おっさんが願うもの

猫の手

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おっさん、魔法講義を受ける

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「おはよう」
 朝食の準備中に後から起きてきたロイに後ろから声をかけられて、おはよう、と返すと、頬に手を添えられて、唇を重ねられた。
 本日1回目のキスだ。

 これじゃまるで…新婚だよ…

 心中は絶賛赤面中だが、年上の威厳を持って…と平静を装って朝食準備を再開させる。


 昨日、夕飯を食べた後も、夜遅くまで討論を重ね、キスをする条件が決定した。

 唇へのキスは1日3回まで。
 それ以外へのキスは5回まで。
 周りに誰もいないこと。
 ダメ、嫌と言われたら止めること

 最初ロイは回数無制限で、1日最低1回はベロチュー可、ととんでもないことを言ってきたのだ。
 譲歩に譲歩を重ねてこの条件に落ち着いた。これでもまだロイは、子供のように地団駄を踏み、ブーブー文句を垂れていた。

 決定後、じゃあ早速、と言って頬に手を添えられると、頬にチュッと音を立ててキスをしてきた。
 唇にされるより恥ずかしくて、思い切り赤面してしまう。
 それなのに、ロイはルンルンと小躍りを踊っているのを見て脱力した。

 こいつ…ギャップが激しくないか…?

 ハアアァァッと深いため息をついた。
 これから毎日…なんか罠に嵌められた気がする…とそう考え、少し憂鬱な気分になった。
 



 魔法の練習5日目。
 ロマが王都向かってから5日が経過した。
 軽めの朝食を食べ終わると、今日は朝から魔法の練習に入る。ロイも腹筋やら腕立て伏せやら筋力トレーニングを始めていた。
 練習を始めて数時間、昨日、あんなことがあったが、それでも全身を巡る魔力を感じることが出来るようになり、マッチだった火はピンポン玉に、そしてテニスボールになり、最後にはバレーボールくらいにまで大きくすることが出来ていた。ただ、火は大きくなっても、飛ばす速度が出ない。ロイに何度か助言をもらって、火のイメージを変更してみることにした。
 今まではただそこに火があることを想像していたが、勢いのある火を想像して、火炎放射器を思い浮かべてみた。
 これがビンゴだった。

 いきなり手のひらから火でなく炎が噴き出し、4、5m先まで炎の帯が飛ぶ。
「おおー」
 ロイが後ろでパチパチと拍手をする。

 なるほど、イメージってこういうことか。

 コツがわかった。
 火のついたバレーボールをアタックするイメージでやってみると、勢い良く火の玉が飛び出して行く。
「コツ掴んだなー」
 コツがわかれば、火だけではなく、水や雷(電流をイメージ)を出すことも成功した。
「こっからは一つの魔法をひたすら練習していけばいいと思う」
 うんうんと頷く。
「よくがんばりました」
 昼食を摂るために一度家に向かっている時、肩を引き寄せられたかと思うと、おでこにチュッとキスされた。

 キスがご褒美って…。

 キスされたおでこに触れ、恥ずかしくて火照った頬を手でパタパタと仰ぐ。
 これがずっと続くのか、と思うと恥ずかしくて死にそうになる。
 匂いに慣れるためとはいえ、自分もキスに慣れなきゃいけないなんておかしい。こんな恥ずかしい思いを毎回しなきゃならないなんて、自分ばっかり損している気がする。
 やっぱり別の方法にしよう、と決意を固める。

 午後からもひたすら練習練習練習。
 魔力の使いすぎで、フルマラソンを走ったような疲労感を感じた。

 夕飯時に、魔法についてもっと詳しく聞いてみることした。
 魔法が使えるようになったが、何か物足りないと考えていて、呪文を唱えていないことに今更気付いた。それを聞いてみる。
「呪文?…詠唱のことか?」
「多分それ」
「ショーヘーが使ってるやつくらいなら詠唱なんて必要ねーよ」
「じゃあ詠唱が必要な魔法って?」
「んー…見せた方が早いか」
 ロイは持っていたフォークの先を真上に向け、
「炎の渦よ」
 呟くように言う。するとフォークの先からに小さい火が出たかと思うと、クルクルと回転し始めて、すごく小さな炎の渦が出来た。
「こんな感じ」
「おー!」
 思わず感嘆の声を上げる。

 つまり、火と風?二つの要素のイメージを組み合わせる時ってことか?

「これだって炎の渦がイメージ出来れば詠唱がいらねーことになるしな。
 要するに詠唱ってのはイメージしやすいように、言葉に置き換えているだけなんだよ」
 ロイにしては珍しく良くわかる説明だった。
「なるほどねぇ」
 面白い、そう思った。
 もしかして、イメージさえ出来ればこの世界にはまだない、オリジナルの魔法を作れるんじゃないか? と考えてワクワクする。
「あ、でも一つ注意な。あまり派手なものイメージすると、自分の魔力がごっそり持ってかれるぞ」
「持ってかれたらどーなんの?」
「下手すりゃ死ぬな。魔力は命に直結してる。0になっても休めば元に戻るが、一度の魔法でマイナスになったら死ぬ確率が高い。魔力を補うために生命力を使うことなるからな」
「そーなんだ…」
 つまりイメージ出来るからといって無闇に魔法を使うなってことか。
 想像していた「核」というイメージを打ち消した。
「まあ、そもそもどデカい魔法を出そうとしたって、魔力が足りなきゃ発動しないから安心しな。デカい魔法にはデカい魔力がいるってこと」
 ロイがニカっと笑う。
 自分が分不相応な想像をしていたのを見透かしているようだった。
「今日使ってた火の魔法をさ、何度も使うとイメージが固定化して発動する時間がどんどん短くなるんだよ」
 と言い、ロイの手のひらからポンと小さな火の玉が上に上がってすぐに消えた。
「な?こんなんいくつでもすぐ出せる」
 続け様にポンポンとお手玉をするように連続で火の玉が出てくる。
 自分も真似をして出そうとしたが、同じような火の玉が出るまで5秒はかかった。
「だがら同じ魔法を何度も練習するんだ」
「へー…」
「練習を重ねることで発動も容易なるし、自分がどのくらいの魔力でどのくらいの魔法が出せるようになるのかが、自然とわかってくる」
 ロイは実技大事な体育教師系かと思っていたが、意外にも理論派教師だったらしい。

 マジで意外だ…。

 少しだけ見直すことにする。
 理論はなんとなく理解出来た。

 そんなこんなで、夕食と同時にロイ先生の魔法講義が終わる。

 交代で風呂に入り終わると後は寝るだけだ。
「もう、寝るか」
「そうだな」
 ロイの部屋へ向かおうとしたが、ロイが目の前に立ちはだかる。
「何?」
「今日の分のキス」
 そう言われて思い出す。あと何回だったっけ? と回数を思い出そうとしていると、両手で顔に触れられて、右頬に1回、左頬に一回、鼻先に一回、おでこに一回。連続で触れるだけのキスをされた。
「…回数あってるか?」
 恥ずかしくて赤面しているのを誤魔化すように聞く。
「あってるよ」
 ロイがクスッと笑って、今度は自分の腰に腕を回してくるとグイッと引き寄せられ、唇に軽いキスを一回された。
 まともにロイの顔を見ることが出来ず、下を向いていたが、顎に手を添えられて上を向かせられると、ゆっくりと唇を重ねてきた。
「ん…」
 少し長めの唇が触れるだけのキス。
 キスが終わると、顔もちろん、耳も首まで真っ赤になってしまったのを見られないようにするために、俯いてロイの鎖骨のあたりに額をつける。そのままロイが自分を離してくれるのを待ったが、一向に離そうしないロイに、
「ロイ?」
 顔を上げてロイの顔を見る。
 だが、そこには玄関の方をじっと見つめるロイがいた。
「こんばんは」
 突然知らない男の声がして、驚いてロイが見つめる玄関の方を振り返った。
 そこに、長めの黒髪を後ろに束ねた、黒いタートルネックの長袖に黒いズボン、黒いブーツ。全身黒のみで身を包んだ男が立っていた。
「悪いね、蜜月を邪魔しちゃって」
 男がクスッと笑いながら、今のキスを見ていたことを告げる。
 見られた!と思い、穴に入りたい衝動に駆られるが、
「スペンサー…」
 ロイが低い声で聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。その声はどういう感情なのか、少し震えていた。
 ロイの体が緊張しているのが側にいてよくわかる。そして次第にザワザワとロイの全身に闘気が満ちてくるのを、触れていた腕から直に感じた。

 何だ?何が起こってる?
 この男は誰だ?
 っていうかどっから入った?
 何しに…。

 瞬間的に自分が狙いだと悟る。
 ここ数日が平和すぎて、自分が狙われているという事実をすっかり忘れていた。というか自分が置かれた状況をまるで理解していなかったんだと思い知らされる。
 突然目の前に現れた黒づくめの男が敵だと、自分を、ジュノーを捕らえにきたんだと理解した。

 ロイの闘気がどんどん膨れ上がり、ゆっくりと自分を後ろへ追いやるように移動させると、守る姿勢に入った。
「君がジュノー君だね」
 ロイの後ろに隠された自分に話しかけてくる。
「いちゃついてた所悪いんだけど、こっちへ来てもらえると助かるんだけどー」
 ニコニコと微笑みながら話しかけられる。
「行かせるわけねーだろ!!」
 ロイが怒鳴る。
 犬歯を剥き出しにして、グルルルルと唸り声まであげた。
「だよねー」
 アハハハーと男が笑う。

 怖い
 
 闘気を纏ったロイにではなく、突然現れた男にだ。
 ふざけているような言葉を発しているが、その体から隠そうともしていない放出されるオーラに圧倒される。
 微笑んではいるが、目は笑っていない。その目は確実に獲物を捉えた目だった。

 
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