銀色のクマ

リューク

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 どうしてみんな離れていくの? あたし、何にもしていないよね?

 パジャマに着替えベッドの上で横になり、両手で持っているクマのぬいぐるみに心の中で問いかけた。クマは当然のように口をきいてくれない。みんなと一緒だ。指の力をフッと抜き、クマを枕元に落とした。窓の向こうには真っ
黒な夜が広がっている。お風呂上がりでほてった体が、徐々に冷やされていく。

 どうやっても元どおりに出来ないのかな。でも、それも小学校までかもしれない。もうすぐ中学生になる。中学校には今よりもたくさんの生徒がいる。新しい友達もきっとできる。今の小学校よりずっと楽しいはずだ。あと半年弱、それまでじっと待っていようかな。そう考えようとすれば、少し呼吸が楽になった。

 トイレに行きたくなり、体を起こしてスリッパを履いた。すると机の脚元で銀色に光るものが視界に入った。グウッと体が緊張する。探すのを諦めたのがいつだったか思い出せない。でも形や色ははっきりと覚えている。そろりそろりと机に近づいてしゃがみこむ。左手を胸に当て、右手を伸ばす。だんだん鼓動が速くなるのが分かる。そして何度も祈る。これは銀色のクマ。あのストラップの、銀色のクマ。

 親指と人差し指でつまんで、バッと目の前に持ち上げた。銀色のチェーンの下には、人気アニメのキャラクターである太った猫がブラブラと揺れていた。いつか奈美と一緒にキャラクターのグッズショップへ行った時、ポーチを買ったオマケでもらったキーホルダーだ。原作とあまりに顔が似ていなかったから、袋から開けた瞬間に二人で大笑いをした。大したことでもないのに、不思議とお腹が痛くなるまで笑えた。周りの人が怪訝な顔をしてこちらを見ていても気にならなかった。あたしが太った猫の顔のマネをすると、奈美はポニーテールを揺らしながら、口に手を当てて笑い声を必死に抑えていた。

 記憶が呼び起されるのと同時に、言いようのない息苦しさが襲ってきた。キーホルダーを机の上に放り投げる。だめだ、まだ苦しい。ランドセルをひっくり返して、スマホを取りだした。もう少し力を入れたら壊してしまいそうな勢いで画面を叩く。さっき窓越しに見た夜景のように真っ暗だった。いくらやっても光がつかない。充電が切れていた。レースゲームでずっと使っていたからだ。

 埃のついた電源ケーブルを差し込み、充電を始める。電源ボタンを長押しして起動させ、メッセージ作成画面を表示した。指の震えが止まらない。何度も打ち間違え、何度も打ち直す。

 『奈美。ごめんなさい。ゴミ係押しつけたり、一緒にパン屋に行くの断ったりして本当にごめんなさい。あたしのこと嫌いになったよね。あたし、他の女子が恐くて奈美に話しかけられないけど、やっぱり奈美と一緒じゃなきゃ淋しいよ。勝手なこと言っているのは分かってるけど、でもやっぱり奈美とまた遊びたいです。 茜』

 絵文字の全く無い、殺風景なメッセージを打ったのは初めてだった。深呼吸をしながら何度も読み直し、宛先が奈美であることを確認して送信ボタンを押した。

 スマホを机に置き、ストラップを探し始めた。引き出しの奥や棚の後ろにある物をどんどんかき出す。トイレに行きたかったのも忘れ、空き巣のように部屋を散らかしていった。

 何が「中学校に入ったら楽しくなる」だ。今と同じくらい、いや、今よりつらいに決まっている。他の小学校から上がってきた人に、クラスメイトがあたしのことを話すかもしれない。周りに大勢の生徒がいる中で、三年間ずっと一人ぼっちかもしれない。そしてそのまま大人になっていくかもしれない。だんだんと目が熱くなってきた。さっきドライヤーで落ち着かせたくせ毛を、くしゃくしゃになるまで掻きむしる。

 ヴーヴー。ヴーヴー。

 妙な音に驚いてビクッとした。振り返って机を見ると、スマホがピンク色の光を点滅させ振動している。そうだ、スマホのバイブレーションだ。久しぶりに聞く音だったから、気づくのに時間がかかった。

 返信がきた。

 ゆっくりと机に近づき、スマホを手に取る。もう振動はしていない。静かに画面をつけた。新着の通知を知らせるアイコンが表示されている。

 目をかたく閉じた。懐かしい奈美の言葉。恐かった。でも待ち遠しかった。充電のせいか、別の何かか、スマホが熱を帯びているように感じる。いつもの動作を思い出しながら指を動かし、長い深呼吸をした。まだ夜と同じで真っ暗だ。しかし瞼の力を緩めると、スマホの放つ白い光が感じられた。そしてそれに導かれるように、ゆっくりと目を開いた。

 メッセージを送信できませんでした。相手ユーザーがアカウントを削除したか、ブロックされている可能性があります。

 バンッ。

 画面を叩く音が部屋に響く。スマホが直線を描き、クマに叩きつけられた。
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