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だまされちゃった
ぼわっ、と紫煙が舞い上がってエヴァンジェリンを包む。古代の魔術に使う、甘辛いスパイスの匂いを吸い込んでくらくらする。エヴァンジェリンを取り囲む煙はどんどん濃くなり、周りが何も見えなくなる。
(まずい、これっ……!)
授業で使うちゃちな呪いじゃない。本物の、呪いだ。そう気が付いた瞬間、紫煙の中に、ドロリと球体のものが現れた。
血を流し、エヴァンジェリンを凝視するそれは――誰かの眼球、だった。
紫色の眼球の瞳孔が、カッと開く。
『オ前ハ……! 前、会ッタ』
(見ちゃ、ダメだ……!)
『効カナイ……!』
とっさにエヴァンジェリンは目をつぶった。
本能的に手が解呪の印を結んだのと、目玉が爆ぜたのが同時だった。
「はぁ……はぁ……ぁ、」
煙が晴れる。
爆発の衝撃で座り込んだエヴァンジェリンを、先生が掴む。
「ミス・ハダリー、今の煙は!? 何が起こったんです!」
しかしエヴァンジェリンは先生の問いには答えず、慌てて教室を見回した。
(いない……! ディック・イースト!)
今、煙の中で出会った眼球は、たしかに彼の部屋で見たものだった。
(つまり、ココさんに嫌がらせをしていたのは……イーストさん!?)
先生の手をすり抜け、エヴァンジェリンは教室から飛び出した。
「ちょっと、待ちなさい……!」
呼び止める先生の声も、クラスメイトたちからの冷たい目も、もうどうでもいい。エヴァンジェリンはどうしても、ディックに確かめなければいけない事がある。
廊下を通りすぎ、階段を上り、とうとうディックの部屋の前で――エヴァンジェリンは彼に追いついた。
「ねぇ!あの呪いは……あなたが髑髏の中で飼っていたものよね? なんで……それがココさんの、箱の中に」
走って息の切れているエヴァンジェリンに対し、彼はずっと背中を見せていたが、ふいに振り向いた。
「え? なんのこと」
「お願い、教えて。あの目の呪いは、イーストさんの持ち物よね?」
「たしかに、俺は呪いのアイテムをいろいろ持ってはいるけど……あれは俺のじゃないよ。まぁ、入りなよ。聞きたいことがあるならなんでも答えてあげるよ?」
まったく嘘をついているようには見えない顔で、ディックはそう言い切った。売り言葉に買い言葉で、エヴァンジェリンは先日も足を踏み入れた不気味な部屋へと入った。バタンと背後でドアが閉まる。
「あなたのじゃないなら、何で今、教室から逃げたの……?」
「俺はもう、解呪おわったからさ。それよりもハダリーさん、大丈夫なの?」
にっとディックが笑う。いつもと違って、その笑みはどこか冷たい。
「私も、ちゃんと解呪しました。教えてください、なんで……」
こんな事するの。そう言いかけて、エヴァンジェリンは自分の声が上手く出ない事に気が付いた。喉の奥が、熱くて痛い。さきほど吸い込んでしまった煙が、悪さをしているようだ。
「く……な、にこれ」
喉元で、熱くパチパチ何かが爆ぜている。目を白黒させるエヴァンジェリンを、ディックは嗤った。
「ふはは、かかったね。でも、さすがだよ。ここまで走ってこれたんだから。そのうちあの目は、君の心臓まで到達して悪さをし始めるよ」
「な、んで……わたし、解、呪……」
立っていられず、床に手をついたエヴァンジェリンの肩を、ディックはひざまずいて引き寄せた。
「よーしよし、落ち着いて。ここじゃなんだから、ベッドに移動しようか」
その言葉に、エヴァンジェリンの全身は総毛だった。
「や、めて……! なんの、つもり。あなた、何が目的、なの……!」
「目的って……もちろん君だよ。俺はずっと、君が欲しかったのさ」
涼しい顔で、彼はそんな言葉を囁く。エヴァンジェリンは必死に首を振った。
ごほごほと空咳が出る。熱い塊が、喉の奥から胸へと降りていくのを感じる。このままではいけない。しかしエヴァンジェリンは、どうしても確かめなくてはいけない事があった。
「それなら、なんで……ココさんに、今までいやがらせを……? おかしい、です……っ」
「何もおかしくないさ。君を手に入れる策だよ。ココに何か起これば、トールギスは真っ先に君を疑って、君たちの仲は冷え込むだろう? そうなれば、君も俺を見てくれるかなって」
その言葉に、エヴァンジェリンは絶句した。
「そ、そんな……! あのレポート用紙も、クロハガネも、あなたが……!?」
すでに声はかすれて、もう限界がきていた。そんなエヴァンジェリンを抱き寄せて、ディックは囁いた。
「そうだよ。悪かったね。疑われて、責められて、君には辛い思いをさせてしまった――。でも、そんな時、俺は君を助けた。さすがに忠誠心に篤い君も、俺のほうへと気持ちが傾いただろう。ちがう?」
たしかに――あの時は、彼の親切がありがたかった。ほんの少しだけ、彼に寄りかかりそうになってしまった。けど。エヴァンジェリンは首を振った。
「だからと言って、私はあなたになびいては……いません」
するとにっとディックは笑った。
「そうだね。君は本当につけ入るすきがなかったよ。でも、これでやっと俺のものだね」
そう言う笑顔は、うそ寒い。ほんとうに好きな女の子に向ける笑顔とは思えない。
グレアムがココに向ける顔とは、ぜんぜん違う。
「ち、がう……あなたは、私のことなんて……なんとも、思ってない」
胸が苦しい。痛い。しかしエヴァンジェリンは力を振り絞って、ディックを見上げて睨んだ。
「あなたの、本当の、目的、は―――」
グレアム様、ね?
(まずい、これっ……!)
授業で使うちゃちな呪いじゃない。本物の、呪いだ。そう気が付いた瞬間、紫煙の中に、ドロリと球体のものが現れた。
血を流し、エヴァンジェリンを凝視するそれは――誰かの眼球、だった。
紫色の眼球の瞳孔が、カッと開く。
『オ前ハ……! 前、会ッタ』
(見ちゃ、ダメだ……!)
『効カナイ……!』
とっさにエヴァンジェリンは目をつぶった。
本能的に手が解呪の印を結んだのと、目玉が爆ぜたのが同時だった。
「はぁ……はぁ……ぁ、」
煙が晴れる。
爆発の衝撃で座り込んだエヴァンジェリンを、先生が掴む。
「ミス・ハダリー、今の煙は!? 何が起こったんです!」
しかしエヴァンジェリンは先生の問いには答えず、慌てて教室を見回した。
(いない……! ディック・イースト!)
今、煙の中で出会った眼球は、たしかに彼の部屋で見たものだった。
(つまり、ココさんに嫌がらせをしていたのは……イーストさん!?)
先生の手をすり抜け、エヴァンジェリンは教室から飛び出した。
「ちょっと、待ちなさい……!」
呼び止める先生の声も、クラスメイトたちからの冷たい目も、もうどうでもいい。エヴァンジェリンはどうしても、ディックに確かめなければいけない事がある。
廊下を通りすぎ、階段を上り、とうとうディックの部屋の前で――エヴァンジェリンは彼に追いついた。
「ねぇ!あの呪いは……あなたが髑髏の中で飼っていたものよね? なんで……それがココさんの、箱の中に」
走って息の切れているエヴァンジェリンに対し、彼はずっと背中を見せていたが、ふいに振り向いた。
「え? なんのこと」
「お願い、教えて。あの目の呪いは、イーストさんの持ち物よね?」
「たしかに、俺は呪いのアイテムをいろいろ持ってはいるけど……あれは俺のじゃないよ。まぁ、入りなよ。聞きたいことがあるならなんでも答えてあげるよ?」
まったく嘘をついているようには見えない顔で、ディックはそう言い切った。売り言葉に買い言葉で、エヴァンジェリンは先日も足を踏み入れた不気味な部屋へと入った。バタンと背後でドアが閉まる。
「あなたのじゃないなら、何で今、教室から逃げたの……?」
「俺はもう、解呪おわったからさ。それよりもハダリーさん、大丈夫なの?」
にっとディックが笑う。いつもと違って、その笑みはどこか冷たい。
「私も、ちゃんと解呪しました。教えてください、なんで……」
こんな事するの。そう言いかけて、エヴァンジェリンは自分の声が上手く出ない事に気が付いた。喉の奥が、熱くて痛い。さきほど吸い込んでしまった煙が、悪さをしているようだ。
「く……な、にこれ」
喉元で、熱くパチパチ何かが爆ぜている。目を白黒させるエヴァンジェリンを、ディックは嗤った。
「ふはは、かかったね。でも、さすがだよ。ここまで走ってこれたんだから。そのうちあの目は、君の心臓まで到達して悪さをし始めるよ」
「な、んで……わたし、解、呪……」
立っていられず、床に手をついたエヴァンジェリンの肩を、ディックはひざまずいて引き寄せた。
「よーしよし、落ち着いて。ここじゃなんだから、ベッドに移動しようか」
その言葉に、エヴァンジェリンの全身は総毛だった。
「や、めて……! なんの、つもり。あなた、何が目的、なの……!」
「目的って……もちろん君だよ。俺はずっと、君が欲しかったのさ」
涼しい顔で、彼はそんな言葉を囁く。エヴァンジェリンは必死に首を振った。
ごほごほと空咳が出る。熱い塊が、喉の奥から胸へと降りていくのを感じる。このままではいけない。しかしエヴァンジェリンは、どうしても確かめなくてはいけない事があった。
「それなら、なんで……ココさんに、今までいやがらせを……? おかしい、です……っ」
「何もおかしくないさ。君を手に入れる策だよ。ココに何か起これば、トールギスは真っ先に君を疑って、君たちの仲は冷え込むだろう? そうなれば、君も俺を見てくれるかなって」
その言葉に、エヴァンジェリンは絶句した。
「そ、そんな……! あのレポート用紙も、クロハガネも、あなたが……!?」
すでに声はかすれて、もう限界がきていた。そんなエヴァンジェリンを抱き寄せて、ディックは囁いた。
「そうだよ。悪かったね。疑われて、責められて、君には辛い思いをさせてしまった――。でも、そんな時、俺は君を助けた。さすがに忠誠心に篤い君も、俺のほうへと気持ちが傾いただろう。ちがう?」
たしかに――あの時は、彼の親切がありがたかった。ほんの少しだけ、彼に寄りかかりそうになってしまった。けど。エヴァンジェリンは首を振った。
「だからと言って、私はあなたになびいては……いません」
するとにっとディックは笑った。
「そうだね。君は本当につけ入るすきがなかったよ。でも、これでやっと俺のものだね」
そう言う笑顔は、うそ寒い。ほんとうに好きな女の子に向ける笑顔とは思えない。
グレアムがココに向ける顔とは、ぜんぜん違う。
「ち、がう……あなたは、私のことなんて……なんとも、思ってない」
胸が苦しい。痛い。しかしエヴァンジェリンは力を振り絞って、ディックを見上げて睨んだ。
「あなたの、本当の、目的、は―――」
グレアム様、ね?
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