旅少女~ウザ絡みと猫の街マラケシュ編

ミカ

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2日目【愛生との再会】

第5話

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「会社を辞めて旅行に来たって言いましたよね?」
「ああ、言ってたね」
「私、前の会社で超がつくくらい仕事が出来なくって、それで落ちこぼれて……最後はいづらくなって辞めたんです」
 その時の記憶がフラッシュバックのように過り、胸が締め付けられそうになる。
「……そうなんだ」
 美佳の僅かな変化を感じ取った愛生は、茶化すことなく静かに相槌を返していた。
「はい……で、辞めてから何をするわけでもなく家でぼうっとしてました。本当に何もやる気が起きなかったんです。家から出るのも億劫になって、朝起きてネットやテレビをだらだらと見て、気がついたら夜になってる……みたいな毎日でした」
「そんな引きこもり化したあんたが、どうして?」
「実は……」
 その理由を話すことに躊躇する。
 が、目の前にいる彼女──愛生になら話していいと思って打ち明けることにした。
「真太郎君を追っかけてきたんです」
「真太郎? 彼氏かい?」
「ち、違います。私、彼氏なんかいません」
 慌てて首を振り全否定する。
 確かにその言い方じゃ愛生がそう捉えるのも無理はなかった。
「じゃあ、真太郎っていうのは……?」
 それに答えるように美佳がスマホを見せた。
 画面には、美佳が一番に気に入っている真太郎君が映っていた。
「これって……俳優の中山真太郎?」
「はい、高校生の時から大ファンなんです」
 確かめるような愛生の目に大きく頷いてみせた。
「真太郎君の出ているドラマは全部見てるし、DVDも全部持ってます。生活のすべてが真太郎君中心で、真太郎君のことを考えない日が一日たりとも無いくらいにハマってます」
「そうなんだ……」
 嬉しそうに瞳を輝かせる美佳に、どう返したものかと愛生が困惑の表情を浮かべる。
「ま、まあ、それはともかくとして……」
 完全に引いた目で見ている愛生に恥ずかしくなると、美佳は慌てて先を続けた。
「引きこもって三か月くらい経った時、家で見ていたテレビの旅番組に真太郎君が出ているのを見たんです。その時に行ってた国が……」
「モロッコだった、っていうわけか……」
「はい、まさにその通りです。見た瞬間、世界がひっくり返ったような感覚になって、思わず心の中で「これだ!」って叫んでました。私は真太郎君と一緒のところに行く、これしかないって……」
「もしかしてだけど……理由って、それだけ?」
「はい、真太郎君と同じ場所に立って同じ景色を見たら、自分の中で何かが変わるかもって……そう思い立ったら心が身体を追い越して動いてて、気がついたらモロッコ行きの航空券を予約してました」
 スピリチュアル系の痛い人種だと思われないようにあえて淡々と、でも一生懸命に自分の身に起こったすべてを打ち明けた。
 それが伝わったのか単に物珍しかったのか、愛生は少し驚いたように……でも、僅かにリスペクトを含んだ目で美佳を見ながら感想を述べた。
「すげえな……そんな動機で海外に来たやつ、初めて見たよ」
「自分でも驚きです……でも、とにかくモロッコに行かなきゃって。ほら、よく言うでしょ? 鉄は熱いうちに打てって。行ってみて、あとのことは着いてから考えようって。でも……」
「……でも?」
「勢いでモロッコに来てみたものの、そのあとのことをまったく考えてなかったんです。いえ、正確に言うと、ここに来ることが目的だったから、来た瞬間にそれが達成されちゃって……」
「次、何をすればいいのかわからない……」
 結論を受け継いだ愛生に溜息交じりで頷く。
「はい、その通りです。真太郎君の行ってたバヒア宮殿は閉まってるし、かといって他に行きたいところがあるわけでもなくって、完全に手詰まり状態でした……」
 包み隠さずに本心を吐露すると、少し心が軽くなったような気がした。
 こうやって自分のことを話すのは本当に久しぶり。
 人と接すること、話すことに僅かな緊張を感じていたが、愛生の前なら不思議とすらすらと話すことが出来た。
 海外で出会った日本人同士、愛生が自分のことをまったく知らない、人生に関わっていなかったことが美佳の警戒心を緩めたのかもしれない。
「……だから、愛生さんがスークに誘ってくれて本当に嬉しかったです」
 自分の空虚を奪ってくれた愛生に感謝した。
「そっか……」
 愛生は、目の前で豊かな感情を見せる美佳に何故か親近感を抱いていた。
 美佳が単身モロッコに来た理由……自分からすれば完全に「ありえない」理由だったが、何の迷いもなくそれを行動に移した思い切りの良さ──向こう見ずさに、今まで旅先で出会った日本人とは違う「何か」を感じていた。
 ──もう少しこの不思議ちゃんと行動してみてもいいかも。
 愛生は自分の中で頷き決断すると、美佳に向かって話し出す。
「あのさ……」
「ちょ、ちょっと待って!」
 愛生の言葉を遮るように、美佳が大きく目を見開くと驚きの声を上げる。
「どうしたんだよ、急に大声出して……」
 驚いたのは自分の方だ、というように美佳を見る。
 が、彼女はそれをガン無視するように自らのスマホの画面に目を釘付けにしていた。
「間違いない……まさか、こんな奇跡が起こるなんて」
「奇跡? それっていったい……」
「ここ、真太郎君が来ていたカフェです」
「え? マジで?」
「はい! 彼、インスタもやっていて、ほら……」
 美佳が震える手でスマホを見せる。
 その画面には、自分達が座っている席から数メートル先──
 壁際の手すりのところにあるソファに座って、笑顔で手を振っている中山真太郎が映っていた。
「ホントだ……あのソファじゃねーか」
「はい! さっきソファを見た時から何かを感じてたんですけど、ようやく今、思い出しました!」
 言い終わらぬうちに席を立つと、美佳はソファに向かって歩きだす。
 そしてソファに座り込むと瞳を閉じ、画像の中の真太郎君と自分をシンクロさせた。
「夢みたい……ここに真太郎君が座っていたなんて」
 感無量というように小さく首を振り、彼と同じ景色の中にいる喜びを噛みしめた。
「真太郎君……私、ここまで来たんだよ……」
 感極まってしまうと目頭が熱くなり、今にも涙が零れそうになる。
「おいおい、なにも泣かなくっても……」
 美佳を追うようにソファにやってきた愛生が言おうとしたが、あまりにも幸せそうな美佳の姿に言葉を飲み込むと、しばらく邪魔せずにそっとしておくことにした。
 美佳は手にしているスマホ──真太郎君をギュッと胸に抱いて二言三言、声にならない囁きで想いを告げた。
 そこでようやく高鳴っていた鼓動が収まり落ち着きを取り戻すと、憧れの人との甘い時間に終止符を打ち愛生を見上げた。
「愛生さん、あなたのお陰です。本当にありがとう」
「いや、あたしはミントティーを飲みに来ただけで、何もしてねーから……」
 意図したことでないにしても誰かに感謝されることに悪い気はしない。
 務めて冷静に返す愛生であったが、内心ではちょっと嬉しかった。
「なんて素敵な一日なのかしら。真太郎君……私、今あなたが半年前に座ったソファに座って、同じ街並みを見てるのよ」
 ソファに身体を乗り上げ、バルコニーの手すりに手をかけて街を見下ろすと、弾む心を抑えきれないというように身体を揺らした。
 その様がまるで子供のようだったので、愛生は思わず笑みを零してしまう。
「あんた、面白いね」
「そ、そうですか……」
 はしゃいでいる自分に気がつくと恥ずかしそうに頬を赤らめた。
 そんな美佳を楽しげに見ながら愛生が尋ねる。
「ねえ、この後って時間ある?」
「はい! 時間しかありません」
 間髪を入れずに答えた。
 まだ一日は始まったばかりだし、もし愛生が誘ってくれるのなら、それは願ってもないことだった。
「じゃあさ、マジョレル庭園に行かない?」
「マジョレル庭園……」
「あんたが昨日行った、メナラ庭園とは違う方の庭園だよ」
「……っ、ていうと百五十ディルハムの方?」
「そう、入場料はちょっと高いけど、それだけの価値はある」
 愛生は自分のスマホを差し出すと、画面に映るマジョレル庭園の画像を見せた。
 目の覚めるようなコバルトブルーの建物、緑の植物が鮮やかなコントラストを生み出していて、スマホの小さな画面からその美しさがあふれ出していた。
「わあ、きれい……いいですね、いきましょう!」
 魅力的な提案を断る理由がなかった。
 が、返事をしたすぐ後、軽くなりすぎてしまった財布のことを思い出す。
「……でも、マジョレル庭園に行くならお金を両替しなきゃ。昨日今日で、ちょっと使いすぎちゃって……」
「だろうな……」
 美佳の手の甲に描かれたヘナ、紙袋に入った黄色の戦利品に目をやり、深々と納得する。
「両替って……あんた、カードは持ってないの?」
「あ、一応持ってきてますけど……」
「海外での両替ってめっちゃ手数料取られるから、カードを使った方がいいよ」
 さも当然というように愛生が言いきる。
「そういえば、空港で両替した時、あまりにも安すぎたような気が……渡された額を見て、これって何かの間違い? って思わず二度見しちゃいました」
「そう、海外あるあるの一つなんだけど、ビックリするくらい換金率が悪いんだ」
「知りませんでした……」
 その時はちゃんと両替が出来たことの方が重要だったのでスルーしたが、よくよく考えたら、このまま両替所を使い続けるとかなりの損失になってしまうだろう。
「カードなら手数料がかからないし、そんなふうにぼられることもないからね。ATM使った方が断然お得だよ」
「でも、英語に自信がなくって、ATMを使うのが怖いんです……カードが吸い取られる、なんて話もありますし……」
 美佳自身、海外でカードを使うことに躊躇いがあった。
 日本を発つ前に、ネットでカードに関する色んなトラブルの記事を見ていたので、カードは何かあった時の保険代わり、くらいにしか考えてなかったのだ。
「まあ、普通に使ってるぶんには大丈夫。ATMの使い方は、あたしがまた教えてあげる。広場の入り口に手数料無料のところがあるんだ」
 美佳の不安を読み取ったのか、愛生はそれがごく日常のことで「何も心配することは無い」と言ってのけた。
「ありがとうございます」
 もし、何かあっても英語が喋れる愛生がいてくれたら何とかなるだろう。
 旅慣れした愛生の言葉に心強くなる。
「今見たら、マジョレル庭園はカードで入れるみたいだから、ひとまず行ってみる?」
 スマホから庭園の情報を手に入れた愛生が美佳に笑顔で問う。
「はい! よろしくお願いします」
「じゃあ決まりね」
「あ、でもその前に……」
 美佳は愛生を見ると、もじもじと恥ずかしそうに彼女にお願いした。
「このソファで真太郎君と同じポーズで写真、撮ってもらってもいいですか?」
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