35 / 41
白皙の君(2)
しおりを挟む
意外なその質問に、酒流は首をわずかにかしげた。が、沖田はこちらを見つめる事をやめない。酒流は観念して肩をすくめた。
「俺は、椅子に座っているだけで平社員の何百倍もの給料を得ている奴らが我慢ならない。いつか引きずりおろしてやると思っている。…それだけだ。私は君と違ってつまらん人間さ」
「へぇ…意外です。酒流さんは会社ではいつも、そんな素振りは微塵も」
酒流は眉をひそめた。
「当たり前だろう。敵の前で本音を言う馬鹿がどこにいる」
常に本音と建て前を使い分ける。感情を出せば、負けだ。それは水も食料も空気も足りない、スラムと化した地方ドームから泥臭く出世を目指した酒流のライフハックだった。だが沖田はそんな酒流を見上げて、ふふと笑った。
「じゃあ俺の事は…味方として認識してくれてるって、事ですね」
その言葉に、酒流は一瞬動きを止めたが、すぐにいつもの笑みを作った。
「…そうだな。君は有能な研究者だ。盗られるのは惜しいほどのね」
酒流は用意していたブレスレットを彼に渡した。
「これは…?」
「特殊なICチップが埋め込まれたウエアラブルハードだよ。君の脈拍や血流を読み込んで、健康管理をしてくれる。そして危険が迫った時には私に連絡がくるようになっている」
酒流は沖田の手を取って、その細い手首に手ずからそれを嵌めた。ピッと軽い音がして、ピタリと接合部が光る。
「悪いが、これは装着した私以外には取ることはできない。もし無理やり外されれば情報にはロックがかかる。君が危険な目にあった時の事を想定してのシステムだ」
勝手な事を、と怒るだろうか。様子をうかがう酒流に、沖田は無邪気に手をかざして腕輪を眺めていた。
「シンプルなデザインですね。とても機械には見えない。普通のアクセサリーみたいです」
「ああ。そう見えるように設計してある。他人に見られても、発信機には見えないだろう」
「裏に刻印がありますね…これは…?」
酒流はこちらを見る沖田から、思わず目をそらした。
「一応贈り物だからな。それらしくしておいただけの話だ」
話を逸らすように、酒流は聞いた。
「で、ここでしたい実験はもう決まっているのか?」
「はい。次は…紫外線を吸収する木を作りたいと思います」
さらりと言われたその言葉に、酒流は驚いた。
「なんだって?そんな事が可能なのか」
「はい。この木をたくさん植えれば、紫外線が人体に及ぼす影響が減ります。理論上は。」
「すると…君の夢がかなうわけだ。人類が元通りの生活を取り戻す、という」
酒流が言うと、沖田は力強くうなずいた。
「はい。成功させて…俺は、役に立ちたいです。人類だけじゃなくて、あなたの役にも」
星が輝く夜空の下で、沖田と酒流はお互いに目を見交わした。沖田の目には、明るくまっすぐな光が宿っていた。
「ありがとうございます。こんな俺に、チャンスをくれて」
「…ああ。期待しているよ」
酒流は短くそう答えて、建物の中へと戻った。
胸の中に、今まで知らなかった新たな感情が沸きおこった。新しい車のエンジンをかけた時のような、活力にあふれる気持ち。沖田の清涼なまなざしが、黒々とした酒流の胸中に新しい風を吹き込んだのだ。
(…君の研究が成功するよう、私は万難を排そう)
損得なしで、誰かのために動く。そんな事は今までなかったし、浅はかだと軽蔑さえしていた。だが今は自然と、そうしたいと思っていた。
(なんというのか…生まれ変わったような、気分だ)
酒流は一人、彼と、その研究を守り抜く事を決めた。
「だけどね結局…私は、彼を守り切れなかったんだ」
酒流はうつむいてそう言った。芹花はおそるおそる尋ねた。
「その人は…今は?」
酒流は首を振った。サチも目を伏せている。
「ある日、彼は島から帰るためのボートに乗ったまま、行方不明となった。捜索の結果フェリーだけが見つかった。乗っているはずの彼と、重要なサンプルがなくなっていることがわかった。船の内部は荒らされていた」
「つまり…何者かに襲われて、サンプルを奪われた、ってこと?一体…誰に」
「わが社の情報は常に狙われていると話したろう?ライバル会社のスパイ、情報を売って金を儲けている連中…いくらでも候補は上がる。私は犯人の捜査と……この腕輪を探し続けていた」
「これを?」
「ああ。遺体はいくらさがしても見つからなかった。もう朽ちているのか、それともどこかで生きているのか……。長年捜査を続けるうちに、殺人犯よりも、そちらを知るほうが私にとって重要になった。この腕輪さえ見つかれば……」
「なるほど。データさえみれば、最終データの心拍数などで生命状況――どうやって亡くなったのか、もしくは生きている可能性が……わかると」
冷静に口をはさんだサチに、酒流はうなずいた。口を閉じたその表情は、疲れていて、哀れだった。芹花はサチを見上げた。
「……お願いします、サチさん」
「え」
「これは、酒流さんに返しましょう。もともと彼のものだし……」
サチは少しためらったが、酒流をちらりと見て、仕方なく了承した。サチが触れると、それで最後の力を使い果たしたとでもいうようにカチリとそれは開いて、パチパチ火花を散らして酒流の手のひらに落ちた。
「たしかに中身にチップのスロットがあったかと。この島の端末で読み込んでみましょう」
「俺は、椅子に座っているだけで平社員の何百倍もの給料を得ている奴らが我慢ならない。いつか引きずりおろしてやると思っている。…それだけだ。私は君と違ってつまらん人間さ」
「へぇ…意外です。酒流さんは会社ではいつも、そんな素振りは微塵も」
酒流は眉をひそめた。
「当たり前だろう。敵の前で本音を言う馬鹿がどこにいる」
常に本音と建て前を使い分ける。感情を出せば、負けだ。それは水も食料も空気も足りない、スラムと化した地方ドームから泥臭く出世を目指した酒流のライフハックだった。だが沖田はそんな酒流を見上げて、ふふと笑った。
「じゃあ俺の事は…味方として認識してくれてるって、事ですね」
その言葉に、酒流は一瞬動きを止めたが、すぐにいつもの笑みを作った。
「…そうだな。君は有能な研究者だ。盗られるのは惜しいほどのね」
酒流は用意していたブレスレットを彼に渡した。
「これは…?」
「特殊なICチップが埋め込まれたウエアラブルハードだよ。君の脈拍や血流を読み込んで、健康管理をしてくれる。そして危険が迫った時には私に連絡がくるようになっている」
酒流は沖田の手を取って、その細い手首に手ずからそれを嵌めた。ピッと軽い音がして、ピタリと接合部が光る。
「悪いが、これは装着した私以外には取ることはできない。もし無理やり外されれば情報にはロックがかかる。君が危険な目にあった時の事を想定してのシステムだ」
勝手な事を、と怒るだろうか。様子をうかがう酒流に、沖田は無邪気に手をかざして腕輪を眺めていた。
「シンプルなデザインですね。とても機械には見えない。普通のアクセサリーみたいです」
「ああ。そう見えるように設計してある。他人に見られても、発信機には見えないだろう」
「裏に刻印がありますね…これは…?」
酒流はこちらを見る沖田から、思わず目をそらした。
「一応贈り物だからな。それらしくしておいただけの話だ」
話を逸らすように、酒流は聞いた。
「で、ここでしたい実験はもう決まっているのか?」
「はい。次は…紫外線を吸収する木を作りたいと思います」
さらりと言われたその言葉に、酒流は驚いた。
「なんだって?そんな事が可能なのか」
「はい。この木をたくさん植えれば、紫外線が人体に及ぼす影響が減ります。理論上は。」
「すると…君の夢がかなうわけだ。人類が元通りの生活を取り戻す、という」
酒流が言うと、沖田は力強くうなずいた。
「はい。成功させて…俺は、役に立ちたいです。人類だけじゃなくて、あなたの役にも」
星が輝く夜空の下で、沖田と酒流はお互いに目を見交わした。沖田の目には、明るくまっすぐな光が宿っていた。
「ありがとうございます。こんな俺に、チャンスをくれて」
「…ああ。期待しているよ」
酒流は短くそう答えて、建物の中へと戻った。
胸の中に、今まで知らなかった新たな感情が沸きおこった。新しい車のエンジンをかけた時のような、活力にあふれる気持ち。沖田の清涼なまなざしが、黒々とした酒流の胸中に新しい風を吹き込んだのだ。
(…君の研究が成功するよう、私は万難を排そう)
損得なしで、誰かのために動く。そんな事は今までなかったし、浅はかだと軽蔑さえしていた。だが今は自然と、そうしたいと思っていた。
(なんというのか…生まれ変わったような、気分だ)
酒流は一人、彼と、その研究を守り抜く事を決めた。
「だけどね結局…私は、彼を守り切れなかったんだ」
酒流はうつむいてそう言った。芹花はおそるおそる尋ねた。
「その人は…今は?」
酒流は首を振った。サチも目を伏せている。
「ある日、彼は島から帰るためのボートに乗ったまま、行方不明となった。捜索の結果フェリーだけが見つかった。乗っているはずの彼と、重要なサンプルがなくなっていることがわかった。船の内部は荒らされていた」
「つまり…何者かに襲われて、サンプルを奪われた、ってこと?一体…誰に」
「わが社の情報は常に狙われていると話したろう?ライバル会社のスパイ、情報を売って金を儲けている連中…いくらでも候補は上がる。私は犯人の捜査と……この腕輪を探し続けていた」
「これを?」
「ああ。遺体はいくらさがしても見つからなかった。もう朽ちているのか、それともどこかで生きているのか……。長年捜査を続けるうちに、殺人犯よりも、そちらを知るほうが私にとって重要になった。この腕輪さえ見つかれば……」
「なるほど。データさえみれば、最終データの心拍数などで生命状況――どうやって亡くなったのか、もしくは生きている可能性が……わかると」
冷静に口をはさんだサチに、酒流はうなずいた。口を閉じたその表情は、疲れていて、哀れだった。芹花はサチを見上げた。
「……お願いします、サチさん」
「え」
「これは、酒流さんに返しましょう。もともと彼のものだし……」
サチは少しためらったが、酒流をちらりと見て、仕方なく了承した。サチが触れると、それで最後の力を使い果たしたとでもいうようにカチリとそれは開いて、パチパチ火花を散らして酒流の手のひらに落ちた。
「たしかに中身にチップのスロットがあったかと。この島の端末で読み込んでみましょう」
0
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる