聖植物園日誌

小達出みかん

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ぅわJKつょすぎ

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 芹花はむっとした。ペットの世話をして怒られるのは納得いかない。
「じゃあちゃんと世話してくださいよ。エサも切れて、鳥かごも汚れ放題でしたけど。私がしちゃ駄目なら、声かけますから」
「必要ないです」
「え…だってあのまま放っておいたら死んじゃうよ?カナリヤ……」
「とにかくエサはやらないでください」
「ならもうエサやり忘れないでください!そのせいで鳥が死んだりしたら嫌ですから!」
「…別に死んだってかまわない」
 ぼそりとつぶやいたその言葉に、芹花は耳を疑った。
「え?何て…」
「あんな鳥、死んだってかまわないって言ったんです」
「カナリアはペットじゃないんですか?何で飼ってるの…?」
「別に飼っているわけじゃない。勝手に置いていかれただけです」
 その身勝手な発言に芹花は怒りがわいた。
「世話がめんどうなら放してやればいいじゃないですか。死ぬよりましでしょ」
 彼は嫌そうにため息をついた。
「ここで鳥なんか放したら実験ができなくなります。そんな事もわからない頭なんですか?」
 芹花は唇を噛んだ。たしかに畑に糞をされては困る。鳥は木の実などを食べ、糞によって種を広げるからだ。だが問題はそこではない。
「じゃあ、酒流さんにあげるなりすればいいじゃないすか。鳥かごに閉じ込めてエサをやらないなんておかしいです!」
「あなたに指図される筋合いはありません」
「指図とかじゃなくて…!カナリヤが死んだら可哀想だから言ってるんです!」
「かわいそう?」
 サチの眉が動いた。あきらかにこちらを馬鹿にしている表情だ。
「あなただってゴキブリが出たら殺すでしょう。野菜についた虫だって、今までたくさん殺してきたでしょう。彼らは可哀想じゃないんですか?」
「え、だって、虫は…」
「野菜に穴をあけるから?居ると気持ち悪いから?全部人間の勝手な都合ですよ。これは残酷ではないんですか?」
 その言い草に芹花はたじたじとなった。
「何言ってるんですか…?おかしいですよ、サチ…さん」
「おかしいのはそっちです」
 平然と言い放った彼を見て、芹花は怖くなった。その様子を見てサチは去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って…!」
 芹花は彼を呼び止めた。
「ま…またエサをやらなかったら、私はやるから!あなたがどう思おうと、関係ないから…!」
 そんな芹花をサチは鼻で笑って、芹花の方へ足を踏みだした。
「な…なんですかっ」
 相手の動きにつられて、芹花はじりじりと下がった。
「なら、答えてください。虫は良くて、なぜ鳥や猫…は殺してはいけないんです?」
その瞳の冷たい光に、芹花はぞっとした。彼の「鳥や猫…」の後に自分が入るのではないかとふっと頭によぎった。その間にも距離は詰められていく。恐怖から、芹花は無意識に手を動かしていた。
「いやっ!こないで…っ!」
 芹花が放った右ストレートは、きれいに彼の肩に入った。サチは手も尻餅もつかずドサッと音をたてて後ろにふっとんた。
 芹花はそこで我に返った。
(やだ…!本気でやっちゃった…!)
 昔から力は強いほうで、幼いころから男児顔負けの腕力を誇っていた。だが人を殴る事など久々な上に、手加減する余裕がなかったせいで、思わず渾身の力でやってしまった。
「すみません!…大丈夫ですか?」
 芹花はあわててサチを助け起こした。サチの肩は、びっくりするほど軽かった。
「おい、サチさんっ」
 よんでも、ゆすっても、返事がない。
(うそ、もしかして、気絶しちゃっ―――)
 と、その時、ゴホゴホとサチが咳をした。
「よかった、大丈夫??」
 サチはフンっと顔をそらして立ち上がった。が、すぐよろけたので芹花は彼を支えた。
「ごめんなさい…つきとばして」
 ところが彼は芹花の手を振り払って行ってしまった。痛いのを我慢し、精一杯の力で払ったのが芹花にもわかったので、それ以上引き止めることはできなかった。
 仕事しながら、芹花は考えた。
 鳥の世話をしたことでなぜあんなに怒ったのか、芹花はまったくわからなかった。
(もしかして、動物をいじめて楽しむ悪いやつなのかな…)
 そう考えてみたが、いまいちピンとこない。ずっと放置されていたあの状況を見ると、ただ世話をさぼっていただけのようにも見える。面倒くさがりなのかもしれない。
(でも、だったらエサやった私にあんな怒らないよな…それになんか怖かったし…)
 芹花はその日一日中、ぐるぐると悩んだ。

「た、ただいまー…」
 仕事を終えた芹花はそうっと玄関の扉を開けた。いつものようにモフチーが座っていた。
「アオーン」
 今朝の事で帰ってくるのに緊張していた芹花だったが、その姿を見て力が抜けた。
「ただいま、モフチー」
「ワウワウ」
 ひげをピンと立てて、モフチーは何かを訴えている。
「ん?ごはん?」 
「アウッワウッ、ワーウ」
 牙をむき出して叫ばれた。どうやらちがうようだ。いつもとちがうモフチーの様子に、芹花は不安になった。
「どうした?も、もしかして…!」
 芹花の頭にとても嫌な想像が浮かんだ。
「あの人になんかされたっ?」
 芹花はモフチーを抱き上げ、耳のてっぺんから足裏の肉球まで隅々をチェックした。
「なんともない、よかった…わっ」
 モフチーは芹花の腕を飛び出して、振り返った。
「アオーン」
 そしてそのままスタスタ歩いて、もう一度芹花のほうへ振り向いた。
「なに?ついてこいって?」
 スタスタと歩き出したモフチーが研究室に入っていったので、芹花は慌てて追いかけた。
「そこはモフチーは入っちゃだめ!」
 芹花はモフチーをつかまえようと足を速めたが、モフチーの方が一枚上手で、するりと薬棚をすり抜けてその向こうへ走った。
「モフチー、そこ一番駄目なところ…っ!」
 追いかけた芹花はびくっと後ずさりした。床の上に、サチが倒れていたからである。
「ワオーン、ワオ、アオオーーン」
 モフチーはサチに向かって鳴きたてた。そこで芹花ははっとサチの肩に手をかけた。
「大丈夫ですか?…うわ、すごい熱!」
 服越しでもその熱さが感じられるほど、サチの体は発熱していた。本人も何の反応もなく、意識があるのかわからない。
「ちょ、ちょっと待ってて、モフチー、頼むね」
 そういって芹花は自分の部屋に走った。母さんが持たせてくれた救急箱を引っ張り出し、さらに一階の冷蔵庫から保冷剤と水を山ほど持ちだした。
「しっかりしてください、とりあえず水!」
 芹花は水のボトルを差し出したが、サチは苦しげにうめいただけだった。
「どうしよう。病院…はないから、とりあえず酒流さんに連絡を…!」
 そのつぶやきを聞いて、屍のようだったサチが顔を上げた。
「連絡はやめてください。大丈夫…ですから」
「水、のめそう?」
 芹花が差し出した水を、サチはようやく受け取った。
「これで熱も計ってみて。それと…サチさんのベッドはどこですか?」
「…ないです」
「え?じゃあいつもどこで寝てるんです?」
「このへんです」
 芹花はよくわからず聞き返した。
「このへん?このへんって、どこ?まさか床とか?」
「いえ、机で」
「え…?」
 芹花は絶句した。この人は毎日、机に突っ伏して寝ていたのというのか?
「うそでしょ…?とりあえず横にならなきゃ。あ、ロビーのソファにしよう。あそこならなんとか横になれる。ほら一緒に」
 芹花はよろよろするサチをささえながらロビーへと向かった。
「ちょっと狭いけど…はい、ここに横になって。熱は測り終えた?」
 ソファに座ったサチはうつむいた。
「熱…これでですか」
 サチは先ほど渡した体温計を手でつまんでいる。
「えっ、測り方、知らないの…?スイッチをおして、そう。細いほうを脇に挟んで音がするまで待ってて」
 彼が襟を開いて体温計を入れた。芹花の目は体温計にくぎづけだった。褐色の肌に、生々しい赤紫の楕円形が浮き出ている。
(私が今朝殴ったところ、めっちゃ痣になってるッッ!)
 もし、これが引き金で高熱を出したとしたら…!芹花は青くなった。
「うわっ、42℃!!」
 デジタル表示されたその数値を見て芹花はたまげた。命にかかわる高熱だ。本当なら即救急車を呼ばなければならない。
(やばい、最悪死ぬ…っ!)
 芹花は必死の思いで救急箱を漁った。
「あったっ!!」
 箱の封を切るのももどかしく、芹花はフタをひきちぎって中の薬を取りだした。
「これ、解熱剤!はい2錠。常用してる薬とかないですよね?」
 サチはその問いに答えるでもなく、ぼんやりと手のひらに乗せられた錠剤を見た。それはまるで子どものようなたよりないまなざしだった。芹花は彼をせかした。
「大丈夫、普通に市販の薬だから!ほらっ」
 サチはなおも薬を見ている。焦る芹花は彼にむかって両手を合わせた。
「しっかりして!これを飲めば熱が下がりますから!飲んで下さい!」
 そこまでして、サチはようやくうつろな目で芹花を見上げた。
「…なんでそんな必死になるんですか」
「いや、今やばい状況ですよ?42度以上の熱は生死にかかわるって学校で習ったでしょっ?!頼むから飲んでくださいよ!」
 芹花は、ゴネる子どもを相手にする時のように散々拝み倒した。が、ふと顔を上げた。
「あっ、ちょっと待って。胃が荒れるから飲む前に何か食べないと…」
 何かと言ってもアレしかない。芹花は仕方なくお湯を沸かし温かいプロテインを作った。
「はい、これを飲んでから、薬を飲んで。それで横になって寝るんです」
 ここでまた拒否されたらどうしようと芹花は心配しながらコップを差し出したが、サチはそれを受け取って飲んだ。芹花はほっとした。
「ああよかった…それと…」
 芹花は救急箱から冷却シートを取り出して、薬を飲み終えたサチに渡した。しかし彼は再び無言でシートを見つめているだけだった。
「えっと、これは冷却シートで…熱のときにおでこに貼るもんです」
「はぁ…そうですか」
 これも、わからないのだろうか。芹花は仕方なく言った。
「じゃあ私が貼るんで、前髪上げてもらっていいすか、こうやって」
 芹花がやってみせると、サチは素直にまねした。芹花はシートを手に一歩サチに近づいた。
(近くでちゃんと顔みるの、初めてだな…)
 芹花の肌がミルクティー色なら、サチの肌はカフェオレ色だ。サチのほうが少し濃い。だが2人ともドームの住人からすれば十分色黒だろう。しかしサチが決定的に違うのは髪色だ。芹花たちは黒髪だが、サチの髪はくすんだ亜麻色で、さらさらのハチミツを連想させた。髪は無造作に伸ばしてあり、後ろでゆるくたばねられている。伏せられたまぶたには、同じ色の睫毛がびっしりと生え揃って下を向いている。
(うわぁ、やっぱり睫毛濃いなあ。鼻も高いし…茉里が見たらキャーキャー言うんだろうな)
 そう思いつつ、芹花はまっすぐおでこにシートを貼り付けた。
「はい、もうOKです。あとこれ…」
 芹花はシートをもう一枚差し出した。
「ぬるくなったら張り替えてください。」
 サチがその言葉に何の反応も示さなかったので、芹花はまくらの横にそれを置いた。
「あの…本当に酒流さんに連絡しなくて大丈夫ですか?」
「…この熱は他人に移るようなものではないので、大丈夫です」
「いや、そういう事を心配してるんじゃなくて…」
 夜中に死なれでもしたら困る、という思いが芹花の頭をかすめた。
「…いつものことですから」
 そういうサチの体が傾いている。芹花は慌てて彼を支えた。
「もうわかったから、横になりましょう。ほら!」
 芹花はもうそれ以上追求しないことにした。なにしろ相手は42℃だ。さっさと寝てもらうに越したことはない。
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