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30話

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「さて、お二方は準備できましたかな?」

 タイガは、集合時間の1時間前から、射撃訓練場でAIM練習をしている。ヴィクターがいない分自分が引っ張っていかないと。とは全く思っておらず、それがタイガにとって日常だ。誰よりも、努力をしている。本人はそれを苦に感じていないことが、一番の武器なのだろう。

「いやー、よく寝たわ。不安で寝れねーかと思ってたけど、びっくりするほど寝られたわ」

 大会開始2時間前。テツもいつも通り、以上な感じだ。
 一方ニシはというと。

「なんで、二人ともそんなにいつも通りいられるのか、分からない」

 必ずと言っていいほど、時間通りに来ないニシが、今日ばかりは集合時間の20分も前にボイスチャットにログインしていた。それには、タイガも驚いていたようだ。

「お前が緊張しすぎなんだよ。タイガを見習えタイガを」

「今ばかりは、お前が羨ましいよ」

 ニシもゲームにログインして、話しながらも必死に射撃練習をしている。声に落ち着きは無い物の、AIMの状態は良いようだ。

「そんなこと言ってるけどさ、結局のところは勝たなくちゃいけないんだから、俺達がやることは一緒なんだよ」

 テツはどんな時でも、ぶれずにいる。タイガは少し天然ぽい所があるが、テツはそうでは無く、純粋にしっかりしているのだろう。

「どんな作戦でいくの?」

ニシが問いかける。

「僕も昨日それを考えてたんだけどさ、ヴィクターさんと一緒にやるようになってから、僕たちって作戦面でずっと頼りっぱなしだったよね」

 ニシの質問とタイガの答えは、まさにその通りだった。ヴィクターといえば、過去のソロで出た大会での大量キルが印象的で、フィジカルが強い人というイメージが強い。だけど今大会は、盾職で3人のカバーと司令塔をしている。秀でてる能力は、戦闘の流れを予想することと、その予想に基づく作戦作り。それに加え、自分の考えていることを戦闘中でも、素早く言語化できる能力も持ち合わせている。

「それ、俺も思ってた。もともと、そんなに頭を使う方じゃなかったけど、ヴィクターさん来てから、マジで頭空っぽで戦ってた」

 行動の全てに指針を与えてくれる人と一緒にやっていれば、そうなってしまうのも無理はない。
 しかし、普通はそう上手くはいかない。なぜなら、絶対に意見の食い違いが生れるからだ。それがなく、スムーズにいっているのは、3人がヴィクターのことを信頼していて、それを支障なく実行に移せる個人技があるからだ。
 これは、この4人でなければ絶対に出来ないことだ。

「でも、そのおかげで、個々の力は上がったし、報告精度もよくなったよね」

「それ以外にすることねーもんな」

「どれだけ大変なことを一人で任せていたかだよね」

 だが、今日はそのヴィクターはおらず、3人で勝たなければいけない。彼の、偉大さと同時に、その空いた穴が、どれほど大きいかも理解している。

「そういえば、運営にはもう言った? 今日3人で出ること?」

「それなら、運営チャットに送っておいたよ」

「さすがニシ。しっかりしてるね」

 タイガが拍手しながら、ニシを褒め称える。

「ていうかさ、今思ったんだけど、フォージって基本的に3人じゃ始まらないじゃん? だから知らないんだけど、ポイントってどうなるの? ヴィクターさんの分って無いことになるの?」

「それも、聞いておいたよ。一人足りない場合は、3人の誰かに多く振り分けられるように、なっているらしい」

「お前有能かよ。しっかりしてるな」

 ニシはこういった他の人が、面倒くさがるようなことをしれっとやっておいてくれる。
 どうやら、自分の中で引っかかることがあると、それが気になってしまう性分のようだ。

「なんだよ、お前らさっきから」

 今日は妙に二人が絡んでくることへ、鬱陶しさを感じているようだ。

「いやいや、俺達3人の時はずっとこんな感じだったじゃん?」

「そーだそーだ。ニシったらヴィクターさん来てから、妙に大人ぶってるから」

「お前らより、よっぽど大人だわ。子どものお前らに合わせてあげてたんだよ。だけどヴィクターさんが来て、同年代がいるから必然的に、そっちに合わさっただけだよ」

 これは、わりかし冗談でもない。タイガとテツはあまり気にはしていないが、ニシは最初のころ年齢のことをかなり気にしていた。
 ゲームの中でしか会わずに、声とゲームを通しての性格しか知らないのだから、見た目や年齢なんて些細な問題だ。タイガとテツはそう考えるタイプだ。しかしニシは違う。もともとそういったことを、気にするタイプであり、しかも自分が上だと知ると尚更である。
 そう言った意味でもニシにとってヴィクターは、特別なのだ。周りに同じ目線の人がいるのは、想像以上に助けになるものである。

「そっかー、おっさんは大変だな」

「僕が言うのもあれだけど、ヴィクターさんも結構子どもっぽい所あると思うよ」

 いつも、慕っているタイガがこんなことを言うのも驚きだが、それだけと打ち解けた証拠でもある。いつまでも、憧れのままでになれなければ意味が無い。

「一番子どものお前がそれを言うか」

「タイガの憧れの人じゃないのかよ」

 二人とも笑っている。
 だけど、ゲーム楽しんでいる人に、大人も子どもも無い。大人だから楽しめ無くなったのではなく、純粋に物事の楽しみ方を忘れただけだ。

「で、おしゃべりはこの辺にして今日はどんな感じでいく?」

 いつも通り、少しの茶番をしてからの作戦会議。
 この流れがあるおかげで、どんなに緊張していようが、普段の自分達を取り戻せる。一種のルーティンのようなものだ。隠していても、普段これだけ一緒にいるのだから、一人の異変にはお互いが気づくようになっている。

「とりあえず、余剰分のポイントのおかげで一人一人の装備は、相手チームよりも高いから。それをうまくいかせればいいけど」

「となると、いつも通りに俺が後方で、タイガとテツが前を張るって感じか」

 いつも通り。このいつも通りは、ヴィクターがいるときのいつも通りである。

「そうだな。それが一番いいだろうな」

「そうすると、ヴィクターさんのポイント分を、僕とテツのアーマー強化に使うか」

 タイガの対面力、テツの機動力、ニシの精密射撃。この3つの個々のレベルでも、3人の練度だけでも十分に戦えるだろう。そう3人は思っている。
 しかし、あくまでもフォージは4人で戦うゲームだ。さらに、相手は準々決勝まで駒を進めてきているチームである。一筋縄ではいかないのが当然だ。舐めてかかれば一瞬で試合が決まってしまうことだって大いにある。いや、むしろその方が可能性は高い。

「今回はすぐにカバーを出来るように、俺もいつもよりは、少し前に出るようにするよ」

「そうだな。俺とタイガもいつも以上に慎重にいくわ。今日はチームの守護神様がいないからな」

「恐らく長丁場になるから、気合い入れてかないとね」

 この3人に取って、そんな心配はいらないようだ。きちんと自分たちの状況を理解している。それにヴィクターの穴を、誰か一人に埋めさせるのではなく、3人で分担して埋めようとしている。自分たちの役割に、もう一つプラスすることが最善手であること理解している。

「そこに関しては大丈夫だよ。俺たちの練習時間は、この大会に出場しているチームの中でもトップクラスだろうから」

 体力も、気力も、勝つ理由も十分にそろっている。

「たしかに、起きてから、寝るまでずっとゲームしてるもんな。我ながら凄いわ」

「じゃあ、いこうか!」

「おう!」「はい!」

 これに勝てばオフラインでの準決勝、決勝を賭けた準々決勝がスタートした。















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