京都モノノケ恋愛譚

しみのん

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藤と桜と紅葉の顛末

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 第一幕
藤と桜と紅葉の顛末

【一限目 幼馴染のもどかしさ】

  春の京都、左京区辺りを歩く男子高校生の四人と女子高生八人の群。
堀高の九條兄弟と言えば大体出てくるのは『何であんなヤンキーと爽やかが双子の兄弟なんやろ』だ。

  九條兄弟長男、九條信也はこの街ぶっちぎりアンタッチャブルヤンキー、高三。
 九條兄弟次男、九條克也は爽やかアッサリサッパリ高校生、高三。
 九條兄弟三男、九條直也はどこまでも明け透けな性格、現在高二。
 そして残る九條兄弟四男、九條拓也はどうしようもなくやる気の無いヤンキーである、同じく高二。

『お貴族に産まれても、面倒しかねぇ』
『名ばかり貴族でも、それはそう』

 九條兄弟はとにかくヤンキーとそうでもない両極端が双子なのだ、そしてヤンキー側の奴等はどうしようもない程に荒れていた。
そのどうしようも無さは果てしなくどうしようもないから、京都というで街で有名になってしまった。

『顔だけなら良いのに性格がまずい』

 独り歩きしたその風評すら、ヤンキー兄弟はどうでもいいです勝手に言っとけ、と、なんと初恋を未だ拗らせていたのだ。

  九條信也が本当に好きなのは、岬 美希(みさき みき)という横を控えめに歩く、明らかに清楚でモテそうなボブの似合う幼馴染。
 九條拓也が初恋を拗らせたのは、愛染 命(あいぜん みこと)と言う少しあどけなさを残したロングヘアの可愛らしくて小柄な幼馴染。

 このヤンキー達は基本的に口が悪過ぎる。
兄弟の克也と直也が「その辺でやめてやれ」と、ストップをかける程には不器用であった。

「美希、おい、聞いてんのか」
「あ……ノブ君、どうしたの」
「どーもこーも、ねーわ。ったく……いっつもぼんやりしやがってよ、寝てねぇんか」
「そういう訳じゃ……なくて……」
「ねぇんなら下向いて歩くなよ、こっちまでシケる」
「……ごめんね、ノブ君」

 信也は美希に対して少なくとも恋心が捨てられないまま本心を伝えずに高校三年になった、しかし信也の心は常に変わらず、誰彼構わずこう述べ必ずフった。
拗らせた奴はどこまでも面倒なのだ。
『俺が一番好きなのは昔から変わらねぇから』
結論、信也は美希にしか興味が無い。
たまに美希へちょっかいをかけながらも、好きです付き合って下さいが言えないチキン野郎なのだ。


「みー、おい、みー! こっち歩け!」
「たっくん、ありがと、優しいね」
「やめろってそれ……いや今更無理か……ま、ただでさえちんまいんだから車道側歩くな」
「み……命、小さくないもん!」
「いやちっせぇ、ミリとかセンチレベルで」
「たっくんがおっきくなりすぎただけだもん!」
「おま、俺の身長コンプレックスどつきやがって!」
「たっくん大きくなりすぎだよ!」
「185センチ……俺も嫌です……」

 拓也はあまりにも命が好きで仕方なかった、おそらく小学生の頃から恋心は自覚していた。
あどけないあの子は、高校生になってから変わらないまま綺麗になった。
命へ話しかける男子に対して明らかに敵対心丸出しの目線を送るので『多分一番面倒臭い九條』とすら言われていたのだ。

「ノブ、相変わらずミキちゃんに対して辛辣」
「かっちゃんと逆だよね、何でなんだろう」
「ゆき、考えてみ? ノブだぞ? 捻くれノブ」
「ノブ君、美希ちゃんの事大好きだよね」
「病気レベルで、ビョーキだビョーキ」

 克也は彼女の凪澤 由紀(なぎさわ ゆき)へ暖かいカフェ・オ・レを渡しながらぼやいた。
克也はもう自分を偽れない性格が故にさっさと由紀へ『好きです付き合ってください』をしたから今が存在する。

「タクは、なんつーか、可哀想」
「タク君、素直じゃないもの」
「大昔はすげぇ素直だったのになぁ……」
「何でなんだろ……」
「らんちゃん、それはオレもわからないやつ……」

 背後を歩く直也と愛染 藍(あいぜん らん)のカップルはまだ春先の肌寒い道をぷらぷら歩いていた、ヤンキー共のあまりにもの不器用さに温かいコーヒーが沁みる。

「おいノブ! クソのノブ!」
「あんだよ白露、声でけぇ」
「いい加減お前、優しい発言できないんか!」
「無理」
「……殴る、ミキの名誉をかけてブン殴る」
「あ?……んだとコラ、やんのか、やるんか」

 ネイルゴテゴテ、髪セットバッチリのギャル科ヤンキー目であるこれまた幼馴染で九條家親戚の永田 白露(ながた しらつゆ)が、吠えた。
爆速クロスカウンター、そしてドロップキックからのもみくちゃ。
多分、京都で信也に真っ向勝負をかけられるのはこのいとこの同い年のギャルだけだ。

「しらー、手加減すんなよー」
「しねーしねー! 泣かすまでバチボコにやっから!」
「へあ……おもろ……ふへっ……」
「や、面白くねぇから、つか動画撮るな!」

 永田 叢雲(ながた むらくも)、姉妹のやはりギャルってるギャル。
チャラチャラしている見た目の割にしっかり者。
恐ろしく飄々とした、気持ちのいいギャル。
克也と由紀は叢雲のいとこでありながらもどこか良き相談役である。

「むらちゃんはやめたげて」
「むらちゃん、むらちゃん! ダメだよ!」
「あれは野生と野生の戦いだから即ち自然」
「うおっ……辛辣……」

 克也は叢雲には一生頭が上がらない程助けられて来たのだから黙ってその戦いを眺めていた。
スマホで何故か『場外大乱闘スマブラ』とテロップが入っている動画を眺めながら、このカップルは叢雲の強かさとか機転の効かせ方はおかしい、と、どうして白露はルーズソックスなのにここまでアクロバティックに動くのかを観察していた。
しかも加勢した叢雲はあろう事か信也の軟骨ピアスを引きちぎろうとしており、信也は必死で『それはあかんそれは』と、張り付いた叢雲を剥がすのに必死であった。

 永田姉妹双子の下、永田 嵐(ながた あらし)と永田 泉(ながた いずみ)は拓也と命の噛み合ってなさそうで噛み合っている会話を見て会話を続ける。
彼女達も大雑把に言えばギャルなのだが、どこか清楚な空気を纏っている。

「いずみ、あいつら、付き合ってないんだよな」
「付き合ってない、あれで付き合ってない」
「付き合えよ……みこちゃん可哀想だわ……」
「あらし、タクはチキンなんだよ、クリスマスに出てくるやつじゃなくてコンビニの」
「あー、爪楊枝の方かー、だな」

 コンビニチキン会話を聞いて思わず笑う直也と藍、思わず反応する拓也。

「誰がからあげ君じゃ!」
「お前だよ」
「拓也だよ」

 左にピアス開けまくっている、不良チキン。
しかしどこまでもどこまでもピュア過ぎる。

「タク、わかりやすすぎる」
「ナオ、お前それはいらん解説」
「いるでしょ」
「いらんわ!」

 くしゃみをした命へ自分のネックウォーマーを被らせつつ吠えられても、説得力はない。
付き合えない二組と、付き合っている二組。

 春先の風は冷たいのに、どこかくすぐったい。
始業式の帰り道、京都のどこか、そしてこの三すくみの奇妙な関係はどう転ぶのか。
そして信也と拓也は素直になれない自分を恨みながら目の前の大好きな女の子へ不器用なりに『好きだ』と伝える方法しか、解らなかった。 


 少し、この九條兄弟についてを語る。
九條の鬼憑と呼ばれる、噂がある。
どのような鬼なのか、そしてどのような恐ろしさを持つのか、彼等自身も実はわからない。
永田姉妹という『鞍馬大天狗鬼一法眼直属の天狗姉妹』がストッパーになり、上手くその荒い本性は秘匿され続けている。

 彼等曰く『別に鬼になっても、ならなくても、どうせ好きな女の子は好きなのだ』という、至極真っ当な理由から、彼等は恋を持ち続けていた。

 そして、ひとつだけ言える事がある。
この兄弟と女の子達、そして鞍馬のギャル天狗達は大昔から因縁めいた末路を辿っていた。

 信也と拓也が酷く不器用なのは、その因縁から通ずる恐怖が根本的にあるからだろう。
それは追々、話さなくてはならない。

 今の彼等はただの高校生。
不器用で優しくて少し、切ない恋が、また始まっただけだろう。

 今はただ、春先の風に吹かれながら、遊びつつ帰路につくこの彼等を見守る方が好ましいだけ。




【二限目 春風が邪魔をする】

「愛染命よ、ツラを貸せ」

 目の前のどでかいヤンキーが名指しで命を指名した。
指名された方も呑気に『どうしたの?』と返すのに、彼等はなんと付き合っていない。

「タク……カツアゲみたいにみこちゃん呼ぶな……」
「何あの新手の脅迫」
「あれで付き合ってないんだもんなぁ」
「みこちゃん、そういうところ強いから」

 直也、嵐、泉、藍が昼ごはんを食べつつ拓也に白い目線を送る。
拓也は拓也でさっさと命を引っ張って去った。

「大丈夫かなぁ、みこちゃん」
「多分大丈夫よ、ナオ君」
「何せ相手がアイツだからな、そーじゃん」
「謎の安心感ってこういうやつだっけ」

もうお菓子の袋を開けてしまった四人はお菓子をつまみながら命の身の危険は及ばないと確信していた。


 *


「あー……疲れた……ヤンキーの振り疲れた……」
「たっくん、お昼食べようよ」
「……食う……」

 屋上にて。
ピンク色のカーディガンと学ランパーカーが座り込んでいる。
思った通り、カツアゲも無ければ恫喝すら無かった。
むしろ疲れ果てた拓也に命はどこまでも優しい。

『俺は、こんないい子に恋していい訳?』

 たまに拓也の中で蠢く葛藤。
拓也自身が自問自答を何度も何度も繰り返した、命への釣り合わない自分。

「最近、元気ないね」
「え……あ。まあ、な」
「昔みたいに、笑わなくなっちゃったね」
「それは……解決しない悩みがあるからだろ」


 *


 昔、それこそ小学生の頃、拓也は穏やかに笑う男の子だった。
それはたしか中学生の頃に消えた。
ちょうど拓也が荒れ出した時期だった。

 中学三年の頃、命へ付き合って欲しいと言う男子を偶々、拓也は見かけた。
困る命にグイグイ押してくる奴へ、拓也は酷く純粋に嫉妬をしたのた。

 ――俺が、俺が今一番大切な女の子に、何を厚かましく……お前に何が、解るんだよ――

『九條弟なんか振ってやれって』

 それは拓也の怒りの引金を引いた言の葉。
教室のドアをいきなり蹴り開けて、無表情で相手の胸ぐらを掴んで『お前、今、命の事バカにしただろ』と低く唸って相手を投げ捨てた。

「き、九條弟……!」
「黙れ下衆、みーに二度と触るな」
「な、何だよお前! いきなり!」
「だから黙れっつってんだ……謝れ! 謝れよ!」
「……は? お前、なにを……」
「嫌がってんの見てわかんねぇのかよこのクズ!」

 無理矢理命の手を引っ張って、教室を去った。
命はぽろぽろと手を惹かれながら泣いていた。
また拓也に迷惑をかけた事、そして拓也がしっかり自分を見ていた事へ。
拓也は一見不良なのだが、恐ろしく頭の回転が速い。
そして見た目も綺麗な顔立ち。
怖さは否めないものの、人気は高かった。
そういう男の子がこんな自分を見ていた事に、命はただただ嬉しくて堪らなかった。

 いつか好きだと伝えたいのに、伝えられなくてもどかしくて。
 それはお互いの領域の中での共通した悩み。
 お互いに伝えられない、大切な感情を抱いて眠る。


 *


「俺は……俺の中で決着付けにゃならん事から、逃げてんだ」

 屋上の風に消えるような声で、拓也は呟いた。

「どうせ出来損ないだから、な」

出来損ない、そうして拓也は自らにレッテルを貼ってしまうような脆さすら持っている。

「そんな事、そんな、事、ない!」

 ピンク色のカーディガンの女の子は、初めてここまで語尾を強めた。
パーカーの不良は、驚いた顔でその泣き顔を見つめる事しか出来なかった。
セーラー服の襟が、春風に吹かれている。

――俺が春風を好きになれないのは、きっと、いい思い出がないからだ。

「……みー……どうして……」
「あなたは、あなたは……本当は凄く賢くて凄く思いやりがあって……すごく優しいのに、そんな事……言わないで……」
「……それでも、俺は……」
「何の為に、何の為に! たっくんを追いかけてこの高校に入ったのかも、わかんなくなっちゃうよ!」

 止まらない涙が溢れて流れて、この子は枯れてしまうかもしれなくて。
拓也は命の手を引っ張り、自らの胸の中へ誘った。

「今は、それしか、出来ねぇや……ごめん」

 懐かしい匂い、それはもう随分と昔の鮮やかな記憶。

「今は少し、無理だけど、それでも俺からどうしても言わせて欲しい言葉があるから」

『だから、必ず、待ってて欲しい』

 お互いの恋心には薄々気が付いていた。
それでも確証が無かった。
その薄い理由だろうがどうでもよくて、拓也は命を精一杯護りながら、命は拓也を励ましながら、お互いの大切さを重ねた。


 *


 たしか命と藍が小学三年生頃だっただろうか。
『貴女達には許婚がいるのよ』
突然の宣告に、愛染姉妹は驚き戸惑った。

『わたし、ナオ君が、好きなのに』
『どうしよう、たっくん、置いていけないよ……』

 連れて行かれた屋敷の門前にはひとつ上の美希と由紀も暗い顔をして立ちすくんでいた。

『みきちゃん、ゆきちゃん……』
『みきちゃんも、ゆきちゃんも、そっか……』

 四人の少女達は不安で張り裂けそうだった。

『ノブ君に、好きだって、言えばよかった……な』
『かっちゃん、かっちゃんの事、忘れられない……』

 屋敷の重い、大きな門が、開いた。
本当は開いて欲しいとも、思えない。

『御目通りを』

不思議な家紋の紫の垂れ幕を見る事しか出来ない四人は、グッと唇を噛み締めた。

 簾が上がる、心拍が上がる、不安で全てが迫り上がる。

 ――その簾の裏には思わぬ男の子達が居たのだ。

「みき……ちゃん?」
「ゆきちゃん? ゆきちゃんなんだよね?」
「……らんちゃんごめん! 騙しててごめん!」
「……ごめんね、みーちゃん、怖かったよね」

 古い平安衣装に身を包んだ九條四兄弟が、本当に好きな人が、そこに居たのだから。
四人の少女達は振袖でも構わず、わぁわぁと泣いた。

「ノブ君、ノブ君! 怖かったよ、辛かったよ、苦しかったよ!」
「かっちゃん、本当にかっちゃんね……かっちゃんなのよね……ごめ……ん……ね……疑って」
「……ナオ君、謝らないで……どこか怖かった、でも、信じて良かった……だよね?」
「……たっくん、怖かったよ、たっくんでよかったよ、みーは、男の子が……苦手だから……たっくんで、よかった……よ……」

 信也は美希を無言で抱きしめ、克也は困ったような嬉しいような笑顔で由紀の手を取り、直也は藍の本当の強さに救われて、拓也は困ったような照れたような不思議な顔で笑いながら泣いていた。

 九條の鬼憑に娶られた際には地獄を超えて幸せを掴める、という不確かな話がある。
それは大昔の藤原からの家分けから伝えられる、不思議で確証のないながらも先代達が護り続けた真実。

 ひとつ、藤原の水鬼。
 ひとつ、藤原の風鬼。
 ひとつ、藤原の金鬼。
 そして、藤原の隠形鬼。

 歴代の鬼憑達は妻だけを愛して、側室を拒んだ。
鬼憑の特徴としては『稀類なる頭脳と力』が存在するという。
初めて顕現した鬼憑、辿れば鎌倉時代の九條達もまたその様な選択をしたのだと言う。


 *


「春は好きじゃねーんだ」

 もう五限目が始まっても、拓也と命は寄り添って屋上で話を重ねていた。
「俺の中でずっと辛かったのが、春だから」
「そっか……」
どこか余所余所しくもかくある様に二人の距離は近かった。

「初恋って言うんかな? それが裏切られたり、やたら眠かったり、あんまり気乗り、しねーんだわ」
「そっか、そういう時って、どうするの?」
「うーん……寝てる、で、不思議な夢見てる。みーが絶対に出てくる夢」
「そっか……」
「なんか普通に俺達、暮らしている夢、なんかな、コレ説明しづれーんだけどな」

 拓也のグレーの髪は昔から、彼は別にそのままがグレーの髪色なのだ。
春風に揺れる襟足が、長い髪が、二人を弄ぶ。

「説明したっけ、鬼憑の話」
「……うん」
「俺は、多分、それ」
「……うん」

 少し暗い顔をした命に、拓也ははっきりと答えた。

『別に俺が鬼憑だろうが、なんだろうが、態度を変えないみーに、俺は感謝してる』

 二人の距離は、着実に縮まっている。
実際の距離はまだわからないながら、縮める為に会話をしている。
拓也だけ、命の事を『みー』と呼ぶのは、そういう事だろう。

 ――大嫌いな春だろうが、どうせ夏は来るから。



【三限目 春眠に君を映す】

「う……あ、うわ……放課後かよ」

 信也だって春が苦手である。
誰もいない三年の伽藍堂の教室で目が覚めた。

「……いきなりやっちまった……」

 大きな溜息一つ、リュックにガサガサと荷物を詰めていると控えめにドアが開く。

「……起きた? ノブ君」
「……美希?」
「これ……飲む?」
「あ、ああ……ありがとさん」

 夢の中で君の事を必死で追いかけていた、だなんて口にも出来ない信也は、黙って美希が買って来てくれたスポーツドリンクを飲む。

 ――春に見るお世辞にも良い夢ではなかったしな。

「な、美希」
「……どうしたの?」
「俺……美希に対してさ、あんま優しくねーじゃん」
「……中学生から、そうだね」
「……なんで美希は……俺を見捨てないの?」

 信也の長い前髪の下は恐らく、瞳が曇っている。
本当は見捨てられたくない、本当は見捨てて欲しいとすら思っていない、本当なら心底欲しくて堪らない。

 ――俺の、大切な初恋に、下手な真似したくないから、な。

「……ノブ君」
「……何?」
「ノブ君、モテるって知ってた?」
「いや……自覚した事ねぇわ」

 ――どうせ俺は美希しか見てねぇし

 本当に出したい言葉を飲み込む、関係性を崩したくはないから。
瞳の底の『見捨てないで欲しい』という本来の自己肯定感の低さが、前髪越しに揺れる。
長い前髪から見える恐怖感を拭えないまま、信也は美希の瞳を見つめた。

 信也の瞳は少し日本人離れをした、深い青。
彼が鬼憑だという、証拠。
それすらコンプレックスになって、自らが嫌いになって、人に辛辣に当たるようになって、勝手に不良にされて。

「ノブ君の、深い青い眼……私は好きよ」
「え……あぁ、あんまり、見せたくねぇんだ」
「……そっか、じゃあ、おまじない」

 左に前髪を寄せて、美希は信也にヘアピンを刺した。

「ちょ……何す……やめろって……」
「……ノブ君、自信を持って」
「……何の」
「ノブ君はさ、ああやって人を寄せ付けないけれど」

『ノブ君は誰よりも賢くて、責任感があって、本当は寂しがり屋さんで、それでも一人で立っているの、すごくカッコいいと思うよ』

 ――嗚呼、だから俺は君が好きなんだ。

「美希、なぁ、一回しか言わない、だから」
「ノブ君……?」
「お願いだから、聞き漏らすな、お願いだから」

 信也は美希の頬に手を当て、本当の自分の弱さも本音も全て隠す事を辞めた。
信也の瞳から一粒の涙が流れる。

「俺の初恋は、ずっと美希なんだ。俺は夢でずっと美希を追いかける夢を必ず春に見る。無茶苦茶言ってると思うだろ、嘘じゃねぇんだ、嘘一つねぇんだ。その夢ってめちゃくちゃ苦しいんだ、理由もわかんねーのにずっとずっと苦しんで、美希を追いかけるんだ」
「……えっ……ノブ君……?」
「お願いだ。俺を見捨てないでくれ。今度こそ俺は、美希を護り切るから、だから、だから……お願いだから、俺の側から、消える真似なんか、絶対に、許さねぇ。今度こそ……絶対に許してやらねぇ!」

 最後は絶叫に近かった。
信也は美希の瞳を、深い青色を誠実に向けた。

 怒り、悲しみ、喪失、恋慕、憧れ、愛情。
感情としては滅茶苦茶な告白を叩きつけた。

「ノブ……君……」
「ああそうだ、ずっとそうだ。俺は美希しか欲しくなんかねーんだよ、あの時の謁見から俺がグレだ時から、美希は俺になんだかんだで喰らいついて来た、こんな進学校の不良になったって成績はキープした、美希を護りたいってだけで俺は立ち続けて来た」

 放課後の教室の窓のカーテンが揺れる、二人の心は更に揺れる、信也の生々しい気持ちに初めて触れた美希はどういう顔をしたらいいのかわからない、信也は真っ直ぐに美希を見つめて自分の汚い部分すらぶつけている。

「あのね、あのっ……ノブ君、あのっ、わたし」
「……言うんじゃねぇ!」

 いきなり顔が近づく、ああこれはキスなんだと思うまでに少し時間がかかる、どこまでも真っ直ぐでぐちゃぐちゃになった気持ちをぶつけられた美希は、涙が溢れて止まらなかった。

「美希、好きだ。俺は美希が好きで仕方ねーんだ」
「あ、のっ……何で、どうして……意地悪ばっかり」
「……んなの、照れ隠しに決まってら」

 細い身体を長身の身体が包む。
信也の心臓の音が聴こえる、本当に聴きたかった音なのだろう。

 彼の学ランからは、学校一不良なのに、どうしても安心する匂いがする。
彼女のセーラー服の首筋からは、懐かしい匂いがする、女の子の匂いでどこか安心する、匂い。

「もう、お互い、素直になろうや」
「……う……ん……」
「俺はどうせ美希しか見てねぇ、美希だって俺の事が好き、それでいいだろ、どうせそうなんだから」

 彼女の柔らかい髪の匂いを確かめながら、彼女の体温を感じながら。
彼の不思議な色した瞳が優しく見つめる、おまじないと言いながら触った銀色の髪は柔らかくてふわふわしていて。

 皐月が近い、風の匂いに草の香り。

 ――俺は、春がやっぱ苦手だわな。

 それでも、初めて大好きな女の子へ気持ちを伝えてしまった以上、春の色はよく言われる様に青いのだろうか。
信也と美希は、こうしてお互いの本音をぶつけたのだから。

「美希、なぁ、寄り道しねぇ?」
「うん」
「寄り道しながら話すのも、悪くねーんじゃね?」

 信也の顔は穏やかなまま。
 美希は夕焼けみたいな顔色で。
 二人の因果はまた、かくあるべくして廻る。



【四限目 自我持つ呑気】

「なんかノブ、ちゃんと気持ち言ったらしいな」
「え! ノブ君が!」
「あいつ自己中な癖してマジ本音言わんからな」
「でもそれって進歩でしょ?」

 京都のとある喫茶店。
克也と由紀は放課後をエンジョイしていた。
目の前に置かれたバカみたいな大きさのコーヒーが二つ。

「かっちゃんもあんまり本音言わないよね」
「え、ウッソ、ゆきには本音しか言わんけどオレ」
「それはそれ、かっちゃんはなんだろう、言うべき時と黙る時がわかる人だから」
「超ナチュラルに生きてたからわからんかった……」
「……かっちゃん……」

 克也は九條の家の中でも割と自由自在な自由人ポジションである事を自覚していた、しかし兄と弟にヤンキーが存在するので自然と『忖度』というスキルが付与されていた。

 奇しくも信也と克也は双子である、故にお互いの美点悪点ぐらい知っている。
克也に言わせれば『ノブはアレ、超自己中なのに超自己肯定感ない超完璧主義者』らしい。
一方で信也は『カツは世渡りめちゃくちゃうまいわ、もうセンスだろセンス』とボヤく。

「はー、しかしテスト明けが一番気持ちいーわ」
「ノブ君多分また一位よ」
「そーなんだよなぁ、で、オレが僅差で二位」
「すごいと思うけど……」
「いやすげーんだけどさ、すげー事だよ、ただムカつくんだよなぁ、ビジュアルがクソヤンキーなのに賢いって何?」
「かっちゃんの僻み、初めて聞いた……」

 克也は基本的に悪口だの陰口だのは嫌う。
『どうせ遺恨しか産まねーの』ととっとと逃げる。
その克也を悩ませる人間とは兄の信也なのだ。
自己中なのに自己肯定感ドンゾコで恋愛感覚がやや狂ってるから余計にわからないらしい。

「んでさ、ノブの奴、ミキちゃんからもらったヘアピンが家宝らしい」
「え! ちょっとかわいい」
「だろ、病んでるわアレ」

 ナハハ、と、兄貴を笑い飛ばす克也も克也である。
ゆきにもオレはなんかかわいいなんかあげてぇなぁとボヤく。

「かっちゃん、そんなのいいよ……」
「えー、ゆきかわいいから更にかわいくしたい」
「何なのもう!」
「そういう時の永田ギャル共だろ」

 そしてタイミングの良いギャル達は喫茶店のドアを勢いよく開けて『奢りと聞いて』と勝手に由紀の横に着座する。

「しらちゃんにむらちゃん!」
「よーす! テスト惨敗! ワハハ!」
「フタケタあったら褒めて」
「いや……逆にどこ解いたんだお前ら」

 二人のギャルは顔を見合わせて『数学は全部2って書いた』と大爆笑する。
克也は「いやねーわ……待て、あったわ何個か」と真面目に解説を始めた。

「っしゃ! やりぴー!」
「うっし! フタケタもらぴー!」

 ハイタッチをする永田白露、永田叢雲、侮れないギャルである。
彼女達は授業中やたら静かに寝ているか、爪に色を塗っているのでそこまで害悪でもないから害悪だ。

「で、カツよ、アレをやるのか?」
「そのためのウチらだろう?」

 テーブルにはバカ超えたナパームレベルの飲み物が置かれた、多分ミックスジュースだろう。

「何のためにギャルはこの世にいるのか考えろ」
「最早愚問!」
「オシャレを布教する為に存在するのがギャル!」
「はい模範回答あざしたー、つーか飲むの早ぇよ」

 ナパームミックスジュースは半分まで減っている。
ギャル恐るべし、恐るべしギャル。
なお何故進学校に入れたのかは永遠に謎である。

「とりあえず髪巻こう、ふわふわに」
「いいチョイスだな!」
「んで、かんわいいヘアアクセ?」
「よーしカツ、お前の注文は?」

 本人の由紀が完璧に入れなくなっていた、克也は遠い眼をしながら『なにしてもゆきはかわいいから』、と、謎の後押しをする。

 ――三十分後。

「おー、おおー! これは! いいな!」
「は? アタシら天才か?」
「しらちゃん、むらちゃん……どう?」

 遅れ毛を少し巻いてポニーテールに赤いシュシュ、勿論ポニーテールはくるくるふわふわ。
シュシュには赤いリボンがついている。
メイクは実に清楚に寄せた。

 克也は黙って親指を立てた。
『最高にかわいいです』
勿論一言も克也は言葉を発していない。
出さなくても理解できるのは『好みです』という溶鉱炉に沈む克也だった。

「あっ、シュワちゃんガッツ」
「これは……ユキ、成功だ!」
「そ、そうなのかな……かっちゃん、どう?」

 もじもじする由紀、もう克也は限界を超えた先にいるのだろう。

「かわいいものはかわいいからかわいいんだよ!」

 ちなみに台バンして力説する克也の偏差値は只今5である。

「そしたら? どうする?」
「練り歩く? そぞろ歩く?」
「許可!」
「え、ええええええ!」

 こうして西京極アーケードに彼等は繰り出した。

『あっ永田姉妹じゃん! え? 誰その可愛い子?』
『えー! 紹介しろよお前ら!』

 主にオシャレ極まったギャル達に由紀はモテた。
ただでさえ清楚、そこにひと匙加えた可愛らしさ。

「いーだろー、いーだろー! どーよ?」
「控えめにいってもバッチクソ可愛くね?」
「ふ、二人共!」
「オレは彼氏ですけどオレもかわいいと思う」
「か、かっちゃん!」

 おー、九條上の弟が彼氏なんかー、わかるわー、と納得する他校ギャル達と常にスマホのカメラを向ける克也と永田ギャル双子。

「こーれーは?」
「私服デート、アリだろ」
「し、しふく!」
「じゃーオレ、ここの店見たい」

 清楚系かつオシャンティな服屋を克也が逆指名した。
彼女に対する好きのベクトルが違うだけで克也も大抵変人領域だろう。

「あーばん……り……高いよ!」
「いーからいーから! ほらほら入る入る!」
「リキ入ってんなカツは」
「いやコイツも大抵アレだし」

 そう言う永田ギャル双子もノリノリである。
着せ替えゆきちゃんの散々ながらもオシャレ計画は夜の七時まで続いたそうな。



【五限目 元気溌剌礼儀礼節】

 直也と藍は基本的に性格が似ている。
では、何処が似ているのか。

 まず基本的に彼等はポジティブ側の存在だ。
その辺は流石克也の弟であろう。
直也と藍はジメジメしつつネガネガしている信也と拓也のダブルヤンキーすら肯定している。
多分ともすれば神経質に見られる彼等の事を『細かいところまで気がつけてえらい』と思う時点で相当ポジティブだろう。

 そして彼等は礼儀礼節が備わっている。
挨拶から箸の持ち方までテンプレートの様に綺麗なのである。
永田嵐、永田泉をもってして『あそこまで綺麗にサンマ食べるのは見た事がない』とびっくりされる。

 そして最大なる美点として『お互いの尊重』が流れている。
当たり前であろう。
カレカノだろうが、らんちゃんと呼ぶ直也、ナオ君と呼ぶ藍。
昔からの呼び方なので今更変えられないとは言うが、堀高の中でもほぼお手本カップルと呼ばれてしまう勢いなのだ。

 九條家には一派と二派と謎の属性がある。
基本的に根暗は二派に流される。
克也と直也は言わずもがな一派属性なのだ。
一応役割として将軍タイプが一派、執権タイプが二派なのだが、どう考えてもポジネガで分けられている。
逆に根暗なのにアンタッチャブルヤンキーが務まる信也と拓也が特殊過ぎる。

「おはよう」
「おはよう」

 これまたクセしか無い遠縁の土御門姉妹に挨拶が出来るのも天賦の才だろう。
長女、土御門 樹(つちみかど たつき)はポジティブ系ヤンキー、次女の土御門 惠(つちみかど めぐむ)はウルトラマイペース、三女の土御門 担(つちみかど にない)は太陽のギークキャラである。

「おっす! いやー気持ちいーな!」
「おはよう、良い朝だねぇ~」
「おっはよ~! 徹夜明けはキッツイな~!」

 人脈とは広げるものである。
ちなみに樹は信也とほぼ殴り合い寸前まで行ったらしい、どちらが勝ってもおかしくないアンタッチャブル達のアンタッチャブルゾーンのギャラリーの数は凄かった。
土御門姉妹は上から三年、二年、一年であるのでわかりやすく姉妹なのだ。

 お前よくあの姉妹に話しかけられんな……と、拓也が漏らしたが、感想として『え? いい奴だよ?』と返答する辺りが直也らしいと言えばそうである。
拓也曰くだが、惠以外はちょい無理なんだそうだ。

 色眼鏡は持たない方がいい、という事は真実である。

 クラスにはこれまた藤家の分家である鷹司兄弟が存在するのだが、彼等もそこそこなハッピーセットであるのだ。
鷹司 大輔(たかつかさ だいすけ)、鷹司 順輔(たかつかさ じゅんすけ)。
この兄弟もまた、圧倒的に太陽っぽい。
拓也はこの兄弟に関しては悪い感情がないらしい、数少ない『クラスでしゃべる奴』なので、兄として直也は安心をして見ていられる。
鷹司曰くだが『タクはそこまで好戦的じゃない、ただのスーパージェラシックパークだから』らしい。

 感想としてはかなりの最悪だが、よく見てるなぁと直也は感心をしてしまった。
事実的に拓也は命に関しては嫉妬心の塊である。

「大輔君、順輔君って人間観察が的確よね」
「うん、外した事ないからなぁ」

 まったまたぁ~、と、笑いながら会話を広げてしまうと拓也のダークジェラシーワールドが隅で広がる。
嵐と泉は『もう被害者を出すなよ』と注意する。
多分もう何回もやらかしているのでそこそこ学習能力がその部分だけないのだろう。

 彼等はハッピー貴族なのである、楽天家には楽天家が寄ってくる。
そしてキノコ栽培系の信也と拓也の肩身が余計に狭くなるだけだった。

「今日も元気に生えてるな! シイタケ!」
「シイタケってうめぇよなぁ~!」

 最早信也と拓也は鷹司のハッピーセット発言に言及を止めた、キリもなければ普通に力技で負けるだけだ。

「おうタク、で、いつ言うのん?」
「早くしねーと死人出るから早くしとけよ」
「お前ら……励ましてんの? 貶してんの?」
「タク、多分こいつら意識してないぞ」
「マジで……え? マジで? マジのガチで?」

 マジのガチなので悪気が全く無いらしい。
高校生っぽい雑な会話をする拓也も珍しいらしく、嵐と泉は安心してその辺を鷹司軍団に投げている。
藍と命と嵐と泉は心置きなく会話が可能となる故に。

「なー! 今度の土曜日みんなで買い物行こうよ!」
「あたしもいきたーい!」
「わぁ! 賛成!」
「いいの? 楽しみだね!」

 嵐が『姉貴達も誘おう!』と続けて盛り上がる女子高生達に少し妬いた拓也だった。

「お前は流石にさもしいわ」
「いやそれはいいやろ、許せよ」
「タクはちょっと落ち着いてくれ」
「少しだけ……3ミリいやな俺がいます」

 コイツどこまで……と、自己中なのか忖度なのか少しわかんね、と、大輔がデッドボールを投げたのもまあ無理もない。
そしてこいつらの平均身長は180オーバーなので余計にコソコソしゃべらなくてはならない。
 
 生卵の集中放火を拓也が浴びるからだろう。
その辺は弁えている直也と大輔と順輔であった。
直也は鷹司兄弟に対して全面信頼を置いている。

 結局のところ、持つべきものは理解者と第三者だ。
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