おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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2人の聖女編 〜惨劇の結末〜

356.おっさん、JKジュノーの知識に感心する/惨劇の結末4

 カーターはエグソニアスが連れて行かれるのを見送り、これで終わりだと席を立とうと僅かに尻を浮かせたが、ロイにまだあると言われ、動きをただ座り直すという動作に切り替えた。


 解決しただろう。
 終わりにしろ。


 カーターは心の中で苛つく。
 これからやることはたくさんあるのだ。
 エレノアと一刻も早く話して、選挙が終わるまでは大人しくしておいて貰わねばならない。
 エレノアを抑える役割を担っていたファラはもういないから、自分で話をしなければならないのだ。

 なぜこのタイミングでファラが出て行ったのかが引っ掛かるが、今はそれを詮索する余裕はない。
 あの女が誰かが差し向けた密偵であることはだいぶ以前から気付いていた。彼女の目的は不明で様子を見ていたが、彼女は特にこれといって邪魔をしてくることはなかった。むしろこちらの密偵としても働いてくれたため、ダブルスパイであるとわかった上で使っていた。
 愛人としてもいい女だった。失うには惜しい女だが、居なくなった者を望んでも仕方がない。

 
 エレノアが聖女であることが多くの者に周知された今、教皇選抜に勝つ見込みがついた。教皇になりさえすれば、彼女はもう必要ない。むしろいてもらっては困る。
 エレノアを切り捨てるつもりで、その最期の演出を何種類も用意している。そして現在の状況を踏まえて、つい先ほどその一つを採用することに決めた。少々早まったが好都合だ。

 エレノアは聖女としても、恋にも公国聖女に負けた。
 彼女はそのショックに耐えらず、悲劇のヒロインとして退場してもらう計画を実行する。


 カーターは意図しなくても状況が整ったことにほくそ笑む。










 エレノアは床に座って俯いたまま、じっと考えに集中する。
 今やるべきことは、カーターをどうにかすること。


 聖女になるための奇跡は起こしたから、どちらが教皇になっても聖教会の聖女として認められる。目的は達成した。

 だから、カーターはもういらない。 

 子供だったあたしを散々利用して、騙して、コケにしてくれた。
 そのツケを払わせてやる。 
 あんたは教皇になれず、聖女を騙し利用してきた悪人として、ここで終わるのよ。
 あたしはあんたに騙された被害者。
 その証拠もあたしにはある。


 エレノアは床を見つめ、カーターを追い込む方法を思いついて微かに笑う。
 そして、ゆっくりと立ち上がりながらスカートの埃を払うように手を動かして、ポケットにある物を悟られないように確認した。


 証拠はまだここにある。


 エレノアは立ち上がると両手を腹の前で組み、自分の手をじっと見つめる。
 俯いた彼女の表情は悲しげで、騙され操られていた被害者という演技を始めていた。





 エレノアのすぐ斜め後ろにいたアビゲイルはエレノアの一連の動きをじっと見つめ、そして雰囲気が若干変わったことに気付く。
 少しだけ目を細め、「また何かしようとしている」とすぐに気付いたが、その何かを探るために全神経を彼女に向け続けた。










 黒騎士達は1人を残して、聖騎士と一緒に実行犯4人を連れて出て行った。
 騎士と呼ばれていても、ここにいるのはその辺の警備兵と同じで、大した強さはない。移動は聖騎士に任せるが、その背後から実行犯が暴れ逃げ出さないように睨みを効かせていた。
 残った1人の黒騎士はそのまま静かに壁際まで下がり、直立不動で控える。


「これを、いつ、どうやって混入させたのか、詳しく話せ」
 ロイが詳細を男に尋ねる。
「それが今必要なことですか?今後の調べでわかることでしょう」
 ロダンが今でなくてもいいことだと文句のように言った。
「いいえ、今でなくてはなりません」
 だがディーがすぐに否定し、そう言い切られてロダンだけではなく、数人が首をかしげた。
「どうした。自分の行動を話せばいいだけだ。いつ毒を混入させたのか、それを話せ」
 男は自分の行動と言われ、言葉を選ぶ必要はなく、ただやったことを順序立てて話せばいいのだと理解した。
「給仕として潜入し、最初は他と同様に食前酒を配って回った。
 毒を混ぜたのは前菜、スープ、魚料理の配膳でだ。タイミングがあれば、そこで少しづつ」
「量は?」
「…数滴づつ。その小瓶でだいたい4、5人分しかない。俺たち5人で2、3個の小瓶を渡された」
「それなら、多くても70人程度にしか混入出来ないことになりますね」
「…そうなる。それに、仕込んでる最中に騒動が起こったから、全部は撒けて…ない……」
 男が話しながらロイとディーが言いたいことに気付いたようだった。
「……そうだ。途中で苦しみ始めて、混ぜるどころじゃなくなって……。
 とりあえず目的は達成してたから、そのまま逃げたんだ」
「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ?人数が合わないだろう」
 そこでロダンが口を挟む。
 今の男の証言と自分が考えていたことの辻褄が合わないことに気付いた。
「お前が2種類の毒をばら撒いたんじゃないのか」
「はあ!?」
 男はロダンの言葉に声が裏返るように大きな声をあげた。
「2種類!?なんのことだ。俺達が渡されたのはその小瓶だけだ!!」
 男は慌てたように声を張り上げた。
 大司教達はロダンが言ったように被害者数が合わないことに気付いて、ざわつき始める。

「その小瓶に2種類入っていたのでは?」
「いや、それでも70人分しかなかったって…」
「罪を逃れるために嘘をついてるんだろ」
「嘘なんてついてねーよ!!」
「それじゃもう1つの毒は何処から?」
「こいつらがばら撒くよりも前に、料理に仕込まれていたとか」
「それだと全員が被害にあってるはずだ」
「ランダムに混ぜたってリアムとカーターに毒入り料理が渡らない可能性だってある」
「こいつら以外にも実行犯がいるってことか!?」
 ロイとディーが今でないと駄目と言った理由を理解し、大司教達が今の証言で口々に思ったことを口にする。
 それを聞いていたカーターは、そこに気付いたか、と内心思いながらも、会話に参加し、エグソニアスが首謀者であるように言葉を選ぶ。
「エグソニアスが別に用意してたのではないか?最初の毒が弱いと気付いて、さらに強力な毒を用意したとも考えられる。より確実に私とリアムを殺すために、駄目押しでもう1つの毒を使ったやも」
「なるほど。実行犯はそれを知らされていないというわけか」
「それなら2種類というのも納得出来る」
 カーターの言葉に何人が納得するように呟いた。


 黙って聞いていたロマが、そこで話を打ち切った。
「改めて情報を整理するよ。
 毒は2種類で、1つ目は200人以上の被害者がいたが、2つ目は30名もいなかった」
「その男が言ったことが本当なら、エグソニアスが用意したのは2つ目の方だろう。全部ばら撒くことが出来なかったのなら、人数的にも辻褄が合う」
 ロマとロイが情報を整理し言うと、数人はうんうんと納得したように頷いた。
「では1つ目の毒は事前にエグソニアスが仕込んでいたということになりますね」
「もしくは、また別の犯人がいるということです」
 ディーが冷静に答えると、その可能性もあることに大司教達は眉間に皺を寄せた。


 カーターは別の犯人説を持ち出すディーに心の中で大きく舌打ちをした。



「別の犯人…」
 エグソニアスのように教皇の座を狙う誰かという話になり、この場にいる大司教達が疑心暗鬼になる。
 大司教達は眉間に皺を寄せて仲間達を見渡し、不信感を露わにする。


 この場にいる大司教全員が1度は教皇候補に名前が上がっている。
 前教皇が亡くなってから今まで3年の間に、多くの候補者は脱落していった。
 その理由は様々で、自ら辞退した者、支持者を集められず諦めた者、多岐に渡る。だが、他者に足を引っ張られる形で脱落した者も多いのも事実だった。
 最後の脱落者だったエグソニアスのように、脱落した後も諦め切れない者がいてもおかしくはない。


 その大司教達の表情を見ていたロマが小さくため息をついた。
「疑って悪いとは思っているよ。だが、理解しとくれ」
 今ここではっきりさせようとロマは全員を真剣な目で見渡して言った。
「エグソニアスははっきりとリアムとカーターを殺害する目的で毒をばら撒いた。だが、疑われることを避ける目的で2人以外にも毒を仕込むように指示している。
 それは間違いないね?」
「ああ、そうだ」
 残された実行犯が頷きながら肯定した。
「指示されたのは、そいつら2人を殺すこと。そして、奴を除いて残りを適当にばら撒けとな」
 男は開き直って正直に答えた。
「ここで矛盾が生じることになる。
 2つの毒は即死ではないが、解毒が間に合わなければ確実に死ぬものだった。なのに、エグソニアスは1つ目の毒を摂取している」
「そうか…。自分が死ぬ可能性もあるのに…」
「そう。2つ目の毒は自分を避けてばら撒くように指示しているのに、何故1つ目の毒は避けなかったんだい?これが1つ目の毒が奴ではないという証拠でもあるよ」
「……それは…自分が疑われないようにするためでは?」
「そうですよ。さっきカーター様がおっしゃっていましたけど、1つ目の毒が弱いと気付いて、もう1つ確実な物を用意したのでは?」
「でも、それでも1つ目の毒だって死ぬ可能性はあるんだぞ?絶対に助かるなんてわからないじゃないか」
「自分が助かるという自信があったんじゃないか?」
「そうだ。解毒薬を持っていたのかもしれないぞ。途中で自分だけこっそりそれを飲めば」
「その前に彼女が奇跡の水で解毒してくれたがな」
 またざわざわと会話が始まり、ロマが言った矛盾を否定するような意見も出される。
 だが、

「そうだ。エレノア様だ!」
 そこにカーター派閥の司教が大きな声をあげた。その声に反応するように会話が止まり、視線が司教へと向く。
「聖女の存在ですよ!」
 司教の言葉に、数人の視線がエレノアへと向いた。
「…ぇ?」
 突然話が自分へと向けられ、エレノアは俯いていた顔を上げてポカンとした。
「エレノア様がここに来るという話は周知されていましたよね!?
 聖女様の奇跡は皆さんご存知だったはずです!」
 司教は嬉々として語る。
 それに対してカーターはギョッとした目で部下を見た。
「エグソニアス様は自分だけが助かるように解毒薬は持っていたのでしょう!
 ですが、エレノア様の奇跡を知って、全員が解毒されてしまうことを悟ってしまった。
 だからこそもう1つの毒を用意したのです!!」
 司教は自分が考えた推理が正解だと言わんばかりに大声で語った。
「ああ……なるほど…」
「それなら…」
「辻褄は合うわね…」
 その推理を聞いて数人は納得したように呟く。
 だが、ロイとディーは心の中で嘲笑した。それでも望む方向へ話が流れたことに賛辞を送りたくなった。
「それは無理がありますね」
 ディーが嘲笑う気持ちを抑えて静かに否定した。
「何故です!?何処に無理が!?」
「時間です」
 きっぱりとディーが言った。
「全員に聞きたいが、エレノアの存在、奇跡の内容を知ったのはいつだ?」
「……ここに来てから、ですね」
「私もです」
「私は来る途中で…」
 ロイの質問にそれぞれが呟くように答える。
「数週間前、1ヶ月以上前から知っていた者はいるか?」
 さらに尋ねたが、誰も肯定する者はいなかった。
 司教はその反応にポカンとする。
「聖王国では有名な話だったかもしれませんが、エレノアさんが奇跡の水を作れるのはここにいる全員が知りませんでしたよ。
 聖女だと認識されていたのは聖王国のみでしたからね」
「で、ですが、途中で聞き及んで、慌てて用意したのかも…」
 それでも食い下がる司教にロイとディーはフンと鼻で微かに笑う。
「おい。お前が雇われたのはいつだ?」
 ロイが実行犯に確認する。
「1ヶ月と少し前。奴の司教区でだ。その時に毒も渡された」
 それを聞いた司教は時間が合わないことに気付いた。

 エグソニアスが候補2人の毒による暗殺計画を立てた時、エレノアの存在も奇跡も知らなかった。
 司教の推理のように、計画実行の直前に解毒されてしまうとわかって、もう1つの毒と実行犯を用意したというのは成立しないことになる。

「で、ですが、より確実にするために、最初から2つ用意していたという可能性は否定出来ません」
 それでも司教は己の推理を捨てきれないのか食い下がる。
「確かに可能性は残るが、どうもしっくりこないな」
 リーが顎鬚を撫でながら顔を顰めて司教を見た。
「エグソニアスを昔から知っているが、2段階に分けて毒を仕込むなど緻密な計画を練るような奴ではない。しかも、疑われないためといえかなりの苦痛を味わうとわかっている毒を自ら摂取するとも考えられん。
 あいつにそこまでの度胸はない」
 リーはエグソニアスの性格や思考を理解した上で言うと、数人もそうだと頷いた。
「しかし……」
 司教は他の大司教に言われ、それでも納得出来ないような表情を浮かべるが、そのまま黙り込んだ。
「1度目の毒は別の誰か、と考えた方がいいだろうな。
 言っとくが俺じゃないぞ。俺は最初から教皇になるつもりはないからな。大司教で手一杯だ」
 ロダンがため息をつきながら言い周囲を見渡すと、疑われたと思った数人が、「私だって」「私じゃない」と口にした。
「いったい誰が…」
 全員が別の犯人の可能性を意識し始め、チラチラと周囲を窺うように視線を走らせながら黙り込んだ。





 俺はロイ達がわざと情報を小出しにして、相手に考えさせているんだと感じた。
 一度、全員がエグソニアスだけが犯人だとい思い込んでいる。
 一度思い込んだことは、部外者が説明したり説得してもなかなか覆すことは出来ない。なので、あえてこちらは会話の方向を示すだけに止め、情報を与えて思考させているんだと思った。

 呆気なくカーターとエレノアの企みを暴くことは簡単だ。
 だが、早急に進めれば逆に不信感が生まれわだかまりも残る。それを一つ一つ訂正したり納得させることは容易なことではない。
 今ここで全員が理解し納得した上で決着させねば意味がない。だからこんなにも周りくどく慎重に進めている。


 隣にいるエミールを見ると、ギュッと手を白くなるほど握りしめ、固唾を飲んで見守っている。緊張のせいだろう、汗をかいているのも見えた。

 じわじわと追い込むようなやり方に苛立ちも感じるが、焦っては駄目だと言い聞かせて見守り続ける。





 カーターはここに来て別の犯人説が浮上したことに内心焦り始めていた。
 一切表情には出さないが、エグソニアスが首謀者だと全員が思った時点で、無理矢理にでも話を打ち切らせるべきだった、と思った。
 だが、いくら話し合っても他の犯人なんて探せるわけもないと己に言い聞かせ、会話の中で再び流れをそちらへ持って行こうと頭を動かす。
 そうすれば、今後の調査でエグソニアスの荷物の中から1つ目の毒が見つかる。そう仕組んでいる。

 そう仕組んでいる、はずだ。
 そういう計画だった。


 カーターはここで確認をしていないことに気付いた。
 昨夜エレノアが食器に毒を塗布したことはファラから報告された。だが、その後計画通りにエグソニアスの荷物に忍ばせたことを確認していない。確認しようとして、ファラとエレノアが外出していたことを知り、そのままであることを思い出した。

 だが、きっと上手くいっているはず。
 この自作自演がバレれば、エレノアもただでは済まない。それはいかに単純なエレノアでも理解しているはずだ。
 万が一まだだったとしても、まだ時間はある。大丈夫だ。

 カーターの頭の中で、小さく警鐘が鳴る。だが、それはただの思い過ごしだと、自分に言い聞かせた。





 場が静まったところでロマが口を開く。
「残念だが、あたしもエグソニアスだけが犯人じゃないと思ってるよ。
 さらに、これは他宗教からの妨害工作でもない。確実に内部の犯行だ」
 悲しそうな表情で言いながら全員を見渡す。
「…ロマ様、何故そう言い切れるんですか?」
 ライラが悲しそうに尋ねる。
「つい10日程前の話ですが」
 その答えとしてディーが口を開いた。
 突然言われた数日前の話に、全員がディーを見た。
「ベルグという街で中毒事件が起こりました」
 それを聞いた、カーター派閥の司教が顔を上げた。
「そうです。ちょうどここに来る途中で立ち寄った街です」
 思わずカーターも顔を上げてディーを見つめた。その表情は驚いており、何故それを知っているのか、何故それを今ここで、という疑問が頭に浮かんだ。
「エレノア様がやはり奇跡の水をお作りになって治療したのです」
 先ほど推理を披露した司教が嬉しそうに話す。
 だが、他の大司教は何故その話をされるのかわからず表情が曇った。
「それと内部の犯行と、なんの関係が?」
 ライラが質問の答えになっていないと聞き返した。
「ベルグでの事件も教会絡みです」
「その日教会のバザーで売られていた黒パンに毒が混入され、それを食べた者が被害にあった」
「え?毒?」
 嬉々としてエレノアの奇跡を語った司教がキョトンとした。
「そうだ。毒だ」
「ただの食中毒だったはずでは…?」
「違いますよ。後の調べで、黒パンに毒が仕込まれていたことがわかったんです」
 ディーはその時に居たであろうカーターの側近達に向けて言った。
 カーターはそれを聞いて愕然とした。
 

 調べたとはどういうことだ。
 何故ただの食中毒に調査が入る?


 カーターの表情は普通だが、口の中がカラカラに乾き、何度も唾を飲み込んでいた。
 そして、予定になかった自作自演の奇跡を行ったエレノアの安易な行動に頭の中が怒りに満ち溢れる。
 チラリとエレノアを見ると、彼女も驚いた表情を浮かべていた。


「他国では知りませんが、我が国では食中毒が発生した場合、衛生管理局が動きます。
 食中毒の発生源、原因究明、その他諸々自警団とも協力しあって事件として取り扱うことになっているんですよ」
 ディーがしれっと答え、カーターは聖王国にはないシステムに驚いた。
 聖王国ではそんな組織すらない。
 食中毒という言葉はあっても、それは一般常識の範囲内で、個人個人が気をつけるべきものだ。
 何故国がそんなことのために動くのか。全く理解出来なかった。
「すみません、話はズレるかもしれませんが、何故そんなことをするんですか?参考までに教えていただけませんか」
 そこに1人の若い司教が挙手して聞いてきた。
「国民の健康を守るためです。
 私の曽祖母がジュノーであったのはご存知ですか?」
「はぁ…」
 ディーの説明に司教は頷いた。
「曽祖母はこの世界に来て、衛生面が元居た世界よりもかなり劣っていることを指摘したんです」
「そうだね。サヤカはとても綺麗好きな子でね。まずこの世界の不衛生さに文句を言っていたよ」
 ロマが思い出したのかクスクスと笑いながら言ったが、すぐに真顔になる。
「サヤカは衛生環境が整えば病気のリスクが減るという知識を与えてくれた。
 食中毒もその1つだよ。
 何故食物が毒に変質したのか、その原因を知ることで対処出来るようになる」
「そこで、我が国では食中毒が発生した場合その原因究明に全力を注ぎます。もう2度と同じ轍を踏まないようにするためです。
 おかげで、我が国の食中毒による死者は曽祖母が来る前と比べて大幅に激減しました」
「…なんと…」
 その話に誰もが驚いていた。
「帝国でも公国から指南を受けて衛生面の強化が進められたわ。食中毒の発生率も死者も格段に減ったのよ」
 ノヴァはそれを知っているのか、住んでいるグランベル帝国も同じだと言った。
「そういう理由で、食中毒が発生した場合はすぐに国が動きます」
「だからベルグでもすぐに調査が入った。そして自然的に発生したものではなく、何者かが作った合成物だとわかったんだ」
 ロイがそう結論を言うと、質問した司教はなるほどと感心したように納得していた。


 カーターは体が震え出すのを止めることが出来なかった。
 国が変わればここまで違うのか、と今までエレノアの毒が疑われなかったのは、聖王国だったからだと理解した。
 それと同時に、合成した毒だとバレてもその犯人がわかるわけがないと、必死に気持ちを落ち着かせる。




 俺はサヤカの話を聞いて、確かに日本は衛生面にかなりうるさかったと心の中で苦笑した。
 綺麗好きとロマは言ったが、そうではない。それが当たり前で、身の回りに清潔にする道具や洗剤、石鹸などが溢れていた。
 JKと呼ばれる現代日本の子が、まして女子なら、清潔であることを気にするはずだ。さらに日本での義務教育、ニュースや衛生関連物のCMを何気に見ているだけでも、ある程度の知識は自然と身につく。
 まさかこんなところでもジュノーの知識が披露されるとは思わず、酷く感心した。





「つまり、そのベルグでも毒がわざと混入されたと言うことですか?」
 ただの食中毒だと思い込んでいた、カーター派閥の司教が確認する。
「そうです。しかも教会のバザーで売られたものに」
「教会が狙われたということか?」
「違いますね。バザーで売られる物は信徒達が作っています」
 飛び交った会話で、数人がハッとした。
「…だから、内部の犯行だと…」
「そういうことです」
 ディーが静かに頷いた。
「いや…まさか。信徒達がそんなことをするはずが…」
「そんな教義に背くようなこと…」
 聖教会のバザーのことをよく知っている司教達は、売られる物がその教会で働く司教や司祭、そして住み込みの信徒達の手作りであることを知っており、外部から手を加えることが出来ないことも理解している。同じ祈りを捧げる者として信じたくないのだろう。だが、実際にエグソニアスは己の欲望のために毒を使った。
 その事実を前にして、誰もが口を噤んだ。
「ですが、たまたまその時エレノア様がいらっしゃったので事なきを得ました。
 本当に幸運ですよ」
 そして、毒であったという事実がわかっても、カーター派閥の司教はエレノアを賛辞する。
「……」
 それに対して、幸運ね…とロイとディーは表情を凍らせた。
「よろしいですか…?」
 そこに黙って聞いていたサリーンが口を開く。
「内部の犯行であるというのは理解しました。ですが、今回の件も内部犯である確証はございませんよね?」
 ロイとディーはいい質問をしてくれる、と内心思いながら顔を向ける。
「あるんですよ」
 それに対してディーは即答した。
「……つまり、ベルグと今回の犯人が同一であるってことか?」
 ロダンが声を低くして2人を真剣に見つめる。
「そうだ。同じなんだよ」
 ロイも即答で返した。



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