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11話

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 あの日から、ほぼ毎日彼らとゲームをしている。
 そのおかげで、俺は毎日幸福感で包まれている。仕事を終わらせ家に帰れば、必ず彼らが待っている。

 だけど一歩踏み出せないでいる。俺もこのままずっとこれが続けばいいと思っている。だけど、決してそんな願望は叶わないと分かっている。

 彼らは俺のことを、尊敬してくれているし、嫌な事をわざわざ掘り返して来るようなこともしない。それに甘えて居心地の良さを感じてしまっている、俺が情けない。

 だけど、期限が来てしまった。
 そう、最初にタイガが俺を誘ったときに言ったこと。

 フォージ初の世界大会の開催が発表された。
 それに伴い、国内予選が行われることになった。

 彼の当初の目標はそこだった。話を聞いている限り、ニッシーとテツもそれを了承しているようだ。

 いつまでも、何も気にすることなく、この4人でゲームをしていたかった。だけど俺は今更競技に戻るつもりも、勇気もない。だから終わりにしなければならないのだ。
 俺がいつまでも、ここにいたら@1を探すことができないし、過度な期待を持たせることにもなってしまう。



 次の時に言おう、次の時に言おう。そうやってどんどん後回しにしていたら、ついにその時が訪れてしまった。

「ヴィクターさん。そろそろ、もう一度聞いてもいいですかね?」

 普段なら、俺がログインしたらすぐに、ゲームを開始するが、その日は違った。誰一人ゲームを起動すらしていなかった。

「そうだよね」

 ああ、なんとみっともないのだろうか。分かっていながら、答えも決まっていながら、タイガに言わせてしまうなんて。

「ああ、そうだよな。ごめん。さんざん長引かせておいて。俺は出られないよ」

 今日で、この居心地の良かった場所ともお別れか。これからは、プレイする側ではなく、応援する側に回ろう。
 これだけ本気でゲームを楽しんでいる人達だ。きっと競技シーンでもいい結果を残すだろう。大変な道のりだと思うが、頑張って欲しい。
 そんなふうに、やっと自分の中で折り合いをつけたときだった。

「本当にそれでいいんですか?」

「え?」

 いや、分かっているのだ。彼も。それを見透かされているのだ。

「本当はやりたいんですよね?」

 それは、そうだ。もちろんそうだ。
 だけど。

「本音を言うとそうだよ。だけど、あの時と同じ思いはしたくないんだよ」

 自分自身の問題でもある。しかし、なによりも。

「タイガ達のことを嫌いにもなりたくない。出来ればこの先も、時々一緒にゲームするくらいの中でいたいんだよ」

 そう、一緒に楽しくゲームできる友達。それが何よりも大事にしたい物だったのだ。タイガもニシもテツも皆言いやつだ。一緒にゲームをしていて本当に楽しい。
 だけど、だからといって、もし競技を始めたらそれが、崩れ去ってしまうかもしれない。また俺が彼らにとって「うざい」奴になってしまうかもしれない。ここまで大好きになった人たちを嫌いになってしまうかもしれないことが、何よりも怖いのだ。

「ヴィクターさん」

 タイガが、ゆっくりと落ち着いた声で、俺の名前を呼ぶ。いつも子どものようなハイテンションで、騒いでいるのに、今は一人の大人として、俺の前にいる。

「あの時に、あなた方に何があったかは噂でしか知らない。だけど、昔のことをいつまでもグチグチ言ってあなたらしくもない!」

 さっきまでと真逆の、口火を切るような口調に変わった。

「指針であり続けろとは言わない! だけど、今やりたいという、気持ちがあるんだったら戦えよ! 誰かのためじゃなくて、憎しみじゃなくて恨みじゃなくて! 自分のために! やりたいという気持ちと、勝ちたいという気持ちそれが一番の強さじゃなかったのか! 建前ばかり気にして、本音を言わず、それじゃあまるで、あなたが今まで忌み嫌っていた、人たちと一緒じゃないのか!」

 俺の心にグサグサと突き刺さってくる言葉は、間違いなく俺が心のどこかで思っていたが、口にしなかった、考えないようにしていたものだ。

「もしまだ、憎しみ、後悔があるのならそれをやらない理由にするのではなく、やる理由にしろ。あなたは当てつけで辞めたんだ! なら今度は当てつけで戻ってこい! 諦めないってそういうことだろ?」

 やらない理由よりやる理由の方が、シンプルで数少ない。そんなこと分かってる。

「あの日ヴィクターを見つけたとき、あなたの心の火が消えきっていたのであれば、俺も身を引いていた。だけどあなたの中にはまだ、火がある」

 俺の中でもしっかりと、その火のことは認知している。大きな大きな釜戸の中に、ひっそりと燃え続けている火を。そして、その火が次第に大きくなっていることも。だけど、それを必死に隠そうと、消そうとしている自分も同時に存在したんだ。

「あなたをもう一度輝かせることが出来るのは、俺だ。俺たちだ。なあ、そうだろ?」

「ああ」「うん」

 ずっと黙って聞いていた二人がタイガの呼びかけに答えた。二人は余程タイガのことを信頼しているのだろう。どう転んでも、タイガの決定に従うつもりなのだろう。いや、絶対に俺を説得させられる自信があるのか。
 言っていることは正しいことばかりだ。
 何よりも大好きだったゲームを。何よりも全力だったゲームを。何よりも勝ちたいと思っていたゲームを。逃げた日からずっと後悔している。あの時俺がもう少し大人だったら。あの時俺がもう少し子どもだったら、結果は変わっていたのかもしれない。でも、あの時あのやり方以外俺はどうすればいいか分からなかった。だからこうなる未来しかなかったんだ。自分の火は全部自分でつけてきた。自分の火の燃料は全部自分で用意してきた。

「だけど、一度逃げてきた舞台にまた、戻るのに、それを他人に引っ張り上げてもらうのは………」

 タイガに押し切られてしまった俺の答えは、もう決まっている。
 だけど邪魔するものがある。

「他人の力じゃないでしょう! これも2年前に、あなたが撒いた種が芽を出したんですよ! あなたが見せたあのプレーが今の僕に火をつけてくれたんだ! だから今度はくすぶっている火種に僕が火をつけて見せる!」



 その時、俺の中でずっとつっかえていた塊が、崩れ去っていった。

 ああ、やっと自分を許せるようになった。
 ああ、やっと自分に正直になれたのかもしれない。

 今までのことも全部。後ろを向き続け、小さく縮こまり自分を守り続けてが、もうそんな必要は無くなった。

「ありがとう」

 タイガは感謝の気持ちなんて欲していない。彼が欲しているのは。

「俺も一緒にやらせてくれ」

 やっと、出たその言葉と一緒に涙が出てきた。今まで口にしてはいけないと思い込んでいた。簡単に口にしていい言葉ではないから。また誰かの人生を狂わしてしまうかもしれないから。また、自分が傷つくかもしれないから。

 だけど、タイガ達となら、そんなことにはならないと本気で思えるようになった。
 きっと辛く苦しいこともあると思うが、タイガ、ニシ、テツこの4人で頑張りたいと思えるようになった。

「よっっっっっしゃぁぁぁぁぁ!!!」

 テツから、耳が壊れそうなほどの大きな声発せられてきた。

「うるせぇよ! テツ! アホか!」

 すかさずニシが、割って入ってくる。

「いやいや、感動系の雰囲気になりそうだったから、ぶち壊そうと思って」

「なんでだよ! 別にいいだろなったって! 第一お前は何もしてないだろ?」

 テツに、しっかしと付き合って上げているニシも分かっているのだ。この場を和ませようとしていることを。
 思わず。笑い声が出てしまった。ああ、なんて居心地がいい場所なんだろうか。こんな場所に選んでもらって、なんて俺は運がいいのだろうか。

「ヴィクターさん。改めてこれからよろしくね」「よろしく」「よろしくぅ!」

 タイガの言葉に、ニシとテツも続いた。
 いや、それはこっちのセリフだ。

「ごめんな。ずっと振り回し続けちゃって」

 誰がどう見ても、答えは決まっているのに、それをいつまでもはっきりせずに、うだうだしていて、鬱陶しかっただろうに。
 ましてや、ここでも、俺が踏ん切りつかなくって、一緒にやらないと言ったら、また@1を探さないといけない羽目になっていた。
 内心彼らも胸を撫でおろしているに違いない。俺が逆の立場だったら、確実にそうしている。

「いや、まあ結果オーライですよ!」

 一番苦労したであろうタイガにそう言ってもらえると、俺も、安心できる。初めはただのゲーム好きの子どものような印象しかなかったが、彼は彼で、なかなか芯がしっかりしている。
 本気で日本一を目指そうとしているだけのことはある。

「というか、これで最強のメンツがそろったわけですからね。結果も自ずと付いてくるでしょう」

 きっと皆うずうずしているだろう。この4人でどこまで通用するのかを。これから日本、世界の強豪と戦うことを。
 ニシはいつも冷静だが、きちんと熱い心を持っている。かなりの負けず嫌いな性格だ。いや、ここにいる時点で全員同じだよな。

 さぁ、俺も本気を見せるときだな。
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