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ニシ過去編

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 21歳で初段になれなかった俺は、強制的に夢を奪い取られた。

 地元では負け知らずで、絶対にプロ棋士になれると思って奨励会の門をくぐった。すぐに昇段して、プロになり、タイトルを取ることが出来る。本当にそう思っていた。だけど、現実は甘くは無かった。いや、俺が現実を見ていなさ過ぎたのかもしれない。

 奨励会に入ってすぐに、分かった。自分の実力の低さを。いくら地元で強かったといっても、所詮その程度。ここにいるやつらは、皆同じ道を通ってここに来ている。俺だけが特別ではなかったのだ。
 努力しても努力しても、一向に縮まらない実力の壁。自分が見上げている物に、はたして終わりがあるのかどうかも分からなかった。
 夢への壁の厚さを知ってなお、諦めることが出来なかったプロへの道。自分の実力を知った時に、すぐに逃げていれば、どれほど幸せだったかと、今でも時々思うことがある。だけどそんな風に思ってしまうのだから、はなからプロになんて、なれるはずが無かったのだ。

 いや、あの時の自分を肯定するために、無理やり思い込もうとしているのかもしれない。
 少なくとも、あの時の俺は本気だった。高校も辞め、持てる全ての時間を将棋に費やした。考えうる、強くなれる方法を全て試した。それでもプロにはなれなかったのだ。

 奨励会を退会したと同時に俺は、ぶっ倒れて2か月入院していた。長年の疲労がたまっていたようで、最初の一か月はほぼベットの上にしかいなかった。寝ているのか起きているのか、分からない、まどろみの中を永遠と彷徨っていた。
 その期間は将棋のことすら、頭に浮かんでこなかった。自分で想像していたよりは、自責の念は無かったのだ。
 あれ以上出来ることは無かったからだ。それよりも、自分の体の中が空っぽになってしまった感覚の方が強かった。文字通り生きる気力がなかったのだ。
 将来を心配するとか、そんなことを考える余裕すらなかった。

 ただただ漠然と何もない自分を見つめていた。

 少し体調がよくなってからも、不思議と焦りは湧いてこなかった。
 その時思っていたことは、とにかく暇だということだ。将棋をやらなくてよくなったら、何をすればいいか分からなくなってしまったのだ。
 今まで将棋しかしてこなかった人間だから、趣味と言えるような物も持ち合わせてはいない。

 そんな時に始めたのがゲームだった。

 将棋の研究をするために、無駄にいいパソコンは持っていたので、それでゲームを始めたのが、俺のターニングポイントだった。

 ゲームは本当に楽しかった。今まで将棋しかやってこなかったから余計に。
 俺が、初めて触れたのはTPSのバトロワゲーだった。ズブの素人だから、みるみる成長していって、その過程がしっかり自分で分かるのも良かった。
 出来なかったことができるようになる。それが勝ちに繋がる。これを体感できることは、将棋ではほとんどなかった。それほど煮詰まっていたのだろう。

 それからは、変に毛嫌いすることもなく、将棋とも向き合えた。
 奨励会引退して1年ちょっとが経ったときに、たまたま知り合いに誘われて、アマチュア戦に出てみたら、なんと優勝してしまったのだ。
 その時は、全く勉強していなかったにも関わらず。ずっとやってなかったんだから、負けてもともとと、思って出たのが良かったのか、今までの人生の中で一番伸び伸びと指せた。

 そして、現在に繋がる運命的出来事が起こる。タイガとテツに出会ったことだ。
 たまたま、同じチームでマッチングして、その試合がめちゃくちゃ上手くいったのだ。
 そしたら終わったあとにタイガからチャットが飛んできたのだ。
「一緒にゲームをしよう」と。
 そこから仲良くなり、毎日のように一緒に遊ぶようになった。

 タイガの夢はゲームの大会に出て、自分が感じた熱狂を他の人にも与えたいと言うものだった。
 凄く立派なものだが、所詮ゲームだと初めは俺も思っていた。
 第一ゲームに、そんなでかい大会あること自体知らなかったのだから。

 そんな俺が見せられたのが、タイガと同じ、ヴィクターさんのあの切り抜きだった。
 これを見た瞬間に俺の中でのゲームの位置づけが一転した。

 自分も同じゲームをやっていたはずなのに全くの別のものの見えた。あれは、将棋ですら感じたことのない、胸の熱さだった。
 自分も同じ場所に行ってみたいと思ってしまった。そこにいる人間はには、何が見えるのか知りたかった。

 将棋でプロを目指すと誓った、あの日と同じ感覚だ。

 俺も一緒に、あの熱狂にいきたいと言ったら、タイガとテツは少し心配してくれた。
 俺の年齢を知っていたからだ。だけど、そんなことはどうでもよかった。
 今思えば、夢を追えるということ自体がうれしくて、楽しかったのだと思う。

 夢があることは幸せなことだ。

 それに人生で将棋しかしてこなかった人間で、ちょっと将棋が上手いだけの中卒なんて社会は必要としていない。
 だったら、後数年遅れたって何も変わりはしない。

 そうやって、今にたどり着き、ヴィクターさんも入った。ようやく俺の夢が叶う前準備整った。

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