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すべては俺の野望のために

第一話 獣は静かに息を潜(ひそ)める

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―――これは復讐だ。あの男に対しての、罰だ。

あの日、俺は雨の中で弱々しくなった彼女の体を抱きしめていた。
腕の中で"彼女"は言った。

『…………ごめんね、さく。成人になるまで見てあげられなくて。』

どうして、彼女が死ななければならなかったのか…。知りたくもない。
すべてあの男のせいだと思い知らされるまでは―――。

***

「サクぅーどこにいるのですー?」
パタパタと、一人の少女が家の廊下を歩いている。
「お嬢様、何か御用でしょうか?」
ひょっこりと部屋の扉から顔を現わしたのは、眼鏡をかけた青年、さくだった……。

「呼んだらもっと早くきてちょうだい。遅いわ!」
(……この、我が侭、女が!)
思わず、愚痴をこぼしそうになる。しかし…ここは、笑顔で応対するのだ。
ところで、俺はある屋敷で使用人として雇われている。
我が侭お嬢様に振り回されながら、日々、復讐というものに心を支配されている。
(……俺は、春日 晴彦かすが はるひこを許さない…あの日、アイツは母さんを――)
嫌な情景が目に浮かび、強く唇を噛んだ。
「サク、お茶の時間よ。忘れているのかしら?」
「あ…はい。すみません」
淡々と、俺は―――春日 葵かすが あおいお嬢様のために紅茶を入れ始める。お嬢様の使用人になったのは、ほんの三ヶ月前。
はじめは、超がつくほどの我が侭ぶりに気が狂いそうだったが、今は…お嬢様に屈辱を与える日がくることを知っているのだから大した事はない。
与えるのは、もちろん、俺。
これは、復讐だ。アンタの可愛い娘の体を、俺がけがしてやる。

――奈落へ落ちろ。
それが俺の本性ねがいだ。

「…サク、そろそろ私の誕生日よ。」
お嬢様の高飛車たかびしゃはいつものことだが、照れた口調で言われたことに違和感を抱いた。
「ええ、十六歳になりますね」
「そう! そうなのよ! 私、結婚が出来るわっ」
「―――は?」
(何をいきなり、そんなことを)
言うんだ、と朔は冷ややかに思った。そんなの当たり前だと、口に出せたらどんなに良かっただろうか。
「…私、結婚するなら好きな人がいいですわ。政略結婚ではなくて。」
「そうですね――」
(そんな幸せな願いなど、俺が叶えさせない。俺がお前の体をお嫁にいけないように調教するのだから――)
その時は近い。
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