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異世界へ
2. おっさん、新天地へ行く
人事異動の辞令が出たのは、39歳になろうという頃だった。
独身貴族である自分にはどこに行こうが身軽であり、会社にとっては扱いやすい存在なんだろう。
だが、会社側の配慮というのも実はある。
8年前の婚約破棄騒動から、自分は女性と付き合う事が出来なくなっている。大まかな社員はそのことをよく知っているため、独身であることに余計な詮索もされない。だが、事情を知らない中途採用や新卒の女性社員たちからすれば、38歳で役職持ちの見た目も悪くない男というのは優良物件と思われるようで、あわよくばと言い寄られることが多々あった。まあどんなに言い寄ってこられても無理なものは無理なのではっきりとお断りするのだが。それでもしつこい女性には周囲がトラウマのことを伝えてくれたので、大抵の女性は引き下がってくれた。
だがそんな中、中途採用の33歳の女性社員だけはなかなか諦めてはくれなかった。何度断っても、トラウマを説明しても、見かねた同僚から注意されても、彼女は諦めない。最近に至っては業務中にまであからさまなモーションを仕掛けてくるようになってしまった。
流石にここまでくると、トラウマの一部を担っているストーキング事件の方の恐怖が蘇ってきてしまい、辟易する毎日を送っていた。
そんな時に会社が異動という助け舟を出してくれたのだ。
もちろん、即答で了承した。
そして1ヶ月後、諸々の引継ぎと手続きを終わらせて長年住んだ街から新天地へと引っ越した。
例の女性社員には最後まで異動の話は絶対に漏らさず、気付けばいなくなっていた、という状況にしてもらった。その辺はその女性社員をよく思っていない者が多かったせいなのか、一致団結して口を噤んでくれて、異動後も絶対に漏らさなかったそうだ。社内報にも掲載しないようにしてくれたのだから、会社の徹底ぶりには感謝しかない。
結局、その女性社員はその数ヶ月後に婚活しに入社してきたという噂を立てられ、居づらくなって退職していったという。
新しい赴任先は、大都市ではなく、都会でも田舎でもない中くらいの街。車で3、40分も走れば、畑が広がり民家もまばらになる。
赴任して既存の契約先にも挨拶を済ませ、事務所の雰囲気も掴めてきた頃、何軒か新規契約を取りに行くという理由をつけて、地理の把握をすることにした。休日に散歩がてらうろうろすれば良いのだが、どうせなら新人の頃のように飛び込み営業をかけて契約でも取れれば一石二鳥だと考えた。
朝出社すると、めぼしいパンフレットを鞄に詰め込んで、意気揚々と会社を出る。まずは電車で隣街に向かいそこから路線バスに乗る。終点までとは行かないが、ある程度離れた場所で降り、スマホのマップを確認しながら徒歩で駅まで戻る。歩きながら見かけた事務所や商店に営業をかけていくのだ。街中ほどではないが、意外に住宅街の中にも事務所を構えている工務店や個人経営の会社は多いものだ。
午前中に手当たり次第に営業をかけたがどれもダメで駅前まで戻ってきたが、地元を知るという意味では収穫があった。地元民に愛される美味しいパン屋や惣菜屋。はっきり言うと、営業よりもこちらの方が本当の目的だったりもする。
丁度昼時、駅前商店街の中にあった定食屋で食事を済ませる。ここも美味しかったのでリピート確定と心に決める。
午後は更に隣町に行ってみようか悩んだが、夕方には一度社に戻らないと行けないし、そんなに時間があるわけでもない。結局は腹ごなしも含めて散歩程度に駅を挟んで反対側に行ってみることにした。もう営業なんてどっかに行っていた。
だが、こちら側は進めば進むほど畑の方へ行くばかりで、気が付けば農家がまばらにある畑の畦道を歩いていた。
「これじゃあ本当に散歩と変わらんな」
呟いてもそれを聞いているのは畑にいる虫だけ。道にも畑にも、人っ子1人いない。
時計を見ると午後2時すぎ。そろそろ頃合いだと思い、最後にゆっくりと辺りを見渡して景色を堪能する。遠いと思っていた山が割と近くに見える。時折吹く風が心地よい。その時、ほぼ緑色しか見えない視界の中に赤色を見た気がして、首をそちらに向けた。
そう遠くもない森の緑の中にチラチラと見える赤い色。その下に伸びている石段もちらっと見えた。
何の気なしに足がそちらへ向かう。
畑の中の小高い丘。少し太めの畦道に面した舗装もされていない土が固められただけの道に面した位置に、隠れるように人1人が通れるくらいの小さい鳥居があった。
隠れるというか、あまり手入れされていないから雑草や伸びた枝葉が鳥居も石段も隠してしまってそう見えるだけだが。
鳥居を見上げてみたが、神社名は長年の風雨で削られてしまったのか、名前さえ読めなくなっている。でも、完全に放置された感じもなく、ところどころ草が生えていない場所もあるから、人の行き来は多少なりともあるのがわかる。
何となく、初めてきた土地なんだから挨拶でもして行くか…、と一応一礼した後に鳥居を潜り石段を登る。やはり人が入っているようで、足元の草木が邪魔にならない。でも、思ったより上まで続いていたため、朝から歩き回った足が少し悲鳴を上げて苦笑した。
「俺ももう若くないよなー…」
1人つぶやき、休み休み10分ほど登ると、ようやっと社が見えた。思った通り放置された神社ではないようで、綺麗とは言い難いが手入れはされていた。きっとたまにこの辺の人が手入れしにくるんだろうな、と考えつつあたりを目線だけで確認したが、人が常駐している気配はない。
石段を登り切った所で下と同じような鳥居を潜り、息を整えつつ社の前に立つ。ポケットから小銭を出して賽銭箱にそっと入れた。なんの神様かはわからないが、初詣でお参りをするように一礼二拍手一礼をして、
「契約が取れますように」
とわざと声に出した。
「さて帰るか」
一度独り言を呟くと、自然と声が出てくるもんだ、と1人笑いを浮かべながら元来た石段を降ろうと一歩踏み出した瞬間、下から突風が駆け抜け、枯れ草や土埃が一気に舞い上がり、慌てて顔を庇いつつ目を閉じた。体を持ってかれると思ったくらい強い風だった。
「びっくりした…」
また独り言を呟いて、被ったであろう土埃を軽く払うと乱れた髪を手でササっと整えてから石段を下り始める。
登った時よりは当然早い、はずである。だが数分降りても、一向に登り口の鳥居が見えてくる気配はなかった。
「こんなに長かったか?」
降りながら呟く。でもまだ下の鳥居に辿り着かない。後ろを振り返り見上げると、ずっと上へと続く石段だけが見え、先ほど通ったはずの鳥居も見えなくなっていた。
真っ直ぐな石段で湾曲もしていないし、そんなに長くもないはずだ。見えなくなるほど降りてきたとも思えない。
ザワッと一気に身体中の毛が逆だち、恐怖にも似た焦りが湧き上がってくる。
自然と石段を降りるペースが上がる。早足から駆け足になり、前に続く石段をひたすら降りていく。
「んだよこれ。どうなってんだ」
焦りと得も言われない恐怖が身体中を襲い、さっきから鳥肌が止まらない。血の気が引いているのに、嫌な汗が吹き出してくるのがわかる。
一体どのくらい降りてきたのか。果てしなく石段が下方に伸びている。ただただ降ることだけを考えて下前方を見ていたが、突然石段の先から、すれ違う車のヘッドライトのような強烈な眩しい光が襲ってきた。
思わず眩しくて足を止めて目を瞑る。一瞬だけでも強い光を見たせいで目の奥がチカチカする。だがすぐに瞬きを繰り返しながら下前方を見ると、そこに道が見えた。
降りられた!
やっと地上に降りられた、という喜びから、慌てて残りの石段を駆けて道の上に飛び出ると、大きく深く呼吸を繰り返しながら空を見上げた。
先ほどと同じように澄んだ青空が広がっており、それだけでも焦りと恐怖が和らいだ気がする。
「いったい何だったんだ」
呟きつつ、じっとりと汗ばんだ首元を手で拭いながら、元来た石段の方を振り返り、
「え」
和らいだと感じた恐怖が再び体を襲う。ブワッと鳥肌と冷や汗が噴き出した。
そこに石段はなかった。
ただただ目の前に鬱蒼とした森が広がっている。前後左右、どこを確認しても鳥居どころか石段もない。坂道ですらない。ただ平坦な森が広がっている。見えるのは森の木々のみ。
思考がついていかない。
落ち着け、考えろ、考えろ、思い出せ。
必死に思考を巡らせる。
今日、朝からの行動を順を追って辿る。そして現状確認のために周囲を見渡すが、森の中の一本道に立っている、という事実がわかるのみ。
自分の記憶と符合しない。
石段は?鳥居は?そもそも畑や畦道、ぽつらぽつらと見えていた民家はどこにいった?
考えても考えても記憶と一致しない現状にただただ混乱して激しい動悸と冷や汗が止まらない。
だが、頭の中で色々な押し問答を繰り返し時間が経過してくると、不思議なもので次第に気持ちは落ち着いてくる。
何の解決策も思いつかないが、とりあえず震える足に力を入れて道の脇に移動し、そこにあった岩に腰を下ろす。
頭を抱え込むように俯き何度か深呼吸を繰り返す。そうすることで、パニックを起こしていた脳が落ち着いていくのがわかった。置かれた状況以外のことも考えられるようになってくる。
どうやって帰ろう。いや、ここ何処だよ。会社に迷ったって連絡しないと。
ふと思い出し、胸ポケットから慌ててスマホを取り出した。
圏外
無情なそんな表示にため息が出る。
ついでに時間を確認すると午後3時を回った頃だった。
帰ろうと思った時間から1時間くらいしか経っていないことがわかる。
スマホをポケットに戻しつつ顔を上げて、フーっと息は吐く。頭が冷えて冷静になってくると、いろんなことを思い出したり考えたりし始めていた。
ここでじっとしていても仕方がない。まずは何処なのか把握しないと。そのためには人に会わないと。
まずは一本道をどちらに進むか。石段を登り始めた時の鳥居は右側にあったから、元来た方角は左側だ。だからそちら側へ進むことにした。
鞄を持ち直し、土の道を進み始める。
歩きながら、自分に起こった謎現象がリアルだったのかどうかも怪しいと感じ始めていた。
実は歩き疲れて岩に座って休んでいる間に見た白昼夢だったとか、これ自体が実は夢だとか。若干願望が含まれているが、精神を保つためには楽観的な思考も必要だった。
そして、唐突に数年前にネットで見たオカルト話を思い出した。
電車に乗っていて着いた駅が知らない駅だったとか、場所は現代?風なのに、看板の文字が文字化けしていて言葉が通じないとか、自分がいた世界とは別の世界に紛れ込んでしまう話が面白くて、続けて読み漁った覚えがある。ガチなのかネタなのかは不明だが、面白かった。
更に今の流行なのだろう、異世界転生やら召喚やらのアニメや小説の宣伝もついでのように思い出す。
「まさかなー」
声に出して笑う。
自分もテレビゲーム世代だし、転生や召喚という言葉は知っている。
目が覚めたら別世界で前世の記憶を持ったまま転生していた。
事故で死んだら神様に会って別世界に転生してチート能力で無双する。
突然足元に現れた魔法陣に吸い込まれて、気がつくと、勇者よ!なんて言われたり。
アッハッハとついつい笑ってしまったが、段々と乾いた笑いになってしまうのは不安のせいだ。
「まさかなー」
2度目のまさかなーは、さっきよりも小さく、声が震えていた。
独身貴族である自分にはどこに行こうが身軽であり、会社にとっては扱いやすい存在なんだろう。
だが、会社側の配慮というのも実はある。
8年前の婚約破棄騒動から、自分は女性と付き合う事が出来なくなっている。大まかな社員はそのことをよく知っているため、独身であることに余計な詮索もされない。だが、事情を知らない中途採用や新卒の女性社員たちからすれば、38歳で役職持ちの見た目も悪くない男というのは優良物件と思われるようで、あわよくばと言い寄られることが多々あった。まあどんなに言い寄ってこられても無理なものは無理なのではっきりとお断りするのだが。それでもしつこい女性には周囲がトラウマのことを伝えてくれたので、大抵の女性は引き下がってくれた。
だがそんな中、中途採用の33歳の女性社員だけはなかなか諦めてはくれなかった。何度断っても、トラウマを説明しても、見かねた同僚から注意されても、彼女は諦めない。最近に至っては業務中にまであからさまなモーションを仕掛けてくるようになってしまった。
流石にここまでくると、トラウマの一部を担っているストーキング事件の方の恐怖が蘇ってきてしまい、辟易する毎日を送っていた。
そんな時に会社が異動という助け舟を出してくれたのだ。
もちろん、即答で了承した。
そして1ヶ月後、諸々の引継ぎと手続きを終わらせて長年住んだ街から新天地へと引っ越した。
例の女性社員には最後まで異動の話は絶対に漏らさず、気付けばいなくなっていた、という状況にしてもらった。その辺はその女性社員をよく思っていない者が多かったせいなのか、一致団結して口を噤んでくれて、異動後も絶対に漏らさなかったそうだ。社内報にも掲載しないようにしてくれたのだから、会社の徹底ぶりには感謝しかない。
結局、その女性社員はその数ヶ月後に婚活しに入社してきたという噂を立てられ、居づらくなって退職していったという。
新しい赴任先は、大都市ではなく、都会でも田舎でもない中くらいの街。車で3、40分も走れば、畑が広がり民家もまばらになる。
赴任して既存の契約先にも挨拶を済ませ、事務所の雰囲気も掴めてきた頃、何軒か新規契約を取りに行くという理由をつけて、地理の把握をすることにした。休日に散歩がてらうろうろすれば良いのだが、どうせなら新人の頃のように飛び込み営業をかけて契約でも取れれば一石二鳥だと考えた。
朝出社すると、めぼしいパンフレットを鞄に詰め込んで、意気揚々と会社を出る。まずは電車で隣街に向かいそこから路線バスに乗る。終点までとは行かないが、ある程度離れた場所で降り、スマホのマップを確認しながら徒歩で駅まで戻る。歩きながら見かけた事務所や商店に営業をかけていくのだ。街中ほどではないが、意外に住宅街の中にも事務所を構えている工務店や個人経営の会社は多いものだ。
午前中に手当たり次第に営業をかけたがどれもダメで駅前まで戻ってきたが、地元を知るという意味では収穫があった。地元民に愛される美味しいパン屋や惣菜屋。はっきり言うと、営業よりもこちらの方が本当の目的だったりもする。
丁度昼時、駅前商店街の中にあった定食屋で食事を済ませる。ここも美味しかったのでリピート確定と心に決める。
午後は更に隣町に行ってみようか悩んだが、夕方には一度社に戻らないと行けないし、そんなに時間があるわけでもない。結局は腹ごなしも含めて散歩程度に駅を挟んで反対側に行ってみることにした。もう営業なんてどっかに行っていた。
だが、こちら側は進めば進むほど畑の方へ行くばかりで、気が付けば農家がまばらにある畑の畦道を歩いていた。
「これじゃあ本当に散歩と変わらんな」
呟いてもそれを聞いているのは畑にいる虫だけ。道にも畑にも、人っ子1人いない。
時計を見ると午後2時すぎ。そろそろ頃合いだと思い、最後にゆっくりと辺りを見渡して景色を堪能する。遠いと思っていた山が割と近くに見える。時折吹く風が心地よい。その時、ほぼ緑色しか見えない視界の中に赤色を見た気がして、首をそちらに向けた。
そう遠くもない森の緑の中にチラチラと見える赤い色。その下に伸びている石段もちらっと見えた。
何の気なしに足がそちらへ向かう。
畑の中の小高い丘。少し太めの畦道に面した舗装もされていない土が固められただけの道に面した位置に、隠れるように人1人が通れるくらいの小さい鳥居があった。
隠れるというか、あまり手入れされていないから雑草や伸びた枝葉が鳥居も石段も隠してしまってそう見えるだけだが。
鳥居を見上げてみたが、神社名は長年の風雨で削られてしまったのか、名前さえ読めなくなっている。でも、完全に放置された感じもなく、ところどころ草が生えていない場所もあるから、人の行き来は多少なりともあるのがわかる。
何となく、初めてきた土地なんだから挨拶でもして行くか…、と一応一礼した後に鳥居を潜り石段を登る。やはり人が入っているようで、足元の草木が邪魔にならない。でも、思ったより上まで続いていたため、朝から歩き回った足が少し悲鳴を上げて苦笑した。
「俺ももう若くないよなー…」
1人つぶやき、休み休み10分ほど登ると、ようやっと社が見えた。思った通り放置された神社ではないようで、綺麗とは言い難いが手入れはされていた。きっとたまにこの辺の人が手入れしにくるんだろうな、と考えつつあたりを目線だけで確認したが、人が常駐している気配はない。
石段を登り切った所で下と同じような鳥居を潜り、息を整えつつ社の前に立つ。ポケットから小銭を出して賽銭箱にそっと入れた。なんの神様かはわからないが、初詣でお参りをするように一礼二拍手一礼をして、
「契約が取れますように」
とわざと声に出した。
「さて帰るか」
一度独り言を呟くと、自然と声が出てくるもんだ、と1人笑いを浮かべながら元来た石段を降ろうと一歩踏み出した瞬間、下から突風が駆け抜け、枯れ草や土埃が一気に舞い上がり、慌てて顔を庇いつつ目を閉じた。体を持ってかれると思ったくらい強い風だった。
「びっくりした…」
また独り言を呟いて、被ったであろう土埃を軽く払うと乱れた髪を手でササっと整えてから石段を下り始める。
登った時よりは当然早い、はずである。だが数分降りても、一向に登り口の鳥居が見えてくる気配はなかった。
「こんなに長かったか?」
降りながら呟く。でもまだ下の鳥居に辿り着かない。後ろを振り返り見上げると、ずっと上へと続く石段だけが見え、先ほど通ったはずの鳥居も見えなくなっていた。
真っ直ぐな石段で湾曲もしていないし、そんなに長くもないはずだ。見えなくなるほど降りてきたとも思えない。
ザワッと一気に身体中の毛が逆だち、恐怖にも似た焦りが湧き上がってくる。
自然と石段を降りるペースが上がる。早足から駆け足になり、前に続く石段をひたすら降りていく。
「んだよこれ。どうなってんだ」
焦りと得も言われない恐怖が身体中を襲い、さっきから鳥肌が止まらない。血の気が引いているのに、嫌な汗が吹き出してくるのがわかる。
一体どのくらい降りてきたのか。果てしなく石段が下方に伸びている。ただただ降ることだけを考えて下前方を見ていたが、突然石段の先から、すれ違う車のヘッドライトのような強烈な眩しい光が襲ってきた。
思わず眩しくて足を止めて目を瞑る。一瞬だけでも強い光を見たせいで目の奥がチカチカする。だがすぐに瞬きを繰り返しながら下前方を見ると、そこに道が見えた。
降りられた!
やっと地上に降りられた、という喜びから、慌てて残りの石段を駆けて道の上に飛び出ると、大きく深く呼吸を繰り返しながら空を見上げた。
先ほどと同じように澄んだ青空が広がっており、それだけでも焦りと恐怖が和らいだ気がする。
「いったい何だったんだ」
呟きつつ、じっとりと汗ばんだ首元を手で拭いながら、元来た石段の方を振り返り、
「え」
和らいだと感じた恐怖が再び体を襲う。ブワッと鳥肌と冷や汗が噴き出した。
そこに石段はなかった。
ただただ目の前に鬱蒼とした森が広がっている。前後左右、どこを確認しても鳥居どころか石段もない。坂道ですらない。ただ平坦な森が広がっている。見えるのは森の木々のみ。
思考がついていかない。
落ち着け、考えろ、考えろ、思い出せ。
必死に思考を巡らせる。
今日、朝からの行動を順を追って辿る。そして現状確認のために周囲を見渡すが、森の中の一本道に立っている、という事実がわかるのみ。
自分の記憶と符合しない。
石段は?鳥居は?そもそも畑や畦道、ぽつらぽつらと見えていた民家はどこにいった?
考えても考えても記憶と一致しない現状にただただ混乱して激しい動悸と冷や汗が止まらない。
だが、頭の中で色々な押し問答を繰り返し時間が経過してくると、不思議なもので次第に気持ちは落ち着いてくる。
何の解決策も思いつかないが、とりあえず震える足に力を入れて道の脇に移動し、そこにあった岩に腰を下ろす。
頭を抱え込むように俯き何度か深呼吸を繰り返す。そうすることで、パニックを起こしていた脳が落ち着いていくのがわかった。置かれた状況以外のことも考えられるようになってくる。
どうやって帰ろう。いや、ここ何処だよ。会社に迷ったって連絡しないと。
ふと思い出し、胸ポケットから慌ててスマホを取り出した。
圏外
無情なそんな表示にため息が出る。
ついでに時間を確認すると午後3時を回った頃だった。
帰ろうと思った時間から1時間くらいしか経っていないことがわかる。
スマホをポケットに戻しつつ顔を上げて、フーっと息は吐く。頭が冷えて冷静になってくると、いろんなことを思い出したり考えたりし始めていた。
ここでじっとしていても仕方がない。まずは何処なのか把握しないと。そのためには人に会わないと。
まずは一本道をどちらに進むか。石段を登り始めた時の鳥居は右側にあったから、元来た方角は左側だ。だからそちら側へ進むことにした。
鞄を持ち直し、土の道を進み始める。
歩きながら、自分に起こった謎現象がリアルだったのかどうかも怪しいと感じ始めていた。
実は歩き疲れて岩に座って休んでいる間に見た白昼夢だったとか、これ自体が実は夢だとか。若干願望が含まれているが、精神を保つためには楽観的な思考も必要だった。
そして、唐突に数年前にネットで見たオカルト話を思い出した。
電車に乗っていて着いた駅が知らない駅だったとか、場所は現代?風なのに、看板の文字が文字化けしていて言葉が通じないとか、自分がいた世界とは別の世界に紛れ込んでしまう話が面白くて、続けて読み漁った覚えがある。ガチなのかネタなのかは不明だが、面白かった。
更に今の流行なのだろう、異世界転生やら召喚やらのアニメや小説の宣伝もついでのように思い出す。
「まさかなー」
声に出して笑う。
自分もテレビゲーム世代だし、転生や召喚という言葉は知っている。
目が覚めたら別世界で前世の記憶を持ったまま転生していた。
事故で死んだら神様に会って別世界に転生してチート能力で無双する。
突然足元に現れた魔法陣に吸い込まれて、気がつくと、勇者よ!なんて言われたり。
アッハッハとついつい笑ってしまったが、段々と乾いた笑いになってしまうのは不安のせいだ。
「まさかなー」
2度目のまさかなーは、さっきよりも小さく、声が震えていた。
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