聖植物園日誌

小達出みかん

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こんなヤバい人と二人きりなんて、聞いてない

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その人はこちらを振り向いた。褐色の肌に、長い亜麻色の髪。印象的な見た目だが、その目はつりあがっていてこちらを睨んでいる。一瞬、怒った動物とにらみ合っているような感覚を覚えて芹花は身をすくめた。
「すみません、モフ…じゃなくて、その猫私のなんです。返してください」
 その人物は冷たい一瞥を芹花に投げかけてから薬棚の向こうへ言った。
「なんですか、この生き物は。聞いていませんよ」
 その声を聞いて、彼が男だと芹花はわかった。
「まあまあ、サチ。そうつっかからないでやってくれよ。芹花君は我々がやっと見つけた君の後輩、なんだから」
 追いついた酒流がそうとりなした。サチはその言葉を無視して自分の机に向き直った。何か作業の途中だったようだ。芹花は床の上の箱からモフチーを出した。
「ごめんね、モフチー」
 サチが咎めるように芹花を見たので、芹花はモフチーをしっかり腕に抱いて言い放った。
「モフチーは入り口の部屋につれていきます。カナリヤの籠は高いところに吊るしてありますから、ご心配なく」
「…鳥なんてどうでもいい。さっさとお願いします」
芹花は仕方なく先ほどのアトリウムの床にモフチーを下ろした。研究室に戻ると、酒流とサチが話をしていた。だがなにやら不穏な雰囲気だ。
「本当に仕事熱心で助かるよ。出迎えもせず研究していてくれていたとはね」
「あなたがたの要望に応えるため、かかりきりでした。この間のプチトマト、種の回収に成功しましたよ。サンプルはそのボックスの中です。どうぞ持って帰ってください」
 酒流の皮肉も、サチにはまったく効かないようだった。
「なんだ、そんな急がなくても連絡さえくれればまた来るのに」
「いいえ、そう何度も来させるもの悪いので。本社は忙しいでしょうから。さあ」
「まあまあ、今日は芹花君のことも話さなきゃいけないから、私も時間を取って―」
 サチはきっぱりと言った。
「結構です。資料には目を通しましたので」
「それだけでは十分でないよ。彼へ引継ぎをするためにも、しっかり三人で話さなくては」
「本社の方針は理解しています。今さらあなた方に教えていただく必要はありません」
 サチは机の上から目を上げないままそう言った。その声はまるで氷のように冷たかった。
 その態度に、酒流は諦めてボックスを取った。
「じゃあ私は退散するよ。ただ後輩に仕事はきっちり教えてくれよ。…芹花君、すなまいね」
 酒流はそういって研究室を後にした。困った芹花はその後ろ姿を追いかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、酒流さん!」
あんなおっかない人といきなり2人きりにされるという焦りから芹花は必死だった。
「う~ん、悪いねえ…だが私はどうにも彼に好かれていなくてね」
「好き嫌いじゃなくて、仕事じゃないですかっ。ちゃんとあの人と話つけてくださいよ、モフチーの事だって…!」
 酒流はまったく悪びれずに言った。
「そう、彼は仕事命だからね。好き嫌い関係なく仕事は完璧だ。モフチーくんの事も、研究室に入りさえしなければとって食いはしないだろう。ああ見えて、悪い人じゃないんだ」
「それはそうでしょうけど…」
 サチを見るかぎり、円満な人間関係を築けそうな雰囲気は微塵もない。博識な研究者と聞いて勝手に大樹のような人を想像していた芹花は落胆した。
「うまくやっていけるか…」
 肩を落とす芹花を、酒流ははげました。
「無理に彼と関わることはないさ。淡々と仕事していれば良い。もちろん業務上話さなければいけない時もあるから、そういう時だけにこにこ話せばいい。大人のつきあいってやつさ」
 そんな風に接しているから好かれないのでは…?と芹花は思ったが口には出せなかった。
「では私は帰るね。また近いうちにくるから。何かあったらいつでも連絡してくれ」
 そういって彼はサンクチュアリを後にした。遠ざかっていく船は、白い水尾を引きながらかなたへと消えた。桟橋にしゃがみこんだ芹花を、ついてきたモフチーが見上げた。
「行っちゃった…これからどうしようか」
 あのおっかない人は、きっと芹花のことを邪魔だと思っているにちがいない。すっかり歓迎されるものと思っていた芹花は暗い気持ちになった。
「アオン」
 芹花はモフチーのほうを見た。その顔は、南の太陽に照らされていつもより毛並みが明るく、オレンジ色に染まって見えた。ピスタチオ色の瞳はじっと芹花を見あげている。
「いいね、モフチー」
芹花がひと撫ですると、モフチーは手に顔をこすりつけた。
「ウヌー」
「そうだよね…モフチーもいることだし。がんばらなくっちゃ」
 芹花は立ち上がり桟橋を引き返した。日差しに温められた優しい風が、その髪を揺らした。
(…これが、潮風ってやつか)
 ロケーションは絶好だ。芹花はなんとかやっていけそうな気がした。
 芹花が研究室に戻っても、サチは気づいた様子もなく机に向かっていた。芹花は意を決してその背に声をかけた。
「あの!」
 サチが芹花の方へ振り向いた。その無表情さに一瞬ひるんだが、芹花は続けた。
「空いている部屋はどこですか?教えてください。電話の場所と、あと仕事のやりかたも…」
「この研究室以外、どこでも空いています。電話はこの隣の部屋に端末があります。仕事はそこのマニュアルに全部書いてあるので、その通りにやって下さい」
 そういい終えるとサチは再び背を向けた。とりつく島がないといった感じだ。
「あの…私、中村芹花っていいます。ドーム熊谷から来ました。よろしくお願いします」
「…知ってます」
やはり、とりつく島もない。とりあえず芹花は部屋探しをすることにした。
(なんだか、映画で見た昔の学校みたいだなぁ)
 ひとしきり建物をあるきまわった後、芹花はそう思った。
 研究室の隣の部屋はロビー兼玄関になっていた。リノリウムの床の上には年代物に見えるソファが置いてあり、玄関の扉は古めかしい2重の硝子扉になっている。階段を上った先の二階は2つの部屋に分かれており、一つは書庫、もう一つはどうやら食堂のようだった。どちらもかなり埃をかぶっていた。三階はさらにくもの巣まで張っていたが、同じような寝室が並んでいて住めそうな雰囲気だった。
(この部屋はベッド、トイレ…それにシャワーもある!でるかな…)
おそるおそるシャワーの栓をひねると、さあっと水が流れ出て、床のタイルの上を流れた。この島では海水を真水に変える設備があり、自由に使えると酒流が言っていた。
(水が使い放題なんてすごい贅沢だなぁ。それにこんな部屋、テレビでしか見たことない)
芹花は部屋全体を眺めた。バスルームの水色のタイルは本物の硝子だ。居間には木の書き物机と籐椅子が置かれていた。モフチーもこの部屋が気に入ったようで、早速ベッドの上で丸くなった。芹花は生成りの布の上掛けをめくってみた。
(…だいぶほこりっぽいな。ちょっと掃除しよう)
くつろいでいたモフチーは抗議の声を上げたが、芹花は上掛けをはがしバルコニーへと出た。
「わぁ…!」
 芹花は思わず声を上げた。バルコニーからは、島の全景とその向こうの海が見渡せた。この研究所のすぐ前にはガラスの温室があり、畑が広がっている。その向こうには木々が連なっていて、小さなその森を抜けると…
(砂浜がある!)
 芹花の心は躍った。本物の砂浜を歩いてみるのが、芹花の夢のひとつだった。
(時間をつくって、できるだけ早くいってみよう…)
掃除を済ませた後、芹花はイスに腰を下ろしてマニュアルを開いた。籐椅子はきしきし音がしたが座り心地はよかった。
(どれどれ…っと)
 中には、一日の仕事が細かく書かれていた。畑のチェックに、水やりと草むしり。育成している植物を観察し、毎日端末で日誌に記録する。これが主な仕事らしい。
(…え、これだけ?)
 これならうちの農場のほうがよっぽど重労働だ。もっと大変な仕事を予想していた芹花は拍子抜けした。が、こんなうまい話があるわけがないとすぐ思い直した。
 自分の仕事内容を決めるのはきっとあのおっかない人だ。このマニュアルを作ったのだってそうだろう。芹花に任せるのが嫌で、簡単な仕事だけを載せているのかもしれない…。
(それにしてもまあ、1つ1つ用具の場所まで細かく書いてあるなぁ…)
 マニュアルの文章は無味乾燥な印刷されたものだったが、内容は丁寧で親切すぎるほどだった。これほど細かく書かれていれば、彼に何も聞かなくても仕事ができるだろう。
(そんなに私と関わるのがいやって事なのかな…)
 つい邪推してしまい、芹花は慌てて首をふった。
(いやいや、こんな丁寧に作ってくれてありがたい限りだ)
 あれこれ考える芹花に、モフチーが訴えた。
「ワウウン!」
 はっとして時間を確認すると、もう6時をまわっていた。
「ごめん、もうこんな時間か」
 芹花は先ほど荷物から出したモフチー用のお皿に、持ってきたフードを入れて出した。モフチーはすぐさま飛びついた。いついかなる時も、モフチーは食べることを忘れない。そして飼い主もそれは同じだった。
「…お腹減ったな…」
 ここは食事はどうしているのだろう。2階の食堂には食べ物の気配はなく、分厚い埃が長いこと誰もここで食事をしていないことを物語っていた。仕方なく、芹花は1階へ向かった。
(そういえば、研究室に冷蔵庫があったような)
 恐る恐る研究室を覗いたが、サチはいなかった。芹花は片隅にある大きい銀の冷蔵庫を開けてみた。が、あるのはビーカーやシャーレばかりで食べ物は何一つ見当たらない。
 GNGの島だから果物やお肉、乳製品…そんな贅沢品があるかな、なんて期待していた芹花はがっかりした。
「何をやっているんですか」
「ヒエッ…」
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