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夢と寝坊
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「で、兄さんの用事は?」
「ああ、忘れてた。明日特進寮の歓迎会という名の洗礼があるんだ。寮長が運動服で朝八時に談話室に集合だって言ってたよ」
「洗礼……?」
「そう、特進に来た人はまず寮の大掃除をする。あそこも新しく見えて古いからね、手の行き届いてない場所を新人に掃除させるんだ」
「おかしいでしょうそんなの、歓迎なら歓迎らしいことしてください」
「僕も思うよ。交流も兼ねているらしいから、新しい方法を考えてほしいものだね」
珍しくヴィルが普通のことを言っている。こいつにも人の心が存在していたことに驚いてしまう。
「本当はユーリともっと居たいけど、ちょっとやることがあるから、ごめんねユーリ」
「気にしないでください」
「ユーリは気遣いのできるいい子だね、それじゃ」
やっぱりヴィルは人間じゃないのかもしれない。会話を諦め、手を振る。ヴィル輝く笑顔で手を振り返し、転移魔法で消えた。転移魔法は光だ。ヴィルはヒーラーにもなれるタイプのデバッファーである。
「あれって話通じてる?」
「知らん。諦めた」
「ヴィルさん、ユーリのこと以外ならちゃんと会話してるのに」
俺が悪いみたいに言うんじゃない。俺だってあいつには困っているんだ。お前らも見てないで助けてくれ。
荷物を纏め、使った席を整えて寮に戻る準備をする。残りは一人でやろう。一日は短いのだから、初めから終わりまで、たっぷり使わないと勿体ない。
自室に戻った後はその日の授業の振り返りをして、風呂夕食ときて自由時間に読書を行う。眠くなったら寝る。そんな毎日だ。
特進寮に来た当日はアルとクロエが少し話をしないかと部屋まで来て、夜の日課はこなせなかった。
今日の読書は世界樹にまつわる伝説、ではなく世界樹から放出される魔力素とそれにより人体への影響。もう一つの本がクラウス博士の魔力病の症例と新治療法の提唱。
世界樹に関しては目新しいものはない。この国がこれのおかげで豊かな土壌と、生物の生きやすい環境ができていること、しかし時折その恩恵を受けられない体質のものが居るということくらい。
クラウス博士に関しては、無色の魔石を魔力を吸いだすものへと改造し、それを使って患者の過剰魔力を吸いだすとかなんとか。
俺はこの部分より、彼が魔石病で妻子を失っていると記載されていることに注目した。もう少しこの技術が早くできていたら、と後悔を綴っている。
クラウス博士の時系列を整理出来たら、彼の行動原理ももう少し見えるのだろう。そこまでする必要はないだろう。クロエがあの男にも良いところはある、というからクラウス博士の情報を集めているだけだ。それと、あの黒い竜について知りたい。いっそ本人に聞けないだろうか、クロエなんとかしてくれ。
夜の自室は、出しっぱなしの本たちで人に見せられない有様だ。クロエに出したものは元の場所へしまえと叱っていた俺はどこへやら。一人だとどうにも気を抜いてしまう。片付ける使用人も居ないから、やりたい放題だ。
二人分の部屋を一人で使うものだから、スペースが余って仕方ない。
踵を鳴らすと、本たちがふわりと浮く。視線を動かし、本を本棚へしまっていく。偶然使えるようになった重力魔法だったが、これは便利だ。その場から動かなくても片付けができる。
ゲームでも使っていた属性と魔法だ。正直なところ、ゲーム内ユーリに近づいてしまったようで複雑である。
机に置いてある本を一冊手に取り、ページを捲る。
一番最初の聖女と世界樹の話だ。シルヴィアに入る前に呼んでいた本だ。内容は他の本にもあるものだが、とりあえず持ってきた。
もう一つの本は、格闘術の入門書というやつだ。だって足技格好良いだろ。ちょっと格闘かじってそれっぽい動きができたら、絵になるだろう? 日本で言う映えだ。俺もそういうのを気にしたいお年頃だ。悠太とプラスして三十半ばの精神年齢かもしれないが、ユーリとして生きてきた時間は二十にも満たない。許されるだろ。
特に内容を意識しないまま、世界樹の本に視線を滑らせる。何度か読んで、ある程度内容は覚えてしまった。
「ん? 眠く、なって、きたな……」
急に眠気が襲って来た。慣れない魔法を使ったからだろうか、まぶたが重い。逆らえない眠気に流され、視界が暗闇に染まる。
体の感覚がおぼつかなくなり、そのまま意識がぷつりと途切れた。
「ねえ、本当に良いの?」
「うんしょうがないよ」
幼い女の子の声と、静かな落ち着いた女性の声が聞こえる。
鳥の鳴き声と、木々が枝葉を揺らす音が周囲を満たし、柔らかな風が頬を撫でるような感覚がした。
そう、感覚だけだ。俺の体は存在していなくて視界もおぼろげである。絵筆に水をたっぷり含ませた水彩画みたいな世界となっている。
「私は納得できないな。だって貴女のために……」
「ごめんなさい。そうだよね、でも、私にはどうしようもない」
女性の声がだんだん沈んでいくのに、少女が不満そうに呻く。
「貴女が居ないなら意味がないよ。じゃあ私もついてっちゃおうかな」
「そんなこと言わないで、貴女が居ないと――」
視界が揺れて、ゆっくりと音が遠のき色が消える。
ああ、夢だな。夢は大体理不尽で変な展開ばかりだ。脳が記憶の整理をしているらしいが、見たことない景色も再生されることがあるような気がする。
今のもそう、俺の知らない記憶だ。悠太のものかと思ったが、俺の中の悠太が首を横に振ってるので違う。
「ユーリ、起きてるか? ユーリ!」
扉を叩く音と、自分を呼ぶ声に一気に意識が浮上する。
目が覚めると天井が遠く、地面が固い。どうやら俺は机で寝てそのまま床に転がってしまったらしい。体が痛い。
背中をさすりながら、老人のごとき歩行で扉へ向かう。ドアを開くと、運動服を着たアルが立っていた。
「良かった、起きてた!」
朝からこいつの笑顔は胃が持たれる。爽やかすぎる。俺が吸血鬼なら死んでた。
「もしかして、今起きた?」
「ああ、あ? 今、なんじ」
「七時五十分」
何でもっと早く起こしてくれないんだ! これは悠太が母親に何度も吐いた他責の言葉だ。
まさか俺もこれを使う日が来るとは、よりにもよって親でもないアルに言いたくなるなんて、この世界はおかしい。まだ夢を見ているかもしれない。
部屋に戻りまず服を着替える。それから顔を洗い歯を磨き、髪の毛はもうブラシで梳かすだけで良いだろう。どうせやることは掃除だ。
食事……そうだ、何も食べてない。食べる時間も無い。せめて水分を取ろう。ああ、そうだ、特進寮初日に先輩たちから大量のお菓子を貰った。
棚にしまっていたそいつらを一つ手に取り、グラス片手に口に放り込んだ。これが魔法省の長の息子がやる行動か? いいか、血繋がってないし。はしたなくて結構。
部屋を出る前に手袋と口を覆う用の布を持って、部屋を出る。大体五分強。完璧だ。
廊下に出ると、アルとクロエが立っていた。クロエに負けたのが何より悔しい。お前いつも俺が起こさないと起きてなかったくせに。今はアルが起こしているのだろうな。
「ユーリが寝坊ってめずらしー」
「夜更かししたんだろ。夜は休んだ方が、次の日のパフォーマンスも上がるよ」
「う、うるさいな。別に夜更かししてない」
「朝ごはんは? おれたちは食べた」
「とりあえず口に何か入れたから大丈夫、というか起こせ」
「起こしたけど反応無かったから」
諦めるな、お前ら要らない時にしつこくて必要なときにすっと身を引くよな。
「大丈夫? 俺たち先に行って先輩に少し待ってもらうように言っておこうか」
「いらん。行くぞ」
「意地張っちゃって、はい、あげる」
クロエが俺に飴を差し出す。淡いピンクの包装に包まれたキャンディと、すこしにやけているクロエの顔を交互に見ながら受け取った。子供扱いされた気がするが、腹が減ったら食えと言う事だろう。
「ああ、忘れてた。明日特進寮の歓迎会という名の洗礼があるんだ。寮長が運動服で朝八時に談話室に集合だって言ってたよ」
「洗礼……?」
「そう、特進に来た人はまず寮の大掃除をする。あそこも新しく見えて古いからね、手の行き届いてない場所を新人に掃除させるんだ」
「おかしいでしょうそんなの、歓迎なら歓迎らしいことしてください」
「僕も思うよ。交流も兼ねているらしいから、新しい方法を考えてほしいものだね」
珍しくヴィルが普通のことを言っている。こいつにも人の心が存在していたことに驚いてしまう。
「本当はユーリともっと居たいけど、ちょっとやることがあるから、ごめんねユーリ」
「気にしないでください」
「ユーリは気遣いのできるいい子だね、それじゃ」
やっぱりヴィルは人間じゃないのかもしれない。会話を諦め、手を振る。ヴィル輝く笑顔で手を振り返し、転移魔法で消えた。転移魔法は光だ。ヴィルはヒーラーにもなれるタイプのデバッファーである。
「あれって話通じてる?」
「知らん。諦めた」
「ヴィルさん、ユーリのこと以外ならちゃんと会話してるのに」
俺が悪いみたいに言うんじゃない。俺だってあいつには困っているんだ。お前らも見てないで助けてくれ。
荷物を纏め、使った席を整えて寮に戻る準備をする。残りは一人でやろう。一日は短いのだから、初めから終わりまで、たっぷり使わないと勿体ない。
自室に戻った後はその日の授業の振り返りをして、風呂夕食ときて自由時間に読書を行う。眠くなったら寝る。そんな毎日だ。
特進寮に来た当日はアルとクロエが少し話をしないかと部屋まで来て、夜の日課はこなせなかった。
今日の読書は世界樹にまつわる伝説、ではなく世界樹から放出される魔力素とそれにより人体への影響。もう一つの本がクラウス博士の魔力病の症例と新治療法の提唱。
世界樹に関しては目新しいものはない。この国がこれのおかげで豊かな土壌と、生物の生きやすい環境ができていること、しかし時折その恩恵を受けられない体質のものが居るということくらい。
クラウス博士に関しては、無色の魔石を魔力を吸いだすものへと改造し、それを使って患者の過剰魔力を吸いだすとかなんとか。
俺はこの部分より、彼が魔石病で妻子を失っていると記載されていることに注目した。もう少しこの技術が早くできていたら、と後悔を綴っている。
クラウス博士の時系列を整理出来たら、彼の行動原理ももう少し見えるのだろう。そこまでする必要はないだろう。クロエがあの男にも良いところはある、というからクラウス博士の情報を集めているだけだ。それと、あの黒い竜について知りたい。いっそ本人に聞けないだろうか、クロエなんとかしてくれ。
夜の自室は、出しっぱなしの本たちで人に見せられない有様だ。クロエに出したものは元の場所へしまえと叱っていた俺はどこへやら。一人だとどうにも気を抜いてしまう。片付ける使用人も居ないから、やりたい放題だ。
二人分の部屋を一人で使うものだから、スペースが余って仕方ない。
踵を鳴らすと、本たちがふわりと浮く。視線を動かし、本を本棚へしまっていく。偶然使えるようになった重力魔法だったが、これは便利だ。その場から動かなくても片付けができる。
ゲームでも使っていた属性と魔法だ。正直なところ、ゲーム内ユーリに近づいてしまったようで複雑である。
机に置いてある本を一冊手に取り、ページを捲る。
一番最初の聖女と世界樹の話だ。シルヴィアに入る前に呼んでいた本だ。内容は他の本にもあるものだが、とりあえず持ってきた。
もう一つの本は、格闘術の入門書というやつだ。だって足技格好良いだろ。ちょっと格闘かじってそれっぽい動きができたら、絵になるだろう? 日本で言う映えだ。俺もそういうのを気にしたいお年頃だ。悠太とプラスして三十半ばの精神年齢かもしれないが、ユーリとして生きてきた時間は二十にも満たない。許されるだろ。
特に内容を意識しないまま、世界樹の本に視線を滑らせる。何度か読んで、ある程度内容は覚えてしまった。
「ん? 眠く、なって、きたな……」
急に眠気が襲って来た。慣れない魔法を使ったからだろうか、まぶたが重い。逆らえない眠気に流され、視界が暗闇に染まる。
体の感覚がおぼつかなくなり、そのまま意識がぷつりと途切れた。
「ねえ、本当に良いの?」
「うんしょうがないよ」
幼い女の子の声と、静かな落ち着いた女性の声が聞こえる。
鳥の鳴き声と、木々が枝葉を揺らす音が周囲を満たし、柔らかな風が頬を撫でるような感覚がした。
そう、感覚だけだ。俺の体は存在していなくて視界もおぼろげである。絵筆に水をたっぷり含ませた水彩画みたいな世界となっている。
「私は納得できないな。だって貴女のために……」
「ごめんなさい。そうだよね、でも、私にはどうしようもない」
女性の声がだんだん沈んでいくのに、少女が不満そうに呻く。
「貴女が居ないなら意味がないよ。じゃあ私もついてっちゃおうかな」
「そんなこと言わないで、貴女が居ないと――」
視界が揺れて、ゆっくりと音が遠のき色が消える。
ああ、夢だな。夢は大体理不尽で変な展開ばかりだ。脳が記憶の整理をしているらしいが、見たことない景色も再生されることがあるような気がする。
今のもそう、俺の知らない記憶だ。悠太のものかと思ったが、俺の中の悠太が首を横に振ってるので違う。
「ユーリ、起きてるか? ユーリ!」
扉を叩く音と、自分を呼ぶ声に一気に意識が浮上する。
目が覚めると天井が遠く、地面が固い。どうやら俺は机で寝てそのまま床に転がってしまったらしい。体が痛い。
背中をさすりながら、老人のごとき歩行で扉へ向かう。ドアを開くと、運動服を着たアルが立っていた。
「良かった、起きてた!」
朝からこいつの笑顔は胃が持たれる。爽やかすぎる。俺が吸血鬼なら死んでた。
「もしかして、今起きた?」
「ああ、あ? 今、なんじ」
「七時五十分」
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まさか俺もこれを使う日が来るとは、よりにもよって親でもないアルに言いたくなるなんて、この世界はおかしい。まだ夢を見ているかもしれない。
部屋に戻りまず服を着替える。それから顔を洗い歯を磨き、髪の毛はもうブラシで梳かすだけで良いだろう。どうせやることは掃除だ。
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棚にしまっていたそいつらを一つ手に取り、グラス片手に口に放り込んだ。これが魔法省の長の息子がやる行動か? いいか、血繋がってないし。はしたなくて結構。
部屋を出る前に手袋と口を覆う用の布を持って、部屋を出る。大体五分強。完璧だ。
廊下に出ると、アルとクロエが立っていた。クロエに負けたのが何より悔しい。お前いつも俺が起こさないと起きてなかったくせに。今はアルが起こしているのだろうな。
「ユーリが寝坊ってめずらしー」
「夜更かししたんだろ。夜は休んだ方が、次の日のパフォーマンスも上がるよ」
「う、うるさいな。別に夜更かししてない」
「朝ごはんは? おれたちは食べた」
「とりあえず口に何か入れたから大丈夫、というか起こせ」
「起こしたけど反応無かったから」
諦めるな、お前ら要らない時にしつこくて必要なときにすっと身を引くよな。
「大丈夫? 俺たち先に行って先輩に少し待ってもらうように言っておこうか」
「いらん。行くぞ」
「意地張っちゃって、はい、あげる」
クロエが俺に飴を差し出す。淡いピンクの包装に包まれたキャンディと、すこしにやけているクロエの顔を交互に見ながら受け取った。子供扱いされた気がするが、腹が減ったら食えと言う事だろう。
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