おっさんが願うもの 〜異世界行ったらイケメンに大切にされ、溺愛され、聖女と呼ばれ、陰謀に巻き込まれ。それでも幸せ目指して真面目に頑張ります〜

猫の手

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2人の聖女編 〜惨劇の結末〜

357.おっさん、見守り続ける/惨劇の結末5

 同じだと言い切ったロイにロダンが食いついた。
「その理由は!?」
「症状だ。報告を受けているベルグの毒と、今回の1つ目の毒の症状があまりにも酷似している」
「似ているというだけでは…」
「ベルグでの毒は、吐き気から始まり胃や食道、喉、口内が激しい痛みに襲われる。そして、毒が侵食すれば手足の痺れや痙攣、そして呼吸困難を引き起こし、放っておけば確実に死ぬ代物だった」
 ロイがその症状を語ると、その場にいたほぼ全員が1つ目の毒を経験しているため、その症状に身に覚えがあり過ぎて青ざめた。
「極めつけは、吐瀉物に触れた皮膚にも焼け爛れたような炎症が起こったことだ。
 これは毒を摂取せず、救助にあたった者が引き起こしている」
 さらに今回と同じ状況に全員が唖然とした。
「おっしゃる通り、症状が似ている毒は多数存在します。ですが、たった数日の差で、しかもここから3、4日の距離の街で似たような毒が存在することの方が不自然です」
「まさか…晩餐会の前の、予行演習のつもりで…?」
 青ざめながら誰かが呟いた。
「その可能性もありますね。毒がどれほどの効果があるのか、実験したのかもしれません」
「教会内部の者で…」
「ベルグと…同じ毒…」
 数人が口の中でモゴモゴと独り言のように呟き、そしてカーターとその側近2人の司教に視線を向けた。
 ベルグに滞在し、そして今日この場にもいるカーター達に疑いの目が向けられた。
「……し、知らない…」
「違い、ます」
 3人に視線が集まり、カーターは目を見開いて唖然とし、2人の司教は自分達ではないと細かく震えるように首を振った。
 カーターは緊張のせいで心臓は大きく脈打ち、体温が数度上昇したかのように熱くなる。
「私達の誰かが今回のことを引き起こしたとおっしゃりたいんですか!?」
 司教が上擦った声で言った。
「あり得ません!カーター様は候補者ですよ!?応援こそすれお命を狙うなど!理由がありません!!」
 推理を披露したもう1人は勢い余って立ち上がり、震える声で叫んだ。
「そ、それに!!」
 さらに言葉を続けるが、あまりにも動揺と興奮で声が裏返ってしまい、慌てて唾を飲み込んで落ち着こうとする。
「わ、我々は、エ、エレノア様の、奇跡の水を知っています。もし毒をばら撒いたとしても、すぐに解毒されてしまう」
「そうですよ!毒をばら撒いても無意味だ!」
 司教2人が自分達を擁護する言葉に、カーターは徐々に落ち着いて行く。


 疑われたことに思わず動揺してしまったが司教達が言ったように、無意味な行為だ。
 カーターの目的は、毒による死ではなく、エレノアの奇跡を見せることにある。だが、それを誰も知らない。全員が毒による殺害だと思っている以上、言い訳は出来る。

 カーターはふうと息を吐くと平常心を取り戻して全員を見渡した。
「彼らが言うように意味がない。何故私の支持者が私を狙うのだ」
「確かにな」
 ロダンもそう言ったが、顔を顰めたまま納得いかないと言いたげだった。
「……カーター、そうとも言えんぞ。表面上は支持者としてそばに張り付き、お前を狙ったやもしれんではないか」
 そこにリーが鋭い視線をカーターに向ける。
「…命を狙われる、身に覚えがあるんじゃないのか?」
 さらに他の大司教もカーターを問い詰めるように言った。


 カーターに黒い噂があることはこの場の全員が知っている。
 他の大司教達も清廉潔白なわけではなく、後ろ暗いところはある。だが、カーターは他の比ではない。
 聖教会発祥の地であるジェラール聖王国がある地方を治め、そして信徒でもある王族と強い繋がりを持つが故に、強引な他宗教の弾圧や排除も行ってきた。その激しさから家族や友人を異端審問官に殺された人もいる。
 復讐を考えるような強い恨みを持つ者がいても不思議ではなかった。実際に、カーターは幾度となく命を狙われている。
 時には他宗教からの刺客であったり、時には家族を殺された者達の個人的なものであった。
 全て返り討ちにしてきたが。


 カーターは彼らが言うことが至極真っ当な考えだと自分でも思った。
 もし自分が毒をばら撒いた張本人でなければ、きっと同じように考えただろう。
 ならば、これを利用するしかない。
 エグソニアスとは別の犯人を用意する羽目になったが、丁度良い人物がいる。


「一理ある…否定は出来んよ」
 カーターはわざと俯き、顎を撫でながら考えるような素振りを見せた後に呟いた。顔を上げると同じ大司教の仲間達を見渡した。
「確かに今回同行した者達の中に犯人がいるかもしれない」
 真剣な目で己の考えを口にし、全員がその考察に耳を傾けた。

「ベルグでの事件もその者が起こしたのだろう。殿下がおっしゃるように、予行演習のつもりだったのかもしれない。
 狙いは私であり、そして聖教会そのものだったのではないか」
「何故そう思う」
 ロダンが眉間に皺を寄せたまま、カーターに対して不信感を隠さずに質問する。
「私だけが狙いであれば、ここに来る途中でいくらでも殺す機会はあっただろう。だがそれをしなかったということは、その者は晩餐会が最終目標だったと考えるべきではないか?
 私を殺し、さらに多くの聖教会の信徒達を巻き添えにする。それが目的だった」
 大司教達の数人は「なるほど」と小さく頷いたが、半分以上はまだ眉間に皺を寄せたままだ。
「だが、奇跡の水で解毒されるのは知っていたはずだ」
 カーターの同行信徒ならば、それを知っているのだろう?と聞き返す。
「ああ、知っているだろうな。だが、エレノアの奇跡も間に合わなければ無意味だ。
 彼女には他の信徒達と同様に自室にて待機するよう指示してあった。
 だが、たまたまシャルダーニの樽を運ぶのを手伝ってこの場に来ただけだ。私が指示したわけでもないし、彼女のただの善意だ」
「それではその善意がなければ間に合わなかったと…?」
「そうなっていた可能性は高い」
 もし彼女がこの場にいなければ、全員が救われることはなかっただろうと言った。それは本当に偶然だと断言する。
「……」
 たまたまエレノアがここにいたから助かった。
 数人はエレノアの方をチラリと見て彼女の様子を伺うが、エレノアはただ黙って俯き表情を見ることは出来なかった。
「カーターの言うことが正解だったとして、ではその何者かは誰なのかね」
「実は…1人、心当たりがあってね…」
 リーの質問に、カーターは彼を見て目を細めて苦笑した。
「こんなことが無ければ…疑うことはなかったんだが…」
 小さくため息をつき、困ったような表情を作る。
「ここに到着した当日、脱会した者がいる」
「到着した後?」
「ああ、一緒にここまで来たのに、わざわざこの総本山に着いてから脱会届を残して姿を消した。
 何故今ここでと思ったのだが、その時にはすでに教会を立ち去っていたので、話を聞くことも出来なくてな…。とても優秀な男で、ゆくゆくは司教にと考えていたのだが……」
 カーターはその男が、という言い方をする。
 大司教達は犯人らしき男がもうここにいないと聞いて黙り込んだ。



 当然、それはエミールのことだと俺達はすぐに気付く。
 ロイとディー、ロマは壁際にいる俺達を振り返りたいだろうが、それは出来ない。
 今のエミールは公国聖女の従者として俺のそばにいる。変装によって見た目も変わり、認識阻害で誰にもエミールであるとバレていない。
 俺は周囲に悟られないように隣のエミールに手を伸ばし、彼の腕を掴んだ。その手が細かく震えており、怒りや悔しさが入り混じった魔力が流れ込んできた。
「耐えろ」
 俺は小さくエミールに声をかけ、腕を掴む手に力を込める。そんな俺の手も震えていたが、彼を落ち着かせようと自分の魔力を注いで乱れ始めているエミールの魔力を整えようとする。
「……」
 エミールは俯いた後、俺の顔を見て泣きそうな表情を作ると、すがるように俺の手に自分の手を重ねて来た。


 悔しい、悔しい、悔しい。


 妹を殺されたばかりか、この惨劇の犯人にされようとしていることに、エミールの胸が張り裂けそうだった。
 翔平から流れ込んでくる魔力を感じなければ、抑えきれない感情のまま立ち上がり、カーターに殴りかかっていただろう。
 翔平はそっと手を外させると逆に手を握り返し、反対側の手でエミールを守るように抱き寄せる。
 そして、本当に僅かな魔力を会議の中心にいる3人へ向けた。



 ロイとディーは翔平から飛ばされた微かな魔力を感じ取って振り返る。
 そして、その時初めて意識を取り戻してソファに座っていることに気付いた。
 こんなことすぐに終わらせて翔平のそばに行き抱きしめたい。ゆっくりと休ませてやりたい。そんな衝動にかられるが我慢する。

 あれだけの魔力を消費したのだから、きっと座っているだけでも辛いだろう。だが、隣に座るエミールを労るように寄り添っている姿を見て、翔平だけではなくエミールの精神も限界に近いと感じた。

 ロマも翔平が目覚めたことを知り、話の流れから大詰めだと理解してロイとディーの目を見つめた。


 カーターに自分の口で首謀者がもう1人いて、自分の司教区の者であると言わせた。
 あともうひと押しだと、3人は一瞬だけ目を合わせると、最後の追い込みを始める。



「カーター様は、その脱会した者が貴方と聖教会への復讐のために晩餐会で毒をばら撒いたと」
 ディーが間が開いてしまったのを補うようにまとめる。
「そうだ。奴しかいない。このタイミングで脱会したのも計画だったのだろう。きっともうすでに遠くへ逃げているだろうな」
 カーターはわざとらしく舌打ちしながら、気付けなかったと悔しがるように言った。
「動機は?」
 ロイは心の中で白々しいと思いつつも、短く聞いた。
「……奴…エミールというが、奴は数ヶ月前に妹を亡くしている。
 その妹も信徒で、エレノアの側仕えだったのだが……」
「クラリス!あの子は!」
 カーターが説明を始めると途中でエレノアが大声を上げ、わあと両手で顔を覆うと泣き始めた。
「その妹はエレノアを心酔あるあまり、その行動を真似、変性意識状態に陥ってしまった。その結果…事件に巻き込まれて、死んでしまったのだ」
「助けられたのに…あたしは…」
 エレノアはグズグズと泣きながらクラリスを失った悲しみを大袈裟に表現する。
「奴は、妹が死んだのはエレノアの、聖教会のせいだと思い込んだのではないか。
 妹が死んで、その仕事を引き継ぐとエレノア付き従者になったのも、全て計画の内だったとすれば…」
「まさか…エミールが…?」
 側近の司教2人は良く知っているエミールを思い浮かべて驚いていた。
「なるほど、妹の死の復讐というわけか」
 大司教の1人が納得したというように頷きながら言った。

 カーターと聖教会を同時に狙うという動機として充分とは言えない。
 妹の復讐のためだけにここまで大それたことをするだろうかと思うが、個人の心情を計り知ることは出来ず、納得するしかないのか、と数人は微妙な表情を浮かべた。

 だが、ロイがそこでフンと嘲笑うようにカーターを見つめた。
「それはおかしいだろ」
「……何がだ?毒を仕込む機会も動機も奴にはあった」
「そうか?じゃあ聞くが、そいつも奇跡の水を知っていたんだよな?」
「当然です。クラリスの代わりにエレノア様の従者に志願しておそばにおりましたから」
 それには司教の1人が声を上げた。カーターは余計なことを言うなと司教を睨みつけるが、司教は気付かなかい。
「だったら、せっかく毒をばら撒いてもエレノアに消されることを理解してたはずだよなあ」
「…そう…ですね…」
 司教はロイが言いたいことに気付いた。
「何故奴は晩餐会の前に逃げた? 
 俺なら、理由をつけてエレノアを絶対に解毒に間に合わない場所まで連れ出すね。
 逃げるのはその後だ」
 ロイの言いたいことを大司教全員が理解し、先ほどまでカーターの考察に傾いていた思考が再び揺れ動く。
「それは……私は奴ではないからわからんよ。何か事情があったんだろ」
 カーターは指摘されて言い返すことが出来ず、曖昧な言葉で返す。
「ここまで大それた計画を立てておきながら、詰めが甘すぎる。
 最後の最後でどんでん返しを食らうようじゃ、数ヶ月の努力が水の泡だ。」
「では、奴は何故このタイミングで脱会したのだ」
「脱会する理由なんて他にもたくさんあるだろ」
 悔しそうに言うカーターに即答すると、ロイは思い切り睨まれたが、それを鼻で笑う。
「さらに言うとですね、そのエミールが毒を仕込むタイミングや方法もなかったのではありませんか?
 先ほどここに到着した日とおっしゃいましたよね」
 ディーが続きを引き継ぐように話す。
「カーター大司教が到着したのは28日の午後でしたよね?」
「ああ…」
 カーターはディーと目線を合わせずに短く答えた。
「その彼が脱会したのはいつですか?」
 本当は彼が脱会した日を知っている。
 その翌日29日の朝には、カレーリアの屋敷で会っているのだ。
「その日の夕食後です。彼と同室だった信徒が慌てて書き置きを見つけて報告して来ました」
 それに司教が素直に答えた。
「到着してその日の夜にということですね?その間、たった数時間の間に、毒を仕込むことが出来ると思いますか?」
「……」
 その言葉に、その場にいた全員が考えた。

 聖王国から旅を終え総本山に到着した後、まずは大聖堂において祈りを捧げる。その後、選挙や晩餐会、数日間の行動に関して、教会本部の者から説明を受け、宿泊する部屋への荷物の搬入、荷解きや仕分けといった仕事がある。エミールは自分の分だけではなく、エレノアのお付きとして彼女の分もあるのだ。
 それを全部ひっくるめると数時間を要し、あっという間に夕食時間となり、食後も祈りの時間がある。
 毒を仕込む方法がわかっているわけでもない。数分で毒が仕込み終わるような方法があるなら別だが、28日ならまだ晩餐会の料理の仕込みも始まっていない。厨房へ出入り出来たとしても200人以上への毒を仕込む時間があるわけもなかった。

「無理、ですわね…」
 サリーンがいち早くカーターの考察には無理があると言った。
 カーターは口の中で舌打ちするが、それでも説得するようにエミール犯人説を言った。
「確かに脱会したのは28日の夜かもしれんが、脱会後に再び戻ってきたのかもしれん。魔法を使えば簡単に出来るではないか。むしろ、そちらの方がやりやすい」
「それも考えられますが……。そんな魔法、一般人が使えますか?」
 チラリと今現在も認識阻害を展開している壁際にいる黒騎士を見て言った。


 俺はその話で、認識阻害や隠蔽、隠密を今は普通に使っているが、考えてみれば立場や身分を隠したいと思う者ならいざ知らず、普通に生活している一般人にとっては必要のない魔法だと思った。今の話からすると普通は使えないのが当たり前なのだろう。
 確かに今エミールが使ってる認識阻害は彼が自分でかけているのではなく、シーゲルが彼に施したものだ。


「れ、練習したのだろう。数ヶ月時間があったのだ…から…」
「そこまでしてそいつを犯人にしたいのか」
「無理があり過ぎるだろ」
 リーとロダンが食い下がるカーターに被せるように言うと、流石に黙り込んだ。
 だが、それでもカーターの言い分にも一理あるため、完全にエミール犯人説を覆すことは出来なかった。
 それと同時に、エミールではない場合は誰が?という問題も再び浮上する。




「ここで話を元に戻し、まとめます」
 ここでディーがエミールの話を打ち切った。
「ベルグと1つ目の毒が同一であること。
 同じ毒が使われた場面にカーター大司教一行が居たということ。
 その中に解毒薬を作れるエレノアさんが居ること。
 これらは理解しましたね?」
 ディーが要点を箇条書きにするように言った。わざと『奇跡』という言葉を使わなかったのは嫌味のつもりだ。
「そう、だな」
 大司教達は一つ一つを飲み込み、理解して頷く。
 だが、理解してもそこから何が導き出されるのかは全く分からず首を捻る。
「ここで、もう一つわかったことがあります」
 ディーが言い、耳に触れると小さく何かを呟いた。そして出入口にいる聖騎士に、今から来る者達を中に入れるように指示をする。
「……」
 大司教達はざわざわしつつ大広間の出入口を見つめると、1、2分後に扉が大きく開けられて、さらなる黒装束の集団が現れた。
 7名の黒服達にどよめきがおこり、全員がまだ居たのかと唖然とした。
「お待たせいたしました」
 先頭に居た黒騎士、修道服から黒騎士に着替えたシーゲルが進み出ると、背後に居た部下達に指示を出して、大司教達の座るテーブルに持ってきた物を並べて行く。
「皆様、決してお手を触れないようにお願い致します」
 黒騎士達が黒い手袋を嵌めた手に、結界魔法を施した状態で、次々に食器を並べて行く。
「これは…」
 大司教達はその並べられた見覚えのある食器を見て呟いた。
 それは晩餐会で使われる予定だった食器で、まだ未使用のものだった。
「こちらに、1つ目の毒が塗布されています。まだ除去しておりませんので、大変危険です」
「なんだと!!」
「食器に!?」
 シーゲルが静かに忠告した言葉に大司教達は思わず食器から体を離そうと、椅子ごと後退した。


 カーターとエレノアは塗布されていると言われたことに、愕然とした。すでに調査が始まっていたなんて、一言も聞いていない。
 カーターはディーの顔を見つめ、あの状況下ですでに指示を出していたのか、とじっとりとした冷や汗を流した。
 王族の護衛である黒騎士の存在、そしてディーとロイの状況判断と先を見据えた行動を甘く見ていたと悔しくなる。
 こんなことなら、考えた全ての対策を実行しておけば良かったと己の甘さを痛感した。
 証拠を消すために、騒ぎに乗じて厨房で火災を起こす計画もあったのだ。状況を見ながらその指示をしようと思っていたのだが、2つ目の毒のせいでそれも出来なくなった。
 最初から何があっても証拠隠滅を指示しておくべきだったと、激しく後悔した。





 ロイがシーゲルから小さな小瓶を受け取るとそれを大きめの皿の中央に1滴垂らした。
 すると、透明だった1滴が皿に落ちた瞬間真っ黒く変色する。
「これは試験薬です。毒の種類によって色が変わるようになっています。カレーリアの自警団本部にある薬品庫から借りて参りました」
「よく見とけ」
 ロイは同じ皿の上、今度は皿の端の方へ1滴落とす。だが、落ちた雫の色は変化しなかった。
 それをシーゲルは結界魔法で包んだ指で皿の端を摘み傾ける。すると、中央に伝い落ちていく雫は中央付近に到達した瞬間に黒く変色した。
「この皿には中央部分、わずか2、3センチに塗布されております」
「これら全部にですか!?」
 大司教達がテーブルに並べられた食器を見て青ざめる。
「今現在も調査中で、こちらは確認出来たものの一部です。厨房にはまだ数多くの食器がございますが、確認した所全ての食器に塗布されているわけではございませんでした」
「ランダムに…塗られたってことか」
「いや、違うだろ」
「そうだ。大司教と司教、司祭が使う食器は決められていてデザインが違う」
「それじゃ、大司教全員が1つ目の被害にあったのは…」
「想像通りだ。大司教用の食器全てに塗られていた。他は手当たり次第ってところだろうな」
 ロイがそう結論づける。

 毒の散布方法がここにきてわかり、全員が唖然とする。
 リアムとカーターだけではなく、大司教全員が狙われたことに愕然としていた。

「毒がばら撒かれた時、その混入方法から調べることが定石だ。そして毒の特定、入手経路とな。さらに並行して犯人を見つける」
 唖然とする大司教達に、ロイは捜査方法を噛み砕いて説明する。
「毒だと気付いた時点で、考えられる混入方法を調査するように指示を出していたんです」
 ディーが耳につけられたイヤーカフを示し、これで護衛である黒騎士と連絡を取っていたと示した。
「2つ目の毒は配膳途中に混入されたが、1つ目の毒は被害者が多過ぎる。だから確実に事前に仕込まれていると思った」
「混入は料理に、食材にと口に含む物に限定されます。ですので、騒ぎが起きた直後、勝手ではありますが厨房はこちらの手の者で封鎖させて頂きました」
「そして辿り着いたのが食器への塗布だ。厨房に居た料理人で、盛り付けを担当していた者も被害にあっている。口にしてはいないが、毒に触れて炎症を起こしていた」
 ロイとディーの説明に全員が聞き入るが、ライラがハッとしてリアムを見た。
「リアム様。この食器を出されたのはいつですか?」
 晩餐会で使われる食器は伝統的なもので貴重であり、普段は丁寧に梱包されて厳重に保管されている。破損を恐れてギリギリまでしまってあるはずだった。
「昨日の夕方に出したという報告は受けています」
「だとすると、昨日の夕方以降に塗られたことになりますね」
 実際に、エレノアが塗布したのは、昨日の深夜だ。厨房に食器が並べられるのを待ってから侵入している。


 エレノアは俯きながら僅かに震えていた。腹の前で両手を握り込み、落ち着きがなくなってくる。塗布したことや時間もこんなに早くバレてしまったことに、心臓が大きく脈打っていた。
 だが、それでも自分が塗ったとはバレない。バレるはずがないと、心の中で何度も呟いていた。


「大司教のみが使う食器があると知っていることも、内部の犯行だと裏付ける証拠だな…」
 ロダンがため息混じりに、まだ何処かで外部の者による犯行を信じたかったように言った。


「さらに毒の種類ですが…」
 シーゲルが口を開くと、エレノアは種類と聞こえて顔を上げた。
「毒の特徴から見るに、聖王国東側に位置する瘴気の森に生息する大蜘蛛の毒に酷似しています」
 エレノアの肩がピクリと動き、息を大きく吸い込んだのがアビゲイルからよく見えた。
「聖王国…?」
 全員の目が再びカーターと司教2人に注がれる。

 今まで出てきた情報の全てに、カーター周辺がまとわりついている。
 全ては状況証拠でしかない。
 だが、カーター派閥以外は全員がカーター達の中に犯人がいると確信を抱きつつあった。



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