おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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2人の聖女編 〜毒の惨劇と奇跡〜

352.おっさん、本物の奇跡を起こす

 エレノアの解毒薬によって、全員が解毒されて症状が緩和され回復に向かっていたはずだった。
 今だに意識を取り戻せない重症者もいたのだが、それでも座ったり立ち上がったりする者が増えて、所々でエレノアを賛美する言葉が囁かれていた。

 だが、再び悪夢が始まった。


 先ほどよりも被害者は確実に少ない。
 周囲を見渡しても50人もいないだろう。だが、先ほどよりも明らかに症状が重いのは一目瞭然だった。
 口から血を吐き、大きく見開いた目が赤く充血している。目から涙のように血を流している者もいた。そして全身が強張って、ガクガクと痙攣を引き起こしていた。
 発症したのは晩餐会に出席していた司祭や司教達で、介抱にあたっていた一般信徒には現れていない。
 中にはエレノアの毒を運よく逃れた者も含まれており、つい先ほどまで他人を助けるために動き回っていた者が突然胸を押さえ苦しみ始め、次の瞬間血を吐いて倒れた。


 俺達はそれを見てすぐに別の毒だと悟った瞬間、誰が、と考える前に通信用魔鉱石からシーゲルの声が聞こえた。

『混乱に乗じて逃亡を計った例の5人の内、3名を拘束しました。残り2名を追跡中です』
「エグソニアスか」
 シーゲルの報告に、2度目の惨劇がエグソニアスによるものだと判明する。
『毒物の種別はわかりませんが、遅効性の物であると推察されます』
 シーゲルは、5人が配膳しながら毒物を混入させたようだと報告した。
 気付いた時にはすでに手遅れであり、捕えようとした瞬間に、1度目の惨劇が始まってしまった。

 やはりエグソニアスが潜入させた5人は自分を嵌めた者への報復と、リアムとカーターを殺すためだった。
 その報告を受けて全員が、エグソニアスへ視線を向ける。
 彼はおそらくバレたことに気付いていない。エレノアの毒を摂取したせいで憔悴し切っていて、逃げることも出来ないと誰もが判断した。


「教会から信徒を誰1人出さないようにしてください。無理に出ようとする者は拘束して構いません」
『畏まりました』
 ディーは、カーターやエグソニアスが用意したさらなる伏兵を懸念して指示を出し、通信が切れる。





「解毒魔法を!!!」
 ディーはすぐさま大広間で響き渡る大声で叫び、自らもそばにいたノヴァ大司教に駆け寄って解毒魔法を展開する。
 その声にビクッと反応した数人が慌てるように倒れた被害者へ駆け寄り、すぐに魔法を展開する。1人に対して複数人で取り囲んで両手をかざし、少しでも進行を遅らせようと、さらに解毒しようと魔力を注ぎ込む。
 だが、先ほどのエレノアの毒により、解毒魔法やヒールを使える者は、魔力が目に見えて目減りしていた。
 魔力が枯渇し意識を失って倒れる者が現れ始める。





「な…?何が……?」
 エレノアは突然始まった出来事にキョロキョロと辺りを見渡し、すぐ足元で再び苦しみ始めた司教を見下ろす。
「た、助け…」
「きゃあ!」
 1人の大司教がエレノアの足首を血に濡れた手で掴み、エレノアは悲鳴をあげて掴む手を振り解く。
 苦しむ被害者から逃げるばかりか、そのすがる手を蹴りつけた仕草に、ロイは怒りを表情に出す。
「お前の仕業じゃないのか」
「し、知らない、これはあたしじゃない」
 ロイが低い声で尋ねると、エレノアは顔を上げて即答した。
「これはお前の毒じゃない?」
 ロイが『これ』を強調して再び尋ねる。
「違うわ!」
 パニックを起こしたエレノアは、自分で何を口走っているかも気付いていなかった。その時にはもう公国聖女が2人を操っていることや、自分が何をしたのかなど、そんなことは頭の中から追い出されていた。

 ファラは静かにエレノアから離れると苦しんでいるカーターの方へと向かう。
 その姿はカーターを心配しているシスターそのものであるが、その頭の中で大笑いしていた。

 まさに仕掛けが正常に働いてくれたことに歓喜する。
 後は最後の仕掛けがどうなるかを見届けるだけだが、王子が影に指示を出していたのを聞いて、それは諦めることにする。


 早々にお暇しましょ。


 ファラは心の中でほくそ笑んだ。





 俺は、怒りで全身が総毛立つような鳥肌を立てながら、方向を変えてロマの方へ走り出す。
 まだ吐瀉物が床に散らばり、何度か足を滑らせながらも、数秒後にロマとリアムの元へ辿り着いた。
「ロマ様!!」
「進行が早い!!ショーヘイ、あたしが抑えるから、毒を探っとくれ!!」
「はい!」
 滑り込むようにリアムのそばにしゃがむと、すぐに両手をかざして毒の違和感を探る。

 一気にリアムの全身に己の魔力を流し込んだせいで、一瞬吐き気が込み上げたが、歯を食いしばってそれに耐えると、違和感をひたすら探った。

 そして数十秒後、エレノアの毒とは違う違和感に気付くことが出来た。
 エレノアの毒は針に刺されるようなチクチクとした痛みを感じたが、今リアムから感じるのは、流した魔力にねっとりと絡みつくような重たくドロッとした粘着性のある気持ち悪さだった。
「解毒します!!」
 俺はその違和感を感じ取った瞬間叫んだ。
 一瞬でリアムの体の下に魔法陣が広がるのと同時に解毒魔法を発動した。
 解毒に必要な魔力をゆっくり溜めている余裕はなく、一気に魔力を注ぎ込んだ。
 気持ち悪いどす黒い何かを、両手で包み込んでギュッと握り潰して壊すイメージを浮かべた。
「っぐ」
 途端に胸から迫り上がってきた何かに咽せて咳込みかけたが、口を真横に結んだまま耐える。だが、口内に鉄の味が広がり収まり切れなかった血が口の端から流れ落ちた。

 ロマはリアムの痙攣が止まり、苦痛に歪んでいた表情が徐々に穏やかになるのを見てホッとした。
 すぐに体内の毒の痕跡を探るが見当たらず、翔平の解毒が成功したのだと一安心する。
「ショーヘイ…」
 解毒が終わった後、今度は翔平が血を吐き出して口元を袖で拭っているのを見て、無理をさせてしまったと、翔平にヒールを使おうと手を伸ばした。
「俺は大丈夫です。ロマ様は他の人の進行を食い止めてください」
 翔平が口を拭いながら立ち上がり、今一度周囲を見渡して、被害者達の人数を確認する。





 ロイは憤怒の形相でエレノアを睨みつけると、突然その胸ぐらを掴んだ。
 エレノアは突然掴まれ、さらに怒りの魔力をぶつけられて愕然としたままロイの目を見るしか出来なかった。
「さっきみたいに解毒薬を作ったらどうだ」
 低い声で言い放つと、エレノアの口から「ひっ」と短い悲鳴が起こった。
「カーターも苦しんでるぞ。助けてやったらどうだ。聖女なんだろ?」
 ロイはさらに言うと、エレノアはカタカタと震えながらも、胸ぐらを掴むロイの手から逃れようと力無くもがく。
「聖女様!お願いです!」
「聖女様!再び奇跡を!!」
「奇跡の水を!!」
 ロイの言葉が聞こえた周囲に居た者達が、エレノアに対してすがってきた。
「やれよ」
 ロイが手を乱暴に離すと、エレノアはその場にへたり込んだ。
 そこに、信徒達がエレノアを取り囲むように集まり始め、彼女に向かって祈りを捧げながら口々に「聖女様」「奇跡の水を」と懇願し始めた。
 エレノアはぐるりと自分を取り囲む信徒達を見渡し、状況を飲み込めず狼狽えた。
 そして、その1人の信徒の手がエレノアの腕を掴んだ。
「聖女様!奇跡を!!」
 腕を、肩を、足を捕まれ、必死に懇願している者達を見て、まるで亡者が生者の血肉を求めているように感じ、身の危険を感じたエレノアは絶叫した。
「いやああああ!!!」
 救いを求める信徒達を払いのけ、勢いよく立ち上がると囲みから抜け出す。
「無理よ!無理!!」
 エレノアは大声で叫び、懇願する信徒達から逃げようとした。
「エレノアを拘束しろ!!」
 だが、すぐにロイが叫び、1番近くにいたアビゲイルが瞬時にエレノアの両腕を後ろ手に回して拘束した。
「な!離して!離してよ!!」
 エレノアは必死にアビゲイルの腕から逃れようとするが敵うわけもなく、逆に彼女の手によって跪かされる。





 翔平は周囲を見渡し、その人数を把握する。
 今、リアムを解毒してわかった。毒はかなり強力で進行も早い。一刻の猶予もない。
 数m先でディーが滝のように汗を流しながらノヴァ大司教の治療にあたっているが、進行を抑えるのに必死で解毒には至っていないことがすぐにわかった。

「いやああああ!!!無理よ!無理!!」
 突然エレノアの悲鳴が聞こえ、俺は全くエレノアを意識していなかったため、一瞬ビクッと体をすくめた。
 その直後ロイの指示が飛び、エレノアがアビゲイルに拘束された姿を見る。
 ロイとエレノア、そして周囲で呆然とし、絶望に打ちひしがれている信徒達を見て、すぐに治療を放棄したんだと状況を察した。
 全く治療する気もないエレノアにさらに怒りが募るが、今は彼女に構っている暇はない。




 俺はロイの方へ急いで近寄ると、その腕を掴む。
「ロイ、やるよ」
 腕を掴んだ瞬間に告げると、ロイはすぐに俺がやろうとしていることを理解して眉間に皺を寄せる。
「ショーヘー…」
「大丈夫だ。だけど、そばにいてくれ」
 俺はロイに、倒れそうになったら支えて欲しいと頼んでニコリと笑うと、その場で大きく深呼吸を始めた。


 目を閉じ、腹の前で両手を合わせ、深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
 それを何度か繰り返しながら、意識を集中していく。最初は全身から力を抜き、魔力を一気に放出する準備を整える。全身を流れる魔力を充分に感じ取ることが出来ると、その手を前方に広げて差し出した。
 その瞬間、翔平を中心に大広間の床に全て包み込む巨大な魔法陣が浮かび上がった。


 隣にいたロイは、翔平の体から一気に膨大な魔力が放出され、その圧力に思わず半歩後退した。
 翔平の足元から渦を巻いて魔力風が起こり、周囲に居た信徒達は魔力風から身を守るように顔を背けたり、吹き飛ばされないように身を縮ませた。

「な…何が…」
 その身に感じる翔平の膨大な魔力に、誰もが唖然とした。

 翔平は先ほどリアムに使った解毒のイメージと同じものを思い浮かべる。
 それと同時に、広範囲に広げた魔法陣の中に、気持ちの悪い違和感が数十箇所感じられ、さらに大勢の人達の魔力を感知し、その色が非常に不安定で、かつかなり弱くなっている者がいることも確認した。


 解毒だけでは駄目だ。
 毒に侵され傷ついた細胞や、体の組織、それらも治さなくては。
 さらに、この広間にいまだに存在する毒物も浄化しなければ、さらに被害が拡大してしまう。


 俺はそれら全ての魔法を同時に展開しなければ、とイメージを固めていった。


 当然ながら、体が悲鳴をあげる。
 一度に数十万の魔力を放出し続けることに、全身から血が噴き出るような錯覚を引き起こす。実際、両鼻から血が流れ、込み上げるものを咳き込みながら吐き出すと、口の中に鉄の味が広がった。
 四肢が引き千切られるような痛み、内臓を鷲掴みにされ、無理やり引き摺り出されるような強烈な苦痛を味わいながら、さらに魔力を放出し続ける。

 意識を保った状態で一度に放出できるギリギリのラインまで高めた魔力は、どんどん魔法陣の中に吸収されていった。



「……なんてことだ…」
 ロマに抱えられ、意識を取り戻して起き上がったリアムは、目の前で起こっていることに呟いた。
 個人が放出する魔力量とは思えない。
 彼から噴き出す魔力は止まることを知らず、まだ溢れ続けている。
「美しい…」
 そして、彼から立ち昇る光輝く魔力と共に、金色の光の粒子がまるで天から降り注ぐように舞い踊り、幻想的な光景を生み出していた。

 誰しもがその光景に圧倒され、そして魅了されて言葉を失くしていた。
 エレノアの毒によって炎症が起こり、まだ治療されていなかった者達は、すでにその怪我が治り始めていたが、それに気付かないほど眼前の光景を茫然と見つめ続ける。





 エレノアは、アビゲイルに腕を掴まれて膝を床につけ、押さえつけられてお辞儀するような姿勢で、口を開けたまま愕然として公国聖女を見つめる。


 何が起こっているの…?
 あたしは何を見ているの?


 エレノアは翔平から放たれる膨大な魔力量に小さく震えていた。
 自分の魔力よりも少ないと思っていた男から、その数倍の魔力を感じ、それは今も放出され続けている。



 化け物


 エレノアの脳裏にその言葉が浮かび、言い難い恐怖が全身を襲い、鳥肌が立ち、ガタガタと震え出した。





 ディーは翔平を振り向き、結局また力を使わせることになってしまったと、悔しそうに顔を歪ませた。
 歯を食いしばり俯くと、解毒魔法の展開を止めて立ち上がる。
 翔平から放たれる魔力風の中、ゆっくりと愛する人へ近付いて行った。
 ロイも同じように、血を流し苦痛に耐えながら奇跡を起こそうとしている翔平に近付く。
 翔平をはさむように両脇に立った2人は、一度顔を見合わせると目を細めて頷き合う。
 そして、同時に翔平へと腕を伸ばす。
「ショーヘー」
「ショーヘイ」
 ロイとディーは前に広げられた翔平の手をそっと握り、支えるように背中へ手を添えると、自分達の魔力を翔平へ分け与えるように放出した。


 その瞬間、翔平は体がふわりと浮き上がったような感覚があり、そして全身を襲っていた苦痛が和らいでいくのを感じた。


 ロイ…。
 ディー…。


 2人から苦痛を癒そうとする想いが込められた魔力を感じ、翔平ははぁと小さく息を吐いた。


 そして、ゆっくりと目を開く。


 翔平の金色に輝く目が空中を見つめ、その口が微かに動いた。

「皆を癒して…」

 ロイとディーの耳に、詠唱ではなく、はっきりと翔平の願いが聞こえた。

 次の瞬間、翔平と魔法陣が大きく光り輝き、直視出来ないほどの発光を伴い、金色の粒子が踊り狂うように、人々の中に、床にばら撒かれた毒物に吸い込まれ、覆っていく。


 光に包まれたのは数秒だった。

 光も粒子も、魔法陣も一瞬で消え去り、静寂が訪れる。
 そして翔平は感知した全員の魔力が正常な光を放っているのを確認した直後に、意識を失った。

 眠るように目を閉じた翔平の体から力が抜けるのを見計らったように、ロイとディーはしっかりとその体を支えて受け止める。
「お見事です」
「さすがショーヘーだ」
 ロイとディーは交互に翔平を抱きしめ、額や頬に深いを愛情を込めたキスをした。



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