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37話

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 案内された部屋に入ると、想像以上にきちんとしていて驚いた。
 実際のところ、こういったネットカフェにくるのは、初めてだったのだ。だから、自分の部屋以外で集中してゲームが出来るか不安だったのだが、これなら心配はいらないようだ。
 きちんと部屋は区切られているが、圧迫感も無く、防音の方の心配もなさそうだ。しかも、エアコンも一台ついていて、快適で質の高い4日間を過ごせそうだ。
 一度自分の部屋を出て、軽くノックをしてテツの部屋に入る。
 テツは、さっそくフォージを開いて、自らのゲーム設定をしているようだ。

「テツ本当にありがとう。めっちゃ良いところだよここ」

 テツは俺が入ってきたのに気づき、振り返る。

「いやー、よかったですよ気に入ってもらえて。とは言っても俺もここは使ったことなかったんですけどね。ずっと、一番安い所でやってたので」

 ゲームが快適に出来るレベルのパソコンを買うのであれば、かなり高額な値段するから、なかなか、踏ん切りがつかない人も多いだろう。だけど、ここなら安い金額で手軽に高性能のパソコンを触れる。これほどいい場所は無いだろう。

「そうだよね。でもここならいい練習ができそうだ」

 こういった場所が増えれば、もっとプレイ人口は増えるんだろうな。そうすれば競技人口も増えて、ゲーム全体が盛り上がる。
 ゲームやる楽しみも、見る楽しみも両方をもっと多くの人に知ってもらうたい。

「そうっすね。とりあえず俺は、AIM練習から始めようと思ってるんですけど、ヴィクターさんはどうします?」

「一個教えたい練習方法があるんだけど、出来ればテツのAIMが温まってから、それをやりたいから、1時間後に呼んでくれる?」

「おっけーです」

「じゃあ、俺は一回部屋に戻るね」

 そう言って俺は、自分の部屋に戻り、パソコンを起動させる。その間にバックから一冊のスケッチブックを取り出す。これが、一番邪魔でかさばるものだったが、俺が今からすることに、どうしても必要な物のだ。
 起動したパソコンで、俺はフォージをするのではなく、動画配信サイトで、準々決勝のアーカイブを、見ることにする。これが一番俺の仕事に直結することといっても過言ではない、相手チームに研究だ。アーカイブを見ると言っても、ここまで勝ち上がってきて、個人配信をしているチームは俺達しかいないので、公式配信で拾える分だけの情報になってしまうが。そのために、必要なのがこのスケッチブックだ。本当なら、スマホややPCのメモ機能を使えばいいのだが、どうも使いづらさを感じてしまい、今だにこのアナログなやり方をしている。

 準決勝に上がってきたチームは「NEO SPOT」「ASPIRATION WARRIORS」「STRADA」と俺たちの4で、準決勝の相手は「NEO SPOT」だ。

 今まで見てきた限りだと、このチームは一回も盾職を入れていない。それどころか、ほぼアタッカーだけの構成で勝ち上がってきている。しかし、これは驚くほどのことでもなく、意外とそういったチームは多かった。
 選手名簿を確認しながら、嫌な気分になる名前を見つけた。決勝トーナメント進出チームが決まった時から知ってはいた。だから出来れば途中で負けて欲しいとすら、思っていたのだが、いよいよ無視できないところまで来てしまった。

 アーカイブを見ながら、チームの特色や選手の取った行動、シチュエーションなどを記載していると、時間などいくらあっても足りない。



 しばらく、その作業をしていると後ろからドアを叩く音が聞こえた。

「ヴィクターさん、ちょうど1時間経ちました」

 テツが部屋に入ってくる。

「ああ、もうそんなに経ったのか」

 夢中になっていると、ついつい時間を忘れてしまう。今までも、チーム練習前に飯を食おうと思っておきながら、いつの間にか、誰かがチャットに入ってくる時間までやっていたなんて、ザラにあることだった。

「アーカイブですか?」

 テツが俺の画面を見てそう聞いてくる。

「うん、そうだよ。次の作戦の為の情報収集」

 俺は動画を止め、座ったままイスを回しテツの方に体を向ける。

「これまでも、ずっとやってたんですか?」

「そうだね。パソコン起動してて、フォージをやっていない時はだいたいずっと」

「なんか、本当にそういった所任せっぱなしで申し訳ないです」

 半分趣味のようなものだ。

「いやいや、別にいいんだよ。結構楽しいし。それに決勝リーグ始まってからだしね。それ以前は情報を集めようにも集まらなかったから」

 公式で、配信されるようになったため、見れるようになったものの、それでも完璧ではない。個人の視点や会話を聞かないと、得られる情報は少ないからだ。そのため、見た行動を俺自身が意味づけしないとならない。
 だからこそ、新しい発想も出てくるから、これはこれでは悪くはない。

「じゃあ、いったん俺も辞めてフォージをつけるわ。ボイスチャット繋げて、一緒に射撃訓練行こうか」

「了解です!」

 俺は、フォージを起動させながら、テツの返答を聞いた。俺はここに来てからまだ一度も、つけていないので急いで設定をしなければ。隣の部屋だけあって、テツからすぐにボイスチャットの通知が飛んできた。
 それを繋げて一緒に射撃訓練場に入る。

「まず、昨日テツが話していた課題として、中距離のAIM力っていってたじゃん」

「はい」

 まず、テツがやりたいことを確認する。途中ですれ違いをなくすために。

「それも間違いじゃないんだけど、それだけじゃ足りなくて、ちょっとそこに立ってて」

 そう言って俺は、ピンを指しテツを自分の少し横。フォージ内で言う近距離戦程度の位置に立たせる。

「そこで、少し動きまわってもらっていい?」

 テツは、俺に言われたとおりに、左右前後と動き回る。

「今から俺がやるのをよく見ててね」

 そういってから俺は、正面にある中距離くらいの的に射撃をして、マガジンのちょうど半分くらいになった所で、AIM先をテツに変える。

「うっわっっ!」

 急に自分が撃たれ始めて驚いたテツが、声を上げた。

「俺がそこに立つから、テツにはこれをやってもらいたい」

「なんですかこれ?」

「テツは前線に出るタイガのサポートをするのが自分の仕事だって言ったでしょ? でも、テツ自身が射撃すればテツの居場所も敵にばれる。そうすると近くにいる敵はテツを狙ってくる」

「なるほど! そう言うことか!」

「そうなると、必要になるのが中距離を撃っている最中に近距離の敵にAIMを合わせる練習が必要になるんだよ」

 リコイル練習だけなら、1人でもできる。だけどより質の高いことをやろと、するにはちょっと物足りない。この練習は、もともと前にやっていたゲームで俺が練習してたやつだ。
 その時は、スコープを覗き込んだ時と腰撃ちのときの感度の違いに慣れるためにやっていたことだ。

「だけど、近距離の敵は止まっていても意味が無いから俺が的になるよ」

「でも、それだとその間ヴィクターさんは何もできなくないですか?」

「いや、大丈夫。横目でアーカイブ見ながら適当に動き続けるから」

「了解です。ありがとうございます」












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