聖植物園日誌

小達出みかん

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気づきたくなかった

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「あっ、サチさん!熱、どうです?」
 朝、サチが食堂に足を踏み入れると芹花がドタバタと駆け寄ってきた。
「下がったようです。本当ですよ。ところで…あれは何です?」
 サチは机の上におかれた機械を指差した。
「これがテレビですよ。ちょっと小さいけど…さっ、朝ごはんにしましょ」
 テレビは朝のニュースを流している。2人とも食べながら画面に見入った。
「これは一体…?」
「ニュースですよ。あっ、またドーム東京でインフルエンザが出たって?!あれまぁ…」
 後で大樹に電話をしてみようと芹花は思った。テレビの画面はトップニュースから芸能ニュースへと移り変わった。それを見て芹花はうれしそうな声を上げた。
「あっ、朝霧アヤメちゃんだ!ひさびさに見たなぁ…」
 朝霧アヤメはドーム熊谷出身の人気女優だ。なのでドーム熊谷の住民はほとんどが彼女のファンだと言っていい。
「相変わらず、キレイだなぁ~」
 レッドカーペットを歩く彼女は黒いイヴニングを着こなし、輝かんばかりの美しさだ。
「キレイ?何がですか」
 そんな芹花を見て、サチが聞いた。
「何がって、この人!綺麗でしょ!私と同じドーム出身なんですよ!会ったことは、ないけど…」
芹花は力説した。が、サチはさらりととんでもない事を言った。
「芹花さんの方がキレイですよ」
 水を飲みかけていた芹花はむせた。
「うっ…げほっげほっ…なんて事言うんですかサチさん」
「大丈夫ですか」
 芹花はこほんと咳払いをした。
「サチさん、綺麗というのはこういう人のことを言うのですよ」
 芹花はテレビを指差した。ずっと島暮らしをしていたから美人というものがどういうものなのか知らないのだろう。芹花は気の毒に思った。それにいきなりサチにそんな事言われると、調子が狂う。
「じゃっ、私!畑行ってくるんでッ!」
芹花はそそくさと席を立って外へ向かった。
(何なんだ、サチさんってば…いきなり、あんな事)
 興奮さめやらぬまま、芹花は畑仕事をしていた。まだ心臓がドキドキとしているので、鍬を握ったまま芹花はすーっと深呼吸をした。この程度で動揺してしまう自分が恥ずかしかった。
(でも…ずいぶん優しくなってきたなぁ、彼)
 心配してわざわざ海まで探しにきたり、芹花を褒めたり、最初の彼からしたら考えられないほどの変化だ。
(それに昨日、お互いのこと話せてよかったな)
 こんなに距離が縮まったのも、仕事とご飯のおかげだろう。芹花はその2つに感謝した。

「これは、なんと言う料理ですか?」
「んー、料理名というほどのものはないんだけど…しいて言えば、カレーピラフかな」
 そんな会話をしつつ、2人は夕食を口に運んでいた。つけっぱなしにしているテレビの音が、広すぎるこの食堂に心地よく響いていた。夜のニュースは再びインフルエンザの事を告げていた。それを聞いた芹花は食事を切り上げて席を立った。兄の事を思い出したのだ。
「ちょっと端末、使いますね」
そういって階下に向かった芹花を、サチはざわざわした気持ちで見送った。サチはその不愉快な感情を押し殺そうとしたが、上手くいかなかった。
 彼女が家族と連絡を取ることは、当たり前の事だ。サチが苛立つ理由などひとつもない。
 だが、サチの心の中の暗い部分は、機械のように素早く最悪の想定をはじき出す。
(もし、彼女が誰か外の人間に助けを求めたら…)
 彼女は、この島を出て行ってしまうかもしれない。
(ありえない。彼女は何も知らないし、端末の回線は監視されている、実行不可能だ―)
「サチさん?」
考えをめぐらせていたサチは、声をかけられてはっと顔を上げた。
「な、なんです」
「私、また海に行ってきますね。モフチーが行きたがってて」
 その瞬間、驚くほど手足が冷たくなり、頭の中が真っ白になるのをサチは感じた。
(出て行く…私は、また、おいていかれる…あの時のように)
 忘れかけていた恐怖の記憶が、サチの脳内をじわじわと侵食していった。
「海…なぜですか」
 そんなサチのことは知る由もなく、芹花は能天気に応えた。
「海水浴ですよ!よかったらサチさんも来ます?」
「…一緒に?」
「ええ、一緒に」

 夜の海は、少し冷たくて、今の芹花にはちょうど良い温度だった。波が寄せる中、少しずつ芹花は沖に足を踏み出していった。
(夜でも…水が透き通っているなぁ…)
 芹花は月明かりを頼りに、もぐったり浮いたりを繰り返して遊んだ。そして海底の砂にタッチして、どのくらい潜っていられるか試した。
(1、2、、3…あれ?)
 芹花の手に、なにか固いものが触れた。掴んで引き上げると、それはちいさな金属の輪だった。
「サチさん、こんなの拾いました。見た事あります?」
 芹花は海から上がってサチにそれを見せた。
「ないです。裏側になにか彫ってあるようですが、さび付いていてわかりませんね」
「ほんとだ!何て書いてあるんだろう」
芹花は星明りの下で目を凝らした。深く刻印されているいくつかのアルファベットだけが読み取れた。
「Gから、Rへ…贈り物だったのかな。大事なものっぽいな」
 よく見るとただの輪ではなく、凝ったデザインになっていた。表面には宝石もはまっている。芹花は一目見て気に入った。
「カッコイイ!でもこれを磨いて私が持ってたら、泥棒になっちゃうかなぁ」
「大事な?その拾った輪がですか?」
 サチは首をかしげた。
「多分これは、誰かが恋人かなにかにプレゼントしたブレスレットなんですよ。だから、大事なもの」
「…そういうものなんですか」
「恋人にアクセサリーをもらうと嬉しいものらしいですよ。うちの母も、父からもらった結婚指輪、すごく大事にしてたし。あれ……でも、うでにはまらないなぁ、きつい……」
「ちょっと貸してください」
 サチはブレスレットを眺め、少しいじった。するとぱかり、と輪の一部が切れて開いた。
「わっ、すごい」
「よく見たら、継ぎ目がありました。これで着けられます」
 差し出した手首に、サチがかちんと輪を嵌めた。すると、宝石の部分がピカリと点滅した。
「あれっ、これ、機械だったのか」
「身体に着けるタイプの端末の一種かもしれませんね」
 ブレスレットを眺める芹花に、サチはタオルを差し出した。
「あ、どうもです!」
 芹花はがしがし体をふいてから、サチの横に腰を下ろした。
…そういえば、昨日ここで押したおされた(?)んだっけか。そう思い出してにわかに芹花は緊張した。
「今日は、月がきれいですね」
 サチがそんな事を言ったので、芹花は意外に思いながら夜空へ目を向けた。月はぽっかりと海の上に浮かんでいた。まるでバニラアイスのようだ。
「本当だ、なんか美味しそう」
 芹花はしみじみとつぶやいた。月は真珠色に淡く光り、周りの雲の陰影がびろうどの緞帳のようにそれを取り囲んでいた。  
 こんなにはっきり見えるのに、実際は遠い。芹花は月との距離に思いを馳せた。
「月や他の星にも、植物ってあるんですかねぇ…」
 その子どものようなつぶやきに、サチは微笑みを浮かべて芹花を見た。月光に照らされた端正な顔は、笑うと人間ではない、美しい生き物のようだった。その生き物は言った。
「芹花さんは、宇宙からきた植物の事を知っていますか?」
「宇宙から?そんな植物があるんですか!?」
 興味しんしんの芹花に、サチはくすりと笑った。
「ええ。とても身近な植物ですよ」
「食べれる?」
「野菜ですよ」
 芹花は考え込んだ。宇宙っぽい、野菜…。
「うーん、りんごとか?パイナップルもそれっぽいな…」
「今、私たちが育てているものですよ」
「え?じゃあ、トウモロコシ?」
「そうです」
 そんな身近すぎるほど身近なものが、宇宙から…? 驚いている芹花に、サチは説明した。
「栽培植物には、元となった野生種があります。今あるどの野菜も、野生の物を食料として都合のよい形に品種改良してあります。ですがトウモロコシにはその野生種がないのです」
「ない…?」
「ええ、少なくとも現代では見つけることができない。だからトウモロコシは、どこからやってきたのか謎なのです。そこで…」
「宇宙からやってきた、と…?」
「そういうわけです。といっても、その説の信憑性は限りなく低いですけど。おとぎ話のようなものですね」
「へぇ…でもそう考えると、おもしろいですね!たしかにトウモロコシって、不思議な形をしているし…」
 芹花は宇宙人がトウモロコシをどっさり育てている所を想像して思わず笑ってしまった。
「でも、トウモロコシってすごいですよね。サンドストーム・トウモロコシのおかげで今人類は飢えずにいられてるようなもんですし…」
「そうですね。あれほど人間にとって都合のよい野菜はないでしょう。食料としてでなく、アルコールもプラスチックもオイルも作れる」
 芹花は拳を握って続けた。
「そう!人体の紫外線だって吸収できるかもしれない!」
 2人は顔を見合わせて笑った。
「ふふ…楽しみだなぁ。早く収穫できるといいのに。ね、サチさん」
 芹花はそのままごろりと砂浜に転がった。モフチーもそれに続いた。
「ええ、そうですね…」
 芹花は無心に空を眺めている。その時、サチは唐突に理解した。これが「楽しい」という事なのかと。芹花と居る時間が、サチは好きになっていた。自分の無意味な人生を、その時だけでも忘れることができた。だがその楽しさを知ることは、同時に恐怖でもあった。
 酒流の思惑を、サチはすべて知っている。そして近い将来彼のプロジェクトは進行する。その進行の鍵を握っているのは、ほかならぬ自分だ。
(私は、どうすれば…)
 芹花がもしプロジェクトの全内容を知ったら。そう想像しただけでサチの鼓動は痛いほど速くなった。しかしこのままではプロジェクトは進行し、取り返しのつかない事がおこる。そうならないためには、せめて芹花だけでも逃がさないといけない。しかしそうすると…
――私と彼女は、もう二度と会えなくなる…
 そう思うとサチの体は氷水を浴びせられたかのように冷たくなった。彼女が出て行くことは耐えられない…。
(私は、彼女が好きなんだ…)
 とうとう気がついてしまった。痛いほど強いその気持ちが、辛かった。
(だから、仲が悪いままでいたかった。こんなことになるのが、嫌だったのに…)
 サチは強く目を閉じた。瞼の裏が熱かった。
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