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32話

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「1人やった! 落ち着いて、射線切って!」

 前マッチとは違い、今回は穏やかなスタートになった。お互いがすぐに前線を上げずに様子をうかがっていたことで、中央の境界線にたどり着くのが遅かった。
 エリアポイントを取られても、良いから相手チームを誘いだす作戦だったのだ。それにまんまと乗り、不用意に一人で前に出てきた敵をタイガがフリーでキルをした。

「大丈夫、右見てる!」

 そうなれば、こちらの位置も相手にある程度把握される。落ち着いて、前方から射線を切れる所でいったん落ちつく。

「タイガ! 今やった奥にもう一人いる」

 後衛にいるニシが、敵を発見する。さっきのマッチといい、今日はやけに視野が広い。

「下がっていいぞ! 下がって」

 位置を把握されているタイガに、下がるように促すテツは、敵からはタイガは見えても、自分は見えない位置取りをしている。

「射線通してるから、バカみたいに引いてきて!」

 もう一回誘い込みをするため、二人を下がらせようとする。

「おっけ、行くよテツ」

「おう!」

 二人が、射線を気にせずに、一気に後ろに駆けてくる。それを待っていましたかのように、敵が顔をだしAIMを合わせている。

「もう一人やった! 後2人」

 そこに、またもや、ニシのヘッドショットが決まる。

「ナイス、いったんここで止まるよ」

「残りは、中央から左側だと思う」

 今ニシがキルした敵は、両方とも右サイドにいた。そのため、3人固まっているという可能性は少ないと判断した。

「おっけ、俺キルポイントで、アーマー強化したから、テツ武器をグレードアップして、俺が前に出るから後ろからきて」

「分かった!」

 そう言った二人は、中央ラインを走っていく。ここを通れば確実に、敵に視認される。それで、撃ってきてくれることを願って。

「やばい!」

 ちょうど中央の境界線に差し掛かった所で、二人を挟み込むように、相手がクロスを取っていた。二人のフォーカスをくらい、テツがダウン。それと同時に。

「あと一人!」

 ニシは、二人が撃たれ始める前に、クロスを取られていることに気付いた。しかし、それを伝えている間に二人はダウンしてしまうと思い、相手が二人を撃つために、頭を出した瞬間に射撃した。テツはもっていかれてしまったが、これで、残りは一人。
 タイガも、その一人に射撃するものの、上手く遮蔽物を使われてしまい、キルを取るまではできなかった。
 しかし、そこで足止めをしていたおかげで、ニシがポジションを取る時間を稼げたため。

 VICTORYの文字が画面に映る

「ナイス! ニシ!」

「全部お前かよ! やるな!」

 大きく息を吐くニシ。
 最後の一人もヘッドを抜き見事勝利を収めた。
 先に一勝取られ、ヘッドショットでは無ければ、勝てない場面で一発も外することなく、決め切った。

「お前が、バカみたいに下がってって言ったとき、マジ吹き出しそうになったわ!」

「これはクリップ案件ですわ!」

 ゲームでなくても、自らの成長を感じられる瞬間は、その物事を続ければ続けるだけ、頻度は下がってくる。成長を感じられないことは、その物事への飽きにも直結のすることだ。
 だけど、今日間違いなく、ニシは大きな成長を果たした。4人の役割的に、後方支援に当たることが多かった。だが、ここまで的確なAIM力は持ち合わせていなかった。今までの努力がようやく実ったようだ。
 タイガは努力することを苦に思わないタイプで、テツはコツコツと平然と努力をするタイプ。ニシは、努力をしている姿をあまり見せないタイプだ。だけど、努力の重要性を人一番理解している。それのせいで、一度苦い思いをしているから。

「とりあえず、これで五分だね」

 今のマッチの喜びはここまでと、言わんばかりに現状の整理に入った。

「俺達って、先にマッチ取られることなかったから、内心ちょっと焦ってた」

 テツがこういったことを言うのは、珍しい。本人も無意識のうちに力が入っていたのかもしれない。

「でもそれを、今回は上手く活かせたな」

 相手チームは、1試合目を取られたから、2試合目はこちらが突っ込んでくると予想したのだろう。もしその思惑通りになっていたら、また囲い込まれてあっけなく全滅していたと思う。

「さっきは、序盤相手も前に出てこなかったから、次は中央の境界線手前までは出てもいいかもね」

「じゃあ、俺が移動職使うから、それで、一番最初に取るようにする」

「うん。今日はニシの調子がいいから、ニシの武器をメインにグレードアップしてもいいかも」

「やっとか。俺後方だからいつも後回しにされるから、正直しんどかったよ」

「それと、アーマー分は無くして、武器の強化に振ろう。さっきからフォーカスされて落とされてるから、あんまり意味が無いと思う」

「そうだな、俺もそれがいいと思う。こっちが落とされる前に、一人でもいいから持ってくって感じのが良さそう」

「よし、じゃあそんな感じで3戦目行きますか」



 その言葉が言い切ると同時に、3戦目がスタートした。
 マッチがスタートしたと同時にテツは前に出る。

「敵見えても一旦は撃たなくていいよ」

「了解!」

 テツ一人と分かれば、押し切られてしまう可能性がある。今の所、相手チームに盾職も移動職もいなかったが、さっきの負けから、作戦を変更してきている可能性は、十分にある。

「一応一歩手前まで着いたけど、敵は見えないね」

 遮蔽物から顔を出してあたりを伺う。

「逆に俺達が凸ってくると思って、さきっきみたいに囲い込みしてるのかな?」

「だったら、それに乗らずに、エリアポイント取り続けてもいいんじゃない?」

「タイガと合流するまでは、ここにいる」

「詰められたら、引いてきてもいいよ。ニシが全部頭抜いてくれるから」

 さっきのをもう一度やって見せろと、言わんばかりだ。そのノリの軽さは、まるで通り際に肩を一回ポンたたいているかのようだ。

「おい! プレッシャーかけるのやめろよ!」

 関係ない立場ならともかく、言われる側はたまったものではない。寸分狂わない、精度が必要な射撃に対して、それを何度もやれなんて、簡単なことではない。
 どんなに得意なことでも、失敗するときは失敗する。

「到着~」

 テツの元に、タイガが着いた。さっきまでの緊迫した感じは一切なくなり、まるでスキップをしてきたかのような軽やかさである。

「タイガ、ちょっと気抜けてきてない?」

「おっとこれは、あれか?」

 二人には、この様子に何か覚えがあるようだ。

「僕行ってくるね」

 そう言って、大きく右側にまわりながら、相手の横を取るように進んでいく。

「これはやってくれるパターンだね」

 タイガと同様に二人からも緊張感はなくなり、安心しきった様子だ。

「左だけ押さえておいてくれればいいよ」

 そういいながら、既に一人キルしている。
 一気に右に回り込んだことによって、相手の意表を突けたようだ。
 どうやら、索敵の最中にテツは発見されてたようで、一気にダウンまで持っていくために、足音を潜めながら、その機会を覗っていたのだ。移動速度から見て、タイガとニシはまだ合流していないと踏んでいたのだろう。
 そう思っていたら急に、脇腹を刺されたのだから。
 そのまま、無言で突っ込んでいき、二人目、三人目と連続キルをしていく。
 下がること知らずに、前に出続ける敵ほど、相手似する側からしたら怖いものはない。

 タイガが時々なる、ハイテンションの状態だ。もともとAIMも、判断もいいがこの状態になると手をつけられなくなる。
 本人曰く、楽しくてテンションが上がりすぎるとなるゾーン状態だ。
 これになったらいよいよ手がつけられなくなる。

 画面が切り替わり、VICTORYの文字が表示される。

 ニシに続き、今度はタイガが一人で全滅させて3マッチ目が終了した。





















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