6 / 81
6
しおりを挟む
「はぁー、あのな稚沙。俺がそんな所に行く訳ないだろ」
「へえ?」
彼のその一言で、二人の間に流れていた甘い雰囲気が一瞬のうちにこわれた。というより、稚沙にとってはかなりの衝撃だろう。
「だいたい歌が詠みたいなら、宮の人達とやり合ったら良いだろう。お前も、そんなことにいちいち俺を巻き込むな!」
古麻も自分が必死でお願いすれば、椋毘登もきっと聞いてくれるといっていた。だが実際のところ、それは全くの検討違いだった。
「な、何よ、ちょっとぐらい私のお願いごとを聞いてくれたって……それに、何もそんな言い方ってないじゃない!」
稚沙はそんな椋毘登の態度にたいして、ふと我慢が出来なくなり、彼女の目からは大粒の涙が溢れだした。
椋毘登もそんな彼女を見て、さすがにまずいと思った。ここは建物の裏道だ、いつ人に見られてしまうかも分からない。
「お、おい。稚沙落着けよ。ここはさすがにまずい……」
だが稚沙にはそんな彼の言葉は全く響かない。そして勢いに任せ、彼女はさらに言葉を発した。
「椋毘登は本当に私のことを何だと思っているのよ!やっぱり私のことなんて、全然大切じゃないんだー!!」
そして彼女は、ワンワンと声を出し、その場で泣き始めてしまった。
「椋毘登のばか~」
椋毘登もそんな彼女の光景を目の当たりにし、完全にお手上げ状態となる。これはもう本当に、どうしようもない展開だ。
「わ、分かった!稚沙。行けば良いんだろ、行けば。お前の話すその歌垣に一緒について行ってやるって!」
それまでワンワンと泣いていた稚沙だが、椋毘登のその発言を聞いた途端、急に泣き声がピタッと止んだ。そしてそのまま彼に目線を向けて、再度問う。
「ほ、本当に行ってくれる……?」
「あぁ」
「本当に本当?」
「あぁ、本当に本当だ。だからお前もいい加減に機嫌をなおせ!」
稚沙もそれを聞いてやっと納得することができた。彼にそういって貰えるなら、自身の機嫌なんてたちまち良くなる。
(これで椋毘登と一緒に歌垣に参加出来る)
「あぁ、良かった。これで歌垣に参加できるわ。それに古麻からもいわれていたの。椋毘登なら絶対私のお願いを聞いてくれるって!」
稚沙は椋毘登にそう話すと、自身の顔に笑が戻ってきた。彼女は割と単純な性格なので、悲しい気持ちもちょっと泣けば直ぐに治まる。
「はあー古麻も本当にやっかいなことを稚沙に話してくれるな。で、歌垣の日程はいつなんだ?それと海石榴市なら馬で行った方が良さそうだ」
椋毘登もまだ少し愚痴はこぼすものの、完全に開き直ってしまう。彼も一度行くといってしまった以上、もういい逃れは出来ないのだろう。
「うん、来月の4月15日にあるそう。その日は私も休みにしてもらうよう頼んでみる。椋毘登は大丈夫?」
「分かった、来月の15日だな。じゃあ俺もその日は空けておくようにするよ」
これでようやく2人の歌垣の参加が決まった。当日は椋毘登が馬で連れて行ってくれる様子なので、行き帰りも特に問題は無さそうだ。
(わあ、これで無事歌垣に参加出来る。あ、それなら当日までに歌の練習もしておかないと!)
稚沙はそう思ってひどく気合を入れる。彼女は当日が本当に楽しみになってきたようだ。
だが 一方の椋毘登は、稚沙とは対照的に酷く憂鬱そうな様子である。そしてとても嬉しいそうにしている彼女に対して小さく呟いた。
「てか、お前。歌垣がどういう場所なのか本当に知っているのか」
「うん?椋毘登何かいった?」
「……いや、何んでもない」
だが椋毘登は、稚沙があまりに嬉しそうなため、それ以上は何もいわなかった。
こうして2人は歌垣に向けて、それぞの想いを胸に当日を迎えることとなった。
「へえ?」
彼のその一言で、二人の間に流れていた甘い雰囲気が一瞬のうちにこわれた。というより、稚沙にとってはかなりの衝撃だろう。
「だいたい歌が詠みたいなら、宮の人達とやり合ったら良いだろう。お前も、そんなことにいちいち俺を巻き込むな!」
古麻も自分が必死でお願いすれば、椋毘登もきっと聞いてくれるといっていた。だが実際のところ、それは全くの検討違いだった。
「な、何よ、ちょっとぐらい私のお願いごとを聞いてくれたって……それに、何もそんな言い方ってないじゃない!」
稚沙はそんな椋毘登の態度にたいして、ふと我慢が出来なくなり、彼女の目からは大粒の涙が溢れだした。
椋毘登もそんな彼女を見て、さすがにまずいと思った。ここは建物の裏道だ、いつ人に見られてしまうかも分からない。
「お、おい。稚沙落着けよ。ここはさすがにまずい……」
だが稚沙にはそんな彼の言葉は全く響かない。そして勢いに任せ、彼女はさらに言葉を発した。
「椋毘登は本当に私のことを何だと思っているのよ!やっぱり私のことなんて、全然大切じゃないんだー!!」
そして彼女は、ワンワンと声を出し、その場で泣き始めてしまった。
「椋毘登のばか~」
椋毘登もそんな彼女の光景を目の当たりにし、完全にお手上げ状態となる。これはもう本当に、どうしようもない展開だ。
「わ、分かった!稚沙。行けば良いんだろ、行けば。お前の話すその歌垣に一緒について行ってやるって!」
それまでワンワンと泣いていた稚沙だが、椋毘登のその発言を聞いた途端、急に泣き声がピタッと止んだ。そしてそのまま彼に目線を向けて、再度問う。
「ほ、本当に行ってくれる……?」
「あぁ」
「本当に本当?」
「あぁ、本当に本当だ。だからお前もいい加減に機嫌をなおせ!」
稚沙もそれを聞いてやっと納得することができた。彼にそういって貰えるなら、自身の機嫌なんてたちまち良くなる。
(これで椋毘登と一緒に歌垣に参加出来る)
「あぁ、良かった。これで歌垣に参加できるわ。それに古麻からもいわれていたの。椋毘登なら絶対私のお願いを聞いてくれるって!」
稚沙は椋毘登にそう話すと、自身の顔に笑が戻ってきた。彼女は割と単純な性格なので、悲しい気持ちもちょっと泣けば直ぐに治まる。
「はあー古麻も本当にやっかいなことを稚沙に話してくれるな。で、歌垣の日程はいつなんだ?それと海石榴市なら馬で行った方が良さそうだ」
椋毘登もまだ少し愚痴はこぼすものの、完全に開き直ってしまう。彼も一度行くといってしまった以上、もういい逃れは出来ないのだろう。
「うん、来月の4月15日にあるそう。その日は私も休みにしてもらうよう頼んでみる。椋毘登は大丈夫?」
「分かった、来月の15日だな。じゃあ俺もその日は空けておくようにするよ」
これでようやく2人の歌垣の参加が決まった。当日は椋毘登が馬で連れて行ってくれる様子なので、行き帰りも特に問題は無さそうだ。
(わあ、これで無事歌垣に参加出来る。あ、それなら当日までに歌の練習もしておかないと!)
稚沙はそう思ってひどく気合を入れる。彼女は当日が本当に楽しみになってきたようだ。
だが 一方の椋毘登は、稚沙とは対照的に酷く憂鬱そうな様子である。そしてとても嬉しいそうにしている彼女に対して小さく呟いた。
「てか、お前。歌垣がどういう場所なのか本当に知っているのか」
「うん?椋毘登何かいった?」
「……いや、何んでもない」
だが椋毘登は、稚沙があまりに嬉しそうなため、それ以上は何もいわなかった。
こうして2人は歌垣に向けて、それぞの想いを胸に当日を迎えることとなった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~
古道 庵
歴史・時代
「母を、自由を、そして名前すらも奪われた。それでも俺は――」
天正十年、第六天魔王・織田信長は本能寺と共に炎の中へと消えた――
信長とその嫡男・信忠がこの世を去り、残されたのはまだ三歳の童、三法師。
清須会議の場で、豊臣秀吉によって織田家の後継とされ、後に名を「秀信」と改められる。
母と引き裂かれ、笑顔の裏に冷たい眼を光らせる秀吉に怯えながらも、少年は岐阜城主として時代の奔流に投げ込まれていく。
自身の存在に疑問を抱き、葛藤に苦悶する日々。
友と呼べる存在との出会い。
己だけが見える、祖父・信長の亡霊。
名すらも奪われた絶望。
そして太閤秀吉の死去。
日ノ本が二つに割れる戦国の世の終焉。天下分け目の関ヶ原。
織田秀信は二十一歳という若さで、歴史の節目の大舞台に立つ。
関ヶ原の戦いの前日譚とも言える「岐阜城の戦い」
福島正則、池田照政(輝政)、井伊直政、本田忠勝、細川忠興、山内一豊、藤堂高虎、京極高知、黒田長政……名だたる猛将・名将の大軍勢を前に、織田秀信はたったの一国一城のみで相対する。
「魔王」の血を受け継ぐ青年は何を望み、何を得るのか。
血に、時代に、翻弄され続けた織田秀信の、静かなる戦いの物語。
※史実をベースにしておりますが、この物語は創作です。
※時代考証については正確ではないので齟齬が生じている部分も含みます。また、口調についても現代に寄せておりますのでご了承ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる