ザ・マジック・クラ―ウィス~魔法の鍵で異世界へ~ アルファポリス版

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一章 少年は英雄の夢を見る

少年は初めての朝を迎える

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「んぅ……」

 カーテンの隙間から差し込む朝日がジンの顔を照らし、その明るさに深い眠りについていたジンを現実へと引き戻す。まだ、陽が昇り始めようかという時間帯、ひんやりとした空気に体をぶるりと震わせる。
 眠気眼を擦りながらベッドから這い出たジンは、ベッドの脇に備え付けられた小机に置かれた水差しを手に取り、隣のコップに水を入れると一気に飲み干した。

「ぷはぁ……。あ~……」

 冷たい水を飲んだことで少しずつ目が覚めてきた。少しずつ頭が回るようになり、辺りを見回して驚いた。
 よく見ればここは僕の部屋なんかじゃない。
 起きたら突然見覚えのない部屋だった。一体これは……。
 僕が考えていると、ふとアレクが傍にいないことに気が付いた。早朝ということもあり、普段の声よりも少し声量を抑えて声を出す。

「アレク~いないのー?」

 部屋の中を見回しながら声を掛けるが反応は無い。僕が寝ている間にどこへ行ったのだろうか。というか、そもそも僕はなんでこんなところで――。

「あ……!」

 思い出した。そうだ、僕は昨日アレクと夕飯を食べた後、満腹になったことと、狩りの疲れも相まって半端ではない眠気に襲われた。そんな僕の様子を見ていたウェイトレスさんが僕にそよ風の帽子亭は宿泊も出来ると親切に教えてくれたんだ。確か料金を払ってすぐにベッドの中に入って……。
 何となくだけど僕がこの部屋で目覚めた理由が分かった気がする。だとしても、アレクはどこに……?

 考えていても埒が明かないので、そっと木扉を開けると部屋の外に出る。部屋の外は中よりも空気が冷えており、思わず背筋がぞくりとした。
 足音を立てないようにそっと廊下を歩いていくと、突き当りの扉が開いていた。
 少し気になった僕は、扉にそっと手を掛けると隙間から扉の奥の様子を窺う。どうやら扉の先は裏庭に繋がっているらしい。

 そのままその場を離れようとしたが、裏庭の中央付近にアレクが仁王立ちしていることに気が付き、声を掛けようとしたがどうにも憚られた。裏庭で佇んでいるアレクは普段僕に見せる豪快な笑みではなく、何かを懐かしむような表情を浮かべていた。アレクの視線の先にあったのはこの街の巨大な城。
 一体何を……。

「そこで何をコソコソとこちらを窺っているのだ、ジン」
「うぇっ!?」

 突然声を掛けられて驚いた僕は、体勢を崩し、扉を大きく開きながら盛大に地面に向けて突っ込んだ。

「い、いつから気付いてたの?」
「お前が部屋を出たあたりからな」
「え? 流石に冗談だよね?」
「我は冗談は好きだが、これは冗談などではない」

 思わず言葉を失う。僕が部屋をでたあたりなど、最早ほぼ最初から僕の存在に気が付いていたということ。もしもアレクが敵であったとしたら恐ろしい事この上ないな。
 僕がアレクの存在に気が付くよりも先に、アレクに先手を打たれ、僕は成す術無く叩き潰されてお終いだろう。

「今、こう考えているのだろう。我が敵でなくて良かった、と」

 本当に考えられていることを当てられぎくりとする。

「その考えは凡そ間違っていない。お前も昨日魔物と戦って分かっただろう。先に魔物の存在に気が付くか否かで戦い易さが雲泥の差であることを。我がジンの存在に気が付けたのはスキルを使っているからだ、今日の狩りの時に教えてやろう」

 そう言うとアレクは「朝飯を食いに行くぞ」と歩いて行ってしまった。僕は城の方に目を向ける。
 僕は確かにアレクの記憶を見た。でも、それはほんの一部に過ぎない。
 だから僕はアレクのことを何も知らない。叶うなら、アレクに今度聞いてみたいな。
 そんな思いを胸に秘め、僕はアレクの後を追った。

 ♢♢♢

 僕達が朝食を食べていると少しずつ人が店の中に現れ始めた。
 まだ時間が速いこともあって、昨日の喧騒が嘘のように止み、食事処は静けさを保っていた。昨日の宴会のようなうるささは嫌いではないけど、僕はこっちの方が好きかな。
 朝食に出されたスープをスプーンで掬いながらまたしても僕は重大な事実に気が付いた。詰め込むように残っていた朝食を口の中に詰め込むと、アレクの肩を叩いて部屋に戻る。

「一体何だというのだ? 我はまだ朝飯を食べている最中だというのに……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよっ! 何気なく過ごしてたけど、僕こっちの世界で一夜明けちゃったんだよ!? 元の世界で大変なことになってるよっ! きっとっ!」

 僕は空間魔法を使い、あのクローバーを模した小さな黒鍵を取り出すと、部屋の扉の鍵穴に挿し込み、回した。扉を開くと、そこにあるはずの廊下は見えず、白い光で溢れる空間が見える。
 僕はアレクの手を引き、光の中に身を投げた。

 ♢♢♢

「……」

 戻ってきた。僕が急いでベッドの横に置かれたデジタル時計を確認すると、自分の目を疑った。日付は四月二十日、時刻は午後四時五分。

「おかしい……」
「何がだ?」
「僕があっちの世界に向かった時の日付は四月二十日、時間は大体午後三時ニ十分くらいだったはずなんだ。でも、そうしたらあっちの世界で僕が一日過ごしている間に、こっちの世界では大体一時間くらいしか経っていないことになるんだ……」
「ふむ……恐らくその認識で相違ないのではないか?」
「え?」

 何でもアレクが昔挑戦した迷宮ダンジョンと呼ばれるところでは時間間隔がずれていたらしい。ダンジョンでの一日がミュートロギアでのおよそ六時間だったらしい。今起きているこの現象も恐らくそういうものとのことだった。

「まあ好都合だ。ジンは中学校というところで学生をしているのだろう。流石に何日も家を空けていては本業の学業が疎かになりかねんからな、我も数日に一度が限界だと考えていたのだが……。これならばみっちりミュートロギアでジンのことをしごけそうだ」

 アレクはそう言ってガハ八ッ! と笑っているが、僕は喜んでいいのか少し迷ってしまった。僕の憧れである英雄ヒーローに早く近づくことができるというのはとても魅力的だが、これから僕の身に降りかかるだろう厳しい鍛錬を想像すると思わずため息が漏れる。

「まあ、そういうわけだ。早速ミュートロギアに戻り、今日も依頼を受けるぞ」
「はい……」

 再びミュートロギアへの扉―クローゼットだが―を開いた。

 ♢♢♢

 いつの間にか朝食を食べ終えていたアレクは早速僕を冒険者ギルドに連れて行こうとしたが、何とかアレクの足を止める。

「何故冒険者ギルドに行こうとしないのだ」
「その前に、昨日の依頼で貰った報酬を使って住民票を貰いに行かないといけないんじゃないの?」

 僕がそう言うとアレクは盛大に溜息を吐いた。
 今、何か変なことを言っただろうか?

「ジン、昨日の受付嬢の話を聞いていなかったのか? 冒険者ギルドで発行されるギルドカードを所持していればそれが身分証の代わりになる故に街や村で滞在する際に手続きを踏む必要は無いと……確かにそう言っていたぞ」
「あ、あれ~……あはは……」

 やれやれとアレクは肩を竦めると、にやにやと笑みを浮かべ始めた。

「まあジンはあの受付嬢にたじたじであったからな、話の内容など頭に入っていなかったのだろう」
「うぐ……」

 本当なら言い返してやりたいけれど、何も返す言葉が無い。
 ギルドに着くまでの間、アレクに散々そのことでイジリ倒され、まだ一日の始まりだというのに精神的に疲れた。
 ギルドで依頼を受ける際は、巨大な掲示板に張り出された依頼書を受付に持っていく必要がある。人気のある依頼はすぐに受注されてしまうので、その争奪戦は凄まじいとのことだったが、生憎僕には関係の無い話だ。
 何故なら今日、僕が受ける依頼は他の冒険者たちからは人気が無いもの、らしいからだ。というのも、昨日もそうだが依頼はアレクに選んでもらっているからだ。
 僕は依頼書を掲示板から剥がすと、昨日言われた通りシエロさんの受付へと足を運ぶ。

「おはようございます、シエロさん」
「おはよう、ジン君。今日も依頼を受けるのね、休まなくて大丈夫?」
「はいっ! 全然大丈夫ですっ! というか、休ませて貰えないというか……」
「え? 何か言ったかしら?」
「いえ、何でもありません。それじゃあこの依頼の受理をお願いします」

 僕がそう言って依頼書をカウンターの上に出すと、シエロさんの表情が曇った。

「ジン君、昨日説明したけれど、冒険者には“青銅級カッパー” “鋼鉄級ブロンズ” ”銀級シルバー“ “琥珀金級エレクトラム” “純金級ゴールド” “精霊銀級ミスリル” “白真銀級プラチナ” “金剛鉄級アダマンタイト” “烏木鋼級エブラム” “幻想白金級オリハルコン”という十段階のランクが存在するの。ジン君は昨日冒険者登録をしたばかりだから、青銅級カッパー冒険者ね。ギルドでの依頼は自分のランクより二つ上のものまで受注することが一応出来るようになっているけれど、基本的には自分と同ランクか、稀に一つランクが上のものを受注するものよ」
「は、はい」
「それで、君が持ってきたこの依頼、ランクは何か言ってごらん?」
「し、銀級シルバー……です」
「私が何を言いたいか分かるかな?」
「は、はい」

 僕は思わず答えてしまう。
 だって仕方ないじゃないか、シエロさんは笑顔だけで目が笑っていない。心なしか背後から何か黒いオーラを出している気さえしてくる。アレクが時折戦闘の時に見せるのとは異なる威圧感プレッシャーを感じる。

「あのねえ、ジン君。どうして冒険者たちが自分と同ランクか、一つ上のランクのクエストしか受けないと思う?」
「それは……」
「……そうしないと死んでしまうからよ。冒険者っていう職業は常に死と隣り合わせの命がけの仕事なの。ギルドの方で選定している冒険者とクエストのランクっていうのは冒険者たちが死の危険なく依頼を達成できるかどうかの指標にするためのものでもあるのよ。冒険者だって死にたくない、だから自分と同ランクかせめて一つ上のランクの依頼しか受けない」
「……」
「お願いだからジン君、そんなに無茶なことをしないで……? 私も何年も受付で働いているから、色々な冒険者の人達を見て来たわ。そして、帰って来なかった冒険者も……。その中には私の担当している冒険者もいた。私はもうあんな思いしたくない、だからこれは私の我が儘よ。もう一度言うわね、ジン君、お願いだから別の依頼を受けてくれないかしら……?」

 僕は無言で後ろを振り返ると、僕の背後に立っていたアレクを無言で睨んだ。
 こればかりはアレクを恨んでもいいのではないだろうか。確かに依頼を全てアレク頼みにした僕の責任もあるが、アレクが僕の身の丈に合っていないような依頼を受けさせたせいというのが大いにこの状況を生んだ原因だろう。

「……分かりました。ありがとうございます、シエロさん。僕のためにこんなにも説得してくださって、凄く嬉しかったです。別の依頼を持ってきます」

 軽くお辞儀をすると、小走りで依頼掲示板の方に向かう。

「はぁ……。アレク、それでこの依頼が駄目ならどうするの? 他の人気な依頼はもう持っていかれちゃったけど……」
「むぅ……。まさかあの受付嬢があんなにも過保護だとは思わなんだ……。そうかッ! ならばジン、この依頼を受けて来いッ!」

 アレクが指したのは討伐系の依頼ではなく、採取系の依頼だった。毒消し草の納品というものだ。
 まあ、アレクがただ採取系のクエストを僕に受注させるとは到底思えないので、何か裏あるのだろうけど。
 僕は依頼書を剥がし、再びシエロさんの元へ持っていく。

「この依頼をお願いします」
「……うん、これなら大丈夫ね。はい、受理しました。それじゃあ依頼頑張ってね、ジン君」
「はいっ!」

 ギルドから出る所で、シエロさんに手を大きく振ると、シエロさんも小さく手を振り返してくれた。シエロさんには心配を掛けちゃって、申し訳ないことをしたな。今度何かお詫びをしたいけど……。

「ジン、街を出る前に鍛冶屋に向かうぞ」
「え? あっ、昨日言ってた武器かっ!」
「そうだ、戦士たる者得物が無くては話にならんだろう。さあ、行くぞッ!」

 こうして僕たちは鍛冶屋へ向けて歩みを進めた。
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