親友が失踪したと思ったら異世界に行っていました

岩沢美翔

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第一話 親友が失踪したと思ったら異世界に行ってしまいました

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 優しく、花のように可憐な女の子に育ってほしいという両親の願いの籠った名の通り、誰にでも優しく、野原に咲く花のように、可憐で大人しい少女。 
 ある日曜日。優花は、数年の付き合いである親友の篠森悠香と共に、買い物に出掛けていた。昼を過ぎた頃に、近所で一番大きなショッピングセンターで待ち合わせ、買い物をし、少し疲れたらファストフード店で軽食をとりつつ休憩をし、再び買い物へ。 
 そうして夕方を過ぎ、月光が街を照らしはじめた頃、「また明日」と約束をしてそれぞれの帰路に着いた。 
 家に帰ると両親が待っていて、一緒に食卓を囲む。食事を終えれば母が片付けをする手伝いをし、翌日の学校に備えて準備をする。 
 二十時を過ぎた頃、今日は疲れたからと早めにベッドに入り、優花は目を閉じた。そうして朝になれば、目を覚まして身支度を整え学校に行く。はずだった。 
「……ここ、どこ……?」 
 自宅のベッドで眠りに就いたはずが、目を開けてみれば、そこに広がっていたのは草原だった。 
 少し離れたところに集落らしきものが見える。しかしそれは、優花がよく知っている、自分が生まれ育った街ではない。そもそも、あの街の近くにはこんな草原はなかったはず。 
 そんなことを考えていると、背後から声がかかった。 
「へんなかっこうー」 
「え?」 
 振り返れば、そこに立っていたのは五歳くらいの男の子だった。変な格好と言われて自分の格好を見てみれば、何故か寝る時に着ていた服ではなく、制服に着替えていた。 
 もう一度目の前に男の子に目を向ける。彼は、とても質素な服を着ており、優花にとっては彼の方が変な格好というべき姿だった。 
 自分は何か夢を見ているのだろうか。そんなことを考えていると、男の子が不思議そうに首を傾げる。 
「こんなところでなにしてるの?」 
「え、えっと……」 
 その問いに答えられるほどの情報整理は出来ておらず、優花はただ言葉を詰まらせる。 
 そんな優花に不服を露わにしたあと、男の子は強引に優花の手を引いた。 
「おかーさーん! へんな人いたー!」 
「へ、変な人……!」 
 大声を出しながら集落へと向かう男の子に手を引かるまま、「変な人」と言われたことにショックを受けながらも、立ち上がり歩き出す。 
 集落に着くと、そこはやはり優花のよく知っている世界とはかけ離れていた。こんな集落に似たの風景を、優花は漫画やアニメで見たことがある。もしかして、ここは自分が生きていた世界ではないのかと疑問を抱きながらも、それを口にすることは出来なかった。 
「おかーさーん!」 
 男の子の家らしき建物に着き、男の子が勢いよく扉を開ける。その家は集落の入り口近くにあり、他の人と会うことはなかった。 
「こら! 一体どこに……」 
 母親らしき女性の、男の子を叱るはずだった声は、優花の姿を視界に捉えると同時に途切れた。 
 その親子は、髪の色は優花と同じ黒で、目の色も優花と同じで茶色だったが、やはり着ている服は優花が日常的に目にしていたものとは異なっていた。 
「……どちら様?」 
「え、っと……花咲優花と、いいます」 
 母親に問われ、戸惑いながらも名を告げる。すると男の子が「ハナサキ? へんな名前ー!」と無邪気に笑う。 
「な、名前は優花のほうです!」 
 咄嗟に訂正すると、男の子は今度はきょとんとして見せた。 
「なんで? ハナサキが名前じゃないの?」 
「花咲は苗字で、優花が名前なの」 
「? へんなのー」 
 理解できない、という表情で男の子は首を傾げる。しかしすぐに、にぱっとした笑顔を向けて、優花に対して名乗ってみせた。 
「ぼくはね、リチャードっていうの!」 
「リチャード? 苗字は?」 
「ないよ!」 
 笑顔でキッパリと答える男の子に、優花は「そっかー」とつられて笑顔で答える。 
 二人のやりとりを見ていた母親が、頭を抱えながら優花に声をかけた。 
「"この世界"ではね、平民には苗字がないのよ」 
「……この世界……」 
 母親の言葉を、思わず復唱する。 
 母親はこくりと頷き、続けた。 
「たまにいるのよ。あなたみたいに、別の世界から迷い込んでしまう人がね」 
「別の世界……」 
 母親の言葉を、優花はただ繰り返すしかなかった。言葉としての理解はできるが、それを納得してはいけない気がしていた。 
 というよりも、それを理解し納得することを、優花の脳が拒んでいた。 
「……夢……?」 
 思わず口に出してしまった言葉に、母親はため息をついた。それは同情を含んでいるように思えた。 
「混乱するのも無理はないわね。しばらくはうちで面倒を見てあげるわ。だから安心しなさい」 
 一体何を安心しろというのか。そうは思いながらも、流石にそれを口に出すことはしなかった。 
 きっとこれは夢で、時間が経てば目が覚めて、自分は自宅のベッドで寝ているはず。 
 言葉を返すこともできず、目に見えて気落ちしている優花を、リチャードは不思議そうに見上げている。リチャードが言葉を発しようと口を開けたタイミングで、それを阻むように母親が口を開いた。 
「リチャード、ユーカは眠いみたいだから、お母さんのベッドで寝かせてやりな」 
「はーい!」 
 まるで優花の思考を悟っているかのような母親の言葉に、リチャードは素直に返事をすると、優花の手を握る。 
「案内してあげる!」というリチャードに手を引かれ、寝室へと連れられる。 
 寝室にはベッドが三つ並んでおり、そのうちの窓際のベッドをリチャードは指差した。 
「ここで寝ていいよ! となりはぼくのだからダメ!」 
「うん、分かった。ありがと」 
 案内して偉いでしょ! と言わんばかりの笑顔を向けるリチャードの頭を撫でると、満足したかのように寝室から出ていく。 
 一人になり、改めて寝室内を見渡すと、部屋の内装も寝具もなにもかもが、優花の自宅のそれとは雰囲気が異なっていた。 
「……きっと、夢だよね」 
 暗示をかけるかのように呟いて、優花はベッドに潜る。他人のベッドで眠ることに抵抗がないわけではないが、今はそんなことを言っている場合ではない。夢から覚めるために、眠らなければ。 
 そう、強く念じて目を閉じた。 
 再び目を開けた時、真っ先に視界に入ったのは、夕飯に呼びに来たリチャードの無邪気な笑顔だった。 
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