炎切り神社 ―Emotet―​〜神主UIは、予測不能な赤信号に怯えている〜 

異灯(IT-o)

文字の大きさ
1 / 1

​「ようこそ、炎物執(えんもてと)神社へ。あなたの執着、デバッグ(炎切り)いたしましょう」 

しおりを挟む
​夕暮れに染まる境内。神主の誤利益 幽異(ごりやく ゆうい)は、かるたの札から抜け出したような切れ長の両目を細め、完璧な角度で一礼した。

彼の前には、顔色を土色に変えた一人の女性。


​「消して……あいつを、全部。私の前から、消して!」

​女性が震える手でスマホを掲げる。賽銭箱に取り付けられたQRコードに端末が重なり、静寂の中に場違いな電子音が響いた。



​『ペイペイッ♪』

​(よし、一万円チャージ確認。決済完了。ログイン成功)


​幽異は無機質な美貌を保ったまま、内心でガッツポーズを作る。
(この客のログは事前にスキャン済み。不倫相手の妻への嫉妬心……典型的な一時的バグだ。

僕の構築した完璧なUI(ユーザーインターフェース)で、15分あればクリーンアップできる。これなら定時に上がって、コンビニの新発売のスイーツが買えるぞ!)


​隣では、巫女の枢(くるる)が退屈そうに盛り塩をこねている。


幽異は彼女にチラリと視線を送る。
(頼むよ、くるるさん。今は僕のターンだから。余計な『感』とか出さないで、大人しくファイアウォール(門番)しててよね)



​「あー、もうだめ。これ、塩じゃ落ちないわ」



​枢がポツリと零した瞬間、幽異の背筋に氷が走った。

「えっ……待って、くるるさん。まだ僕のメッセージ送信中……」

「嘘ついてるもん、この女。不倫相手に、奥さんの『殺害依頼メール』送ったでしょ? しかもそれを、あいつのせいにするプログラムまで組んで。……ねえ、『詐(いつ)』。これ、喰っていいわよね?」


​その瞬間、幽異の手元の端末が悲鳴を上げた。


画面が真っ赤に染まり、巨大なフォントで警告が踊る。



​【致命的なエラー:管理者権限が『詐』に委譲されました】



​「うわぁっ!? 今!? こわっ!! せめて5秒、いや3秒前にプッシュ通知してよ!!」


​幽異の悲鳴を置き去りに、枢の輪郭が溶ける。


霧の中から現れたのは、巨大な九尾の影――お稲荷様の真体、『詐(いつ)』。


「詐」が女性の眉間に鼻先を寄せた次の瞬間、境内の空気が爆ぜた。


物理的な衝撃ではなく、女性の中にあった「悪意のデータ」が、その因果ごと一瞬で初期化(フォーマット)されたのだ。



​数分後。

「あー、スッキリした。お腹いっぱい」

元の巫女姿に戻った枢が、満足げに喉を鳴らす。

目の前には、記憶も感情も全消去された廃人のような女性が、虚空を見つめて突っ立っていた。


​「……またやった。また通知なしの強制アップデートだ……」


​幽異はガックリと膝をつき、バグだらけになった神社のログ画面を見つめる。


「くるるさん、後の修正パッチ当てるの僕なんだよ? 記憶の整合性取るのに、何時間かかると思ってるの……? 怖いんだよ、あの姿、本当に……。スイーツ、売り切れるじゃん……」


​泣き言をこぼしながら、幽異は震える指でキーボードを叩き始める。


炎切り神社の一夜は、今夜も予定調和を無視して、不気味に、そして賑やかに更けていく。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...