おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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2人の聖女編 〜ガリレア聖教会と2人目の聖女〜

314.おっさん、伝説の治癒師を考える

 ギルバートとロマが帰った後、俺達はベッドの上でゴロゴロしながらディーが思い出したという話を聞いた。
「ショーヘイと毒の話をして思い出したんですよ。ロイも覚えてるでしょ?」
「毒……。ああ!そうだ!それだ」
 ロイも毒と聞いて頭の中に引っかかっていたことを突然はっきりと思い出して声を上げた。
「聖女とか治癒師とかの話じゃないんですけどね」
 ディーは似ているようで似ていない話だと前置きを置いてから話し始めた。




 ジェラール聖王国からの侵略戦争が終わりを迎える頃の話だった。
 ドルキア砦から2日ほど南下した地点の丘陵地帯で互いに本陣を構え、数度に渡る大規模な衝突後に膠着状態に陥り睨み合いが続いていた。
 そんな時、獣士団の斥候部隊から、鉄鎖兵団の一部が人知れず離脱して南下したという情報がもたらされた。
 ロイはこちらの人員を割くための陽動かとも考えたのだが、その動きが陽動にしては地味なものであった。

 この時すでに戦争は公国側の勝利に傾いており、終戦調停のために動き出している頃だった。
 起死回生の一撃にしても、兵団の十数名だけでは何もしようがない。
 しかも、南下したとしても公国側に入るには崖が多い渓谷と、木々が生い繁る暗い森の中を手探りで進まなければならず、そんな危険を犯してまで侵入してくる理由もないと考えた。

 となると、南下した十数名は一発逆転を狙うというよりも、負け戦に直面して逃亡を図ったか、もしくは嫌がらせに近い役割を担っているか、どちらかだろうと思った。

 だが、ここでロイの直感が動いた。
 それは不安のような、怖気のような、気持ち悪さを伴っており、悪い意味での直感だと悟った。

 その直感に従いすぐに行動を起こす。
 本陣の指揮を魔導士団団長のエイベル、当時獣士団第1部隊隊長のグスタフ、騎士団第2部隊隊長ローガンに任せると、ロイ自ら機動力の高い騎士達を選抜し、ディーに治癒に特化した魔導士を選ばせ、20名の臨時部隊を作ると本陣を後にした。
 報告を受けてから1時間後のことで、ロイの迅速な判断に全員が素直に従った。


 南下した十数名の鉄鎖兵団兵士は、国境を越えるわけでもなく、深い森の中を彷徨いながら南下し続けていた。
 公国側の国境沿いの街や村々は、すでにあらかたの住民は避難しており、残っているのは住む場所を守るために残った住人と自警団、そして守護のために派遣された公国軍兵士だけだった。いくら鉄鎖兵団の兵士といえども、たった十数人で襲うことなど出来ない。

 ロイは全速力で敵兵士を追いながら、斥候部隊の伝達魔鳥から逐一報告を受け取り、その情報から最悪な結果を予測した。
 敵との距離が数時間差まで迫っている中、敵兵士が森の中で何かを探しているという報告を受けて、ロイは予測が正解だと判断した。
「これより南側にある街や村、全てに川水に触れるなと伝えろ!!」
 ロイの直感が敵兵士の目的を看破した。
 ディーもすぐに応え、魔導士に各村への高速伝達魔鳥を飛ばすように指示して自らも本陣へ魔鳥を飛ばした。

 敵兵士の探しているものが水源であり、毒を混入してその水源を利用する街や村の住人を殺すつもりなのだ。
 起死回生を狙ったものではなく、敗戦間際の報復に近い嫌がらせだと判断した。

 だが。

「聖王国側の居住区はどのくらいある!!」
「この先10、30km先に村が!さらに60km先には大きな街があります!!」
「そっちにも急いで連絡しろ!人命優先の緊急伝達だ!世界憲章の紋を使え!!」
 水源を利用しているのは公国だけではない。同じ水源から聖王国側の街と村でも水を引いて利用している。
 自国の住民までも死に至らしめようとしている行為に、ロイは怒りを爆発させた。

 ロイは部隊をその場で分け、ロイは3人だけを連れて水源に向かっている敵兵を追い、残りをディーに託して1番近くの村へ向かわせた。
 例え世界憲章の紋を掲げたとしても、敵国からの緊急連絡をまともに取り合うことなどしないだろう。
 公国側は味方からの緊急連絡によって被害は防げるが、聖王国側には甚大な被害が出るのは目に見えて明らかだった。
 一刻も早く水源に行き、敵兵士をぶちのめして毒の混入を止めなければならない。

 二手に分かれた臨時部隊はそれぞれが必死の形相で敵国の国民を救うべく走り出した。






 ベッドの上でゴロゴロしながら聞き始めた話を、俺は途中から起き上がり座って真剣に聞いていた。
「どう…なった…?」
「こちらの被害はゼロですが、聖王国の街や村ではそれぞれ100人以上が亡くなりました」
 ディーはその惨劇を目の当たりにして怒りと絶望を感んじたと目を伏せ、俺も想像を絶する光景だと黙り込んだ。

 



 
 二手に分かれてから2時間後、ロイ達は水源近くにいる敵兵士を見つけ襲いかかった。
 4人に対して敵兵は14人。
 だがロイは仲間に水源の毒の除去を命じ、1人で敵兵士全員を打ち倒した。
 怒りで我を忘れそうになる己の心を必死に抑え、その怒りの矛先を敵兵に向ける。
 仲間達はそんなロイの邪魔にならないよう、素早く移動して離れると毒の元の捜索にあたった。
 急襲される形で敵兵は陣形を崩しながらも、目的は達したと散り散りに逃亡しようとした。
 だが、ロイは逃げることも許さず、周囲の木々を簡単に薙ぎ倒しながら各個撃破して行った。ロイに追われ、逃げられないと諦めて対峙した時には一瞬でその圧倒的な力によって命を奪われた。
 死ぬ瞬間、目にするのは燃え上がる白い炎のようなオーラだけで、恐怖すら感じる前に倒されていった。

 ロイ以外の3人は岩の間から湧き出る水源が作り出す小さな川の中に、毒物が入った布袋を見つけると直接手で触れずに木の枝などを使って慎重に引き上げる。
 水を吸って重たくなった布袋からは濃い毒素を含んだドロドロとした濃い紫色の液体が染み出していた。
 3人同時に結界壁を展開して三重に包み込むと、持っていた袋に入れて証拠品として回収した。
 だが、水の中に置かれた時間は1時間以上であり、布袋から染み出した毒物は下流に向かって垂れ流されてしまった後だった。

 二つの村と遠く離れた街にも毒素が流れ込み、川の水を口にしたり触れた者が次々に倒れ、毒に打ち勝つ体力のない年寄りや子供からバタバタと死んでいった。
 ロイ達が飛ばした伝達魔鳥は、毒素が到達する前に村や街には到着していた。
 だが、やはり危惧した通り敵国からの情報を真に受けることをしなかったせいで、住民への通達が遅れ、多くの死亡者を出すことになった。


 毒の流出を止めてから4時間後、ロイは二つ目の村でディー達と合流する。
 村でのパニックは沈静化していたが、100名以上の死者が出て、さらに僅かに毒に触れた者達が苦しんでいた。

 そんな時、一組の夫婦が村を訪れる。





「まさか、その夫婦が伝説の治癒師?」
「いえ、そういうわけではないんです」
「治癒師じゃなくて薬師だったんだ。
 たまたま村にいる友人を尋ねてきて、惨状に遭遇した」
 ロイが寝転がったまま空中を見つめ、その夫婦を思い出そうとしていたが、5年前のことと緊急事態という状況から、はっきりとその姿を思い出すことは出来ずに顔をしかめる。
「60代くらいの夫婦だったな」
 唯一思い出せたぼんやりした印象から年齢を推察する。
「そのくらいでしたね。
 とにかくその薬師が凄かったんですよ」
 その夫婦は村の惨状を目の当たりにして、回収した毒物や症状から毒の種類を特定すると、持っていた鞄の中から調合の器材を取り出し、あっという間に解毒薬を完成させた。
 材料が足りなくなると、薬草を摂って来て欲しいと、発見方法や見分け方を的確に指示してくれたと言った。
「魔法を使って乾燥や粉砕、成分の抽出を行うんです。
 本当に早くて正確で、見事でした」
「あの夫婦のおかげでかなり命が救われたな。俺たちだけじゃどうしようもなかった」
 ロイがそう言って自虐的に笑う。
「薬師ですけどヒールも使えて、毒に触れてただれた手なんかも治してました。
 偶然あの夫婦が尋ねてこなければ、被害はもっと拡大していたでしょうね」
 その夫婦は夜通し解毒薬を作り続け、ロイ達で一つ目の村や街に届けたと言った。
「すごい人がいるもんだな」
 俺は悲惨な状況にも救世主はいるものだとホッとした。
「そんなにすごい薬師ならきっと有名なんじゃないのか?」
 そう聞くと2人は苦笑いを浮かべた。
「あの時は彼らがどこの誰なのかと尋ねる余裕もなくて」
「ようやく落ち着いて話をしようと思ったら…。いつのまにかいなくなってた」
「…いなくなった?」
「人知れず立ち去ったようで、探しましたが見つかりませんでした。
 名前も告げず、今となっては何処の誰なのかもわかりません」
「ええ~……」
 大勢の人を助けておきながら、名前も告げず立ち去るなんて奥ゆかしいにも程があると思った。
 せめて名前くらい教えてもいいのにと思ったのだが、すぐにその考えを変えた。
 戦争という状況下において、偶然居合わせて治療に加わっただけだ。そこで出会ったのは聖王国兵士ではなく、敵国のロイ達である。
 もしかしたら身の危険を感じた、ということも考えられると思った。
「治癒師じゃなくて薬師だったから、なかなか思い出せなかったんですね」
「薬師ねえ……」
 俺は話を聞き終わって感心したように答える。

 ロイもディーもたまたま話の流れから思い出しただけだと笑ったのだが、俺はそんな2人の言い方に妙な違和感を感じた。
 戦争中に毒を使うことは当たり前のことなのだろうか。
 話を聞いた限りでは、戦争中であっても大事件のように思えたのだが、2人はそう思っていないのか、あっさりと話が終わってしまった。


 その違和感を考えようとしたのだが、夜11時を過ぎて眠くもなってくる。
 戦争の話を聞いて、多くの人が理不尽に命を奪われた事実も心に重くのしかかっており、俺は暗く落ち込みそうな気分を忘れるために眠ることを選んだ。










 カレーリアに行く日が式典以降となったため、時間的に余裕が出来た。
 今は黒騎士からの情報を待つことしか出来ず、俺は今自分が出来ること、と戦闘訓練の帰り道に王宮図書室に立ち寄って、借りていた本を返しつつ、新たに医療関係の魔導書を借りてきた。
 瑠璃宮に戻ると、ちょうどロマから連絡が入っており、明日の午後から医療チームの研究会があると知らされた。
 この間の魔獣化治療の報告書が完成し、報告会も兼ねているとのことだった。


 昼食後は執務室にこもって本を読んで治癒魔法の勉強をしていたのだが、昨日の2人に感じた違和感を何となく思い出した。
 静かに本を閉じると、今日の担当であるアビゲイルに話しかける。
「なあ、アビー」
「なあに?」
 話しかけるとアビゲイルは嬉しそうにすぐに返事をしてくれる。
「聖王国との戦争について知ってる?」
「ええ。前線には出ていないけど、報告書は全部読んだわよ」
「その報告書の中に…。終戦間際のことらしいけど、毒の混入事件の話はあった?」
「毒?」
 アビゲイルは少し考え、読んだ報告書を頭の中で思い浮かべた。
「ああ…あったわね。ロイがいち早く看破したからこっちの被害はないけど、聖王国側ではかなりの死者を出したとか…」
 しばらく考えた後、アビゲイルの中で一枚の報告書の内容が引っ張り出された。
「酷い話よね。最後の嫌がらせみたいなことをして、自分達の国の人を巻き込むなんてね」
 顔をしかめ、ムカつくわ、とアビゲイルが言った。
「その報告書の中に薬師のことは載ってた?」
「ええ。偶然村に立ち寄った薬師が解毒薬を調合して救ったって」
「そっか……」
 俺が呟くように言い何かを考えるような素振りをみせると、アビゲイルも気になったのか姿勢を変えて俺を見る。
「それがどうかしたの?」
「ちょっと気になってさ…」
 はっきりと気になる点がわかっているわけではない。漠然とした何かが引っかかりもやっとしていた。

 そう。もやもやするのだ。
 輪郭がはっきり見えない、ぼやけた感じがして気持ちが悪い。

 その正体を突き止めるために、頭に浮かんだことをアビゲイルに質問した。
「戦争で毒が使用されることはよくあることなのか?」
「そうね。よくあるってわけじゃないけど、確実に相手を仕留めるために武器に塗ったりして、毒も使われるわよ」
「報告書にあったような毒の使い方は?」
「……それも、過去にはあるわ」
 アビゲイルは今回の戦争ではないが、過去において敵軍の野営地の飲み水に毒を混入するという事例はあり、その教訓から飲み水は水魔法を使用すると決められていて、さらに飲む前に必ず浄化魔法を使用すると言った。
 それを聞いて戦争においての毒の使用は珍しいことではないと把握する。
「じゃあ、5年前みたいに、一般人を巻き込むような毒の使用は?」
「それも昔はあったわよ。でも、あまりにも非人道的な行為だから、戦争に勝っても負けてもかなり問題視されるわね」
 その答えには俺もそうだろうと、うんうんと頷いた。

 戦争に関わる敵兵士を狙うのは百歩譲って目を瞑るとしても、関係のない一般人を巻き込んで死に至らしめる行為は人としてあるまじき行為だ。
 たとえ戦争に勝ったとしても、その作戦を考え実行した人は後世まで人非人として名前が残るだろうと思った。

「じゃあ、5年前も問題視された?」
「ええ。それはもう。
 流石にこの件は公国のせいには出来なかったけど、聖王国はそれも鉄鎖兵団が勝手にやったことだと責任を逃れたわ。
 当事者の村や街の人達は、まさか自分の国の兵士に殺されるなんて思いもしなかったでしょうね」
 さらに、住人には顛末すら説明されていないだろうと言った。
「酷い話だな」
「全くだわ」

 俺は何処に違和感を感じているのかが漠然と掴めてきた。
 無意識で唇に触れながら真剣に考え始め、アビゲイルは黙って見守ることに徹する。


 終戦間際という時期であること。さらにはっきりと問題視されるで大事であり、記憶に濃く残るはずなのに、2人はすぐに思い出すことが出来なかった。
 治癒師と薬師の違いだと言っていたが、そうは思えない。

 伝説の聖女、伝説の治癒師。
 そして人知れず消えた薬師。

 この3つには『治療』という共通点があり、さらに『身元不明』も同じだ。

 特にロイとディーの、薬師2人の説明も曖昧なのが気にかかる。
 どんな夫婦でどんな姿をしていたのか。覚えているのは60代くらいという漠然とした年齢のみ。
 この世界において見た目と実年齢が合わないことが多々あるから、当てにならない。
 つまり、当てにならない情報は記憶に残っても問題ないということだ。


 俺はここまで考えて答えを導き出した。



 ロイとディー、さらに関わった騎士達、実際に治療を受けた村人も、おそらく全員が精神系魔法で記憶や認識を阻害されている。
 操るタイプや認識阻害といった精神系魔法も万能ではなく、何かのきっかけで綻びが出来るというのは以前から聞いていた。

 2人がすぐに思い出せず、気持ちの悪い引っかかりを感じたことが、その綻びなのだ。
 そして、思い出しても大事である毒の混入事件を、他の話と結び付けることもせずにあっさりと語って終わらせてしまったことが、2人の頭脳を考えるとあり得ないことだと思った。

 
 2人が出会った薬師夫婦は、おそらくユリアが言った『伝説の治癒師』だ。
 いるかどうかもわからないのに、治療された人が存在し、その事実だけが残るから伝説として語り継がれる。
 長命種だとすれば、数百年前からという話も納得出来る。
 その治癒師(薬師)は、わざと素性を隠しているのだ。精神系魔法を展開してまで身元を隠し、決して表舞台に出ないようにしている。

 その理由を考えても全くわからないが、ロイとディーの話から、伝説の治癒師が確実に存在していることだけは間違いないと思った。

 ただ、王国聖女とは全く関係のない話になるのか、それとも『治療』という共通点から何処かで繋がっているのか。
 それはどう考えても憶測の域を出なかった。




 俺は唇から手を離すと一旦思考を止めた。
「何か閃いた?」
 アビゲイルが俺の執務机にティーカップを置く。
「ありがと」
 また自分の思考の世界に入り込んでいたと、少し恥ずかしそうにしながら礼を言い、お茶を飲む。
 甘めに淹れてくれたお茶が、考えて疲れた脳を癒してくれた。
「閃いたっていうか…」
 謙遜したような表情を浮かべる翔平にアビゲイルは笑う。
「でも、気付いたことがあって。報告しなきゃ」
 ニコリと微笑み、俺は右手に魔力を集中させて魔力玉を作り、魔鳥へと変化させた。
「ロイとディー、ユリアちゃんとギル様に」
 送る相手の名前を口にすると、1羽だった鳥が4羽に別れる。
 その4羽に話したいことがあると伝え、すぐに窓から外へ放った。
「4人でいいの?」
「まだ俺の勝手な推察だからね。もっと確実になってからサイファー達に話すよ」
 控え目に言うと、アビゲイルは先に教えて、と笑った。






 
 
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