ぼっちの田舎暮らしの青年、鉄仮面の貴公子を助けて溺愛される

猫の手

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第二章 両片思いの日々

待機することになったので、すぐに会いに行こうと思います

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 街の酒場はいつだって騒々しい。
 ガチャガチャと食器が合わさる音、人の大きな笑い声、一体何人に向けて話しているのかというほどのでかい声での会話。
 そんな雑多な酒場の一角でアシェルとルークは夕食と酒を楽しむ。
「いやあ、元騎士様は酒も強いねえ」
 ルークは赤い顔でゲラゲラと笑う。
 だがアシェルはすんと澄ました顔で樽ジョッキに入ったエールを飲んでいた。
 同じだけの量を飲んでいるはずなのだが、アシェルの顔色は一切変わらない。
 無表情の鉄仮面は、酒を飲んでも顔色一つ変えなかった。



 食事しながら、町長レイバンの背後にいるのは、帝国貴族エドモンド子爵だと聞かされた。

 エドモンド子爵領はシーグヴァルド伯爵領の隣に位置しており、街道の帝国側出入口にも近い。
 街道を抜けて北に進めば伯爵領の街が、西に進めば子爵領の街がある。
 どちらもほぼ同じ距離にあるのだが、街道を抜けた者達はそのまま北上し、ダンジョン都市や伯爵領領都、さらに帝都に向かってしまうため、子爵領に流れる者は全体の3割にも満たなかった。
 そのため、同じ街道の街という立場にあっても、大きな開きが出来てしまっていた。

 街の収益は領主に直結する。
 街道が整備されて人の往来が増えれば、街道出入口に近い街は、流通拠点としてかなり発展することになる。
 実際に伯爵領にある街道の街は、整備されるという噂を聞きつけた人々が集まり、土地の値段が高騰し街自体が拡大する様子を見せていた。
 だが、子爵領側の街は反比例するかのように廃れていく。

 そこでエドモンド子爵はレイクスに目をつけたのである。
 共和国のヒューバート伯爵家は、レイクスのある地方を開拓者であるレイバン一族に任せっきりにしている。
 伯爵家直下の管理官はいるようだがただの役人であり、実権はレイバン一族の手にあった。
 エドモンドは一族を抱き込み、レイクスを陰から支配する計画を立てた。
 上手く行けば、共和国のレイクス周辺も奪えるかもしれない。そんな馬鹿げた野望も抱いていた。


「バカだな」
「バカだろ?」
 アシェルがエドモンドに対して呆れたように言うと、ルークがケラケラと笑いながら答える。
「脳筋だから仕方ねえわ。力が全ての帝国貴族らしい考え方だよ」
 自国の貴族を馬鹿にするルークに、アシェルは顔を引き攣らせるように笑った。
「でだ。今回アシェルに出張ってもらったのには、こっちの都合が大きく絡んでいるわけで…」
「都合ね…。そうは言ってもこちらにも落ち度はある。
 レイバン一族を長年に渡って登用してきたのはヒューバートだし、問題を起こさないから信用し切ってた感は否めない」
 アシェルは祖父の代から130年間仕えてくれた一族を疑うことはなかったと言い、眉間に大きな縦皺を作った。

 シーグヴァルドはエドモンドを捕らえたいのだ。
 メイフォール共和国とグランベル帝国は不可侵条約を結んでいる。
 だが、エドモンドがやろうとしていることは条約を無視した侵略行為であり、その内容はこれから始まる街道整備にも大きく影響する。
 この事業を成功させるため、国同士の盟約を守るため、それ以上に友人であるヒューバートが治める領地を守るために、シーグヴァルドは動いたのだった。

 まず手始めとして、エドモンドの配下となったドルフ・レイバンを捕らえたいのだが、それこそ他国干渉に抵触する。
 そこで、ヒューバート家に密偵から得た情報を与え、レイバン一族をヒューバート側に捕らえさせる。
 アシェルはそのためにここに呼ばれたのであった。
 つまり、父に言われた「確認してこい」というのは、「調査しろ」ではなく、すでに調査自体は終わっているので、事実確認をした後、レイバンを捕縛しろという意味だった。


 ということは、だ。
「後は捕まえるだけなのか」
「そうだな。証拠はあと1週間ほどで揃う。物証も証人も粗方確保済みだ」
 ルークはニコリと笑うが、アシェルは顔を引き攣らせる。本人は苦笑いを浮かべたつもりだ。
「ルーク、申し訳ない」
「何が?」
「何もかもやらせてしまって」
 アシェルはルークに頭を下げると、ルークは焦った。
「や、止めてくれよ。言っただろ?こっちの都合だって」
 ルークはテーブルに額をつけるほど頭を下げるアシェルの肩を掴んで顔を上げさせる。
「時間に余裕があれば、情報だけ渡して調査なんかも頼めるはずだったんだ。
 2週間もあれば、あんたなら終わっただろうよ」
 ルークは帝国側に急ぐ理由があるからであって、謝る必要はないと真剣に言った。
「ただな、最後の捕物の時はおそらく抵抗されることになるから、あんたで良かったと思うよ」
 ニコリと笑顔をアシェルに向けると、手を差し出す。
「頼りにしてるぜ? 銀翼の鷹特攻隊班長、鉄仮面の貴公子様」
 ルークがアシェルの騎士時代の役職を言い、帝国でも鉄仮面は有名だと笑った。




「ヒューバートの私兵が到着するまで、あと1週間はかかる。その頃には証拠も完璧に揃うだろう。
 それまでは、ゆっくりしててくれ」
「1週間…」
 アシェルはその間自分は何もすることがないのかと聞いた。
「残念ながらないんだよ。
 こっちでの証拠はほぼ揃ったし、アシェルが出張るほどのことじゃない。
 後はあっち側の話でな」
「そうか…」
 帝国側で動くということであれば、アシェルにやることはない。
 そうなると、アシェルはただこの街で待機するだけということになってしまう。
「……」
 アシェルの脳裏にルシルの顔が浮かんだ。今朝別れたばかりなのに、彼がとても恋しい、会いたい。


 そんなに時間があるなら、会いに行ける…な。


 すぐにそう考え、無意識に口角が僅かに上がる。
「なんだ、会いたい人でもいるのか?」
 めざとくアシェルの表情が変化したことに気付き、ルークは揶揄うように尋ねた。
 アシェルは考えを見透かされたその言葉にかなり驚き、焦ってしまい、顔がみるみる赤くなった。
「……」
 当てずっぽうに言ったのに、そんな反応をされて逆にルークの方が驚いてしまった。
「え?マジで?」
「あ、い、いや…」
 焦るアシェルが吃りながら答え、赤い顔でルークから目を逸らした。


 うわ、おもしれー。


 ルークはアシェルを見て、そんな失礼なことを考えてしまう。
 アシェルは今時珍しい純情青年だと聞いていた。その理由が鉄仮面にあることも。
 そんな彼が無表情で赤い顔のまま動揺している。

 ルークは聞いているアシェルの人となり、会うまでの経緯、それらを瞬時に思い浮かべて、考察した。
「……助けてくれた男か…?」
 目を逸らしていたアシェルがルークを信じられないという目で見た。そしてさらにカアアと顔を赤くする。
「マジか…」
 ルークの中で好奇心が顔を出し、心の中でニヤついた。だが、一切顔には出さない。
 
 手紙には、北の森に1人で住む青年だと書いてあった。
 あんな危険な場所に住み、元騎士であり上背があってガタイもいいアシェルを担いで運んだという男に興味があったのだ。
 それに、会った時にアシェルが着ていたブカブカな服を見て、オーク族だという予想もしていた。

 鉄仮面の貴公子が、助けてくれた男に恋をしたのか、と聞き出したくてウズウズしてしまった。

「どんな人なんだ?」
 ルークはアシェルを助けたという男のことを尋ねる。
「あー…一言で言えば、可愛い、だな」
 アシェルは印象だけならいいだろうと、それだけを言った。
 白く長い髪、丸い羊族の角、深緑色の大きな瞳、白い肌。細くて小さな体のルシルを思い出し、じわりと胸が熱くなりながら、その印象を口にする。
「可愛い……ぶふ!!!」
 ルークの頭の中で、身長2m超えのオーク族の男が可愛い仕草をする姿を想像し、飲もうとしていた酒を噴いた。
「…なんだよ」
 アシェルの口調から怒ったとわかったルークは、笑いそうになる顔を堪える。
「す、すまん」
 ささっと噴き出してしまった酒をテーブル布巾で綺麗にする。
「そうか、可愛いのか。会いに行けばいいんじゃねえの?
 お礼もしたいんだろ?」
 ルークは笑いを誤魔化すように言うと、アシェルは考える。
「俺の方は連絡が取れるようにしてくれればそれでいいから」
「…いいのか?」
「会いたいんだろ?」
 ルークがニコリと笑い、アシェルは無表情でペコリと頭を下げた。
 ルークも会ってみたいと思いつつ、頭の中で可愛いオーク族の男を想像し、アシェルの趣味が理解出来ないと思った。


 まさか今朝別れてまたすぐに会いに行けることになるとは思いもしなかった。
 時計を見ると、午後10時。今日はもう無理だが、明日にはルシルに会いに行こう。
 1週間、毎日会いに行こう。
 そう心に決めた。



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