質のいい布を使ってしっかりと作ってあって、最初から消耗品扱いしてない、なんというか仕立て直しありきの存在なんだよ」

「あー……つまり一着の服の価値というか重みが全然違うんだね」

「そうそう。今の既製服の洋服はそこそこの品質、そこそこの値段で色んなサイズを揃えてあってそこから合うサイズを選ぶ──服に自分を合わせるスタイルなわけで。逆に着物は体型が変化しても着続けられる──自分に服を合わせるスタイルだからこそ、一着の服にかけられるリソースが大きいというのはあるよな。つまり、服に対する視点が真逆なわけだ」

「そういうことかー。じゃあ、和服が直線的なデザインなのも、バラして仕立て直しやすさを追求していく中でこういう形に落ち着いた説もあるかな?」

「もしかするとそれもあるかもな。いずれにしても長く続いた伝統的なデザインにはそこに至る経緯や理由があるってわけだ。日本の場合は物を使い捨てじゃなくて長く大切に使うという文化がこういうところに表れてる感じだな」

「ふんふん。でもさ、その考え方って、あるものを大切に使い続けなくちゃいけない今のあたしたちの生活とピッタリじゃない?」

「お、いいところに気づいたな。そうなんだよ。昔の日本──それこそ開国前の江戸時代ぐらいの日本人の生活スタイルはこういう無人島でのスローライフで目指せる理想の形なんだよ」

「そうなの?」

「江戸時代の日本は鎖国してたから外国産の物に一切頼らない完全な自給自足社会で、電気もガスも石油も使ってなかったし、機械といってもせいぜい木製で一部金属を使ったからくり程度、あらゆる物を手作業だけで作っていて、服もそうだけど日常で使うものは自分たちで修繕したり手直ししたりして長く大事に使っていて、それなのに文化的に洗練された質の高い生活をしていたんだ。……例えば、江戸時代は庶民が歌舞伎や落語みたいな娯楽を気楽に楽しんでいたり、活版印刷技術を瓦版やら浮世絵なんかに転用してカラーイラストを惜しげもなくバラ蒔いていたりとか、その当時の世界では考えられないぐらいゆとりのある生活をしていたんだよ」

「言われてみればそうだよね。あの千円札の葛飾北斎の絵とか、あれは一品物の芸術作品じゃなくて、大衆向けにカラーで大量に刷られたもので誰でも気楽に買えたんだよね。……うわぁ、江戸時代ヤバ」

「モナリザの次に有名ともいわれる富嶽三十六景の神奈川沖浪裏か。あれがカラー版画で二束三文で売られていたとか、もはやわけわからんよな。しかも、ああいう浮世絵を西洋人が知ったきっかけってのも、日本から輸出された陶磁器の緩衝材としてクシャクシャに丸めて木箱に詰められてた物だったって話だから、どれだけ日本でありふれた存在だったか理解できるな」

「その当時の西洋の人はさぞかし驚いただろうね。でも、そういうことか。電気とか石油製品とか機械とかなくても、江戸時代ぐらいの生活レベルまでは出来るってことなんだよね」

「そうそう。それに俺たちにとっては自国の歴史だから学校で習ったり、大河ドラマで観たりして、ある程度はどういう生活かイメージできるだろ。ここでの生活の目指すスタイルをイメージできるというのは大きいと思うぞ」

「あ、確かにー。最終的に江戸時代の生活レベルを目指すって言われたらなんとなくイメージできるもんね。そっか、目標は江戸時代か。悪くないね」

 江戸時代の生活レベルって、なんか普通に快適そうだよね。そっか、電気とか石油がなくてもあれぐらいの生活はできるんだ。

「……えっと、なんか話が脱線したけど、まあそれでさしあたっては和服、今回は寝間着としての襦袢じゅばんっぽい物を作っていこうって話だな。布を裁断したり縫ったりする作業は明るい昼間にやるとして、今やれるのは布選びとか、裁縫道具の確認とか、あと採寸ぐらいかな。とりあえずミシンは試し縫いしてみた結果、使えるということでオッケーだな」

「うんうん。じゃあ布選びだね。あたしが選んでもいい?」

「任せるよ。俺は裁縫道具箱の中身をチェックしてどんな道具があるか調べてみるとするかな」

 岳人が長持ちから裁縫道具箱を取り出してテーブルの上で開けるのを横目に、あたしは折り畳まれて重なって収納されている様々な布素材を順々に取り出しては柄や触り心地をチェックして吟味していくのだった。






【作者コメント】
 作者は明治時代が一番好きなんだけど、江戸時代も好きなんよね。別作品でも語ったけど、五代目将軍の綱吉公が好きなのよ。生類憐れみの令なんかで悪いイメージが付いてるけど、調べれば調べるほどにめちゃくちゃ優秀な人で、ある意味江戸幕府の中興の祖なところあって、この人がいなかったら江戸時代はあんなに長く続かなかったまであるかな……と語り始めたら止まらないのでほどほどにして、今回の話にも関係する綱吉公の功績を一つだけ挙げるなら、庶民がのびのびと娯楽を楽しめるようにした結果、大衆文化が花開き、現代のオタク文化の原点ともいえる一般庶民による創作活動が本格的に始まったことですな。その頃に始まったオタ活が現代では伝統芸能とか呼ばれてますね。綱吉公は言うなればオタクの神様なんですよ。

 まあそれはともかく、電気が使えなくなって化石燃料が枯渇して現代社会が崩壊したとしても、江戸時代ぐらいの生活レベルならできるということなんですよね。その頃は電気もガスも石油も使ってなかったわけだし。確かに今よりは不便なのは間違いないですが、案外悪くないんじゃないかなと思います。

 今回のお話、楽しんでいただけましたら引き続き応援お願いいたします。
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