悪役令息さん総受けルートに入る

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昔話を聞く

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 二人でさくさくと仕分けをしていくと、倉庫内が一気に広くなった感じがする。廊下に出した物を中に入れても、十分歩く余裕がある。この部屋を動けない状態にした人は、逆に才能があるんじゃないかと感心してしまった。

 カイル先輩の風の魔法で埃やごみを集め、俺の重力魔法で圧縮する。それからカイル先輩が火で燃やしてごみは消える。素晴らしい。手で触れずともごみが消えるなんて最高だ。先輩との息もぴったりじゃないか。
 その後雑巾で窓などを拭いていき、徐々に終わりが見えてきた。これなら時間までには何とかなりそうだ。もしかしたら、俺たちが一番効率よくできているんじゃないか? アルたちはヴィルがヴィルだからたぶん最悪。
「あれ? この部屋も絵が飾ってあるんですね」
「お、本当だ。これ国立美術館にあるやつだな」
 倉庫の一番奥の壁、物の山に隠れて見えなかったが、大きな絵が飾られていた。
 おそらく世界樹の絵だ。青々とした葉に太い幹、青い空に広い草原。木の下に一人女の子が居るのが分かる。
 草紋の額縁に入れられたそれは、時間経過によるものかかなり色褪せていた。絵の具もひび割れていて、この絵が古いものだというのが見て取れた。
「美術館にあるのは、もっと色が鮮やかなんだがな。これは初代聖女様と世界樹だ。王城が立つ前の風景を想像したものだったかな」
 そう言って、カイル先輩は顎に手をあててしばし口を閉ざす。
 視線がせわしなく動き、何か考えるようにまぶたを閉じた。この絵に対する蘊蓄でもあるのだろうか、表情から言い難いことを言おうとしているような気がする。
「弟はこの国の成り立ちを知ってるか?」
 弟って呼び方やめろ。兄が増えたみたいでいやだ。
「一応、群雄割拠時代に世界樹に女神が宿り、聖女を通じて勇者に力を与えて共に魔王を倒した。その後国を纏めてオルカンドとなった」
「ん、だいだい合ってる。じゃあオルカンド初代国王は」
「その勇者ですよね。聖女様と結婚してめでたしめでたし」
 学校でも習うことだし、この国の常識である。
 かつて混沌を極めていたこの地に、世界樹の女神が現れた。そして、のちに聖女と呼ばれる少女と心を通わせ、人間を救うため聖女たちに力を分け与えた。
 勇者ご一行は人々を襲う魔物たちを倒し、その長を倒してこの地にオルカンドを作り上げた。
 だからこの王都は、世界樹を守るように作られている。かつての争いから五百年以上経った今もこの国が存在しているのは、世界樹のおかげだそうだ。
「オレが知ってる話はちょっと違うんだよ」
「へえ……、ちょっと興味深いですね」
 前世の記憶が戻ってから、世界樹と女神、異世界とのつながりを調べていた時期がある。その際、王立図書館にも行って、関係ありそうな本を読み漁った。
 異世界についての考察、なぜ聖女候補はこの世界の人間じゃないのか、世界樹と聖女の関係。俺は女神の予知通りに事件が起こったのかを知りたかったのだが、残念ながらそれらしい記述はなかった。
「良い反応だ。好きそうだよな、こういうの」
 どういう意味だ。昔話好きそうな顔してるのか、俺。
 カイル先輩は、バケツと雑巾を床に置き、絵を見上げながらその場に座り込む。俺はまだ座らないぞ。床の掃除が甘いからな。
「まず、確かに魔王を倒した男はこの国初代の王となった。だが、この国には前身の国が存在していて、そこが世界樹と勇者と聖女の出身国だ」
「ええと、オルカンドはもともと小さな国がひしめいていた地、ですよね。世界樹があった場所がフォリンドだったと記憶しています」
 オルカンド以前の国もちゃんと学んだ。フォリンドで合ってる。間違えていたら恥ずかしいから、少し自信なさそうに言ってみた。
 フォリンドの時代は、魔族の勢いが強く人間やエルフ、亜人たちの居住地がどんどん奪われていった。窮地に陥った国々は細かい争いをいったん置いて、手を取り合い世界樹の力を借りて魔族に勝った。その後建国されたのが、オルカンドだ。
「そう。んで、聖女じゃなくてそこのお姫様が勇者の奥さん」
「うん?」
「勇者と聖女は確かに恋人だった。だが、勇者はフォリンドのお姫様と、新たな国の王となる権利をやるって言われてお姫様を選んだ」
「それが事実なら、この国の教科書が変わりますよ? でも、俺の読んだ学術書でもそのような記載は見当たりませんでした」
「探そうと思えば王妃が聖女ではないって記録もある。が、うちの地下書庫とかどっかの遺跡にあるかも、程度だな。見える範囲じゃ探しても無いんじゃねえかな」
「隠している、ということですか?」
 良い話を聞けたが、国家機密じゃないか? 俺はそれを聞いて無事でいられるのだろうか。もしや俺を罪人に仕立て上げようとしているのか、この男。

 俺が不安を抱いているのを知ってか知らずか、カイル先輩は話を続ける。
 初代国王は、聖女ではなくフォリンドの姫と夫婦となった。そうして世界樹を中心に王都を作り今の形を作る。
 しかし、唯一世界樹と会話ができる聖女は、建国を待たずに姿を消した。
 その後、世界樹の力が人体へ悪影響を起こすようになり、今もなおその呪いともいえる現象は解決してはいない。
 世界樹は、世界樹を狙うものが現れるたび、異世界から聖女の魂を持つ人間を呼び寄せて協力を仰いだ。それが、今は形を変えおとぎ話となって国民に広がっている。
 淡々と語って、カイル先輩は遠い目をする。
「聖女様はどこへ行ったのですか? というか、それが事実ならもっと学者とかが騒ぐでしょうし」
「記録が正しく残されているとは限らないし、開示されるとも限らない」
 カイル先輩は首を緩く振る。やっぱり隠してるんじゃないか、教えてくれてありがとうもう黙って良いぞ。
 そもそも何故そんな話をしだしたんだこの人、マウントなのか? 王族マウントか?
 窓が風でがたがた音を立てるのを聞きながら、この会話の止め方を考える。
「やっぱさ、命を懸けて戦って、しかも愛し合った仲の人を最後に裏切るとか胸糞悪いよな」
「事情があったのでは?」
「そうかもしれないけど、オレなら聖女の方を選ぶ」
 日本のゲームにもあったな、姫か幼馴染かみたいなの。リメイクか何かで新たな女が増えていたような。
 初代国王が姫を選んだ理由は、俺たちが知る由もない。だから一概に悪だと責めるつもりはない。
 しかし、この話を信じるなら聖女の魂は異世界に転生しているのではないか? 俺のように転生担当の馬鹿どもに飛ばされた可能性がある。だから世界樹は、わざわざ異世界に呼びにいっているんだ。
 その方が俺としては分かりやすいし、納得ができる。次死んだら、転生課に所属して個人の趣味で異世界に飛ばしてはいけませんって規則を作りたい。
 というか、救難信号を受け取った人、たしかそれをゲームにしてるんだよな。しかも、悠太が死にユーリとして生まれた時期を考えると十数年前の話。
 まさかスタジュエのシナリオライター、来年聖女として呼び出されるのか? 家庭持ってたらどうする。可哀想だろ。家族と引き離すな。
 時空の歪みがあるのだとしたら、ここでは十年以上経っていても向こうでは数年にも満たない、なんてこともある?
 どうなるんだこの世界。巻き込まれたくない。逃げたい。悪役にならないので許してくれ。
「あの、どうしてその話を教えてくれたんですか?」
「別に、思い出しただけだ。まあ、あとは……なんだろう、お前に話さないといけない気がした」
 本人もどうして話したか分かっていない様子だ。
 本能的に俺が異世界からの転生者だと察したのか。でも俺は世界樹と聖女に関わる人間ではないしな、どちらかというと敵対する側だ。
 絵の方を向いて、無言で見上げる。大きすぎてこの距離だと全体像が掴めない。
「先輩のせいで、聖女と世界樹だけしか描かれていないのが意味深に思えてきました」
「あはは、それは邪推ってやつだろ。描いた人に他意はないって」
 カイル先輩の声を聞きながら、俺は絵に手を伸ばす。冷たい。紙と絵の具のかさついた感触が指に伝わった。
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