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聖女エーステリアの死
しおりを挟む「申し訳ありません。フェルナンデス公爵。私は何があろうと、あの方を愛しています。さようなら」
彼女──エーステリア・シュテーンスはそう言うと、私に一礼をして去っていった。一度も振り返ることなく、心はもう決まっているようだった。
名前もわからない白くて小さな花びらが舞う。私は、自分の痛んだ心を受け止めようと静かにゆっくりと目を閉じた。
それから一年後、エーステリアは最愛の人、皇太子ジョシュアにより、無惨にも断罪されてしまうのである。
【聖女エーステリアの死】
「彼女の物はこれで全部か?」
王室から運び出されていくエーステリアの遺品。本当は捨てられるところを私が全て引き取ることにした。私が召使いに尋ねると、彼は、はいと冷たく答える。
「これで全てです」
「よし。殿下に挨拶してから、ここから去るとしよう」
思ったより彼女の物は少なかった。ドレスもアクセサリーも最低限の物しかなく、本も数えるほどしかない。ジョシュアの婚約者だったのだから、もっと良い待遇を受けているのかと思っていた。
うんざりするほどの長い廊下を歩いていると、遠くにいたメイド達が私をちらりと見て、噂話をしていた。
「あの悪女の物を引き取るだなんて、なんて悪趣味な方なの」
「ね、まさかエーステリア様があんな性格が悪い方だとは思わなかった」
「聖女のイメージ台無しよね」
エーステリアの悪口を言っている。私はコホンと咳をして、メイド達を睨み付ける。彼女たちは慌てて一礼をして、そそくさと去っていった。
エーステリアは予知能力が使える聖女だった。その能力で皇太子を支え、国のために一心に貢献していた。エーステリアはジョシュア殿下を愛し、殿下もまたエーステリアを愛していた。
それなのに、それなのに、
なぜ?
──コンコンコン。
「誰だ」
殿下の低い声が聞こえる。どこか疲れているように感じた。
「フェルナンデス・レインです」
「入れ」
殿下の部屋に入るのは久しぶりだ。学生時代より、部屋は書類で溢れ返っている。殿下は険しい顔で窓の外を眺めていた。
「久しぶりだな。一年ぶりか」
「はい。殿下」
「以前よりも男前になったんじゃないか?」
「殿下は少しやつれたように見えます」
あぁとジョシュア様は眉間に手をやる。頭が痛いのか、うーんと少し唸っていた。
「あの女の荷物を引き取ってくれるのは大いに助かる。処分するのも触るのも嫌だと言う召使いが多くてな」
「エーステリアの物はこちらで大事に保管しますゆえ」
「私にはもう、関係のないことだ」
ジョシュア殿下は不快そうにそう吐き捨てた。
「殿下。エーステリアに一体何があったと言うのです。彼女はまさに天使が舞い降りたような、純粋で優しくて暖かい存在だったはずなのに」
「私も、そうだと思っていたよ」
彼は私に座るように促す。
「エーステリアを婚約者にした途端、急に本性を顕にしたんだ。大臣達を集めて、謀反を企てようとしていたのだよ」
「彼女が、謀反ですと?」
私は驚いて、目を見開いた。
「そうだ。自分の予知能力を利用して、自分がこの国の女王になれると思ったらしい」
「……」
「あの女は、私を利用したのだ。断罪は当たり前だ」
「……」
彼女が、謀反を?
自分がこの国の女王に?
「お前はずっとあの女のことが好きだったろう。今でもだが。この事を聞いて、彼女の荷物を処分しても構わんぞ」
「いえ……大切に保管します」
「全く。お前の頑固さは相変わらずだな。もういいか。少し疲れている」
私は殿下に一礼して、部屋を後にした。廊下を歩いているはずなのに、地面に足がついていないように感じる。
おかしい。
彼女は自分が断罪される予知だって、見えていたはず。
なぜ、断罪されることを選んだと言うのだ?
***
彼女の遺品を空き部屋に入れてもらう。遺品は彼女の香りが残っており、私は目をしばたたかせる。
私は上着を脱ぎ、少しずつ彼女の遺品を取り出した。買ったばかりのガラスケースの中に丁寧に入れていく。
木箱の奥に、古びた小さいノートが荒々しくしまわれていた。私はそれを取り出し、破けないように開く。
それは、彼女の日記だった。
「エーステリアの字……こ、これは……」
彼女がジョシュアに婚約される前の日の日記を食い入るように読む。
──私の意思とは関係なく、予知が私に衝撃的なことを告げた。
ジョシュア様に運命の相手が現れる。彼は皇帝となり、運命の相手と共に、この国を安泰へと導くと──
「運命の相手……」
──聖女エーステリアに対する気持ちは次第に冷め、忘れ去られ、一生涯惨めな皇后となる。
私はその予知を嘘だと思った。でも、私の予知は外れたことがない。私は嘆いた。私の愛するジョシュア様に運命の相手いるだなんて。そして、悲しいことに私への愛までも冷めてしまう。
私のジョシュア様への気持ちは変わらない。でも、彼は変わっていく。これから何度も何度も私の気持ちを殺していき、私はそれに耐えなければならない。だからと言って、私が今突き放しても、ジョシュア様は必ず引き留めるだろう──
日記を読み進めるうちに、無意識に手に力が入る。
──それならばいっそのこと、終わりにしよう──
私はこれを読んで、すべての謎が解けた。
──私はあなたを愛してるから、私を憎んでください。嫌いになって。突き放して。それでいいから。運命の相手と仲睦まじいところを見続けるくらいなら、私は自ら悪女になる。見える見える。予知が変わっていく。
そう。断罪になるのね。
それでいいわ──
日記はここで終わっていた。
私はどっと疲れ、丸椅子に座り込んだ。
ジョシュア殿下には運命の相手が現れる。エーステリアは自分が惨めに終わるくらいならと死を選んだ。
「なぜだ。なぜだ。エーステリア。そんなことになるくらいなら、私のところにくればいいのに」
私はさらに日記をパラパラと読んでいく。日記は、ジョシュア様のことばかりで、私の名前は書かれていなかった。
私はエーステリアの日記を木箱の上に置く。椅子に座ったまま、窓の外を眺めた。
日の光が優しく部屋を照らす。春の陽気さがこちらにも伝わってくるようだった。
私の右目から、一筋の涙が流れた。
悪名高きエーステリア。
私にとっては永遠の、
聖女エーステリア。
エーステリア。
予知に私のことは見えていたかい?
少しでも私のことは見えていた?
この国できっと私だけだ。
君のために泣いているのは。
窓の外で、一陣の風が吹く。白くて小さな花びらが一斉に舞っていた。
【聖女エーステリアの死】 完
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