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王都への旅路 〜遊郭の街ゲーテ〜
66.おっさん、迷子になる
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いつもの日常が戻ってくる。
朝食を食べながら、会話をする。
「良かったー。もーほんと空気重くて死ぬかと思ったー」
クリフが歯に着せぬ物言いでアイザックにどつかれ、苦笑するしかない。
「悪いことしたな。ほんと」
全員の顔を見渡して、謝罪した。
「本当良かった。もう喧嘩なんてしないでくださいよ」
アシュリーの言葉に、ん? と思い、再び全員を見渡す。
そして、アシュリーとクリフの2人だけが、自分達3人の関係に気付かず、ただ単純に喧嘩しただけだと思っているらしい、と気付いた。
まあそれはそれで別に構わないので、そのまま放置することにする。
「これで心置きなくゲーテに行ける!」
アシュリーのイエーイと大きな声で喜ぶ姿に笑った。
天幕を片付けている最中、ロイとディーに話す。
「グレイとウィルに感謝しないと。相談に乗ってもらったんだよ」
そう聞いて、ロイが露骨に驚く。
「純情を絵に描いたようなグレイがか!」
うわ、ひっど。
その通りだけど。
「わーるかったな。純情一直線で」
太い腕を組んで仁王立ちでロイの背後に立つ。そのままロイを羽交締めにし、そこからあっという間に卍固めを決める。
「いたたたた!!!ギブ!!ギブ!!」
その様子に笑いながら、いつもの光景にホッとする。
「ショーヘイさん。今日から馬車でも良いですよね?」
「えー。別にみんなでローテーション組んで乗ればいいじゃん」
そう少しだけ意地悪を言うと、ディーが目に見えて嫌な顔をする。そしてすすっと自分に近付くと、コソッと耳打ちした。
「ショーヘイロス状態なんですよ。これ以上離れたら、何をするか自分でもわかりませんよ?」
最後に、耳をペロッと舐められ、バッと耳を押さえつつ顔を真っ赤にして離れた。
「可愛い」
そんな自分にディーが笑い、ロイがデレッとする。
「お前ら、馬車には俺も乗るんだからな。自重しろよ」
グレイの言葉に、自分も含まれているとわかって、心外だとムーッと口を結んだ。
そして5日目の朝、ゲーテに向けて出発した。
出発する直前、ロイもディーも、グレイとウィルにきちんとお礼をしているのを見て、よしよしと保護者のような気分になった。
次の日の夜の野営で、改めてきちんと2人に話すことにする。
夕食を終えて、2人を連れて天幕を張った広場から離れる。
なんとなく気恥ずかしくて、自分はコソコソと隠れるように抜けたつもりだったが、察した騎士達、アシュリーとクリフ以外は見て見ぬふりをしてくれた。
「ショーヘー」
「ショーヘーさん」
広場からだいぶ離れて、ここら辺でいいかと、ついてきていた2人を振り返ると、すぐ間近まで迫っていた2人に左右から抱きしめられた。
「ちょ…おい」
「いー匂い」
ロイにスンスンと耳元で匂いを嗅がれ、そのまま耳をべろりと舐められる。
「ん」
ゾクっと快感が走ったが、そんなロイを引き剥がそうと腕でロイを押し返すが、びくともしない。
そうしているうちに、ディーにも反対側の耳を舐められて、快感のようなくすぐったさに身を捩る。
「やめ」
言葉の途中でロイに口付けられ、そのまま舌を絡め取られながら、ディーの唇と舌が耳と首すじを這った。
「ん、ぁ」
2人の手が服の上から上半身を弄り始めた。
「ちょっと」
待って、という言葉も、今度はディーのキスに塞がれて、同じように舌を吸われ、甘噛みされる。
「待てって」
2人の口が、舌が、手が、どんどん際どくなってきて、慌てて2人を止める。
「なんで?」
耳元でロイが囁きつつ、耳を嬲ってくる。
そして、ディーの手が直接服の中へ侵入し素肌へ触れてきて、さらに慌てた。
「待てって言ってるだろ!!」
ゴンゴンと、2人の頭に拳骨を入れた。
「えー、なんでー?」
頭を抑えて、ロイがブーたれる。
「そのつもりで呼んだんじゃないってば」
そう叫びつつ、ハッと気づくと、すでに着ていたシャツのボタンが全て外され、はだけていた。
慌ててシャツの合わせを直すと、ボタンを全部しめる。
「駄目ですか…?」
目の前で2人がお預けをくらった犬のようにしゅんと項垂れて、その表情にウッと一瞬可哀想に思ったが、気を取り直して、2人に向かい合う。
「話がしたくて呼んだんだよ」
「じゃ、話が終わったらシてもいい?」
ロイのその言葉に、ため息をつく。
「いいから、座れ」
そう言われて、その辺にある倒木に素直に座る。
「この間の件、ちゃんと言っとこうと思って」
それを聞いて、ディーが苦笑した。
「すみません、ショーヘイさん。貴方の気持ちを考えず、突っ走ってしまって…」
ディーが謝る。
翔平に「距離を置きたい」と言われて、性急に事を進めすぎた、とものすごく反省した。
「ロイから聞きました。貴方の過去のこと。婚約者に裏切られた話」
「なら話は早いや」
2人が自分の過去のことを知っているなら、話は早い。
「あのな、俺、結構ショックだったんだわ。この世界と元の世界の恋愛の価値観が違いすぎて」
ゆっくりと、自分が何を悩んで、何に苦しんだのかを2人に説明した。
「あー…、悪かった…。ごめん、ショーヘー…」
翔平が自分を選んでくれようとしてくれたのはすごく嬉しいが、それを無視して、ディーを好きならそれでもいいと、2人同時にと言ったことが、苦しめる原因だったと知って、ロイが項垂れる。
それに加えて、この世界での恋愛観で話を進めようとしたことを、反省する。
「ほんとすみません…。
貴方はジュノーで、こちらの常識に苦しむことがあるとわかっていたのに…」
ディーもかなり反省しているようで、俯いたまま謝罪してくる。
「俺の中では、二股はまだ浮気の部類なんだよ。たぶん、それが払拭されるのに、もうちょっと時間がかかると思う…」
「え…」
2人が自分の言葉に顔を上げ、不安気な目で自分を見た。
「だけど、ロイもディーも本気で好きだと思ったから、2人を受け入れようと思う。
いや、思うじゃなくて受け入れるよ。俺も、自分の気持ちに嘘はつけないしな」
そう言ってニコッと笑う。
「ロイ、ディー、好きだよ。
こんな面倒臭い俺だけど、これから、よろしくお願いします」
そう言って、ペコリと頭を下げた。
顔を上げると、2人同時に抱きしめられる。
「愛してる。ショーヘー」
「ショーヘイさん、愛してます」
同時に言われて、微笑みながら、2人へ腕を回し、2人同時に抱きしめ返す。
「あの…、それでさ」
最後に2人にもう一つ重要なことを言っておかなければならない。
「なんですか?」
体を離して、2人に見つめられて、かなり言いづらくなる。
「その…、SEXは…、まだ、もうちょっと待って…」
「え!!」×2
「なんていうか…、その…、まだ…心の準備が…、というか、体力もまだ完全に戻ってないし…」
2人とも、ガーンとショックを受けたような顔をしたが、体力という言葉を聞いて、すぐに真顔になる。
「そうですよね…。あれから、まだ10日くらいですもんね…」
随分前のように感じるが、翔平がチャールズから救出されてから、まだ10日ほどしか経っていない。
普通にしているように見えるが、まだ完全に元の状態に戻っているわけではなかった。
一般的に魔力を枯渇した時の回復は1、2日くらいで戻るが、翔平の場合は無理矢理魔力を奪われて、体が衰弱してしまった。魔力は戻っているが、体が戻っていない。
「ごめん…」
「いや…さっきはすまん…」
こればかりはロイも素直に謝る。
ここに来た時、翔平にがっついて抱こうとした自分を反省する。
そんな2人を見て、逆に申し訳なく思い苦笑する。
でも、体力が戻っていないという理由もあるが、実際には2人に抱かれるという事実を受け入れるのに、もう少し時間が必要だった。
元の世界でも3Pなんて経験がない。
ましてや、自分は受け身側。怖さに近い不安がある。
もうちょっとだけ、時間をもらって、しっかりと心の準備をしようと思った。
天幕に戻り、2人にはさまれ、体を寄せ合って眠った。
それだけで、すごく安心する。
その日もぐっすりと眠ることが出来た。
7日目の昼近くにみんなが楽しみにしていた念願のゲーテに到着する。
だが、颯爽と騎士服とランドール家の馬車で街に入ったわけでない。
馬車には、偽装するための仕掛けが施されており、今は家紋が隠され、外装の一部も取り外されて、一般よりも少しだけ豪奢な金持ちの馬車という装いになっている。
さらに、全員が騎士服を脱いで、普段着に着替えていた。さらに自分以外は全員認識阻害魔法をかけ、髪色を変え、個人が特定されないようにする。
流石に自分を王都まで護衛している最中に、色町へ立ち寄りました、とバレるのは如何なものかと。シュターゲンを迂回するためとはいえ、いささか外聞が悪い。
仕事中に風俗は流石にないよな。
と心の中で笑った。
城門を通過して、先ずは馬宿へ向かう。そこに馬車と馬を預けて、あとは自由散策だ。
騎士達にも、今日は休みでいいと伝え、丁度24時間後の午後1時に馬宿へ集合することになる。
チャールズの脅威が去り、目下のところ全員で翔平を護衛する必要はないと判断したこともあるが、せっかく色町に来たのだし、騎士たちに羽を伸ばしてもらおうという好意だ。
とりあえず、全員で街へと入る。
馬宿から、街のメインストリートである商店や露天が立ち並ぶ通りに出た後、それぞれが別行動をすることになった。
それじゃぁ、と自分たち4人以外がどんどんと先へ行くのを見送った。
色町と聞いていたが、今のところ、他の街と変わった所は特にない。
一般的な店に露店。
通りを歩く人たちも普通の人たちばかり。
それをロイに聞くと、
「遊郭はこの先だ」
と教えてくれた。
街の中に、人口の川が作られており、橋を渡った先にも街がある。そこが遊郭であり、いわゆる風俗店が立ち並んでいるらしい。
遊郭って…江戸時代じゃあるまいし。
そう思ってクスッと笑った。
「ショーヘイさん、ちょっと買い物付き合ってください」
ディーにそう言われて手を引かれ、4人で立ち寄ったのは、宝飾店だった。
「ピアス、私からも贈らせてくださいね」
そう言って、店の中に飾られたペアピアスを物色し始める。
そっと右耳にあるロイからのピアスに触れ、はたと気付く。
ディーからもっていうことは、もう1箇所開けることになるのか?と。
「なぁ、どうせなら3人一緒っていうのは?」
3人お揃いであればつけるピアスも一つで済む。
「えー、ディーと一緒なんてやだよ」
「ロイと一緒は嫌です」
2人に即答されて、は?となる。
それを聞いていたグレイが笑う。
「ショーヘー、こいつらは自分が贈ったものをお前につけて欲しいんだよ」
そう言われたが、いまいちピンと来ない。
3人で愛し合う、とか言ってたくせに、なんでこういう所で2人で張り合うのかがわからない。
これもこの世界の恋愛観なんだろうか。と思考を巡らせる。
「なんかめんどくさ」
ボソッと独り言のように呟き、グレイにますます笑われた。
「まぁ、受け取ってやれや」
笑いながらポンと肩を叩かれた。
ややしばらくして、ようやっと決めたディーに呼ばれる。
そのまま店の奥ですぐに新たな穴を開けてもらい、ディーが選んだピアスが右耳に付けられた。
「お似合いですよ」
店員の女性に鏡越しにニッコリと微笑まれて少しだけ赤面する。
ロイが贈ってくれた飾りがぶら下がっているものではなく、単純な飾りのないピアスだった。
かなり大きな石が嵌め込まれていて、光に当たってキラキラと輝いている。
ディーは今までつけていた左耳のピアスを外し、同じピアスをつける。
「これで、貴方は私のものだ」
肩に手を置かれて顔を寄せられ、鏡越しに顔が並ぶと、自分の右耳とディーの左耳に、揃いのピアスが光る。
「俺のものでもあるんだぞ~」
後ろからロイの声が聞こえて、クスッと笑った。
「羨ましいですわ」
女性の店員が、ディーとロイのイケメンっぷりに頬を染めながら言う。
「はぁ、どうも…」
少しだけ照れながら席を立ち、4人で店を出た。
新たにつけられたピアスが、自分が2人に愛されてるという証明なんだと、店を出てから実感して顔を赤く染めた。
「照れるなよ」
「うるさいな」
グレイに揶揄われ、顔を赤くしながらグレイを小突いた。
「それはそうと、すごい高そう。いくらしたんだ?」
「贈り物の値段を聞くものじゃありませんよ」
ニコニコしながらディーが答え、そりゃそうだけど…、とピアスに触れる。
ピアスを触る癖がつきそうだ。
と意識して手を引っ込めた。
それから4人で色町へと足を向けた。
別に色町で遊ぶつもりはない。
だが、この世界での風俗街がどんなものか見てみたいと、遊ぶ気はないが、ワクワクする。
「みんな、ここに来たことあるのか?」
「そりゃぁ、まぁ…」
「そういう所だしな。何回かは…」
「やむを得ずね…」
3人が3人とも微妙な返事をする。
その返事に首を傾げたが、まぁいいやと気にする事なく進んだ。
遊郭だ。
まさに遊郭だ!
目の前に広がる色町の光景に、開いた口が塞がらない。
「どうしました?」
ディーが立ち止まって街を呆然と眺める自分に訝しんで、顔を見る。
「遊郭だ…」
「そうですよ」
「いや、そうじゃなくて…、俺が知ってる遊郭だ」
その言葉に、ディーが察する。
「ああ、そういうことですか」
自分の視界に入るのは、映画やドラマで見た、江戸時代の遊郭そのものだった。
メインストリートである通りに、2、3階建ての建物。
そのテラスのような場所から、着飾った男女が、道を歩く人たちへ手を振り、声をかけ、1階部分には窓越しにかなり際どい格好をした男女がその体をアピールしている。
煌々と魔鉱石の街灯が灯り、夜なのに、昼のように明るいが、どこか妖艶な明るさがある。
「ご想像通りですよ。ここはジュノーが作った街です」
ディーの言葉に、口を真横に結んだ。
「…いつ頃?」
「300年ほど前です」
「そっか…」
ここにも、自分と同じ日本人がいたんだ、とジーンと感動した。
確実にここを作ったのは日本人で、江戸時代から昭和初期のどこかの時代から来た人だとわかる。さらに、ここまで再現できるというのは、遊女だったのか、働いていた人で間違いないだろう。
異世界で、もう会うことは出来ないが、同じ日本人がここに居たとわかって、深く感動を覚えて、郷愁にかられた。
4人でゆっくりと通りを歩く。
物珍しそうにあたりをキョロキョロするが、店の1階でその体をアピールしている男女の姿に、目のやり場にかなり困った。
男女とも上半身裸で、下半身は隠れているが、かなり際どい。角度によってはモロ見えの状態だし、男性に至っては、下着をつけていても、そのペニスの形がありありとわかる。
「うわぁ…」
思わず、そのエロさに声を出してしまう。
「こういう所初めてなのか?」
ロイに言われて、赤面した顔をロイに向けた。
「いや、俺の世界にもこういう街はあったけど、ああいうのは違反行為でさ」
選ぶ相手をガラス越しに実際に見ることができる状態を指して言った。
「へー。じゃぁどうやって相手を選ぶわけ?」
「写真…、絵姿で容姿を見て指名するんだ」
「それだと、絵姿と実物が違うとかありません?」
「あはは。それはあるかも」
確かに、写真を盛られて、実物とはかなり違う人っていう話は聞いたことがある。
自分は実際に風俗を利用したことはないから、なんとも言えないが、言われてみれば、写真だけで判断して指名するのは勇気がいるなと思った。
「お兄さんたち、店決まってないなら、うちにおいでよ」
「いい子いるよー」
通りを歩いていると、次から次へと、勧誘の声がかかる。
「あんまり離れるなよ」
「そうですよ。ショーヘイさん、可愛いから危ないですからね」
「可愛い言うな」
「ワハハハハ」
勧誘を受け流しつつ、くだらない会話を続ける。
「冗談抜きで、ここは男女を買える場所だけどよ、ここに来る奴が全員買いに来てるわけじゃねーんだ」
「そうだな。実際にレイプ事件はかなり多いし、人攫いも横行してる」
「自警団は?」
「いることにはいるんですけどね、人手不足と、事件の数が多すぎて」
「だから、自衛が大事なんだ。絶対に1人になるなよ」
「わ、わかった」
こんなおっさんが被害になんて、と思いたいが、実際に未遂事件もあったし、どうも自分は可愛いと言われる傾向にあるようなので、身を引き締めることにする。
持っていた鞄をギュッと握りしめて、周りをキョロキョロと見物しつつも、3人の側を離れずに歩く。
ロイが自分の手を繋いでいてくれるから、かなり安心ではあるが、何があるかはわからない。
「どこの宿にしましょうかね」
「え?ここの宿に泊まるのか?」
ディーの言葉に驚く。
「そうですよ。他に宿はありませんし。まぁ、普通の宿のような部屋ではありませんが、内装が違うだけですから」
それを聞いて、この世界のラブホのようなもんか、と理解することにする。
その時、通りの奥の方から歓声が上がった。
「何だ?」
人の流れが一気にそちらへ移動し初めて、後ろから次々と急ぐ人たちが自分たちを追い抜き、時折ドンと肩や腕がぶつかった。
「花魁道中ですね」
「花魁!?見たい!」
そう言うと、3人とも自分の言葉に驚きつつ、歓声の上がる方へ足を向けた。
どんどん人が増え、混み合ってくる。
店の中からも人が出てきているようで、花魁を一目見ようと多くの人たちが通りに殺到していた。
「スられないように気を付けろ」
グレイに言われて、持っていた鞄を抱える。
一応、何かあった時のために、と多少のお金はディーから渡されて持っているから、鞄を抱えつつ、必死にロイの手を握って離さないようにした。
「おい、やばいぞ」
グレイが少し後ろから声をかける。
かなり人が多い。
通りの人が我先にと花魁を目指して集まり、人にぶつからないようにするのが不可能が状況になった。
「駄目だ、危ない。出るぞ」
ロイがぎゅうぎゅうの人混みから出るために、向かってくる人の間をすり抜けるように横へ移動し始めた。
その時には、すでに雑踏の音でお互いの声も聞こえない状況で、ロイの声が聞こえず、いきなり繋いだ手を横へひっぱられ、そこへ人が通ったことで、その手が離れてしまった。
マズい。
焦って、ロイが向かったであろう、横へ移動しようと、人の波を横切ろうとするが、中々歩けない。
「ショーヘー!」
遠くから、ロイの叫ぶ声がする。
遠くに、一際大きなグレイの頭が見える。
そこへ向かって必死に向かおうとするが、次から次に押し寄せる人に、押され、弾かれ、どんどんと群衆に呑まれて行った。
とりあえず、必死に鞄を両手で抱え、スリにだけは気を付けて、少しづつ少しづつ、通りの端へと移動していくが、完全に3人と離れてしまった。
もう花魁道中どころではない。
歓声とざわめきに、誰の声も聞こえない。
それでも、何とか通りから抜け出して、店先の一角の空いたスペースに体を置くことが出来た。
ちょうど、店と店の間。
人1人が通り抜けられる細い路地の入り口に体を滑り込ませて、はぁっと息を吐いた。
はぐれてしまっては仕方がない。
お互いに探し歩いて、入れ違いになる可能性もあるし、ここから動かないでおこうと決めて、その場所でじっと佇む。
この群衆も、花魁道中が過ぎ去れば、少なくなるはずだし、じっとここで待とうと思った。
「ねえ」
女性の声がした。
ただ自分に向かってではないと思って、無視してじっと通りを眺める。
「ねえってば、そこの黒髪のお兄さん」
そこで、はっきりと自分を呼ばれていることがわかって、あたりをキョロッと見渡した。
そして、斜め後ろの店にあるガラス窓の中から、女性がこっちを見ているのに気がついた。
ちょうどガラス越しに近くに居て、距離的には1mくらいのすぐそばにいる。
だが、その女性はやはり上半身裸で、豊満なおっぱいを隠そうともせず、目のやり場に困って目を逸らした。
「貴方、はぐれたの?」
「ええ、まぁ」
「この人混みだものね。すぐに会えればいいけど」
「…ありがとうございます」
「花魁道中が終わるまで、私たちも暇なのよ」
通りには人が大勢いるが、誰も店を見ていない。
そう言われて、チラッとガラス窓の中を見ると、中にいる数人の男女が暇そうに、ダルそうにしていた。
「貴方、誰か買うの?」
「いえ、買いません」
「そうよね。恋人がいるんでしょ?2人?」
「ええ、まぁ…」
彼女から見える自分の右耳のピアスでわかったんだろう、と思った。
「ねえ、気をつけてね。貴方可愛いから、襲われるわよ」
そう言われて、思わず彼女の方を振り向いてしまい、そのおっぱいに赤面してまた正面を見る。
「ほら、やっぱり可愛い」
自分の態度にクスクスと笑われ、恥ずかしくなって俯く。
その時、後ろから腕が伸びて、そのまま口塞がれ上半身を鞄ごと掴まれて後ろへ引っ張られた。
「あらあら、言わんこっちゃない」
女性がクスクスと笑う。
太い腕に上半身を捕まえられ、そのまま持ち上げられて、どんどんと路地の奥へ連れて行かれた。
「離せ!!」
あまりに突然のことに、数十秒暴れることで逃れようとしたが、はっきりと自分を襲った悪漢だと認識し、魔法で反撃してもいいよな、と思い至って、魔力を腕に込め、振り向きざまに思い切り肘打ちを食らわせた。
「ッグ!」
肘にものすごく硬い感触が伝わり、腕の力が緩むと、ようやっと離されて、地面に着地する。
すぐに正面に向かって走ろうと思ったが、首の後ろにチリっとした痛みのようなざわつきを覚えて、咄嗟に物理防御魔法で全身を覆った。
その瞬間、自分の頭めがけて拳が振り下ろされ、ガツンと魔法壁にぶち当たる。
「てめぇ、魔導士か」
振りむくと、そこにグレイのような大男が立っていた。
肘打ちした顔は、何の痕もなく、かなり頑丈な体のようで、多分自分のグーパンや蹴りでは、いくら硬化魔法を使っても駄目だとすぐに理解する。
物理が駄目なら、魔法で。
すぐに切り替えて、両手に炎の玉を出現させる。
「こんな所でそんな魔法使えば、火事になるぞ」
そう言われ、一瞬躊躇ったのが不味かった。
一瞬で男の拳が魔法壁をも貫いて自分の腹にめり込む。
「おごっ!」
男も魔法は使えるのか、咄嗟に張っただけの魔法壁を簡単に破って、重たい一撃を腹にくらい、腹を抱えて蹲る。
痛みと込み上げる吐き気に悶えている自分を再び捕らえ、そのまま担ぎ上げられた。
どうやって逃げよう。
荷物のように担がれて、奥へ奥へ、路地を入って行く。
その間に自分にヒールをかけて、逃げる方法を考えた。
そして、閃く。
「フラッシュ」
自分は目をつむり、男の顔の前で、カメラのストロボの数倍の光を浴びせた。
元々薄暗い路地で、目のそばで強烈光を見た男の目が眩み、男が呻きながら慌てて自分を離し、目を抑える。
その隙に、猛然と走り出し、時々振り返りながら男が追ってこないかどうか確認しつつひたすら走る。
何度か角を曲がり、ようやっと男の姿が視界から消えると、一度止まって、通路からこっそり今来た道を覗く。
男の姿はない。
「まいたかな…」
走って乱れた呼吸を整えながら、ふうと息を吐いて、無事に逃げられたと安心した。
そして、元いた場所に戻るために歩き出そうとしたが、気付く。
「ここ、どこ」
男にどんどん奥へ運ばれ、逃げるために何個も角を曲がり、自分がどの方向から来たのかが、わからなくなっていた。
見渡しても、同じ景色。
家なのか、店なのか、建物の間の路地裏。似たような壁に似たようなドア。
「迷った…」
1人呟いて、肩掛け鞄のベルトを握りしめる。
逃げるためとはいえ、無茶苦茶に路地を走ったせいで、表通りがどっちにあるのかもわからない。
建物に囲まれて、路地の向こう側も見えない。
どうしよう。
まさか、迷うなんて。
しかもこんな危ない街で。
一気に血の気が引き、途方にくれた。
朝食を食べながら、会話をする。
「良かったー。もーほんと空気重くて死ぬかと思ったー」
クリフが歯に着せぬ物言いでアイザックにどつかれ、苦笑するしかない。
「悪いことしたな。ほんと」
全員の顔を見渡して、謝罪した。
「本当良かった。もう喧嘩なんてしないでくださいよ」
アシュリーの言葉に、ん? と思い、再び全員を見渡す。
そして、アシュリーとクリフの2人だけが、自分達3人の関係に気付かず、ただ単純に喧嘩しただけだと思っているらしい、と気付いた。
まあそれはそれで別に構わないので、そのまま放置することにする。
「これで心置きなくゲーテに行ける!」
アシュリーのイエーイと大きな声で喜ぶ姿に笑った。
天幕を片付けている最中、ロイとディーに話す。
「グレイとウィルに感謝しないと。相談に乗ってもらったんだよ」
そう聞いて、ロイが露骨に驚く。
「純情を絵に描いたようなグレイがか!」
うわ、ひっど。
その通りだけど。
「わーるかったな。純情一直線で」
太い腕を組んで仁王立ちでロイの背後に立つ。そのままロイを羽交締めにし、そこからあっという間に卍固めを決める。
「いたたたた!!!ギブ!!ギブ!!」
その様子に笑いながら、いつもの光景にホッとする。
「ショーヘイさん。今日から馬車でも良いですよね?」
「えー。別にみんなでローテーション組んで乗ればいいじゃん」
そう少しだけ意地悪を言うと、ディーが目に見えて嫌な顔をする。そしてすすっと自分に近付くと、コソッと耳打ちした。
「ショーヘイロス状態なんですよ。これ以上離れたら、何をするか自分でもわかりませんよ?」
最後に、耳をペロッと舐められ、バッと耳を押さえつつ顔を真っ赤にして離れた。
「可愛い」
そんな自分にディーが笑い、ロイがデレッとする。
「お前ら、馬車には俺も乗るんだからな。自重しろよ」
グレイの言葉に、自分も含まれているとわかって、心外だとムーッと口を結んだ。
そして5日目の朝、ゲーテに向けて出発した。
出発する直前、ロイもディーも、グレイとウィルにきちんとお礼をしているのを見て、よしよしと保護者のような気分になった。
次の日の夜の野営で、改めてきちんと2人に話すことにする。
夕食を終えて、2人を連れて天幕を張った広場から離れる。
なんとなく気恥ずかしくて、自分はコソコソと隠れるように抜けたつもりだったが、察した騎士達、アシュリーとクリフ以外は見て見ぬふりをしてくれた。
「ショーヘー」
「ショーヘーさん」
広場からだいぶ離れて、ここら辺でいいかと、ついてきていた2人を振り返ると、すぐ間近まで迫っていた2人に左右から抱きしめられた。
「ちょ…おい」
「いー匂い」
ロイにスンスンと耳元で匂いを嗅がれ、そのまま耳をべろりと舐められる。
「ん」
ゾクっと快感が走ったが、そんなロイを引き剥がそうと腕でロイを押し返すが、びくともしない。
そうしているうちに、ディーにも反対側の耳を舐められて、快感のようなくすぐったさに身を捩る。
「やめ」
言葉の途中でロイに口付けられ、そのまま舌を絡め取られながら、ディーの唇と舌が耳と首すじを這った。
「ん、ぁ」
2人の手が服の上から上半身を弄り始めた。
「ちょっと」
待って、という言葉も、今度はディーのキスに塞がれて、同じように舌を吸われ、甘噛みされる。
「待てって」
2人の口が、舌が、手が、どんどん際どくなってきて、慌てて2人を止める。
「なんで?」
耳元でロイが囁きつつ、耳を嬲ってくる。
そして、ディーの手が直接服の中へ侵入し素肌へ触れてきて、さらに慌てた。
「待てって言ってるだろ!!」
ゴンゴンと、2人の頭に拳骨を入れた。
「えー、なんでー?」
頭を抑えて、ロイがブーたれる。
「そのつもりで呼んだんじゃないってば」
そう叫びつつ、ハッと気づくと、すでに着ていたシャツのボタンが全て外され、はだけていた。
慌ててシャツの合わせを直すと、ボタンを全部しめる。
「駄目ですか…?」
目の前で2人がお預けをくらった犬のようにしゅんと項垂れて、その表情にウッと一瞬可哀想に思ったが、気を取り直して、2人に向かい合う。
「話がしたくて呼んだんだよ」
「じゃ、話が終わったらシてもいい?」
ロイのその言葉に、ため息をつく。
「いいから、座れ」
そう言われて、その辺にある倒木に素直に座る。
「この間の件、ちゃんと言っとこうと思って」
それを聞いて、ディーが苦笑した。
「すみません、ショーヘイさん。貴方の気持ちを考えず、突っ走ってしまって…」
ディーが謝る。
翔平に「距離を置きたい」と言われて、性急に事を進めすぎた、とものすごく反省した。
「ロイから聞きました。貴方の過去のこと。婚約者に裏切られた話」
「なら話は早いや」
2人が自分の過去のことを知っているなら、話は早い。
「あのな、俺、結構ショックだったんだわ。この世界と元の世界の恋愛の価値観が違いすぎて」
ゆっくりと、自分が何を悩んで、何に苦しんだのかを2人に説明した。
「あー…、悪かった…。ごめん、ショーヘー…」
翔平が自分を選んでくれようとしてくれたのはすごく嬉しいが、それを無視して、ディーを好きならそれでもいいと、2人同時にと言ったことが、苦しめる原因だったと知って、ロイが項垂れる。
それに加えて、この世界での恋愛観で話を進めようとしたことを、反省する。
「ほんとすみません…。
貴方はジュノーで、こちらの常識に苦しむことがあるとわかっていたのに…」
ディーもかなり反省しているようで、俯いたまま謝罪してくる。
「俺の中では、二股はまだ浮気の部類なんだよ。たぶん、それが払拭されるのに、もうちょっと時間がかかると思う…」
「え…」
2人が自分の言葉に顔を上げ、不安気な目で自分を見た。
「だけど、ロイもディーも本気で好きだと思ったから、2人を受け入れようと思う。
いや、思うじゃなくて受け入れるよ。俺も、自分の気持ちに嘘はつけないしな」
そう言ってニコッと笑う。
「ロイ、ディー、好きだよ。
こんな面倒臭い俺だけど、これから、よろしくお願いします」
そう言って、ペコリと頭を下げた。
顔を上げると、2人同時に抱きしめられる。
「愛してる。ショーヘー」
「ショーヘイさん、愛してます」
同時に言われて、微笑みながら、2人へ腕を回し、2人同時に抱きしめ返す。
「あの…、それでさ」
最後に2人にもう一つ重要なことを言っておかなければならない。
「なんですか?」
体を離して、2人に見つめられて、かなり言いづらくなる。
「その…、SEXは…、まだ、もうちょっと待って…」
「え!!」×2
「なんていうか…、その…、まだ…心の準備が…、というか、体力もまだ完全に戻ってないし…」
2人とも、ガーンとショックを受けたような顔をしたが、体力という言葉を聞いて、すぐに真顔になる。
「そうですよね…。あれから、まだ10日くらいですもんね…」
随分前のように感じるが、翔平がチャールズから救出されてから、まだ10日ほどしか経っていない。
普通にしているように見えるが、まだ完全に元の状態に戻っているわけではなかった。
一般的に魔力を枯渇した時の回復は1、2日くらいで戻るが、翔平の場合は無理矢理魔力を奪われて、体が衰弱してしまった。魔力は戻っているが、体が戻っていない。
「ごめん…」
「いや…さっきはすまん…」
こればかりはロイも素直に謝る。
ここに来た時、翔平にがっついて抱こうとした自分を反省する。
そんな2人を見て、逆に申し訳なく思い苦笑する。
でも、体力が戻っていないという理由もあるが、実際には2人に抱かれるという事実を受け入れるのに、もう少し時間が必要だった。
元の世界でも3Pなんて経験がない。
ましてや、自分は受け身側。怖さに近い不安がある。
もうちょっとだけ、時間をもらって、しっかりと心の準備をしようと思った。
天幕に戻り、2人にはさまれ、体を寄せ合って眠った。
それだけで、すごく安心する。
その日もぐっすりと眠ることが出来た。
7日目の昼近くにみんなが楽しみにしていた念願のゲーテに到着する。
だが、颯爽と騎士服とランドール家の馬車で街に入ったわけでない。
馬車には、偽装するための仕掛けが施されており、今は家紋が隠され、外装の一部も取り外されて、一般よりも少しだけ豪奢な金持ちの馬車という装いになっている。
さらに、全員が騎士服を脱いで、普段着に着替えていた。さらに自分以外は全員認識阻害魔法をかけ、髪色を変え、個人が特定されないようにする。
流石に自分を王都まで護衛している最中に、色町へ立ち寄りました、とバレるのは如何なものかと。シュターゲンを迂回するためとはいえ、いささか外聞が悪い。
仕事中に風俗は流石にないよな。
と心の中で笑った。
城門を通過して、先ずは馬宿へ向かう。そこに馬車と馬を預けて、あとは自由散策だ。
騎士達にも、今日は休みでいいと伝え、丁度24時間後の午後1時に馬宿へ集合することになる。
チャールズの脅威が去り、目下のところ全員で翔平を護衛する必要はないと判断したこともあるが、せっかく色町に来たのだし、騎士たちに羽を伸ばしてもらおうという好意だ。
とりあえず、全員で街へと入る。
馬宿から、街のメインストリートである商店や露天が立ち並ぶ通りに出た後、それぞれが別行動をすることになった。
それじゃぁ、と自分たち4人以外がどんどんと先へ行くのを見送った。
色町と聞いていたが、今のところ、他の街と変わった所は特にない。
一般的な店に露店。
通りを歩く人たちも普通の人たちばかり。
それをロイに聞くと、
「遊郭はこの先だ」
と教えてくれた。
街の中に、人口の川が作られており、橋を渡った先にも街がある。そこが遊郭であり、いわゆる風俗店が立ち並んでいるらしい。
遊郭って…江戸時代じゃあるまいし。
そう思ってクスッと笑った。
「ショーヘイさん、ちょっと買い物付き合ってください」
ディーにそう言われて手を引かれ、4人で立ち寄ったのは、宝飾店だった。
「ピアス、私からも贈らせてくださいね」
そう言って、店の中に飾られたペアピアスを物色し始める。
そっと右耳にあるロイからのピアスに触れ、はたと気付く。
ディーからもっていうことは、もう1箇所開けることになるのか?と。
「なぁ、どうせなら3人一緒っていうのは?」
3人お揃いであればつけるピアスも一つで済む。
「えー、ディーと一緒なんてやだよ」
「ロイと一緒は嫌です」
2人に即答されて、は?となる。
それを聞いていたグレイが笑う。
「ショーヘー、こいつらは自分が贈ったものをお前につけて欲しいんだよ」
そう言われたが、いまいちピンと来ない。
3人で愛し合う、とか言ってたくせに、なんでこういう所で2人で張り合うのかがわからない。
これもこの世界の恋愛観なんだろうか。と思考を巡らせる。
「なんかめんどくさ」
ボソッと独り言のように呟き、グレイにますます笑われた。
「まぁ、受け取ってやれや」
笑いながらポンと肩を叩かれた。
ややしばらくして、ようやっと決めたディーに呼ばれる。
そのまま店の奥ですぐに新たな穴を開けてもらい、ディーが選んだピアスが右耳に付けられた。
「お似合いですよ」
店員の女性に鏡越しにニッコリと微笑まれて少しだけ赤面する。
ロイが贈ってくれた飾りがぶら下がっているものではなく、単純な飾りのないピアスだった。
かなり大きな石が嵌め込まれていて、光に当たってキラキラと輝いている。
ディーは今までつけていた左耳のピアスを外し、同じピアスをつける。
「これで、貴方は私のものだ」
肩に手を置かれて顔を寄せられ、鏡越しに顔が並ぶと、自分の右耳とディーの左耳に、揃いのピアスが光る。
「俺のものでもあるんだぞ~」
後ろからロイの声が聞こえて、クスッと笑った。
「羨ましいですわ」
女性の店員が、ディーとロイのイケメンっぷりに頬を染めながら言う。
「はぁ、どうも…」
少しだけ照れながら席を立ち、4人で店を出た。
新たにつけられたピアスが、自分が2人に愛されてるという証明なんだと、店を出てから実感して顔を赤く染めた。
「照れるなよ」
「うるさいな」
グレイに揶揄われ、顔を赤くしながらグレイを小突いた。
「それはそうと、すごい高そう。いくらしたんだ?」
「贈り物の値段を聞くものじゃありませんよ」
ニコニコしながらディーが答え、そりゃそうだけど…、とピアスに触れる。
ピアスを触る癖がつきそうだ。
と意識して手を引っ込めた。
それから4人で色町へと足を向けた。
別に色町で遊ぶつもりはない。
だが、この世界での風俗街がどんなものか見てみたいと、遊ぶ気はないが、ワクワクする。
「みんな、ここに来たことあるのか?」
「そりゃぁ、まぁ…」
「そういう所だしな。何回かは…」
「やむを得ずね…」
3人が3人とも微妙な返事をする。
その返事に首を傾げたが、まぁいいやと気にする事なく進んだ。
遊郭だ。
まさに遊郭だ!
目の前に広がる色町の光景に、開いた口が塞がらない。
「どうしました?」
ディーが立ち止まって街を呆然と眺める自分に訝しんで、顔を見る。
「遊郭だ…」
「そうですよ」
「いや、そうじゃなくて…、俺が知ってる遊郭だ」
その言葉に、ディーが察する。
「ああ、そういうことですか」
自分の視界に入るのは、映画やドラマで見た、江戸時代の遊郭そのものだった。
メインストリートである通りに、2、3階建ての建物。
そのテラスのような場所から、着飾った男女が、道を歩く人たちへ手を振り、声をかけ、1階部分には窓越しにかなり際どい格好をした男女がその体をアピールしている。
煌々と魔鉱石の街灯が灯り、夜なのに、昼のように明るいが、どこか妖艶な明るさがある。
「ご想像通りですよ。ここはジュノーが作った街です」
ディーの言葉に、口を真横に結んだ。
「…いつ頃?」
「300年ほど前です」
「そっか…」
ここにも、自分と同じ日本人がいたんだ、とジーンと感動した。
確実にここを作ったのは日本人で、江戸時代から昭和初期のどこかの時代から来た人だとわかる。さらに、ここまで再現できるというのは、遊女だったのか、働いていた人で間違いないだろう。
異世界で、もう会うことは出来ないが、同じ日本人がここに居たとわかって、深く感動を覚えて、郷愁にかられた。
4人でゆっくりと通りを歩く。
物珍しそうにあたりをキョロキョロするが、店の1階でその体をアピールしている男女の姿に、目のやり場にかなり困った。
男女とも上半身裸で、下半身は隠れているが、かなり際どい。角度によってはモロ見えの状態だし、男性に至っては、下着をつけていても、そのペニスの形がありありとわかる。
「うわぁ…」
思わず、そのエロさに声を出してしまう。
「こういう所初めてなのか?」
ロイに言われて、赤面した顔をロイに向けた。
「いや、俺の世界にもこういう街はあったけど、ああいうのは違反行為でさ」
選ぶ相手をガラス越しに実際に見ることができる状態を指して言った。
「へー。じゃぁどうやって相手を選ぶわけ?」
「写真…、絵姿で容姿を見て指名するんだ」
「それだと、絵姿と実物が違うとかありません?」
「あはは。それはあるかも」
確かに、写真を盛られて、実物とはかなり違う人っていう話は聞いたことがある。
自分は実際に風俗を利用したことはないから、なんとも言えないが、言われてみれば、写真だけで判断して指名するのは勇気がいるなと思った。
「お兄さんたち、店決まってないなら、うちにおいでよ」
「いい子いるよー」
通りを歩いていると、次から次へと、勧誘の声がかかる。
「あんまり離れるなよ」
「そうですよ。ショーヘイさん、可愛いから危ないですからね」
「可愛い言うな」
「ワハハハハ」
勧誘を受け流しつつ、くだらない会話を続ける。
「冗談抜きで、ここは男女を買える場所だけどよ、ここに来る奴が全員買いに来てるわけじゃねーんだ」
「そうだな。実際にレイプ事件はかなり多いし、人攫いも横行してる」
「自警団は?」
「いることにはいるんですけどね、人手不足と、事件の数が多すぎて」
「だから、自衛が大事なんだ。絶対に1人になるなよ」
「わ、わかった」
こんなおっさんが被害になんて、と思いたいが、実際に未遂事件もあったし、どうも自分は可愛いと言われる傾向にあるようなので、身を引き締めることにする。
持っていた鞄をギュッと握りしめて、周りをキョロキョロと見物しつつも、3人の側を離れずに歩く。
ロイが自分の手を繋いでいてくれるから、かなり安心ではあるが、何があるかはわからない。
「どこの宿にしましょうかね」
「え?ここの宿に泊まるのか?」
ディーの言葉に驚く。
「そうですよ。他に宿はありませんし。まぁ、普通の宿のような部屋ではありませんが、内装が違うだけですから」
それを聞いて、この世界のラブホのようなもんか、と理解することにする。
その時、通りの奥の方から歓声が上がった。
「何だ?」
人の流れが一気にそちらへ移動し初めて、後ろから次々と急ぐ人たちが自分たちを追い抜き、時折ドンと肩や腕がぶつかった。
「花魁道中ですね」
「花魁!?見たい!」
そう言うと、3人とも自分の言葉に驚きつつ、歓声の上がる方へ足を向けた。
どんどん人が増え、混み合ってくる。
店の中からも人が出てきているようで、花魁を一目見ようと多くの人たちが通りに殺到していた。
「スられないように気を付けろ」
グレイに言われて、持っていた鞄を抱える。
一応、何かあった時のために、と多少のお金はディーから渡されて持っているから、鞄を抱えつつ、必死にロイの手を握って離さないようにした。
「おい、やばいぞ」
グレイが少し後ろから声をかける。
かなり人が多い。
通りの人が我先にと花魁を目指して集まり、人にぶつからないようにするのが不可能が状況になった。
「駄目だ、危ない。出るぞ」
ロイがぎゅうぎゅうの人混みから出るために、向かってくる人の間をすり抜けるように横へ移動し始めた。
その時には、すでに雑踏の音でお互いの声も聞こえない状況で、ロイの声が聞こえず、いきなり繋いだ手を横へひっぱられ、そこへ人が通ったことで、その手が離れてしまった。
マズい。
焦って、ロイが向かったであろう、横へ移動しようと、人の波を横切ろうとするが、中々歩けない。
「ショーヘー!」
遠くから、ロイの叫ぶ声がする。
遠くに、一際大きなグレイの頭が見える。
そこへ向かって必死に向かおうとするが、次から次に押し寄せる人に、押され、弾かれ、どんどんと群衆に呑まれて行った。
とりあえず、必死に鞄を両手で抱え、スリにだけは気を付けて、少しづつ少しづつ、通りの端へと移動していくが、完全に3人と離れてしまった。
もう花魁道中どころではない。
歓声とざわめきに、誰の声も聞こえない。
それでも、何とか通りから抜け出して、店先の一角の空いたスペースに体を置くことが出来た。
ちょうど、店と店の間。
人1人が通り抜けられる細い路地の入り口に体を滑り込ませて、はぁっと息を吐いた。
はぐれてしまっては仕方がない。
お互いに探し歩いて、入れ違いになる可能性もあるし、ここから動かないでおこうと決めて、その場所でじっと佇む。
この群衆も、花魁道中が過ぎ去れば、少なくなるはずだし、じっとここで待とうと思った。
「ねえ」
女性の声がした。
ただ自分に向かってではないと思って、無視してじっと通りを眺める。
「ねえってば、そこの黒髪のお兄さん」
そこで、はっきりと自分を呼ばれていることがわかって、あたりをキョロッと見渡した。
そして、斜め後ろの店にあるガラス窓の中から、女性がこっちを見ているのに気がついた。
ちょうどガラス越しに近くに居て、距離的には1mくらいのすぐそばにいる。
だが、その女性はやはり上半身裸で、豊満なおっぱいを隠そうともせず、目のやり場に困って目を逸らした。
「貴方、はぐれたの?」
「ええ、まぁ」
「この人混みだものね。すぐに会えればいいけど」
「…ありがとうございます」
「花魁道中が終わるまで、私たちも暇なのよ」
通りには人が大勢いるが、誰も店を見ていない。
そう言われて、チラッとガラス窓の中を見ると、中にいる数人の男女が暇そうに、ダルそうにしていた。
「貴方、誰か買うの?」
「いえ、買いません」
「そうよね。恋人がいるんでしょ?2人?」
「ええ、まぁ…」
彼女から見える自分の右耳のピアスでわかったんだろう、と思った。
「ねえ、気をつけてね。貴方可愛いから、襲われるわよ」
そう言われて、思わず彼女の方を振り向いてしまい、そのおっぱいに赤面してまた正面を見る。
「ほら、やっぱり可愛い」
自分の態度にクスクスと笑われ、恥ずかしくなって俯く。
その時、後ろから腕が伸びて、そのまま口塞がれ上半身を鞄ごと掴まれて後ろへ引っ張られた。
「あらあら、言わんこっちゃない」
女性がクスクスと笑う。
太い腕に上半身を捕まえられ、そのまま持ち上げられて、どんどんと路地の奥へ連れて行かれた。
「離せ!!」
あまりに突然のことに、数十秒暴れることで逃れようとしたが、はっきりと自分を襲った悪漢だと認識し、魔法で反撃してもいいよな、と思い至って、魔力を腕に込め、振り向きざまに思い切り肘打ちを食らわせた。
「ッグ!」
肘にものすごく硬い感触が伝わり、腕の力が緩むと、ようやっと離されて、地面に着地する。
すぐに正面に向かって走ろうと思ったが、首の後ろにチリっとした痛みのようなざわつきを覚えて、咄嗟に物理防御魔法で全身を覆った。
その瞬間、自分の頭めがけて拳が振り下ろされ、ガツンと魔法壁にぶち当たる。
「てめぇ、魔導士か」
振りむくと、そこにグレイのような大男が立っていた。
肘打ちした顔は、何の痕もなく、かなり頑丈な体のようで、多分自分のグーパンや蹴りでは、いくら硬化魔法を使っても駄目だとすぐに理解する。
物理が駄目なら、魔法で。
すぐに切り替えて、両手に炎の玉を出現させる。
「こんな所でそんな魔法使えば、火事になるぞ」
そう言われ、一瞬躊躇ったのが不味かった。
一瞬で男の拳が魔法壁をも貫いて自分の腹にめり込む。
「おごっ!」
男も魔法は使えるのか、咄嗟に張っただけの魔法壁を簡単に破って、重たい一撃を腹にくらい、腹を抱えて蹲る。
痛みと込み上げる吐き気に悶えている自分を再び捕らえ、そのまま担ぎ上げられた。
どうやって逃げよう。
荷物のように担がれて、奥へ奥へ、路地を入って行く。
その間に自分にヒールをかけて、逃げる方法を考えた。
そして、閃く。
「フラッシュ」
自分は目をつむり、男の顔の前で、カメラのストロボの数倍の光を浴びせた。
元々薄暗い路地で、目のそばで強烈光を見た男の目が眩み、男が呻きながら慌てて自分を離し、目を抑える。
その隙に、猛然と走り出し、時々振り返りながら男が追ってこないかどうか確認しつつひたすら走る。
何度か角を曲がり、ようやっと男の姿が視界から消えると、一度止まって、通路からこっそり今来た道を覗く。
男の姿はない。
「まいたかな…」
走って乱れた呼吸を整えながら、ふうと息を吐いて、無事に逃げられたと安心した。
そして、元いた場所に戻るために歩き出そうとしたが、気付く。
「ここ、どこ」
男にどんどん奥へ運ばれ、逃げるために何個も角を曲がり、自分がどの方向から来たのかが、わからなくなっていた。
見渡しても、同じ景色。
家なのか、店なのか、建物の間の路地裏。似たような壁に似たようなドア。
「迷った…」
1人呟いて、肩掛け鞄のベルトを握りしめる。
逃げるためとはいえ、無茶苦茶に路地を走ったせいで、表通りがどっちにあるのかもわからない。
建物に囲まれて、路地の向こう側も見えない。
どうしよう。
まさか、迷うなんて。
しかもこんな危ない街で。
一気に血の気が引き、途方にくれた。
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